#008「TAS神、計算外RTA」
最後のランが始まった。
召喚から3秒。
(経過タイム、3秒。
今回も同じだ。
チャートを確認する。
#001から数えて何回目かはもう数えていない。
でも覚えている。全部覚えている。
今回が、最後になる気がする。)
走者は、走り出した。
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【LIVE配信中】視聴者数:表示不能
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名無し:来たーーー!!
wktk_runner:最終ランだ!!
RTA_gazer:記録、今回こそ届くか
勇者ファン:走者さんがんばれ!!
TAS_watcher:観測継続。
最終ランの可能性:検出。
……見ている。
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城を出た。森を抜けた。
スライムが出た。0.6秒で消した。
令嬢が走りながら書類を書いていた。
姫が走りながら「またカンかーい!!」の練習をしていた。
女神が走りながら「説明を——」と言いかけて黙った。
(今日は説明しなくていい。
全部、知ってる。)
「……今日は速いですね。」
女神が静かに言った。
「うん。」
「……いつもと、違う気がします。」
「うん。」
女神が0.3秒止まった。
「……終わらせるつもりですか。」
「うん。」
沈黙。
女神がまた走り出した。
「……わかりました。」
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名無し:女神さんが気づいてる
wktk_runner:「わかりました」の意味が重い
RTA_gazer:女神さんがいつもと違う
勇者ファン:女神さん……
TAS_watcher:女神が「わかりました」と言った。
……私も、わかっている。
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*****
断罪会場を通過した。
令嬢アシテッドが書類を片手に走りながら言った。
「……終わったら、走者領に寄ってください。」
「チャートに入れる。」
「約束ですよ。」
「約束。」
令嬢が少し笑った。
「……初めてそれを言いましたね。」
「うん。」
「いうのが遅い。」
「……そうだな。」
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名無し:「約束」を初めて言った走者!!
wktk_runner:令嬢さんが「遅い」って言った
RTA_gazer:でも走者が「そうだな」って認めた
勇者ファン:令嬢さんと走者さん……
TAS_watcher:走者が「約束」と言った。
チャートに、約束が入った。
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王宮を通過した。
第一王子が廊下の端に立っていた。
「来ると思っていた。」
「うん。」
「今日が最後か。」
「たぶん。」
第一王子が頷いた。
「……また来い。チャートに入れてあるんだろう。」
「入れてある。」
「なら、行ってこい。」
走者が走り出した。
第一王子が小さく言った。
「……弟よ。」
走者は振り返らなかった。
でも、0.2秒だけ、速度が落ちた。
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名無し:「弟よ」……泣く
wktk_runner:0.2秒だけ速度が落ちた!!
RTA_gazer:走者が聞こえてた
勇者ファン:ちゃんと聞こえてたんだ……
TAS_watcher:走者の速度、0.2秒低下。
……聞こえていた。
走者には、聞こえていた。
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*****
魔王城最上階。
魔王が振り返った。
「……また来たか。」
「最後かもしれない。」
魔王が0.5秒止まった。
「……そうか。」
「散歩、4分。約束してた。」
「……今日じゃなくていい。」
「次があるかわからない。」
魔王が少し考えた。
「……なら、今度こそ散歩らしい散歩をしよう。」
「4分で。」
「……そこは譲れないのか。」
「4分で全力で散歩する。」
「全力で散歩する意味がわからないぞ。」
「俺にはこれしかできない。」
魔王が笑った。
「……そうだな。お前はそういう奴だ。」
4分散歩した。
「スキップ。」
「……ああ。」
魔王が消える前に、一度だけ振り返った。
「——走者。」
「何だ。」
「お前と話せて、よかった。」
走者が0.5秒止まった。
「……俺もだ。」
魔王が笑いながら消えた。
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名無し:魔王さんとの別れ……泣いてる
wktk_runner:「お前と話せて、よかった」
RTA_gazer:走者が「俺もだ」って言えた
勇者ファン:魔王さんが一番走者の友達だった気がする
名無し:「全力で散歩する」は走者すぎる
TAS_watcher:魔王が消えた。
走者が「俺もだ」と言った。
……走者に、友がいた。
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【記録】
走者 :四十七分十二秒
Any% #094
縮まった。
画面の端を見た。
光が、来なかった。
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名無し:え?
wktk_runner:光が来ない!?
