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沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


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また怒鳴り声

 第17話「また怒鳴り声」


 病院で追い返された大輝は、完全に逆上していた。


 謝罪の言葉は消えた。


 反省の言葉も消えた。


 残ったのは、怒りと責任転嫁だけだった。


 *


 その夜。


 大輝はスマホを握りしめ、SNSに投稿した。


 《妻に人生を壊された》

 《会社もクビになった》

 《親にも見捨てられた》

 《多額の賠償金まで請求されている》

 《全部、妻のせいだ》


 大輝は、自分が何をしたのかを書かなかった。


 独身だと嘘をついたこと。


 梨花を傷つけたこと。


 一絵を騙したこと。


 妻の仕事を侮辱したこと。


 手を上げようとしたこと。


 会社名を使って残業を偽装したこと。


 それらは全部伏せた。


 自分を被害者に見せるために。


 *


 だが、世の中は甘くなかった。


 投稿はすぐに拡散された。


 そして、批判が殺到した。


 《いや、何をしたか書いてない時点で怪しい》

 《妻のせいで会社クビ?普通は会社が処分する理由がある》

 《賠償請求されるほどのことをしたんやろ》

 《被害者ぶってるけど、自分の行動説明してない》

 《親から絶縁されるって相当やぞ》


 大輝は最初、反論しようとした。


 だが投稿すればするほど、矛盾が増えた。


 *


 《俺はただ話し合いたかっただけ》

 《なのに妻が探偵を使った》

 《弁護士まで出してきた》


 その投稿にも、さらに批判が集まった。


 《探偵使われる理由があるんやろ》

 《弁護士が動く時点で証拠あるのでは》

 《話し合いたいならSNSで妻を責めるな》

 《それ、二次加害では》


 大輝は画面を見ながら、顔を歪めた。


「なんで俺ばっかり……」


 まだ分かっていなかった。


 *


 翌朝。


 梨花のもとに、麻里子から連絡が入った。


 《お姉ちゃん、大輝さんがSNSに投稿してる》


 梨花は心臓が跳ねた。


 《見ない方がいい?》


 《見んでいい。スクショはこっちで保存してる》


 麻里子はすでに動いていた。


 投稿。


 コメント。


 時間。


 内容。


 すべて保存していた。


 弁護士にも共有した。


 *


 弁護士事務所。


 梨花、一絵、麻里子、それぞれの家族が集まった。


 弁護士は大輝の投稿を確認し、静かに言った。


「これは新たな問題になります」


 梨花が顔を上げる。


「新たな問題?」


「名誉毀損、プライバシー侵害、精神的苦痛の拡大。さらに関係者への二次被害です」


 一絵の父・一也も険しい顔をした。


「うちの娘のことも匂わせてる」


 菊江は一絵の肩を抱いた。


 一絵は青ざめていた。


 *


 弁護士は続けた。


「削除しても、記録は残っています。追加請求の対象になります」


 麻里子が言った。


「また増えるんですね」


「はい」


 弁護士は資料をまとめた。


「今回のSNS投稿について、別件の損害賠償請求を準備します」


 梨花は深く息を吐いた。


 怒りよりも、疲れが先に来た。


「まだ私のせいにするんですね」


 七海が梨花の手を握る。


「梨花は悪くない」


 梨花は小さくうなずいた。


 *


 一方、大輝の投稿はさらに炎上していた。


 大輝は批判コメントに耐えきれず、また投稿する。


 《事情も知らないくせに叩くな》

 《妻が全部大げさにした》

 《俺は被害者でもある》


 それがまた燃料になった。


 《本当に反省してる人はSNSで妻を責めない》

 《被害者でもある、じゃなくて加害行為を説明しろ》

 《親にも会社にも見放された理由を考えろ》

 《まだ人のせいにしてるのが怖い》


 大輝はスマホを投げつけた。


 画面にひびが入った。


 *


 その日の夕方。


 俊也と祥子にもSNS投稿の内容が知らされた。


 祥子は泣き崩れた。


「まだ梨花さんのせいにしてるの……」


 俊也は無言だった。


 だが、その顔には失望が刻まれていた。


 息子は、まだ反省していない。


 まだ自分が傷つけた人たちを、さらに傷つけている。


 *


 俊也は大輝に電話をかけた。


「投稿を消せ」


「親父までそれかよ」


「今すぐ消せ」


「俺は事実を書いただけや」


「事実を隠して、自分に都合よく書いただけやろ」


 大輝は黙る。


 俊也は低く言った。


「これ以上、人を傷つけるな」


「俺はもう傷ついてる!」


「傷つけられた人間が、他人を傷つけていい理由にはならん」


 その言葉に、大輝は何も返せなかった。


 *


 夜。


 梨花は実家の客間で、スマホを伏せていた。


 SNSの投稿は見なかった。


 見ればまた傷つく。


 だから、見ないことを選んだ。


 麻里子が隣に座る。


「お姉ちゃん、見んでええからね」


「うん」


「証拠は全部取ってある」


「ありがとう」


 梨花は小さく笑った。


「麻里子、ほんま頼もしいね」


 麻里子は照れたように視線をそらした。


「姉を守る妹ですから」


 その言葉に、梨花は少しだけ笑えた。


 *


 その笑顔は、小さかった。


 でも確かに、梨花の中に残っていた。


 大輝の怒鳴り声。


 SNSの言葉。


 責任転嫁。


 それらに飲み込まれず、梨花は少しずつ、自分の場所へ戻ろうとしていた。


 *


 次回予告

 第18話「不倫相手の名前」


 SNS投稿により、大輝への追加請求が決まる。


 一方、一絵は世間の声に怯えながらも、お腹の子を守るために立ち上がる。


 梨花は初めて、一絵と真正面から話す。


 騙された妻と、騙された恋人。


 二人は憎み合うのではなく、同じ嘘に傷つけられた者として向き合う。


 次回、


 第18話「不倫相手の名前」


 名前を知ることは、痛みを知ることでもある。

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