ラシード
横たわりながら、酒を飲んでいるアル中。
見慣れた、褐色肌の男。
ヤンはガビーンとしながら、急いで駆け寄る。
「ラシードさん!? ど、どうしてここに!」
「……うぃー! ヤン、お前なんかデカくなってないか?」
「酔っ払いウザい!」
いささかも会話が成り立たない、まさしく酔っ払い。いつにも増して、まったく同じ光景。
「お前、ラシードさんと知り合い?」
店主らしき人が、ヤンとラシード、交互に見つめながら尋ねる。
「えっ? ま、まあ」
「じゃ、ツケ。払って」
「えっ? えっ?」
「毎度あり」
「ええええええええええっ!?」
そんなバナナが止まらない。しかも、結構取られた。逃亡生活に欠かせない、なけなしの軍資金が。
ヤンは涙目で、キッとラシードを睨む。
「お金! 一生分飲めるほど稼ぎましたよね! 腐るほど師から金を踏んだくってましたよね!?」
へーゼンは、有能な者には金を惜しまない。特に、ラシードには破格とも言える給金を支給していた。
「んー?」
「何に使ったんですか!? 逆に酒だけでなくなる訳ないですよねあんなお金!」
「ネーチャンに使った」
「クズ過ぎる!?」
ヤンはガビーンと口を開ける。
帝都で飲んでいて、一向に帰ってこないなとは思っていた。もしかしたら、モズコールあたりが巻き上げていた可能性もあるが、それにしても借金漬けとは恐るべし。
……いや。
「もしかして、師の元から去ったのってーー」
「んー……借金取りがうるさくてな。逃げた」
「クズ過ぎる!?」
更にガビーン。
ラシードの行方不明を報告した時の、へーゼンの渋い顔と言ったらなかった。なかなか見られない表情を見れたと思っていたが、まさか、そんな理由だったとは夢にも思うまい。
「あははははっ! 他人の金で飲む酒は美味ーなー!」
「クズ過ぎる!?」
ダメだ、この酔っ払いは。
「と、とりあえず連れて帰りますね。あっ、あと食事を買いに来たんですけど」
「頼むよ、ネーチャン。準備すっから」
店主はチャキチャキと料理を作って準備をしてくれる。一方で、ヤンは、なおも寝ながら酒を飲んでいるラシードを無理やり起こして肩を貸す。
「ちゃ、ちゃんと歩いて下さいよ!」
「うぃー! うぃーうぃーうぃー!」
「……っ」
全力で投げ捨ててやりたい気分だが、これでも、大陸最強クラスの剣士だ。
お守り代わりに置いておこうと、ヤンは仕方なく歩き出す。
「お、重いですよ! ちょっとは自分の力で歩いてくださいよ」
「クー……クー……」
「よ、酔っ払い過ぎる」
やはり、このまま投げ捨てておいていこうか。
それから、数十分ほど歩いて、何とか家へと辿り着いた。
「た、ただいま帰りましたぁ」
「や、ヤン!? その男は!」
イルナスは驚きながら尋ねる。
「えっと……ラシードさんて言って、酔っ払いのアル中です」
「……ラシードって、あの竜騎兵団最年少団長の!?」
「そ、そうなんですけど、やっぱり、そんなに凄いんですか?」
イルナスは、天空宮殿にほぼ軟禁状態だった。勉強家なのは、知っているが、そんな子の耳にも届いているなんて。
「そうらそうらぁ! 俺は凄いんだぞー!」
「よ、酔っ払いウザい」
ヤンは、ダル絡みしてくる男を、毛布へと投げ捨てる。
「はぁ……はぁ……」
なんだって、自分の周りにはロクなのがいないのか(幻影体老害を含め)。逆に、へーゼンの周囲には有能な者が集まってくるのだから、皮肉なものだ。
「この男が……ラシード」
一方で、イルナスは、目を輝かせながら見入っている。
「強いですけど、酔っ払いですよ」
「見たことあるのか? この男の剣技を」
「うーん。まあ、見えなかったですけどね。気がついたら刺客が真っ二つでした」
あくまで2年前の話だが、純粋な剣技においては、あのカク・ズが足元にも及ばなかった。
「……僕にも剣を教えてくれるだろうか」
イルナスはボソッとつぶやく。
「ど、どうでしょうね」
ヤンは言葉を濁して苦笑いを浮かべる。この男は、本当に風のような性格だ。気分次第で、教えたり教えなかったりする。
「でも、イルナス様。なんで、剣を習いたいんですか?」
「……いや、その。男だったら、最強の剣士になりたいと言うのは、当たり前だろう?」
「ふーん。そんなもんなんですねー」
ヤンは料理を地面に広げながら、相槌を打つ。
要するに、強くなりたいということなのだろうと解釈する。イルナスには魔力はないので、『せめて剣でも』と思うところがあるのかもしれない。
なんて、健気でいらっしゃるのかしら。
「まあ、でも私が守って差し上げますけどね」
「ま、守られるだけでは嫌なのだ」
イルナスは少しだけ頬を膨らませながら答える。可愛い。
「そんなに言うのなら、私からも頼んどきますけど、帝国の剣技とはまったく違いますよ」
ラシードが酔っ払っている時に、付き合わされたことがある。ヤンも、テナ学院の頃にひと通り剣技は習ったが、まったくといいほど噛み合わなかった。
「な、習ったことがあるのか?」
「まあ、ひと通りですけど。私は、師と同じく生粋の魔法使いで、向いてないって言われました」
もちろん、ヘーゼンも剣型の魔杖を扱うことがあるが、得意ではないらしい。まあ、大陸トップ級と戦う時に、やっと出るほどの小さな差だろうが。
「……僕は強くなりたい」
「お可愛いです」
「会話になってない!?」
イルナスがガビーンとした表情を浮かべる。
「まあ、先は長いんです。力抜いていきましょう」
カラカラと笑いながら、ヤンは料理を盛大に口にほおる。
「……ふふっ」
「どうした、ヤン」
「酔っ払いの置物でも、役に立つものですね」
ラシードがここに来るまでは、なんだか、常時気を張っていた気がする。どこにいても、刺客に対して気を配っていたような。
今夜は、グッスリ、眠れそうだ。




