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十二話目 仲違いの病気

神部がマレフィキを追いかけて飛び出したせいで、日が暮れた後に外に出ても即座には害はない様だと、満場一致で判断された。

その結果、上向が見張りとして外に立たされている。

見張りの必要性を感じないのは、見張り役になってしまったことに不満を感じているから。

上向は扉をふさぐように横たわった。

重ねた前足の上にあごを置く。

星はちらほら見える。だが、月光は入ってこない。

扉から漏れる光が上向の体に数本の縞模様を描く。

中からは神部の賑やかい声が聞こえていた。阿戸鳴と神部はマレフィキから重要な話を聞いたと言っていた。

重要な話の相談会でもしているんだろう。

蚊帳の外といった扱いもつまらない。ますます見張りの役職を押しつけられたことに不満が募る。

一人でこうしているのは嫌いなわけでもないが、隣で知り合いが楽しそうにしているとなるとどうしてこうもイライラするのか。

暗闇の中で暇をもてあましていると、睡魔が襲いかかってくる。

眠っても問題はなさそうだが、眠ったことがばれたら厄介だ。雁瀬先生辺りがどうつついてくるかわかったものではない。


「あのひとは、頭悪いのにずいぶん偉そうだ」

声が聞こえ、慌てて体制を整える。声の方向は教室からではない。

「イライラを他人にぶつけるなんて、最低人間の極みだ。そんなに不機嫌になるようなことといえば、プライベートな生活の中で何かしでかしたのか」

辺りを見回す。姿は見えない。

「いつも猫かぶりしているみたいだけど、愚かだ。浅はかな考えで周りを振り回して。存在自体が迷惑だといってもいい」

その声の陽気さにぞくぞくと寒気がしてくる。

内容も気持ちが悪い。誰に宛てているのかを言葉にはしていないが、不満が歪んだ形で現れているのが明確だった。

聞いているとこちらまでおかしくなりそうだ。

けれど声の主の姿が見えない。

言い得ぬ不信感が闇から手を伸ばす。

もしや脳内会話が別人の声を借りて漏れて聞こえているのか。空耳のように聞こえてくると言ったらそれはもう病気だ。

別に雁瀬先生のことむかつくとか迷惑とか思ったことはない……はずだし。

聞こえた暴言は誰を指しているわけでもなかったが、上向の中では困惑と共に雁瀬への疑問がわき始める。

「消えればいい」

どこからともなく響く言葉が体を突き動かす。

「死ね」

上向は無言で扉に手をかけた。


陽幸について、雁瀬先生の理解は早かった。

偽蓮村とのやりとりを思い返せばすでに使っていた節もある。

変身をすると太陽の力は体中から散漫する。そのままでも形を持たないゴーストを遠ざける効果があるが、それを一カ所に集めることで触れただけで亡者を退治できるほどの力にした。

