2-6 ヒモ女は金欠
「ふぅ~。やっと片付いたぁ~!」
ナズナは、ぐっと両手を天に伸ばし、大きく背伸びをした。
数時間かけて掃除されたその小屋は、散らばっていた調合レシピや小瓶の残骸などが、ようやく視界から消えている。
「大変だった〜。もう夕方なのさ~」
「お疲れ様、2人とも。助かったよ」
小屋の窓の外を見ると、空は茜色のグラデーションがゆっくりと藍色へ溶け込もうとしていた。
「はぁ…。こういうのはギリギリまで残すな」
「やだ。耐えられるところまで耐えるから」
呆れ顔のアッシュに対し、ナズナはバツが悪そうにそっぽを向く。
ほうきを片付けたミュゲは、ぐっと体を伸ばし、わざとらしく大声を張り上げた。
「いや~、今日はよく頑張ったのさ!」
「だな。めちゃくちゃ綺麗になったぞ。証拠もゼロだろ。つーわけで」
すっきりと片付いた部屋を見渡し、アッシュとミュゲは顔を見合わせると、同時にナズナへと手のひらを突き出した。
「ん……?なにその手」
「給料」
「給料!?」
「晩御飯!」
「奢れってこと!?」
「無理無理無理無理!金欠!ヒモ女舐めんな!」
「開き直るなよ」
慌ててその場から飛び退いたナズナに、アッシュは深いため息をついた。
「……まあ、給料は俺の優しさで許してやるが……。晩飯代は別だ、出せ」
「そうそう!あたしたちの労働に対する謝礼がないのさ!」
「手伝いじゃん!手伝いはセルフサービスでしょ?」
「半強制!」
「んじゃ、労働の対価はしっかり払ってもらうかんな」
「うんうん。あたしたちの胃袋を満たす義務があるのさ~!」
アッシュとミュゲに両側からがっちりと肩を掴まれ、ナズナは「ひえっ」と情けない声を漏らした。
三人は、綺麗に片付けられた空っぽな小屋を後にした。
すっかり夕暮れとなった王都のメインストリート、ルミナス通りは、夕暮れとなった今も人通りが多く、活気づいていた。
そして、石畳のあちこちに街頭が灯り始め、店の看板が色鮮やかな明かりを灯して夜の賑わいを少しずつ見せ始める中、ミュゲは強引にナズナの手を引っ張っていた。
「ちょ、ちょっと待って!私の全財産舐めないでよ。微塵もないんだけど?」
「知るか。ミュゲ、次はそこの角を曲がる」
「やめて!やめてよ!もう一回話し合おう?」
「ナズナ、文句言わない!あ~、今日はお肉がいいのさね~♪」
「安心しろ、ミュゲ。今からいく店はいい牛肉が食えるぞ。なんてったって、王都歴の長い俺がイチオシする店だからな」
「ダメダメダメダメ!うち、肉は猛獣の肉一択でやらせてもらってるんです!!」
言い合いながらも、なぜか足取りはすっかり外食モードになっていた。
邸宅で豪華なディナーにありつく予定だったナズナは、なぜか自分のポケットマネーを賭けた外食バトルへと発展している。
「……せめて一番安いお店にしてよぉ~……!」
ナズナの悲痛の叫びは、夜の雑踏にかき消されていった。
結局、アッシュの案内で三人が辿り着いたのは、大通りから一本入った裏路地にある、赤い屋根が目印の小さな居酒屋だった。
年季の入った木製の看板には、『ホネツキ亭』と書かれており、店先からは香ばしい醤油と肉の焼ける最高の匂いが漂っている。
「ここ……?」
「いい匂いがするのさ~!」
ミュゲが木製の扉を押し開けて中に入ると、店内は仕事終わりの商人や冒険者たちで活気溢れていた。
スパイスの効いた食欲をそそる匂いが、掃除で空腹になった三人の胃袋を刺激する。
三人は、空いていた一番奥の円卓に腰を下ろし、ミュゲは即座にメニューを広げた。
