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一五章 願いの翼

 

 惑星アースに帰った天白和が、翌朝、桜神甚の証言をゾウ経由でオトに届けた。魔力集束現象を起こさず余光も発しない空間転移で移動させられた、と、いうものだ。

 創造神アースの魂を持って生まれたオトやララナが用いる特異転移に似ることから「特異転移もどき」と仮称したその空間転移は堤端総達が昨夜モカ村に現れた際、オトが直接目にした。

 確かとなったのは、特異転移もどきと穴型空間転移、二種類の空間転移系魔法を使う術者が魔団にいること。魔導機構で活用されている穴型を先に使えるようになったのだろうと推測できる一方、魔団のこれまでの行動と旧友や元恋人まで巻き込んで仕掛けてきたことを傍証として長年に亘ってオトを観察するうち特異転移を表面的に理解・真似して特異転移もどきを開発したとも推測できた。

 要するに、魔団はオトへの挑戦を続けている。

 他方、オトが言うのは、

「挑戦者の立場を超えて、上から挑発しとる気分になっとるんやないかな」

 と、いうものだった。エスカレートしている魔団の行動からその見方もできる。

「挑発してもいいことはないように存じます」

 と、ララナはオトの能力の高さを知るがゆえに意見した。「オト様の力は、いっそ、果てのない力です。強ければ強いほどに底知れなさを理解でき、挑むことを諦めるのが普通ではございませんか」

 強すぎる相手には畏怖するものだ。自分が培った力が通じないとき、どんなに努力しても及ばないとき、ひとは諦める。敵対が深まり戦闘に及べば命を落とす危険性すらあるからだ。スポーツや学業などで競い合うときも同じようなことがあるだろう。力が拮抗していると感じている相手であれば続けられる切磋琢磨であるが、何かの拍子で実力差を感じ取った瞬間、競い合う気持が折れて脱落したり、諦観を得て身を引いたりする。命さえ取られなければ別の方面に根を伸ばして新たな力を育める。そのような前向きな思考もあるから諦めることは敗北とは違う、と、いう考え方もできる。が、魔団の考え方はそれとは異なる。

「オト様を傷つけるため──、と、考えてきましたが、世界同時テロのことも踏まえますと何かしらの政治的・思想的な目的が大きく絡んでいると考えられます」

 音羅を押さえている以上オトとその家族には勝利している、と、魔団は捉えているに違いない。傀儡化魔法の変化や新たな魔法の開発、オトの関係者をより多く巻き込む、と、いった行為のエスカレートは、オトへの挑戦を一定の成功と見做してのこと。ダゼダダじゅうで忌避・崇拝されたオトに挑むことで魔団は一種の自信と経験を培い、恐らくは本来の目的であろう政治的・思想的目的を果たすべく動き出すことが予測できるのである。

「さて、ここで新たに獲得した一つの情報をテーブルに並べるとしよう」

 ララナはオトと二人で食堂の円卓についている。堤端総達を惑星アースに送り届けたオトとともに朝食を済ませたララナは、仮眠もせずこの食卓で話を始めた。その時点ではララナは内心、気が気ではなかった。本日、八月六日はじつはオトの誕生日であり、メリアとこっそり用意していた誕生日デザートが見つからないか、どきどきしていていたのである。魔団の話が始まったのでララナはほっとして、この状況に流れついた。

「新たな情報ですか。プウちゃんがそわそわしていることと何か関係がござりますか」

 食卓についているのはララナとオトだけだが、オトの肩に顔を載せたりオトとララナの膝の上を行ったり来たりして、幼い頃のようにプウが落ちつかない。全長二メートルを超えた今はあまり観ない行動だ。

「気づいとるなら話が早いな」

 と、オトがテーブルの上で両手を合わせ、「総達が現れたあと、プウが、何かのイメージを捉えたと教えてくれた」

「何かの、イメージ……もしや、音羅ちゃんの姿や、捕らえられている場所の景色ですか」

 幼い音羅の近くで初めて現れたプウは長年一緒にいて同じ景色や気持を共有してきたことだろう。分祀精霊として音羅と特別な結びつきを得ていたとしてもなんら不思議ではない。むしろそうであるからこそ音羅の近くにいて、この竹神邸にもやってきたのだとララナは理解していた。クムやフラフと星間通信できるオトと似たような関係にあって、プウが音羅の姿や居場所を感じ取ることは自然なことと考えられる。

「距離が遠いせいもあるんかも知れんが、はっきりとした感じじゃないらしい」

「ぼんやりしていて、明確に伝えられないのですね……」

 だからそわそわ、いや、焦って、苛立っている。時折ララナ達に触れているのはイメージを捉えるため落ちつかなかればならないとも考えている。

「プウちゃん、いらっしゃい」

「プゥ……」

 弱弱しく鳴いて膝に顔を載せたプウの頭を撫でて、するりと上ってきた体を抱き締める。

「イメージに実体はございません。摑み取ろうとすると指が擦り抜けるものですから、ゆったりと待ちます。すると、イメージのほうからゆっくりとやってきます。それを、迎え入れるための心を調えるのです」

「……プゥ」

「大丈夫です。瞼を閉じて、私やオト様の呼吸・心音、村の機織り、みんなの声、風音、なんでも構いません。プウちゃんの好きな音を聞いて、感じて、頭の中を空っぽにするのです」

 プウが最初にイメージを捉えたのは山田リュート達の襲撃が一段落ついたとき、つまり、強い緊張感から解き放たときだったという。その経験から、余計な感情や考えを取り除けたときがチャンスであり、リラックスしなければ伝わってくるものも伝わってこないと考えられた。

「……ゥ……ゥ」

「……眠ってしまったようですね」

「しばらく眠ってなかったみたいやからね」

「優しい子ですね」

 疲れきった神経。届いたイメージ。焦るのも苛立つのも無理はない。

「しばらく休ませたろう。それが、音羅救出の近道になるかも知れん。それに、俺からも話したいことがいくつかある」

 全長に違わず重くなったプウの体を抱き締めたまま、ララナはオトの話を聞く。

「オト様から。魔団についての、新たな情報ですか」

「まず、前の穴型と同じく転移はヨコシマによるもの、特異転移みたいなもんやった」

「より察せられにくい特異能力を習得した、と、いうことでしょうか」

「まず間違いなく」

 原始魔法から特異能力へのステップアップ。魔団は看過できないレベルに成長している。

「で、転移の痕跡を辿った先は総達の仕事場や家やった」

「術者の居場所を特定できるような痕跡はございましたか」

 オトが首を横に振って、今回の術者の慎重さを認めた。

「魔団的慎重さを共有しとる人間であり、やり口からして穴型と同じ術者と考えることもできるが音羅の居場所を特定するに至らん話やから早めに切り上げる。別に大事な話がある」

