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マネージャー  作者: 夕顔
18/34

きっかけ

 皆静かになってしまった。


 私が無事に走り去る事ができていたらここまで雰囲気を壊すこともなかったかもしれない。

 

 「悪いね。ちょっと足やっちゃったから今日は先に帰るよ。

  みんなは気にしないで適当に遊んでて。」


 立ち上がろうとすると唯が手を貸してくれた。

 涙が滲んでいるのを察して欲しくない私は下を見たまま皆の顔を見る事ができなかった。




 すると私の視界の前に横山が背中を見せてしゃがんだ。


 「乗れ。」


 私は躊躇した。

 まさか平手打ちをかましておいてそこまで迷惑はかけられない。

 まして好きな人に自分の体重を預けるなどとんでもない話だ。


 「いやだ。」

 「なんでだよ!いいから乗れ!」


 怒っているかもしれない。

 それにとても嬉しい。

 けどどうしよう。


 「頭にケチャップついてるし。」


 怒っていた唯は「しまった」という顔に一瞬で変わり、横山に謝りながらタオルを差し出した。

 横山はそれで頭をふいてから私の手を取り無理やり背負った。


 「悪いな。こいつ俺んちの近くだから送っていくわー。」


 彼がそう声をかけると男子の皆が


 「おおまた明日なー。」


 と口々に声を発し始めた。


 唯も私の鞄を持ち


 「私も付き添うからあとよろしくー。」


 女子の皆も


 「気を付けてねー。」

 「大事にねー。」


 と声を発した事で、私が作ってしまった静寂は無事壊された。




 私は申し訳なさいっぱいで横山に背負われていた。


 「重いから無理しないで。」


 唯は横山と私にひたすら謝っていた。

 また「うっかり」してしまったとしきりに反省をしている。


 横山は笑った。


 「俺も悪かったから。」


 それを聞いた唯の表情は優しいものになった。 

 

 そうなのだ。

 野球部でレギュラーになれずとも野球を頑張る澤村君の彼女は、彼の頑張りを否定するような言動を許せないはずだ。

 私の件も含めてあれ程激怒した彼女が横山の話をちゃんと聞いてくれる姿を見ていると、唯という人間の懐の深さを感じた。

 



 接しているところから伝わってくる彼の呼吸の音が少し短くなってきた。

 ふと見ると横山の首筋には汗が流れている。

 やはり大変なのだ。


 「ごめん横山もう降りるよ。」


 すると彼は一度足を止めて私を背負い直してから


 「野球部の練習に比べたら大したことねえよ。

  黙って背負われてろ。」




 申し訳ない気持ちを一杯感じながら、同じくらい幸せな気持ちを一杯感じた。

 よく考えたら大好きな彼とこうして密着できるのは凄い話で、それに気づくと段々ドキドキした。

 

 どうか彼にこの音が聞こえませんように。






 次の日電車で会った横山は坊主だった。


 「野球部に戻る事にした。」


 私は嬉しくて嬉しくて、笑いながら泣いてしまった。

 

 「良かった。横山野球うまいからね。」

 

 坊主になった横山の頭を軽く叩くと


 「お前ちょっと暴力的になったよな。」


 私が何故泣いているかには触れずに、彼は少し照れくさそうに頭をさすっている。




 昨日横山のクラスメイトの中にいた坊主頭の彼は、野球部の主将だったらしい。

 

 彼は二年間ずっと、野球に未練がある横山に「野球部に戻ってこい。俺が一緒に頭を下げるから。」と言い続けてきたようだ。

 三年生になってからは件の先輩も卒業したわけで何も障害が無いはずだったのだが、横山は「辞める」ときった啖呵に責任とプライドを持っていたため、簡単に野球部に戻る決断をできずにいたらしい。


 私と唯に一発ずつもらったのが踏み出すきっかけになったと彼は話した。


 野球部の主将は横山から「野球部に戻る」と電話で聞いて大喜びしたらしい。


 「あいつ泣いてたんじゃねえかな。」






 外崎が坊主頭の横山を見て


 「ほらな。

  あんなに楽しそうに野球やってたやつが、簡単に嫌いになれるもんじゃねえよ。」


 と笑って言った。

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