「わあ!お肉料理がいっぱいなのさ~!あ、あたしこれにするのさね!」
ミュゲは嬉しそうに深いピンク色の目を輝かせて、1番高いステーキの文字を指す。
「はっ、正気!?一番安いの選んでよ……!」
血の気が引いた顔でメニューを覗き込み、ナズナはメニューの端にある最も懐に優しい「日替わり定食」の文字を、震える指でグリグリと押しつける。
そんなやり取りを横目に、アッシュは慣れた手つきで定員を呼び止めた。
「とりあえず、コイツには日替わり定食を。で、名物のスタミナ肉炒め定食と、ステーキ1つずつ。おすすめの串焼きを六本頼む。あとーー」
「生ビール三本」
アッシュは眩しいほどの爽やかな笑みを浮かべながら、右手で三本の指を立てた。
「やったぁ~!お疲れ様のビール、ビール〜♪」
「余計なもの頼まないでぇぇぇ!」
「うるさ。俺らのことちゃんと労れよ」
「そんな余裕ないってば!でも三本……。私の分もある……。そこだけは優しいぃ……」
ナズナは泣く泣く自分の財布から消えていく硬貨の未来を幻視しながら、力なく天を仰いだ。
「お待たせしましたぁ〜!特製スタミナ肉炒めに日替わり定食、ステーキ!そして生ビール三本になりま〜す!」
威勢のいい掛け声とともに、店員のお姉さんがテーブルへ次々と皿を並べていく。
そして、ドンと置かれたジョッキからは、冷えた炭酸の心地良いシュワシュワという音とともに、黄金色の液体の上で真っ白な泡がぷるぷると揺れていた。
「おぉ〜!これこれ、これなのさ〜!」
ミュゲは目を輝かせ、迷いなくジョッキを掴みあげる。
「あー、染みる……」
アッシュもジョッキを傾け、喉を鳴らしながら至福の表情でビールを流し込んだ。
「あぁ……。私のお金が溶けてく……。私何も悪くないのにぃぃ〜、不憫だぁ……」
頭を抱えてテーブルに突っ伏すナズナをよそに、二人は我関せずとばかりに肉を頬張り、ビールをグイッと飲み干していく。
「ほらナズナ!早く食べるのさ!冷めちゃうのさね!」
「……ううっ、お金払わないからって好き勝手しやがって……」
ナズナは顔を上げ、目の前に置かれた日替わり定食を見つめた。
立ち上る湯気と香ばしい匂いに、文句を言っていた彼女も思わずゴクリと喉を鳴らす。
「……まぁ、いいか。いっただきまーす!」
騒がしい店内の喧騒に紛れ、三人の少し賑やかな晩餐が始まったのであった。
《おまけ》
「合計で銀貨五枚と銅貨三枚になりま〜す!」
すっかり空腹も満たされ、心地良い酔いに浸るアッシュとミュゲを背後に、ナズナは魂が抜けたように真っ白な灰と化していた。
「お、おお、おねえさん。見間違いですよね、?流石に高すぎでは……?」
「見間違いじゃないですよ!ステーキ、日替わり定食、スタミナ定食が一つずつ。あと、追加注文されたのを含め、ビール18杯、串焼き30本でーす!」
「ちょっと食いすぎたな」
「ふぁ〜。肉汁ジューシーすぎて、お腹いっぱいなのさ〜」
「全然ちょっとどころじゃない……。宴会じゃん!」
「それ言ったらお前もだ。一人でビール8杯飲んでんぞ」
「うっ……だってショックで喉が勝手に……」
「払うことすっかり忘れてて飲んでただけだろ」
震える手で財布を開け、残された最後の全財産を確認したナズナの顔から、さらに血の気が引いていく。
「……え、払ったら残り銅貨二枚……?嘘でしょ、私、明日からどうやって生きていけばいいの……!?」
王都の夜の賑わいに、ナズナの盛大な悲鳴が溶けていく。
こうして、労働の対価はしっかり払われ、ナズナのポケットマネーは無事、死に絶えたのだった。