「なんでしょう」

「魔団が動き始めるとしたらいつ頃か、って、話したの憶えとる」

 それは、子欄を救出するに至った長い夜が明けて立ち番を交替するときのこと。ざっくりとした表現だったが音羅の生存可能性がなくなる、と、ララナは危機感を持った。

「一箇月以内に大きく動く、と、伺いました」

「正確には今日を予期しとった」

 オトへの挑戦あるいは挑発に終止符を打つ日。魔団がそう考えたとしてもおかしくはない。それが本日、

 ……オト様の誕生日──。

「嫌がらせとして最適な日と俺も太鼓判を捺すわ」

「ようやく旧友の皆さんと解り合えたというのに……」

「計画通りなのかもね。悦ばしい出来事が続くと思わせといて、予期も織込み済みで動き出せば嫌らしさ倍増。んで、暗躍をにおわせるように音羅を動かした」

「プウちゃんに届いたイメージですね」

「見たものか感じたものか、詳細は不明やけど、動かされた音羅が何かを知覚したことは確かやろう。逆をいえば、俺から接触または魔団から接触するまで音羅の命は無事だ。が、救出後の精神衛生は保証できんな」

「魔団の性格に一致しています……」

 プウの受け取ったイメージが音羅のものであれば、オトの推測は確定的だ。知人を傀儡に仕立てて襲撃させ、娘を捕らえ、人生の好事を衝いて最悪の予期を与え、とことんまでにオトを苦しめる。

 ……音羅ちゃんを、オト様の目の前で──。

 恋人橘鈴音の死さえも超えるような絶望。そんな予感をオトも持っていることを、ララナは感じた。傀儡としてまだ現れていない人物にも目を向けなければならない。

「ご高察を伺います。傀儡──、次に現れるとしたら……、オト様は、誰だと思しですか」

「掲示板にも書いた通り。やけど、あえて挙げるなら、最悪の日として選定されそうな人物は三人、お母さんとあの子と相末君かな」

 ……銓音さんと鈴音さんと学さん。

 一部オトが否定した関係もあるが、ララナが捉えたオトとの関係は順に、母親、恋人、親友である。オトの人生において、人格の大部分を形成したといえるのが竹神銓音。その人格を歪ませた出来事の中心にいたのが橘鈴音。歪んだ人格にも寄り添って長年緑茶荘に通ってきてくれたのが相末学。

 オトがこう添える。

「まあ、表面的ではあるやろう」

「表面的ですか」

「魔団の観察が俺の内面を果してどこまで掘り下げたのか。それが正直、把握できとらん。系譜なり来歴なりを俯瞰したとして、仮に俺が生まれた瞬間から全てを観とったとしても、内面の機微全てを察せられたとは思えん」

 そう言いきれるのには理由がある。と、いうのも、学園支配の頃から意識共有していた創造神アースを騙して、意識共有を絶つ作戦を成功に導くほどに、オトは内面を偽り、それを演技してみせていた。ララナも何度も騙され、裏切られた心地になり、ときに殺されそうになったこともある、とは、ララナの感覚でしかなくオトにそんな本心はなかったのかも知れない、と、確信を得られる答を未だに導き出せていないほどにはかつてのオトの一挙手一投足を掘り下げられていない。オト曰くストーカである妻ララナですらそうなのだ。

「これまでの動きから事実を拾うなら、俺はお父さんが大嫌いやから、誕生日には絶対に観たくない。が、もう現れて消え失せた」

 オトへのダメージを最大化しづらくなり効果的とはいえないため、作戦上、再出現の可能性は低いとララナは考えている。魔団が言葉真毎を最大限活かすなら、例えば、オトの誕生日に音羅殺害を実行させればよかった。竹神邸に接近させて子欄を空間転移で連れ去らせたのが実際のところだ。オトが嫌悪する相手としては役不足だったといえる。

「夜月やプウの情報によれば佐崎文也が複数現れとる。嫌なもんは嫌やから、お父さんがまた現れることも想定したほうがいいのかも知れんな」

 そうなると予測が散らばる。オトがその人格を尊んでいた言葉真鷹音は再来の可能性が高そうであるし、オトが嫌っている言葉真毎もそうだ。どちらも精神的ダメージを狙う再生とはいうまでもないが、傀儡化していなくてもその姿が現れるだけでオトの動きに一瞬の隙を作ることができるだろうことから魔団に取っては優秀な駒として扱われるだろう。

 ……優秀な、駒──。

 そんなふうに死者を捉えてしまう。俯瞰は必要だがララナは自己嫌悪した。オトに関わったひとを戦いの道具のように観ているのは魔団と同じではないか、と。

「自分を責めることはないよ」

「……オト様は慰めてくださりますが、私はどうにも──」

「魔団の立場から冷徹に物を考える。そうしとる根本的な理由は家族を守るため。ひいては、俺を助けようとしてくれとる。そうやろ」

「……はい」

「自責の念が止まらんなら、無意識にもプウを労わっとる自分の心を見定め直しなさいよ」

「──」

 プウを撫でている。それは決して、自分が不安だからだけではない。何日も眠っていないというプウが夢の中で心穏やかであってほしいと思っている。ほかのみんなにだってそうあってほしいと思っている。だから、夜間立ち番をしてくれるオト達がゆっくり休めるように日中の立ち番を懸命にこなしている。家族みんながそうだからララナも頑張れる。そして誰よりもオトがそれを知っていてくれるから無意識にも体が動くのだ。自分を苛むべきことは何一つなかった。推測するに当たって行う立場の置き換えにまで責任を持ちたがってしまうのは、ひとえに目に見える進展を求めている。

「音羅が無事に戻るまで、そうした感情的な責任追及をついやってまうのは避けようがないかも知れん。でも、自分の本心を見失ったらいかんよ。そんで、その本心がみんなの救いやってことも、憶えといて」

「──オト様に取っても」

「ん」

「……。畏まりました」

 彼の微笑みに、これから何度救われるだろう。無意識に動かしていた手を、プウをより穏やかな眠りへいざなうように意識的にも動かして、ララナはオトに微笑み返した。

「さて、魔団は推測や憶測が届かん相手でもある。油断せず警戒しよう」

「はい!」

 オトの長年の憂いであっただろう、旧友との蟠りがようやく解消できたのだ。悲惨な日など一日でもお断りだが、今日に限っては欠片ほどの惨さも許してはならない。

「じゃあ、悪いけどちょっと寝るね。プウは預かるわ」

「はい。ごゆるりとおやすみくださりませ」

 プウを抱っこしたオトが寝室の襖を閉めたのを見届けて、ララナは裏口へ向かった。

「さあ、本日も確実に守り通しましょう!」

 

 

 何日経ったか、暗闇の中では判らない。

 精神力を消耗しないよう炎を灯すのも控えて音羅はじっと過ごしていた。

 最初のうちは、帰ったら食べたいものを思い浮かべたり、一人尻取りをしたり、秒数を数えたりして過ごしていたが、音もなく風もない空間は少しずつ心に闇を侵蝕させてゆくようで、そうなったとき炎を灯して、家を思い出し、家族の顔を思い出して、気持を奮い立たせた。

 ……負けない。絶対に、負けない。必ず、帰る。必ず、みんなのところに、帰るんだ。

 そんな未来を引き寄せるべく、おまじないのように、唱えるように、心にバリアを張ったことを確かめてから炎を消す。

 魔力還元体質のお蔭か空腹感に追いつめられることがなく、気持的には何か食べたいと思っても堪えられたのは幸いであった。

 何百回目からか、炎を灯す間隔が狭まってきて、もっと頑張ってから灯さなければ、と、自制しようとしたとき、ふと思い出したことがあった。いや、正確には、考えないようにしていたこと、だ。

 魔物から受けた毒が原因で観た幻覚──。音羅はそう思いたくて、父がそう診断してくれたから思い込みでもなく信ぜられたことがあった。

 ……また、コートを。それで、叱ってほしいな。

 欲深くそう思ってしまうのは、もしかしたら本当に再会できるかも、と、思えてしまったからだろうか。彼、相末学に。

 ……()()()を、今なら伝えられる。

 魔団による死者再生はあらゆる命を冒涜する行為と知りながら、どうしても願ってしまう、再会。揺れてはならない。火葬したみんなにも顔向けできない。そう考えながらも心は──。

 ……だ、駄目だ、駄目!

