海水浴場
勉強合宿が終わると通常の夏期講習に合流する。
もちろん私達に気を抜いている暇はない。
特に運動部に時間を費やしてきた私達はこれから挽回していかなければならないのだ。
この頃よく耳にした言葉は「燃え尽き症候群」だった。
この場合の「燃え尽き症候群」とは部活動に燃え尽きる事で引退後に全てのやる気が落ちてしまう事を言う。
本来の意味合いとは少し違うように思うが、字面的には間違い無いように思う。
私達高校生の本分は勉学のはずで、部活動で燃え尽きてしまうのは非常にまずい。
スポーツ高校の先生方も本来ここは声を大にして言いたいところだろう。
過去も現在も含め実際に多くの生徒がこの切り替えに苦しむものではないだろうか。
そんなある日唯が弱音をもらした。
本来は楽しいはずの勉強が手につかなくなってきたというのだ。
実は彼女は不思議女子だが成績は悪くない。
何をやっていても楽しいというのが勉強にも繋がっていたように思う。
分からなくもない。
私もこれまで部活動をしていた時間を勉強に充てるべきだと頭で分かっているのだが違和感を感じ、いまいち集中できずに机に向かっていたのだ。
それでも勉強合宿に参加した事で危機感だけはしっかりと感じている。
それに私は本命校を絞りつつあるが、まだ漠然としている唯などは特に焦りを感じているだろう。
私達は気分転換に海へ遊びに行く事にした。
地元の海水浴場だが残念ながら泳ぐ訳ではない。
受験とは離れた雰囲気を味わいに行くだけだ。
海水浴場に着くと多くの人がいた。
泳いでいる人もいれば横になっている人もいれば、少しビーチから離れたところではバーベキューをしている人達もいる。
砂に足をとられると歩きにくいため、私達はそれらを眺めながらビーチから少し離れた舗装されている道を歩いた。
しばらく進むと監視小屋の入り口で泣いている子どもと、それを宥めている女性が目に入った。
迷子の子どもだろうか。
真っ黒に日に焼けていて着ているTシャツを見ると監視員なのだろうが、どこかで見たことがある。
泣いている子どもを監視小屋の中から出て来たスタッフに引き渡すと、腰についているベルトからトランシーバーを出し何か話している。
唯が何かに気付いた顔をしてからその女性もこちらに気付き、嬉しそうな顔をしてから
「唯と菜々子じゃん!」
と話しかけて来た。
声を聞いてようやく私も気付いた。
彼女は二つ上の世代のバスケ女子部の主将で、私に「マネージャーにならないか」と声をかけてくれた先輩だった。
真っ黒に日に焼けて白い歯を見せる先輩はあの頃よりずっと大人っぽくなって、素敵な女性になっていた。
「インターハイ予選惜しかったねえ!」
県大会会場が地元なため、先輩達は私達の試合を連日見に来てくれたらしい。
話によると一つ上の先輩方の姿もあったとか。
「あんた達の姿見てたらかける言葉が浮かばなくてね。
良く頑張ったね。決勝までいくなんて感動しちゃったよ。」
あの時の事を私達はまだ笑い話として片付けられずにいたため、うっかり泣きそうになってしまった。
その顔を見た先輩は豪快に笑ってから私達の頭をポンポンとしてくれた。
先輩は地元の大学に通いながらこの海水浴場の監視員のバイトをしているとの事だった。
市の方から委託された団体が大学で監視員のバイトを募ったので応募して採用になったらしい。
そのような事を話している最中に一人の女性客がこちらに歩いてきた。
すると小声で
「あそこの木の影からずっと覗いている人がいる。」
と言った。
小声になったのもそちらを見ないで聞いて欲しいと言ったのも、その犯人を取り逃がす可能性を危惧しての事だったのだろう。
それを聞いた先輩がトランシーバーで仲間に連絡を入れはじめた。
「白い半袖シャツに黒いパンツ。身長は170センチ前後で背中には青いリュック。
手にカメラを持って物色している様子。」
特徴や現在位置などを伝えると忙しそうに監視小屋の中にいるスタッフと話しはじめたため、邪魔になってはいけないと思い、私達は先輩に挨拶をすると監視小屋を後にした。
久々に会った主将は変わらず素敵だった。
私達は嬉しい気持ちになり、彼女の事を話しながら歩いて監視小屋を離れた。
すると監視員が数名木の影に隠れて、ある一点を見つめているのが目に入った。
私達の前方にいる人を見つめている。
その人は白いシャツに黒のパンツに青いリュック。
「あれ?この人もしかして。」
と思った瞬間手に持っているカメラで幼い子どもの着替えの様子を撮影しはじめた。
直線状にはその親子しかいなかったため間違いないだろう。
その瞬間木の影に隠れていた監視員が飛び出し、彼を捕えようと動いた。
しかし彼も警戒していたようで、その気配を感じると凄い勢いで逃げ出した。
火事場の馬鹿力とはまさにこの事ではないだろうか。
明らかに重そうなリュックを背に、運動が得意そうではないフォームで走る白いシャツの彼は凄いスピードとトリッキーな動きで逃げていく。
監視員は皆運動神経が良さそうで彼より身軽な服装なのだが追いつけない。
挟み込みながら逃げ道を塞ごうとしているのだがリュックの彼も必至に動く。
木の間を縫いながら逃げていく彼をついに監視員が諦めかけた時
唯が走り出した。
直線を走る事はそれほど得意ではないが、木が邪魔をする事で逆にここは唯の独壇場となる。
程なくして唯の右手がついに彼のシャツにかかった。




