2-8 真面目で、純粋で、なにより苦労人
床をすっかり磨き終えたヒーアリックが立ち上がると、ナズナは申し訳なさそうに両手を握って小さくなっていた。
「本当にごめんなさい……。片づけまで手伝ってもらって……」
「気にするな。また淹れなおせばいい話だ」
ヒーアリックが苦笑いを浮かべると、ナズナはパッと顔を輝かせる。
「じゃあ、紅茶をリベンジするので、クッキー食べましょうっ……!」
「……いや、紅茶は俺が淹れよう」
そう言いヒーアリックが準備をする間、ナズナは山積みの箱からクッキーをいくつか取り出し、皿に並べてテーブルに置いた。
ソファにいたはずの白ネズミのレオンと黒猫のミーシャは、いつの間にかナズナの足元にすり寄っている。
(食べたいって言わなきゃあげないからね~♪)
ナズナは、二匹がヒーアリックの前ではただのペットとして振舞っていることをいいことに、二匹がクッキーを欲しがっていることに見て見ぬふりをした。
レオンはクッキーの匂いを嗅ごうと、鼻をピクピクさせながら、必死にナズナの足をツンツンとつついている。
ほどなくして紅茶を淹れ終えたヒーアリックは、ソファに腰を掛け、皿に盛られたクッキーを一つ手に取った。
「……どうですか?」
「ああ。美味い」
ヒーアリックは、珍しく柔らかく微笑みながらそう言った。
なんだか、ふんわり優しい空気が流れている。
ナズナはそんなヒーアリックの横に腰を下ろした。
「……なぁ、ナズナ」
「はいっ?」
「……もし、何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ」
「へ……?」
ナズナは、思いもよらぬヒーアリックの言葉に思わずクッキーをつまんでいた手をピタリと止める。
まさか、そんな風に自分を案じてくれているなんて思ってもみなかったのだ。
「お前は隙だらけだからな。危なっかしくて見ていられない」
ヒーアリックは少しバツが悪そうに、目を逸らしながら呟いた。
想定通り、「みっともないドジで可哀想な女の子」の演技は上手く出来ているらしい。
ナズナは内心、ホッと息をつくと脳内の思考を巡らせた。
困っていることは特にない。
ただなんとなく、この真面目なヒーアリック・アダルバートという男をからかいたい思い、ナズナは絶妙な『困っていること』をでっち上げようとする。
(……あ!そういえば……!)
思い出した。
でっちあげる必要もないほどに、困っていることなら1つある。
正直なことを言えば、「ヒーアリックさんのお給与半分分けてくださいっ!」と可愛く言ってやりたいものの、それを繰り返しては正真正銘のヒモ女に成り下がってしまう。
『困っていること』を思い出したナズナは、ここぞとばかりにビシッと力強く手をあげた。
「なら1つ、相談がありますっ……!」
「なんだ?」
「……ええと、私、そろそろ働こうかなと思いましてぇ……。お仕事を探してるんです」
今、財布の中身は銅貨二枚。
この貰ったクッキーも、近所の人ではなく、『余ったからあげる~』とミュゲから雑にもらったものだ。
ヒーアリックからの養護はあるものの、この生活がいつまで続くかわからない。
なにより、永遠に自分の欲しいものが手に入らない。それはそれで、人生を謳歌したい身としては困る。
ナズナはわざとらしく、もじもじしながら答えると、ヒーアリックは「は?」と言いたげに盛大に目を丸くした。
「……まだ働いてなかったのか?」
「あ……」
(やっばい、働いてると思われてたんだ!言わなきゃよかった……! 確実に墓穴掘った!!)
「は、はい……。森にいた時は自給自足的な生活ができてたんですけど……。王都の美味しいご飯を食べたら抜け出せなくなって……ご飯のためなら働いてもいいなと思いましてぇ……」
真っ白になった思考をフル回転させながら、ナズナは必至に苦し紛れの言い訳を並べ立てる。
そんな彼女のしどろもどろな説明を、ヒーアリックはどこまでも真剣なまなざしで、耳を傾けてくれていた。
「そうか……。だが、あいにく俺の方から紹介できるような口利き先はないな。何かいい仕事が見つかればいいんだが……」
(すっごい真面目に考えてくれてる……。何がヒーアリックさんをこんな純粋にしたの……?)
ヒーアリックは腕を組んで悩まし気げな声を漏らしたあと、ナズナは「あ、そうだ」とばかりにわざとらしく両手を叩いた。
「なら!街に出て、何かピンと来るようなお仕事探して来ますっ!ヒーアリックさん、お暇なら付き合ってくれませんか……?」
「悪いな。俺は今日、この後予定があるんだ」
「予定?何をするんですか……?」
ヒーアリックは、苦い顔を浮かべながら視線を窓の外に逃がした。
「……言えん」
苦い顔を浮かべるヒーアリックを見たナズナは、それとなく彼が焦りそうな冗談を言う。
「ま、ままま、まさか!国家反逆でも企んでるんですか!?」
「なわけあるか!祝賀会だ!変なことを言うな!」
「祝賀会……?」
「ってなに……?」
「……想像するだけで胃に穴が開きそうなんだ。これ以上多く語らせないでくれ……」
頭を抱えてぐったりとソファに沈み込むヒーアリックの姿を見て、ナズナは(……この人、めちゃくちゃ苦労人だなぁ……)と、別の意味で生暖かい目を向けるのだった。