 音羅は少し早く、また、少し大きめの炎を灯して、心を落ちつける。……弱気になるな!

 死者再生はあってはならない。してはならない。世界のルールを無視して、死者の意志を無視して──。

 ……でも、文也さんは、わたしへの怨みを──。

 それが再生によって叶ったなら、あるいは魔団によって救われるひともいるということになるのでは──。

 ……違う……違う!絶対、違う!

 自分の力で必死に生きようとしていた人間佐崎文也が、本当に、心の底から他力本願を受け入れただろうか。自分が望みもしない復活から本望のままに生きられただろうか。

 ……──いや、それこそ、判らない。文也さんは、もういない。

 死者は言葉を発せられない。音羅が、その言葉を奪ったともいえる。意志を聞くことはもうできない。音羅が考えてみても、生きてさえいれば文也が自立へ踏み出せた可能性は否定できない。それで、本当に死者再生が絶対悪といえるのか。

 いえない。死者再生は必ずしも悪ではない。再生されたひとの意志で踏み出すことができれば、それがひとの自由を脅かさない手段なら、許されるべきことではないか。

 ならば、相末学だって、誰だって、再生されても──。

 …………弱っているんだな。こんなことを考えてしまうなんて。

 赤く赤く希望の色を発していた炎が、青く冷たい、絶望の色に塗り変わってゆく。

 ……諦めるな……弱気になるな……そう投げかけるのは簡単だ。でも、難しい。

 心の奥底では、再会を望んでしまっている。会えるなら、何度だって、何日だって、会っていたかった。

 見つめていると余計に闇が侵蝕してきそうで、音羅は炎を消した。

 ……いけない、こんなんじゃ、失格だ。でも……。

 折れそうだ。家族を支えなければならない立場であることは勿論、父達のように愛に溢れたひとで存りたい。心からそう思っているのに、折れそうだ。独りは、つらい。

 ……パパ……ママ……みんな……お願い、早く来て。これ以上は、持たない……!

 息が詰まって肺が痛むほど膝を抱いたそのときだった。ふと明るさを感じて、顔を上げた。

 ……──!

 助けが来た。

 そう思ったが、誰かが手を引く感触も、抱擁の温かさも、訪れなかった。明るさに慣れるまで、目の前のそれを認識することが難しかった。

 ……何かの、字だ。

 筆で書いたような字が壁にある。ぼやけた視界にくっきりとしてきたその字は美しかった。が、生暖かく逆に冷ややかな空気のせいか不気味に映った。肌がぞわぞわすると同時に斜め後ろに気配を感じて音羅は跳び退き、気配を確認して、力んだ脚から力が抜け落ちそうになった。

「……あ、あ……──!」

 吐息が漏れるばかりで、言葉が出てこなかった。明るさに慣れた眼に飛び込んだその姿は、何度思い出しても足りないほど求めていて、けして見ることができないと諦めていたひとにほかならなかった。

「っ相末さん──」

 思わず跳びつくと、

 ……っえ──。

 気づかないうちに距離が離れていた。頰が、痛い。格闘試合で打撃を受けたときと同じ痛みだった。

 ……突き放されたのか。

 相末学の手を観ると、事実とは少し異なると判った。……殴ら、れた──。

 握られた拳に、赤いものがついている。それに気づくと遅蒔きに口の中の痛みを感じた。咳き込むと床に零れた色にぞっとした。真赤だ。口が切れたにしては、量が多い。それを観て、就学時代に観た花のものを思い出して、その頃の彼女の身に起きていたことを振り返って我が身と照らした。

 ……頰や口以外に痛みはないし、体に、変な不快感はない。

 殴られたときにできた口の中の傷が思うよりずっと深く出血量が多いだけ。体を弄られた感覚はなく花とは症状が違う。その点は安心していい。が、警戒すべき状況ではある。

 ……よく観てみれば、眼が虚ろだ。

 相末学。

 ……やっぱり、再生は、悪だ。

 姿は生前のままなのに、焦点が合っていない。

 ……相末さんは、遺されたものを見せてくれた、優しいひとだったんだから──。

 暗闇で溜めた鬱憤を糧に義心を燃やして、音羅は平静を取り戻した。

 ……これは、わたしの知る相末さんじゃない!

 魔団に再生され、生前の魂に反して利用されてしまっている、傀儡だ。父が治療し直してくれたことから察するに毒での幻覚はあり得たのかも知れないが、音羅が見た相末学はこの傀儡だった可能性もある。

 ……心を乱されたら負けの流れになる。

 試合で追いつめられたときのように自分のペースを保つのが大事だ。呼吸するたび冷静さが戻ってくることを確認して、音羅は考える。

 ……結界から出たわたしの気配をパパ達なら察してくれるはずだ。

 ここがどこか判らないが、魔団の根城や隠れ家だとしたら、何かしらの探知妨害の魔法を講ぜられていて父達が気づくのに時間が掛かるかも知れない。時間を稼ぐ必要がある。

 ……まずは状況を確かめよう。

 幸いにして相末学が動く気配はない。傀儡は術者の命令で動くので命令外のことが起きると身動きしなくなる。相末学は音羅の監禁を命ぜられており先程の殴打は逃走を阻止したと捉えるのが妥当だ。音羅が性急な行動をしなければ攻撃される心配がなく考える余裕もある。

 音羅は眼を動かして、前後左右、地面と天井、それから壁を──、確認した。

 ……扉や窓がない。あのときみたいな、どこかの地下室なのかな。

 相末学の出現に驚いて冷静さを取り戻すための思考を優先していて今の今まで気づかなかったが、光源は電灯や炎ではない。燭台の蠟燭には火が点いておらず、ところどころに浮いている光が部屋を照らしている。

 ……ヴァイアプトさんの光に似ているけれど、少し違う。

 魔法の光か。目の前を浮遊していたものを触れてみると擦り抜けて、流れるように部屋を浮遊し続けている。

 ……攻撃性がない、ひとを傷つけない補助効果だけの魔法、かな。

 父や母に連なる竹神一家以外にそんな魔法を使える者が、魔団にいるということになる。しかも、

 ……魔力っぽくは感じない。けど、それっぽくも感じる。不知得性魔力で形作った光かな。

 音羅の使う魔法も一部は不知得性魔力を用いている。つまり不知得性魔力が音羅にも備わっている。感覚的に操っているせいで精度が低いと父には言われたのだが、その精度の低さが祟って不知得性魔力を一種の魔力として認識しづらいのかも知れない。認識しやすい知得性魔力とは異なる、と、いう反証を得て、不知得性魔力を用いた光源とは判る。単独で逃走するならかなり素早くかつ的確に外へ出て、魔団の面子の目に留まらないようにするのがベストだが、こうして不知得性魔力を用いていることが改めて判ったので早まった行動は命取りだ。