RTA_gazer:同フレーム更新が来ない!!
勇者ファン:どういうこと……?
TAS_watcher:……。
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十秒。
二十秒。
三十秒。
更新されなかった。
(……何が起きてる。)
走者の前に、光が集まった。
人の形になった。
金色に輝く何かが立っていた。翼がある。
女神だった。
でも違った。
いつもと、目が違った。
「……お疲れ様でした。」
静かな声だった。
「……お前、TAS神か。」
女神が0.8秒固まった。
「……知っていたんですか。」
「コメント欄。文体が同じだった。」
長い沈黙。
「……いつから。」
「#003くらいから。」
「……なんで言わなかったんですか!!」
「チャートにない。」
女神(バレてたーーーーー!!)
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名無し:知ってたーーー!!!
wktk_runner:#003から気づいてたの!?
RTA_gazer:「文体が同じ」で見抜く走者
勇者ファン:「チャートにない」で言わなかったの笑う
名無し:でも言わなかった理由が「チャートにない」
なのが走者すぎる
TAS_watcher:……。
TAS_watcher:「チャートにない」。
TAS_watcher:……それが、答えですか。
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女神が深呼吸をした。
「私が……TAS神です。この世界の管理者です。
あなたを召喚したのも、私です。
記録を塗り替え続けたのも、私です。」
「知ってた。」
「……全部知ってたんですか。」
「全部。」
女神が頭を抱えた。
「……なぜ走り続けたんですか。管理者に塗り替えられると
わかっていて。」
走者が少し考えた。
「お前が、見てたから。」
女神が顔を上げた。
「……え?」
「コメント欄。毎回見てた。
TAS_watcherが、毎回いた。
塗り替えてるくせに、見てた。」
「……それが、理由ですか。」
「走る理由は記録のためだ。
でも、止まらなかった理由は——お前が見てたから。」
沈黙。
女神の目に涙が溜まっていた。
「……ずるいです。」
「事実だから。」
「……令嬢と同じことを言わないでください。」
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名無し:「お前が見てたから」!!!!
wktk_runner:止まらなかった理由がそれか……
RTA_gazer:TAS_watcherがずっと見てたから走れた
勇者ファン:泣いてる……泣いてる……
名無し:「事実だから」を女神にも言った走者
名無し:令嬢と同じ言葉!!
TAS_watcher:「お前が見てたから」。
……計算外だった。
ずっと、計算外だった。
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「……なぜ、今回は塗り替えなかった?」
走者が聞いた。
女神が涙をぬぐった。
「負けたからです。」
「何に。」
「……あなたが、楽しそうだったことに。」
走者が0.8秒固まった。
今まで一度もなかった沈黙だった。
「……楽しかったのか、俺が。」
「楽しそうでした。ずっと。
記録のためだと言いながら、
令嬢に助かると言って、
魔王と散歩の約束をして、
兄に会いに行くルートをチャートに入れて——
全部、楽しそうでした。」
(…………。
楽しかった。
チャートにない、と言い続けた。
でも——全部、覚えている。
令嬢が笑った顔。
魔王が地面を叩いた音。
姫の「またカンかーい!!」。
女神のハリセンが当たった痛さ。
兄の声。
全部——)
「……チャートにあった。」
女神が泣きながら笑った。
「……最初からそう言えばよかったじゃないですか。」
「言い方がわからなかった。」
「……不器用すぎます。」
「そうかもしれない。」
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名無し:「チャートにあった」!!!!
wktk_runner:走者が認めた!!全部認めた!!
