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一話目 トラブルメーカー阿戸鳴

「おう、なんだこれ!!」

各々が目前のパソコンを終了させている最中、突如聞こえた男子生徒の叫び声に教室中が注目する。

ゆっくりと教卓にいた黒スーツの青年が声の方へ動いた。ただでさえ慣れない授業中にウイルス感染が疑われたり終了のチャイムが鳴らなかったりとトラブルが続き彼はいくらか機嫌が悪かった。

重々しい剛毛で出来た前髪の奥で、上向(うえむき) 獅朗(しろう)は眼鏡を持ち上げるように直した。

爽やかと呼ぶにはどうあがいても無理のある前髪。目は剛毛で隠し、口角は下がり気味。この暑いのにスーツの上着は意地でも脱がない。


「また君? 今度はどうした、阿戸鳴(あどなき)

選択授業で情報を選んでくる数少ない生徒の一人、阿戸鳴(あどなき) 祐馬(ゆうま)。阿戸鳴は終わりの合図と同時に扉を開き、叫び声を上げた後その場で固まっていた。

「上向先生。ちょっと、聞きたいんだけどさ。ここはさ、学校だよな」

阿戸鳴の隣にいた安佛(あんぶつ) 和人(かずと)は震えているのか上向を見ているはずの目は焦点が定まらない。

ただ、力なく右手で扉の外を指さした。

顔をそちらに向ける。目前に広がった光景に、上向も固まらざるを得なかった。


一人、また一人と片付けを終えた生徒が扉の前に集まり、絶句する。

ここには、五人の生徒と一人の実習生。そしてもう一人、先生が居る。

「雁瀬先生、どうしたら」

扉の前から離れ、すがるようにパソコン教室の奥にいた指導教諭を呼ぶ。

ほん?と首をかしげながら反応したのは、教師と言うよりロックミュージシャン崩れの男。季節を先取りしたTシャツ姿だが、そのTシャツがくたびれて正直みすぼらしい。だが、この男こそが正真正銘この学校の情報の先生にあられる。


「ほーほー。で、ナンダコレ」

雁瀬先生も頼りにはならなかった。


まあそれもそうだろう。今彼らの目の前に広がっている空間と言えば、まさに映画のセット。

石造りの廊下。ただし、天井が闇の向こう。背の非常に高い柱の間はアーチ状になっており、その向こうには中庭がある。額に雷の傷を持つ親の居ない眼鏡の少年が連れられるまま通い出した魔法学校の廊下がこんな感じであったと記憶している。

そういえば大阪の巨大テーマパークに例の映画の世界が出来たと聞くが、そんなところまで来た憶えもない。

天気があまり良くないのか、辺りはぼんやり暗かった。


「せ、先生」

場木(ばき) 魚実(うみ)の特徴的な目が不安げに見上げてくる。

「この後はホームルームだっけ。うん、うん。すぐに、何とかするよ」

焦りをこらえようとするも、思考回路に今の状況が入ってこない。

授業を始める前は、何の変哲もない一般的な学校の廊下から鍵を開けてこの教室に入ったはずだ。

この扉の前は校舎二階の廊下で、向かい側には駐車場を見下ろせる窓が高い位置にあったはずだ。

けれどどうだ。

今眼前に見えるのは、まばらに草木の茂った手入れのされた気配のない中庭だ。どう見てもこの背の高い廊下は地面の続き。一階にある。

一度扉を閉める。

深呼吸をした後、勢いよく扉を開けた。

景色は薄暗い、背の高い石造りの廊下と中庭だ。

変わらぬ風景にめまいがした。


どうすることも出来ず、良い案も浮かばず、ぐるぐる回る思考のせいで実習生は固まっていた。

「せんせー、ちょっと見て回ってきて良い?」

「ダメだ!」

調子の良い声にすぐさま返答を返す。

とりあえず生徒達を危険な目に遭わすのはまずい。それに、なにか、時間制でちょっと待ったら元に戻るかも知れないという期待もあった。

これは、教育現場における想定外の事とかそんなレベルではない。

教室ごと訳の分からない場所にいるのだから。

そうだ。教室ごと、中にいた生徒五人と先生、それから教育実習生が違う場所に移動した。

一体、何が起こっているのか。異世界送還という言葉が思いついたのはきっと頭がファンタジーと現実の間で揺れている無口な場木ぐらいだろう。


「とりあえず上向先生とわっしとでぐるっと一周見てくるから、君らはここで待っててくれるか」

雁瀬先生の言葉で我に返る。

「せんせー、俺も連れてってよ」

「えー。君、すぐ走って勝手にどっか行くでしょ。やだよ」

扉前でごねる阿戸鳴は文句を言いながらもパソコンの前に戻り、座った。

「広そうですし、結構時間かかりそうですね」

「確認だけしとこう、確認だけ」

頼むから大人しくしててねと生徒達に残し、二人で部屋から出た。


男二人が並んで歩いても寒気がするほど、教室が組み込まれてしまったこの西洋風の建物は巨大で薄暗かった。暗いのは曇り空のせいだろう、できれば明かりが欲しい。けれど、蛍光灯の類もスイッチも見あたらない。そもそも天井が高いし、庭の側の半野外みたいな場所だ。電灯は用意しないものなのかもしれない。