 ……抜け穴なんかはないのかな。

 天井・床・壁を焼き尽くせば脱出することはさほど難しくないだろうが、音羅の炎は明るくて派手なので魔団に見つかる危険性が高い。拳や蹴りで突き破ることも不可能ではないだろうが、それも物音を立ててしまうため危うい。

 ……魔団が近くにいないとしても、攻撃的手段での脱出はやめたほうがいいな。

 先程まで閉じ込められていた結界よりは広いが二〇畳そこらの小さな空間の外へ魔力探知を掛けられない。ここはまだ、結界の中なのだろうか。

 ……って、結界の中だとしたら、パパ達もまだこちらを探知できないんじゃ……。

 相末学もいるので緩められるはずもなかったが、音羅は改めて緊張感を高めた。

 ……探知してもらうには、結界が邪魔だな。

 音羅の魔法で結界を破れたとしてもそのすぐ近くに魔団とは無関係の人間がいる可能性を否定できないため、穏便な手段で脱出しなければならない。結界に出入口のような戸がついているイメージはないが、魔法学に明るくないぶん発想のまま動いてみないと始まらない。

 ……出口を探そう。

 魔団の視覚や聴覚に訴えずひっそりと静かに移動できる脱出経路が望ましい。けれども、それらしい扉や窓はもとより抜け穴らしきものも見当たらない。

 ……畳は──。

 爪を引っかけて持ち上げようとすると、

 ……っ。

 相末学がぴくりと動き出そうとした。音羅は指を引っ込めた。相末学の動きが止まって、音羅は息をついた。

 ……畳の下に脱出経路があるのかも知れない。でも、持ち上げる前にまた殴られそうだ。

 一発くらいなら避けられそうだが、脱出口を探り当てるまでにダメージが嵩めば逃走が困難になる。

 ……さっきの拳は、かなり効いた。

 口が今も鉄っぽい。生前の相末学よりずっと優れているであろう腕力で何度も攻撃されては体が持たない。

 ……もっと出口を探らないと。

 相末学が動き出さないよう脱出と直結しそうな行動を避けて、眼だけ動かした。

 ……壁はどうだろう。

 ここの壁を観て呼吸をしていると、なぜだか、ふと気が遠退く感を覚えた──。知らないうちに横転して夢の中へ落ちてゆきそうな、不思議で、恐ろしい感覚だ。

 ……壁に魔法が仕掛けられているのかな。

 父が得意とする反射発動型の魔法などで知らず知らず傀儡化や精神支配をされそうになっているため眠気に襲われる、とか。何がきっかけか判らないので、ひとまず壁を凝視しないよう流した視線で抜け道を探った。ぱっと見た感じでは通り抜けられそうな換気口や窓、扉がないことに変りはなかった。抜け穴がある可能性が高いのはやはり畳が敷かれた床である。

 ……畳に隠れた通路があるならここは地上、それも少し高いところってことになるのかな。

 それなら、見当たらないだけで窓や扉が隠れている可能性もある。

 ……そういえば、相末さんの後ろは。

 幕のようなものが掛かっていて壁が隠れていることにいまさら気づいた。相末学が音羅の監禁を担っているなら扉を塞いでいるとも考えられる。

 ……幕が床まで垂れていて向こう側は見えないけれど──。

 扉がある可能性は高い。

 と、思った途端、幕が捲れて人影が現れた。目深に被ったフードで顔が判らないが、

「愉しんでいるか」

 と、男の声だった。

 ……魔団のメンバ!

 そう直感せずにはいられない威圧感を覚えた。道を空けるように相末学が脇へ移動したことも、その人物を魔団と見做した要素だ。

 魔団の一員であるなら対峙は極めて危険だ。

 音羅は自然と拳を握った。恐怖と焦りに否応なく汗が噴き出した。

 魔団は父がつけた通称。相手が自分を魔団と認識しているわけがないので、音羅は刺激しないよう平静を保って口を開いた。

「あなたは──」

「黙れ」

「っあなたは誰ですか」

 威圧感に負けまいと声を張ってしまったが、握った拳に寄せるように心を落ちつけられた。

 フードの男が声色を変えず問いかける。

「質問に答えないまま話し出すとは躾のなっていない子どもだな。さあ、次はきちんと答えるといい。愉しんでいるか」

 この際、魔団の一員であるなら素性は関係がない。扉があるなら結界に緩みがあるかも知れない、と、希望的観測で話を進めるなら父達が駆けつけてくれる可能性もある。目深にフードを被った怪しげな人間が闊歩できるなら結界の外は一般人がいないとも踏める。音羅は結界を破る隙を窺いつつ時間稼ぎすることにした。

「……、愉しいわけがないでしょう」

「反抗的だな。もういい、黙れ」

「っ、こちらの質問にも答えてください」

 フードの男が鼻で笑った。

「親に、教師に、社会に、習わなかったか」

 マウントを取って重い拳をゆっくり振り翳すような声だった。「若輩の応答ははい・いいえで十分だ。年輩・強者の時間を奪い取る思い上がった精神は誰に似たんだろうな」

 思い上がっているのは魔団のほうではないだろうか。音羅は警戒心でいっぱいであるし、思い上がっていて脱せられる状況とは考えていない。

 ……魔団はわたしを連れ去ったことでパパ達より有利になっているはずだ。

 心境を語って魔団の推測を否定・挑発してしまうと時間稼ぎができない。音羅は場を長引かせられるような質問をすることにした。

「もう一度訊きます。あなたはいったい誰なんですか。なんでわたしを──」

「従わない子どもは大嫌いだ。やれ」

 フードの男の短い指示で、相末学が動き出した。その手には先程はなかった刃物(!)

「っ!」

 回避しようとするが、

「足を縛ってやろう」

 と、フードの男が言った途端、音羅は縄が掛かったかのように両足首が固定されて動かなくなり、前のめりに倒れてしまった。その隙に、

「ぐっ──!」

 左肩を、深く斬り裂かれた。骨まで斬られたのか、堪えがたい痛みが走った。浮遊する光で噴き出した血が鮮明だった。気持的には卒倒しそうだ。

 見えないモルタルに埋まったかのように膝から下が動かない音羅は、さらに、

「右肩もやれ」

 フードの男の指示で動いた相末学の剣を躱せず──。

 

 

 佐崎文也の失踪からしばらくして、自ら捜索することをやめた音羅に、プウは失望した。野原花のためなら罵られることも厭わず時間を惜しまなかった音羅はどこへ行ったのか。命に関わることになっているのではないか、と、強く危惧しながら、なぜ、後輩のため全てを擲たなかった。

 ……専門家なら必ず見つけてくれる。それが本当にお前の考えか。音羅……!