つまりマレフィキの言っていた陽幸とはいままで雁瀬先生が太陽の力だと表現していたものと同様と思って良いだろう。

蓮村は自分の手を見おろした。二つに割れた蹄。

陽幸は手からが一番打ちやすいと言ったが、四足歩行の身としては手を使って叩きにいく事が今のところ至難の業である様に思われる。

かといって、体の何所を使うかと問われると非常に悩んでいる。しっぽは頼りないし、首は短い。

自分の身くらい自分で守りたいのだが良案が思いつかなかった。

だからといって、生徒達に助けを求める姿なんて思い描けないし、上向も結局同い年だし異性に助けを求めるのは変に意識しそうでイヤ。雁瀬先生は立場上頼りやすいけど……

ちらりと様子をうかがう。

陽幸を集めるコツを聞かれるが、まずはやってみと素っ気なく返していた。

先生は自分の興味を優先しそうでどんな時でも絶対頼りになるとは言いにくい。

やはり最後には自力で何とか出来るようにしたかった。


がらりと音を立てて、扉が開いた。

夜に紛れて見張り番をしていた、上向の扮した黒ライオンが外から開けたのだ。

何か異常を感じたならば慌てて飛び込んでくるだろうし、おおかた見張りの必要性を見失ってうんざりだと文句でもつけに来たのだろうと予想をした。

時計を見る。彼は結構気が長かったようだ。

「先生、いつまで引きこもっているつもりですか? 悪いことは言いません、外に出てはいかがですか」

何を言っているんだと教室中が上向を見た。

いつものようにたてがみで表情が隠れているが、雰囲気は比較的落ち着いている。

「先生のために言っているんですよ、改善してはいかがですか」

「何怒ってるの。上向くん」

蓮村が近づく。上向の後ろで扉は開いたまま闇を受け入れている。


「え、なに? 何か聞こえる」

きょろきょろと虚空を見回す無量と場木。

しかし蓮村には何も聞こえない。

「何言ってるの、安佛くんはそんな人じゃない」

無量が叫ぶ。

安佛が、どんな人なのさ? と聞き返しているから、安佛にも声は聞こえていない。

「上向先生は、そんなことしない」

場木もぼつりとこぼす。

二人だけに何かが聞こえている

うそ、うそうそうそと二人は聞こえる声に反発している。

見ていられなくなった神部が一人ずつ押さえに向かった。

蓮村も神部の応援に向かおうと上向から目を離した瞬間、ライオンは体全体を使って部屋の隅へとひとっ飛びした。

理性があるのか分からない。ただ、雄叫びを上げながら雁瀬先生に襲いかかっている。

分厚い本を盾に何度も避けるが、一撃一撃を受けるたびに鋭い爪で立派な表紙が裂かれていく。

部屋の隅にいるのだ、大きくは動けない。襲いかかっているのが上向である以上、下手な手出しもしたくない。

それでも雁瀬先生は小さな動きで避け続ける。あの攻撃が一撃でも当たれば昏倒するだろう。

安佛が行動に出た。

陽幸の練習だと叫びながら黒獅子の肩を叩く。

ところが、上向は完全に安佛の攻撃を無視していた。

「どうすりゃできるのさ、先生」

右にかわし、左にかわし、上に構え。雁瀬先生は焦りながらも安佛の問いに答える。

「慣れとしか言えん。仮に出来たとしても、こいつは亡者じゃなさそうだ」

力を込めながら本を構える。巨体が体重をかけても対抗できるのは陽幸の一種らしい。

「わっしから十分陽幸を浴びたはずだ。なのに、この上向先生は反応せん」

他の手段が必要だ。

今は全力で避けて続けていても雁瀬先生がいつまで持つか分からない。

蓮村は一度扉を閉めて場木の側へ向かった。


場木は困惑した顔で耳をふさぎ、首を横に振り続けている。

「どうしたの?」

蓮村を確認すると、すがるような目で見つめてくる。

「助けて蓮村先生。耳をふさいでも悪口が聞こえる。上向先生はそんな酷い事しないのに、そんなの根も葉もない噂……」

随分と混乱が見受けられる。

「本当? 本当に悪い人?」

「場木さん待って、落ち着いてくれる」

場木は首をかしげながら不審な目で上向を見つめていた。人を貶めている目だ。さげすんでいる目だ。

様子は落ち着いているのに、気味の悪い表情だった。

このままでは場木が上向に対し敵対関係に至るのは明確。

何とか阻止しようと、蓮村は場木の幻聴の元を探し始めた。

すでに場木の視界は眼前の蓮村の姿を捕らえてすら居なかった。

場木の思考は外界を正確に捉えられるほど正常な状態ではなくなっている。その原因が何所にあるのか探す必要があった。


蓮村はまず、上向が帰ってきてからすぐに場木達が急にきょろきょろと虚空を見渡した姿を思い描く。

結局彼女たちは幻聴の出所を見つけられなかった。

熱心に天井を見渡していた無量の姿も記憶している。天井や目の高さにはない。

そもそも、なぜ場木と無量の二人だけに聞こえたのか。

二人は隣に座っている。それだけじゃない、二人だけ手のみを変化させ、完全変態をしていない。

亡者や影の存在を疑う。

こうしている間にも部屋の隅では格闘が続いている。

早く太陽が昇ればいいのに。

そうしたら、この部屋のおかしな現象は治まって、上向だって落ち着く気がしていた。

蓮村が視線を落とすと、場木の足の隙間から床に這いつくばる小さいオモチャみたいな生物を発見した。

「神部さん、足下」

神部は注意を聞いて、片足を上げながら振り返った。

今まさに威嚇の構えから尻尾に持つ毒針を使って襲いかかろうとしている。

「サソリだ!」

神部はその禍々しい姿を見て、とっさに側にいた無量を突き飛ばした。

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