石が組まれて作られているが、風化が酷くおどろおどろしい。庭との境のアーチなどいつ崩れるか分かったものではない。

じゃりじゃりと自分たちの足音がよく聞こえるほど静まりかえっており、人の気配は感じない。

気味が悪かった。

上向は無意識のうちに雁瀬先生の後に隠れるようにして半歩下がっていた。

雁瀬先生は上向の速度などお構いなしといったように、躊躇なく進み、度々足を止めては壁を調べている。


少し進むとまた雁瀬先生が足を止めた。目の前には扉。

豪奢な扉だ。目の高さぐらいにくすんだプレートが填められており、文字が書かれている。アルファベットだ。

「図書室、ですか」

「そだね」

英語表記らしい。ちゃんと読める。

身の丈の倍ほど有りそうな扉は現代的なドアほど簡単に開け閉めできるものではなかったが、体重を使うようにして引くとゆっくり動いた。


広い。

廊下でその広さに驚いていたのだが、この部屋はさらに広い。

果てが見えないのは、暗がりのせいだけではないだろう。


叫び声が聞こえた。

大音量でありながらつんざくような高い声。無量の声だ。

コンピュータ教室で何かあったのか。

目の前の空間から意識を背け、上向は廊下を駆けた。


残念ながら、上向はあまり運動が得意ではない。どちらかといえばインドア派である。

教室前に戻る頃にはゼイゼイと酷く息を荒げて、立っているのもだるいくらいの感覚に悩まされた。

「どうしました、悲鳴なんか上げて。なにかありましたか」

がらりと開け放たれたままのコンピュータ教室。その中から、安佛が駆けて出してきていた。

「先生。阿戸鳴がおかしい!!」

「いつもどおりだよね」

「じゃなくてさ」

酷く慌てた安佛は上向の冗談にも反応する余裕すら見えない。

早く早くと急かすので、教室内に足を踏み入れる。


目の前に広がる光景に、唖然となった。

馬が居る。この狭い教室に馬の胴と足がある。そこに突然現れたかの様に、椅子の上にまたがる姿勢で馬の肢体がそこにあった。

「阿戸鳴、それは、どうしたんですか」

上向はその体が本物かと手を伸ばした。

「俺にもわからね」

上から阿戸鳴の声が降ってくる。元々彼は背が高い。けれど、上向達が調査に出向く前と比べるとさらに高くなっている。

阿戸鳴の下半身には、馬の体がついていた。

その姿はさながら半人半馬の伝説上の生き物。有名どころで言えばケンタウロス。

「心当たりがあると言えば、アレくらいかな」

言いながら彼は目の前のパソコンを指さす。

「ネットは繋がらないみたいなんだけど、これだけは繋がった」

阿戸鳴は後ろに下がろうとして足をもつれさせる。急に増えた足はまだいうことを聞かないらしい。

「英語のサイト?」

阿戸鳴のパソコンには英文で書かれたウェブページが表示されていた。

「めんどうだし斜め読みしてたんだけど、なんか、こうなった」

「こわいよっ」

読もうとしていた上向は飛ぶようにして後ずさる。

「内容は憶えていますか?」

「いまいち英語わからん。エキサイト先生もいないし」

普段はコンピュータ翻訳をしているようだが、それではダメなんだ。インターネットが使えないときに不便するんだ。

眉間にしわを寄せていた人馬だったが、ぱっと思い出したように顔を上げた。

「でも初めの部分は注意書きみたいだった。これを読むあなたはどうこうって」

阿戸鳴の言葉をうけてパソコン画面に視線を戻す。

一番上に赤い文字で注意喚起の単語が一語、表記されている。

「肝心な部分が読めてねえな」

勇ましい声で痛烈な突っ込みが入る。向かいの席の神部だ。

「誰か辞書持ってねえの? 英和辞書」

女子組で何か盛り上がっている。場木が手元の電子辞書を神部に手渡した。

「よし、後は頼んだぞ」

机を挟んだまま、立ち上がった神部が阿戸鳴の元に辞書をおいた。

辞書が机を叩く硬質な音に、半身が馬になった巨体はビクリと反応する。きょとんとした顔のまま、女子を見た。

「なにさ?」

「何って、お前が読めってことだよ」

さも当たり前のように、上から用事を申しつけた。

物理的には阿戸鳴の頭の方が随分上にいるのだが、彼女は全くひるむ様子を見せずに偉そうな態度を平然ととる。

「なんでさ」

「犠牲者は一人で良いだろ」

全く容赦がない。同級生に対してとる態度なのか。厳しい子だ。

「頑張って、阿戸鳴くん」

場木が手を振りながら柔らかい笑顔で応援する。

照れたのか、うつむいた阿戸鳴は辞書を手に取った。

その場は急に担当分の変化した英語の授業になってしまった。顔をしかめ、うなりながらぽつりぽつりと翻訳を始める。

「注意! あなたは要素に変化する。これを読んだとき。学級……所属したクラス、うまれもった―――」

「お前さ、ノートとった方が良いよ」

これはだめだと思ったのか、安佛が呆れたようにメモ帳を差し出した。

ぶつぶつ途切れた日本語の単語集を阿戸鳴と安佛が頭を寄せ合うようにして何とか意味が通りそうな具合に調整し、文章に仕上げた。


この文章を読んだ”人間”は生まれ持つクラスに対応したモノに変身する。

生まれ持つクラスというのは、12クラス。羊、牛、双児、巨蟹、獅子、乙女……後は省くが、黄道十二宮に該当する。


はいそうですかなんて言ってられない状況に首をひねりながら上向は尋ねた。

「ところで阿戸鳴、君は何座?」

「俺は12月生まれだから、射手座」

ああと教室中が納得した。

射手座といえば弓を引く半人半馬のイメージがつく。今の阿戸鳴の姿はまさに学校指定の夏服シャツを着た射手座だと言っていい。

「でも、弓矢は持ってないんだね」

無量が笑う。

「射手座のくせに、阿戸鳴よお」

神部が悪のりしだした。

「うるっせーな」

調子に乗りだした神部が気に入らないのか、阿戸鳴はわざとらしく顔をしかめてあごを引き威嚇を始めた。

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