 その姿勢にプウは苛立って、三〇二六年二月四日の日曜日、

「今のあいつは、嫌いだ……」

 音羅のもとを離れる理由をテーブルの父に伝えた。近くにいた結師がプウを抱き締めて、

「強情ねぇ。よく似てるわ、あなた達──」

「似てない。(あいつが変わってしまったから)」

 そう告げて、プウはサンプルテから姿を消した。

 アイデンティティを疑うような学園での張り紙騒動。

 目の前で暴走して広域警察に制圧された佐崎文也。

 心の支えだった父の裏切りと失踪。

 次次と襲いかかってきた現実に打ち拉がれて腑抜けと化した音羅をプウはますます嫌った。

 ……お前はそんなものだったのか。

 その程度で消え失せるような小さな炎ならこちらから願い下げだ。プウは、そう思った。

 

 ……おれは何様だ。

 プウはあの頃、音羅を本能的に切り棄てていた。家族のように育ってきたのに、見くだすように音羅を切り棄てていたのだ。

 ……おれは、何様だ。

 そんなことさえ理解していないプウが音羅の気持を理解できていただろうか。生まれたときから存在して意識する必要もなかったものを次次失った絶望感を、どれだけ。

 ……きっと、全然理解できていなかった。

 なのに、切り棄てた。本能的に。

 音羅が連れ去られてプウも理解できた。いや、それより前、音羅がラヴェイトパァスィアの猛攻に遭った際に理解できてしかるべきことだった。

 ……おれには、棄てたアイデンティティがある。

 ダゼダダのひとびとに神として祀られているモノ、分祀精霊。だが、プウは──。

 記憶を何度辿っても、最初の記憶はあの日でしかない。

 ──あたしが、みんなを守るんだ。あたし達が、ママを助けるんだ!

 三〇二三年一二月二八日、火曜日。花火のように弾け、太陽のように燃え盛る意志が、押し寄せてきた。意志を受け取るように自身の名も知らぬプウはそこに現れた。暗闇の中から這い出るように、ボワッと火の粉を散らせて。不思議そうにする二つの気配を感じながら、受け取ったばかりの湧き立つ意志のまま、プウは這い回った。

 ……おれがみんなを守る。おれ達がママを助ける。

 そう思って這い回った。が、「みんな」はどこに行ったのか、「ママ」とは誰なのか、その存在を手探りするようにプウは這い回った。意志の送り手であったはずの音羅も気持にムラがあって、最初のうちプウは音羅の近くに姿を出没させることも難しかった。

 ──俺を目印にするといいよ。俺はほぼほぼ家におるし。

 そう言ってくれた父のお蔭で音羅の居場所も探りやすくなって、プウは父の気配を経由して音羅の気配を憶え、しばらくして音羅の近くに出没することに難がなくなった。その頃には自分がなぜ音羅の近くに出没しなければならなかったのか根本的な理由を忘れて、姉や妹のような存在であるのだと認識して、守るべき存在と位置づけていた。同時に、竹神音というひとが父であり、聖羅欄納というひとが母であるのだとも認識していた。それ以外の両親を思いつきもせず、音羅が誰より身近な存在で、自分を合わせて四人家族なのだと捉えていた。

 

 音羅に失望して竹神家から姿を消した三〇二六年のプウは、暗闇の中でうずくまっていた。

 ……音羅。なぜだ。なぜ、失望させた。

 そんなふうに音羅を下に見て、偉そうに考えてしまっていた。

 ……おれには力があるから、か。

 姉または妹たる音羅が自分と同じように強く()って当り前のように思っていた。ヘビの姿をした自分と人間の姿をした音羅では明らかに違うことを、音羅と同じような人型生物と触れ合ううちにプウは理解していた。野原花や雛菊(ひなぎく)鷹押(たかお)、佐崎文也といった人間と、プウは違うのだと。

「貴様はそれでよい」

「誰だ!」

 闇の中、正面から唐突に迫ったのは影だった。大きすぎて闇の塊のようにしか見えない。あちらが一歩でも動けば容易に押し潰されるだろう。そう思ってしまうくらいの威圧を感じて何者か問うたままプウは進むことも退くこともできなくなっていた。

「貴様はあの者を見定める強き眼だ。いたずらに手心を加えては惰弱な存在に成り下がる」

 そうはなってほしくない。誕生した日のように、弾けるような熱い意志を持ち続けていてほしい。プウは確かに、そう思っていた。

「……だが、おれは、人間の気持も、理解できる。人間は弱い。物凄い力を持っているパパでさえ、ママや音羅、なっちゃんやしーちゃんの存在に支えられているように……弱いんだ、それが当り前なんだ。だからこそ、強くも存るんだ」

「貴様のいうように、それは人間の強さだ。が、貴様はどうだ」

「何……」

「人間ではないのだぞ」

「っ……解って──」

「いない。貴様は人間に力を寄せ、元来の力を失っている。人間性など貴様には不要だ。脆弱な意志のもと惰性を許容しては求める強さは得られぬぞ」

「巨大だろうと初対面だ。ただの影である貴様が、おれの何を知っているという」

 プウはそのとき、怺えられず慄えていた。質問しながら、答を察していたからだった。案の定、

「知っているとも」

 と、巨大な影が答え始めた。「貴様の本当の親は──」

「黙れッ!」

 濃い黒となって暗闇にも映えていた影を、放った炎で焼き払った。

「貴様のことなど知らない!おれのパパとママは、竹神音と竹神羅欄納だ!音羅となっちゃんとしーちゃんが、おれの姉妹だ!」

「……それもよかろう」

 焼き払われた影が思ったより寛容に聞き入れてくれたから、プウは拍子抜けして脱力した。

「だが、憶えておけ。貴様が求めた力は元来の力だ。役割は、守ることにある」

 ……ああ、音羅達、家族を守ることだ。

「人間性を得てもよかろう。だが、忘れるな。守りたいものを守るためには、求めた人間性を手放さなければならないということを」

 影の言葉が聞こえなくなった。影が何者だったかは想像に固い。あまりに巨大で全貌を望めそうになかった影でも、焼き消えてゆく輪郭を辿ると、自分と似ていたのである──。

 ……おれの役割……。果たすには、人間性を手放す必要がある……。

 それは葛藤を棄てるということだ。見下ろすように失望したり偉そうな態度で踏ん反り返ったりすることを当り前のことと受け入れて改めず、肩を並べて食事に興じたりイタズラをして笑わせ合ったりすることをやめるということだ。

 ……それで音羅達を守れるなら、おれは、そうしたほうがいいということか。

 葛藤を手放すことはできなかった。

 時折、意志が届いていたのである。

 ──なんて非力なんだ。

 ──もっと行動力があったら、助けられたのに……。

 ──しっかりしていたらママ達も学園のみんなも傷ついたりしなかった……。

 誕生の日とは真逆の、縮こまるほかないような、凍えて罅割れるような意志だった。ほかでもない音羅の意志だ。

 ──パパ……助けて。助けてよ──。

 ……音羅──。

 ──苦しいよ……。何も、できない……。生きていることに、意味なんて──。

 ……音羅……!……──。

 音羅から届く痛みが深まってゆいた。それらは、絶望以外の何物でもなく、プウが求めていた音羅の強さは、どんどん失われて、欠片も残さず、なくなったようだった。プウは、自身の体も端から徐徐に欠けてゆくようで、暗闇にうずくまり続けた。

 

 あの頃も、絶望がいつまで続くか判らなかった。寒くて、苦しくて、痛くて、終わる気がしなかった。

 あの頃の暗闇に似た冷気を、プウは感じ取った。暗闇が冷たくなって、体の端から欠けてゆくような、絶望感が押し寄せてきた。ただ、届いてくる意志に過去との違いを感ずる。

 ──痛い……!