RTA_gazer:「言い方がわからなかった」で泣いてる
勇者ファン:女神さんが泣きながら笑ってる
名無し:走者が不器用すぎるけど全部伝わってたんだ
TAS_watcher:「チャートにあった」。
走者が、認めた。
全部、チャートにあった。
……私の負けだ。
計算外だった。
あなたが——
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女神が一歩前に出た。
「……一つだけ、聞かせてください。」
「何だ。」
「これからも——走りますか。」
走者が少し考えた。
「走る。」
「……私も、見ていていいですか。」
「コメント欄にいろ。」
「そこじゃなくて——!!」
「チャートにない。」
走者が走り出した。
「走者!!」
振り返らない。
「私も——」
「チャートにない。」
「またそれかーい!!」
女神が泣きながら叫んだ。
ハリセンを振り下ろした。
空を切った。
走者はもういなかった。
女神がゆっくり膝をついた。
泣きながら、笑っていた。
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名無し:最後も空を切った!!
wktk_runner:でも泣きながら笑ってる女神さん!!
RTA_gazer:走者は走り続ける
勇者ファン:「またそれかーい!!」が最後の言葉
名無し:全部繋がった……
名無し:#001の「またカンかーい!!」から全部
TAS_watcher:女神のハリセン、空振り。
走者は、また走り出した。
……。
私も——走る。
名無し:TAS_watcherさん!!
wktk_runner:神が走り出した!!!
RTA_gazer:追いかけるんだ!!
勇者ファン:走者さんも全部わかってて走ってるんだ
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【最終記録】
走者 :更新中
TAS神 :———
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配信コメント欄に、一行だけ残っていた。
TAS_watcher:また明日も走るんだろう。見ている。
視聴者数:表示不能。
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(接続が安定しています)
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【オチ】
翌日の配信が始まった。
視聴者数:表示不能のまま。
走者が召喚された。
「装備。地図。」
王が固まった。
コメント欄が動いた。
TAS_watcher:また始まった。
TAS_watcher:(今日は隣にいる)
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名無し:また始まったーーー!!
wktk_runner:「今日は隣にいる」!!!!
RTA_gazer:女神が隣で走ってる!!
勇者ファン:TAS_watcherさんが横にいる!!
名無し:王様がまた固まってる
名無し:これが続くんだ
名無し:ずっと続くんだ
wktk_runner:最高すぎる
RTA_gazer:ありがとう走者
勇者ファン:ありがとう走者さん
TAS_watcher:ありがとう。
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TAS神 最終ログ
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記録を塗り替えなかった理由を、
正直に書く。
走者が楽しそうだったから。
それだけだ。
「なぜ走るのか」と聞いた。
「記録のため」と言った。
「なぜ止まらないのか」と聞いた。
「止まったら負けだ」と言った。
計算した。
全パターンを検討した。
どのパターンでも、走者は走り続けた。
どのパターンでも、私は見続けた。
計算外だったのは——
走者が楽しそうだったことではない。
私が、それを見たかったことだ。
この感情の名前を、
今日、認める。
好きになった。
理由は、計算できない。
でも——
走者が走るなら、私も走る。
隣で。
完
後書き:今回のなろうテンプレ「ループもの」について
今回走者が踏んでいたのは「ループもの」です。
なろう系でも人気が高いテンプレートのひとつ。何度も同じ時間を繰り返しながら、少しずつ前進していく構造です。記憶を持ったまま繰り返すこと、少しずつ変わっていくこと、それでも止まらないこと——これが「仕様」です。
走者は何度ループしても走り続けました。
TAS神は何度塗り替えても見続けました。
どちらも、たぶん、最初からそうするつもりだったのだと思います。
全8話、読んでいただきありがとうございました。
走者はまだ走っています。女神は隣にいます。令嬢は書類を持って走っています。魔王は散歩の約束を待っています。姫は今日もどこかで「またカンかーい!!」と叫んでいます。
それでいいと思います。
「たぶん、これが一番はやいと思います。」
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