 明確な、痛みを感じたのだ。過去の痛みは、心の痛みだった。胸を詰まらせ、息ができないようにし、脚から力を殺ぎ取るような痛みだった。いま暗闇に届いた痛みは体に刃物が分け入ったような物理的なものだ。

 ……なんだ、これ──!

 宙で動きを止めた体が少しも動かない。体から噴き出したもので暗闇が染まる。視界がぼやけてゆくのに、ぎらりと光る何かが迫ってくるのは妙にはっきりと見えた。

 ──やめて──。

 ……やめろ──!ああぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁッ!

 迫る何かが体を斬り裂いた、現実的な痛み──、直後、ブラックアウトした。宙に固まっていた体をプウは全力で動かし、絶叫して苦痛に堪えた。

 目を開くとそこは暗闇などではなく、乱れた視界と息に揺れる一室だった。

「おはようさん」

「っあ、パパ……」

「甘えん坊さん、寝覚めが悪かったみたいやね」

 父が優しく撫でてくれて、プウは落ちついた。

「すまない、パパ……まだ、昼か」

「せやね、まだ朝やよ」

 だから、おはようさん、だった。カーテン越しの明るさも言葉を裏づけている。

「パパ達の寝室だな。おれ、なんでここに」

「ゆっくり眠らせたろうと思って羅欄納の抱っこを引き継いだんよ」

「ママの抱っこ……」

 振り返ってみると、母の腕の中で眠りについていたことを疑う余地はない。そして今は父の腕の中だ。温かくて、自然と落ちついて、ふと夢の景色を思い出し、慌てて伝えようとするが父の指先が口許に当てられた。

「大丈夫、寝言で全部聞こえたし、夢の中のことはお前さんの魔力から分析できとる」

「じゃあ──」

 あの物理的な痛みと景色は、音羅から届いたものに間違いない。それを父が分析したのは、音羅の居場所の特定に繫がると踏んでのことだろう。

「音羅の居場所、判ったのか」

「魔力なんかで辿れたわけじゃないが、俺の記憶が確かなら。まあ、特定とまでは言えんな」

「そうか……」

「しょんぼりせんといて」

 と、父が立ち上がったので、プウは父の背中を這って肩に顔を載せた。

「確かめに行ってくれるのか」

「数少ない手懸りやからね。和さんには来るな言われとるし、みんなにも内緒でこっそり確かめに行こう」

「外れでみんなをがっかりさせるのもつらいからな……」

「一応、置手紙(おきてがみ)だけしとこう」

 畳んだ布団に載せた枕に、〔 ちょっくら出掛けます。〕と、書いたメモ用紙を置いた父がプウの体を撫でて特異転移をした。転移先は、プウも見慣れたサクラジュアーチが目印の、

「第三田創──」

 懐かしさを憶えるのは、この学園に音羅とともに通っていた。

「プウ」

「……なんだ」

「お前さんは、自分への認識を改めたかね」

 特殊空間で話していたことだろうか。

「おれがヘビか否かという話か」

「浅いね。もっと根本的なもんやよ」

 夏の今、サクラジュのアーチは茂った緑で生徒を日差から守る。

「総達と話ができて、総達が歩み寄ってくれて、再確認したことがある。それは、距離が離れとっても、たとえ拒絶し・されても、離れん距離というものがあるということだ」

「音羅も学園で学んだこと、だな。ひとは支え合っている、と、いうことだ」

「ん。それは、父親に化物扱いされて、みんなに忌避された俺も同じやった。俺がみんなを支えられるかはともかく、少なくとも俺はみんなに支えられてここにおる。人間性をほんのわずかでも残せたのは、そうやって、支えてくれるひとがずっとおったからなんやと思う」

「……パパは、おれ達が支える。おれ達がパパに支えられているから、同じようにしているだけだが」

「そこで、だ。設問を聞いて、考えて、答えてほしい」

 第三田創魔法学園高等部という場所を前にして行う設問は、ひょっとすると、かつての音羅達に仕掛けていた試験のように、つらいものなのかも知れない。

 ……手放すか、否か、とか──。

 夢の中でも改めて考えさせられた人間性の堅持と放棄。それを初対面の影などではなく長年守り支えてくれた父から問われたら、答えないわけにはゆかない。

 プウは心して、父の設問を促す。

「……きちんと、答える。設問はなんだ」

「神界に来てからプウは修業に明け暮れて着実に力をつけてきた。目を見張るほどの成長速度とは示した上でそれは飽くまで人間的な基準のものとも明示しよう。魔団は俺の推測力や憶測力を超越し、正直、天井がない力を有しとる可能性が出てきた。それは、俺が持っとる創造神アースの力の半分を超越した何かかも知れん、と、いうことがいえる。そんな相手に対して、人間性を保ったままの力で、人間水準で目を見張るほど、と、いう程度の力で大事なものを守りきる自信はあるかね」

「……」

 即答すべき設問、否、即答できた設問だった。

 自信がない。

 プライドの欠片もない答だ。力ある者への屈服を示すにも等しく情けない答だ。現に音羅に守られたまま救い出せていない弱者だ。

「おれは、弱い。人間性を保とうとして、竹神家の家族の一員で存ろうとしている。それを棄てたら……おれはアイデンティティに帰することになるだろう」

「分祀精霊。神として祀られる存在に」

 それを認めれば、竹神家の一員ではないことも認めてしまう。無論、分祀精霊の中でも父と縁が深いというクムや結師などは家族同様に扱われていることを知っている。が、「同様」では、プウは嫌だった。

「おれは竹神の子でいたいんだ。パパがパパで、ママがママで、音羅達が姉妹の……一人の子として、いたいんだ」

 その気持を手放し分祀精霊であると割りきったら、葛藤を失ったら、引かれた一線を一生越えられない。プウはそう思っている。

「でももし、それで音羅を見殺しにするんだとしたら、おれは──」

 自分を許せそうにない。「同様」にもなれず、あまつさえ「家族」の枠に入った気になっていたことさえ自嘲するようになるだろう。

「だから、おれは、分祀精霊に──」

「本当にいいん」

「……」

「その選択は、後戻りできんぞ」

「解って──」

「ない」

 と、巨大な影のように、父が前に立ち塞がって、見下ろした。日に照らされながらも深く濃い影を宿した瞳が、プウを慄えさせた。

「俺は言ったはずやよ。認識を改めたか、って」

「……だから、改めている。おれは分祀精霊として音羅達を、パパ達家族みんなを守──」

「じゃあもうお米をついばませたりはせんよ」

「っ……」

「音羅達と一緒にお風呂に入るのも禁止」

「あ……」

「一緒に遊びに行くのも禁止」

「……。パパの命令が、絶対なんだな」

「違う。分祀精霊は、己の持つ力でひとびとの信仰に恩恵で返すことのみを許された存在だ。プウ、お前さんが、いったい何を信仰されたという」

「!」

「いったい誰に、何を、願われた。そしてお前さんはいったいどんな願いに応えた。改めろと言ったのは、その点についてやよ」

 いまさらでも父の言葉を理解して考え直すなら、どんな答が出せるだろうか。その答は、プライドを棄てて屈服することより情けない、空虚なものかも知れないのだ。

「おれは……誰にも、何も、願われていない。誰にも、何も、返すものがなかったんだ──」

 父が、うなづいた。

「お前さんは生まれてすぐ竹神家に来た。お前さんの親は、俺でも、羅欄納でもない」

「……ああ、そうだ──」

「親が棄てたのでもない。お前さん自身が元来の親を棄てた。ゆえに、正式に分祀精霊として祀られとらん、はぐれ者やよ」

「……ああ、認める」

 本当は、巨大な影との対峙でアイデンティティを見定めていた。が、プウは竹神家こそが家族だと信じたかった。思い込みだったとしても、一緒にお米を食べて、笑って、遊んできた家族を、本物だと信じたかった。そうしなければ、元来の親の系譜からはぐれた自分は祀られていないばかりに何者でもない空虚な存在になってしまう。思い込みの家族関係を手放したら力も手に入らず何も残らないことが、判ってしまっていた。

 そんな現実を突きつけることが父の目的ではないと、プウは理解している。

「おれは空虚だった。音羅の意志を受け取った瞬間──、あの瞬間に、おれは生まれたんだ。誰に祀られているわけでも、本尊()を分祀されて誕生したのでもない、はぐれ者として生まれたんだ。おれは最初から、分祀精霊じゃなかったんだ」

 自ら確かめていたことを、一つ、一つ、父の言葉を聞いて、プウは吞み込んだ。

 父が見定めさせたかったのは、認識を改めたプウがいま何を握っているか、だ。

「おれはやはり竹神家の子だ。パパとママの子として、音羅達のキョウダイとして、当り前のことをしたい──。なんとしても、音羅を助けたいんだ」

 父を見上げて、プウは答を発する。

「誰にも願われていないなら、自分の願いを叶えればいい!」

 見下ろしていた父が、力強く微笑した。

「若芽みたいな生命力。そういうの、好きやよ」

 プウは、父の背から肩に顎を載せて、頰ずりした。

「これからもパパはパパだ。いいな」

「無論やよ。俺達は最初から、プウを家族やと思っとるから」

「っへへへ──」

 父の言葉が嬉しくてつい笑ったとき、プウは背中に何かが飛び込んできた感触がした。物理的なものではなく、

「……魔力を、感じる気がする」

「もしか音羅のか」

「──ああ、間違いない!」

 プウは地面を這おうとして、立ち止まった。

「どうしたん」

「……パパ。──」

 人間性を放棄したのでもなく後ろ向きな葛藤は消したはずだった。一方で、新たな葛藤が湧いている。

「みんなの知るおれじゃないとしても、みんなはおれを受け入れてくれるんだろうか……」

「水に石を投げ入れてみると波が立つ。その波がどんなふうに返ってくるかは、水の通る水底や波を受けた陸地の形、そのときの風による。要するに、起こってみるまで誰にも判らん」

「……おれは、願う」

「ん。それがお前さんやな」

「ああ。自分の思うような波を起こす。必要なものは、力だろうが心だろうがなんでも揃えてみせる。受け入れてもらえるように──」

 対峙した巨大な影を、プウは模する。「おれは、飛んでゆく!」

 あの巨大な影を、アイデンティティの一部と認めれば、一対の翼を携えて、音羅のもとへ急ぐことだってできる。集中するまでもなかった。背中の二点から鋭く突き出すようにして自然に生えた翼は、飛膜の皺を平らげるように羽ばたくと燃え盛って火の粉を散らせた。

「立派やな。それでこそ翼竜(よくりゅう)の分祀精霊の系譜やよ」

「初耳だ」

「やろうね。けど、受け入れてないなら生えんよ」

「ああ。パパ、背中に乗れ」

「ん、いいね──、けど、プウは先に行って。用ができた」

「用──、っ!」

 プウは自然界の魔力の流れを飛膜で敏感に感じた。町の外、それもずっと遠く、四方八方からほぼ均一な分厚い壁のように迫ってくるのは、

「まさか、海──!」

「そうみたいやね。対処したらすぐ追う。プウ、音羅をお願いね」

 言うや姿を消した父に、

 ……任せろ!

 プウは心で答えた。翼を大きく一つ振り下ろすと空高く舞い上がった。そこから前傾姿勢で翼をもう一度振って加速、二度振ってさらに加速、炎を纏った体で目的地へ直進した。

 

 

 疲れ果てた体の眠りを痛みが妨げる。

 平気だ。自分がどんなに傷ついても、平気だ。が、この痛みは、長くは堪えられない。

 ……相末さんが、こんなことを望むわけがない。

 望むわけがないことを魔団に強いられている。

 ……わたし、死ぬな、絶対……!この手で送る。今度は、最後まで見送るんだ……!

 生前の相末学の意志を尊ぶからこそ音羅は自らの手で火葬することを決意した。

「はぁっ……はぁっ……」

「骨も断ち切られていて立ち上がる、か。さすがは化物の子だ。もう一度やってやれ」

「っく!」

 足を拘束しているであろう見えない何かを炎で焼き尽くして相末学の剣を間一髪で躱すが、出血のせいか脚に力が入らず転倒して、手をつく力もなくなってしまった。

 ……駄目だ、このままじゃ、相末さんがわたしを──。

 そんなことになれば、父も、母も、妹も、メリアも、プウも、分祀精霊のみんなも、亡くなった相末学も、苦しむ。死ぬわけにはゆかない。

 ……どうか、もう少しだけ、力を……!

 みんなを苦しませないため、自分を守る炎を纏う。が、

「炎には水だな。消え失せろ」

「っ……」

 フードの男が手から放った水で炎が消えて相末学が迫る。

 ……もう一度……。

「水よ」

 再び炎が消された。

 ……まだだ……!

「聞分けのない子どもだ」

 何度でも、何度でも。

 

 

(──諦めない!)

 ……音羅!

 気配とともに音羅の意志が明確に伝わってきて、幼い頃からやってきたように居場所を探り当てることがプウには造作もなかった。

 ……もう少しだけ待て──!

 

 

(──おれが今すぐ助ける!)

 そう聞こえた気がした。初めて聞くはずの言葉なのに、プウのものだとすぐに判って、消されかけた炎が水を吞み込んで真赤に燃え上がった。

 ……プウちゃん、わたしはここだ!

「炎が消えない。これは──」

 フードの男のわずかな動揺を感じ取り、音羅は渾身の炎を広げた。

 

 

「──音羅ッ!」

 そこは燃え上がった一軒の家だった。音羅の魔力反応を頼りに壁を突き破り、地下へ一直線に降り立ったプウは、家屋より激しく燃え盛る血溜りに足をつき、両肩から出血して倒れ伏した音羅を庇うように二つの影と対峙した。

「なんだ、お前は」

 と、フードの男が泰然と構えている。プウの襲来に動ぜぬ胆力──。

 ……魔力反応がない。が、恐らく無魔力個体ではなく、只者でもない。

 隣に傀儡と思しき相末学がいることからも、明白だろう。

 ……夢の光景が確かなら──。

 相末学が持つ剣に血が滴っている。音羅を斬ったのは、相末学。それを命じたのは言うまでもなく魔団であり、

 ……このフードの男こそが、魔団だ!

 沸騰する激情に身を委ねそうになるがプウは父のお願いも自分の願いも忘れていない。

 ……おれが守るんだ。

 やや雑な扱いになるが今は怺えてもらう。尻尾で音羅の腰を捉えるや、

「焼け散れッ!」

 フードの男と相末学を狙って瞬発的に口から火球を放った。家を焼くほどの威力を有するものの魔団の術者に有効とまでは考えていない。目眩し(めくらま  )と爆風が目的だ。火球の爆発に翼の一挙を合わせて天井を突き破ったプウは天高く舞い上がってそのまま北方へ。

 ……今はとにかく飛べ!

 尻尾が音羅の脈を感じている。

 ……パパ、みんな、安心してくれ。おれが音羅を守り通す!

 穴型空間転移への警戒も忘れず、プウは慎重かつ高速で空を舞った。

 

 

 青一色。それは、雲一つない空だった。飛んでいることを確認できたのは、重力方向をちらと観て、雲が流れていた。父や母に似て逞しい抱擁感を覚えて、それがいつもなら自分が抱いたり撫でたりしていたものであることを感じて、音羅は、安心を得た。

「プウちゃんだ……プウちゃんの、ぷにぷにの体だ」

「肥えているように聞こえる表現はやめろ」

「ごめん、つい。……あれ」

「あまり動くなよ。飛びにくくなる」

「プウちゃん、が、飛んでいるの。その翼はいったい……」

 血を流しすぎて感覚が鈍っているのか、音羅は、プウの翼を錯覚だと思った。が、火の粉を散らして、空を捉えて羽ばたくそれは、本物だ。

「音羅の飛行からも学んで飛んだ。消耗はないから安心しろ」

「……そうなんだ。って──」

 もう一つ、音羅は感覚を疑った。暗がりで聞こえたのと同じ声だから、プウのものだとは疑いようもないが、これは幻聴か。

「プウちゃんが喋っているように聞こえる」

「おれはずっと喋っていたぞ」

「え。ずっと。いつから」

「最初からだ」

「最初って、いつ」

「お前の頭の上に塒を巻いた日からずっとだ」

 ……本当の、本当に、最初から、か。

 驚きつつも、「どうして理解できる言葉に聞こえるようになっているんだろう」

「知るか。ただ、分祀精霊的な感覚からすれば、恐らく心が通じ合ったということなんじゃないだろうか。パパとヴァイアプトが話しているときのような感じで」

「なるほど……それなら納得だ」

 どことも知れない場所でプウの声が聞こえてきたのだ。理屈が判らなくても納得できる。

「プウちゃんの声、届いていたよ」

「おれにもお前の声が聞こえた」

「勇気が湧いたんだ、すごく」

「挫けそうだったか」

「うん。プウちゃんの声で、なんとか踏ん張れた。ありがとう」

「っ……」

「どうかしたの」

「いや……礼がほしくてやったわけではないが、礼を聞いて、照れくさいくらい、嬉しくなったんだ。おれは、音羅の役に立てたんだ、って、確かめられたから、かな……」

「とっても心配してくれていたんだね」

「当り前だ。おれは、お前とは双子の姉妹のようなものだ」

「そっか──」

 既視感、と、いうのは、声に対して使う言葉ではないのだろうが、音羅は、プウの声が、自分と似ている気がして、双子というプウの表現が妙にしっくり来たのである。

「ところでプウちゃん。どうして『おれ』なの。声は女の子だよね」

「知るか。中身が男なんじゃないのか」

「首を傾げているよね。自覚がないの」

「知るか。男だろうが女だろうがおれはお前のキョウダイだ。パパとママが両親で、なっちゃん達が妹の、竹神家の一人だ。おれがそう言ったらそれ以外にない。受け入れろ」

「すごい押しだ」

「文句があるのか」

「ううん、全然」

 言葉が通じなかった頃から、音羅はプウを弟妹のように感じてきた。言葉が通じるようになったら少し生意気な年下感を覚えた。何より、何気ない尻尾の抱擁に繫がりを感じた。

「パパみたいに力強くて、ママみたいに優しい抱き締め方に感じる。それなのに、なっちゃん達と手を繫いで散歩しているみたいで、不思議だ」

「なんだそれは」

「わたしもよく解らない。でも、すごく、前よりずっと、身近に感じているんだ」

「それは……同意だ。きっと、すごく近くなった」

 プウと話していると肩の痛みが薄れてゆいた。気づいたら、痛痛しかった傷口が塞がっていて血も止まっていた。

「ああ……」

「なんの嘆息だ」

「うん、わたしはみんなに支えられているんだな、って、改めて感じたんだ」

 独りだとつらくて寂して苦しかった。プウの声が聞こえて、プウが来てくれて、一緒に空を飛んで、心が躍ると深い傷だって簡単に治った。独りでは怺えきれなかっただろうことに、立ち向かう気持も湧いてくる。

 雲間から見える海。落ちる心配は皆無なので風景を愉しむのも一興だが、

「プウちゃん。どこへ向かっているの」

「どこにも向かっていない。音羅を吸い込んだ穴型の空間転移に加えて、魔団はパパやママの特異転移を模したものも使うんだ。パパ曰く特異能力で、消耗がないらしい」

「やっぱりあれは空間転移だったのか。で、今はあれ以上に厄介な、パパ達が使うような転移魔法から逃げている感じなんだね」

「ああ」

「パパ達はわたしが連れ去られた場所にいるのかな」

「下を見ろ。波が起きているのが判るか」

 対流圏より上の空から俯瞰したのは初めてだが、濃い青色の海に白い線のように見える波がダゼダダ大陸の海岸全域に迫っている。

「パパはあれに対処している最中のはずだが、それが済んだら、っ!」

「何……!」

 プウの翼が一瞬痙攣したように動きを止めたのと時を同じくして音羅も感じ取った。

 ……物凄い魔力を感じる!

「音羅、しっかり捕まっていろ」

「うん!」

 プウが加速し、魔力の流れに抗って飛んだ。ダゼダダ大陸の中央に向かって魔力の流れが発生しているのである。体が引っ張られるように感じて、次には、目が眩むような光の球を認めて身の毛がよだった。

 ……あれは、まずい。なんだか、途轍もなく危険な感じがする……。

 魔法といわれればそうと信ずるほかないのに、魔法とは信ぜられないほど破滅的な現象を齎す予感がした。それは、数箇月前にメリアが放った魔法を彷彿とするものであり、消耗した身では太刀打ちできる気がしない凶悪な意志をも放つものだった。それなのに、既視感を覚えたのは、

 ……あれって、パパが昔に食い止めた──。

 

 

 フードの男が知る限り、それはテラノアの兵器による現象であった。

「さあ、期待してやる。この程度は打ち破ってみせろ──」

 炎を消して復元した地下室で、男はほくそ笑んだ。

 

 

 

──一五章 終──

 

 

 

 

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