暗躍
*
天空宮殿。へーゼンは、足早に自室へ戻ってラスべルに指示をする。
「これから、バルマンテ皇子の派閥を固めるぞ」
「ほ、本当にイルナス皇子でなくていいんですか?」
「中途半端に勧誘しても、エヴィルダース皇太子の報復を恐れて、容易にはついてはくれないだろう。その点、バルマンテ皇子は上手く立ち回っていたからな」
抜け目なく、誰とも適度な距離を取っていた。存外食えない皇子だとヘーゼンは思う。
「……と言っても、バルマンテ皇子についてくれそうな人なんていますか?」
「モズコール」
「はい。2名は、女性下着フルセット、亀甲で縛ることに成功。もう3人は、義母のヘレナのNTRと尻と絶技をーー」
「……要するに、誘導できると?」
ヘーゼンは、恐ろしく雑な要約をした。
「いずれも、大臣、副大臣級になります」
「……っ」
帝都歓楽街で痴情を晒していた輩が、モズコールの罠にかかった次第だ。まさか、変態がここまで役にたつとはと、ラスベルは驚愕と軽蔑の眼差しを浮かべる。
「あと、ミクリシアン皇子と側近2人を加えれば、残りは13人ほどか……」
最下位の皇子だが、これも貴重な情報源だ。
「あとは、マラサイ少将を引っ張ってきてくれ。彼を慕う少将、中将級も多い」
狂剣のマラサイと恐れられている男は、本来、大将級の功績・実力を持っている。無派閥の勢力なので、力になってくれれば大きい。
「……すでに、クレリック領主代行が勧誘に動いていると聞きましたが?」
「勝て。君ならできる」
「ま、また無茶を……はぁ」
ラスベルはため息をついて、『わかりました』と口にする。
「師はどこに?」
「新しい四伯の下に行く」
へーゼンはそう言って、颯爽と部屋を出て行った。
*
亡きジオラ=ワンダ伯の墓に、1人の女性が立っていた。若く、誰もが見惚れるほどの美女で、黄土の瞳が特徴的だ。
名は、ラビアト=ギネスと言った。
「お久しぶりです」
「ひっ……ど、どうも……」
気配なく、いつの間にか隣に立っていたへーゼンに引き攣った表情で、数歩後ずさる美女。
「きょ、今日は、どうされたんですか?」
「いや、ちょっと足が向きまして」
「……っ」
猛烈に嘘くさい。新参とは言え、四伯にズカズカと話しかけてくるあたり、ヘーゼンの遠慮のなさが伺える。
「……」
だが、反帝国連合国の戦で、ともに戦った仲でもある。不意にラビアトの中で、あの時の出来事が思い浮かぶ。
「ジオラ伯の死後、ラビアト様が大地ノ理を使用することができたと聞きました」
「ええ。あの方が生きている間は、一度として使えたことはなかったのに」
黄土の瞳を潤ませながら、ラビアトはつぶやく。
「……これは、仮定ですが、聞きますか?」
「ええ。聞かせてください」
「あなたの覚醒は、ジオラ伯が導いたのだと、私は見ています。元々、四伯の直弟子として育てたのだから、才能は随一だ。あとは、キッカケをどう創るか。それだけだったのでしょう」
「……夢みたいな話ですね」
「いえ。覚醒は大きな感情の変化によって現れるものだ。あなたにとって、ジオラ伯がそれほど大きな存在だったということでしょう」
へーゼンは淡々と答える。
「ふふっ……素敵な話ですね。でも、私もそれ、信じたいです」
ラビアトは、柔らかな笑みを浮かべる。
「ところで、情勢は聞いてますよね?」
「……申し訳ないですが、イルナス皇子にはつけませんよ」
ラビアトとしても、エヴィルダース皇太子派閥に与したい訳ではない。だが、ジオラ伯は、元々、彼の派閥だった。それを、このタイミングで裏切るのは、あまりにも彼の感情を逆撫でし過ぎる。
エヴィルダース皇太子の持ち味は、突発的な権力行使。あの子どもじみた、感情丸出しの行動は、家臣に恐れを抱かせるには十分なものだ。その呪縛に逃れるのは、容易ではない。
「わかってます」
「本当に、心苦しいのですがーー」
「だから、バルマンテ皇子についてください」
!?
「だ、代案がまったく、意味がわからないんですが!?」
ラビアトは、真っ青な表情を浮かべながら大きな声をあげる。いや、だから裏切るのは危険だって、先ほど言ったばかりなのに。
だが。
へーゼンはニコニコしながら彼女に迫ってくる。
「私は、ジオラ伯にまだ借りを返してもらってませんよ?」
「……っ」
確かに、反帝国連合国戦でジオラ伯は急死に一生を救われた。
「そ、そんなもう1年も前の話を持ち出して」
「……いいんですか?」
へーゼンは、後ろずさるラビアトに対し、更に更に歩を進める。
「な、何がですか?」
「犬だって、三日飼えば、三年恩を忘れはしない。まして、子どもの頃からお世話になった大恩人の代わりに、借りを返せるのですよ?」
「……っ」
それを言われると、猛烈に弱い。もちろん、恩を返せるという意味では、やらなければならないが、新参の四伯として抱える者も多くなっている。
だが。
「よかったですね」
「よ……よかった?」
「まだ、間に合います。命の恩人が、彼に最後の花道を用意したのが、僕だから、あなたは僕に恩を返すことができる」
「……っ」
ジオラ伯の死後。大地ノ理は、へーゼンに手渡す前に、ラビアトが使えてしまった。
当時、へーゼンはジオラ伯と約束していた『大地ノ理の使用権を放棄した。
いや、確かに借りと言われれば返せていない。ジオラ伯への恩と言えば返しきれるものでもない。
でも、あの時には、何にも言わなかったのに。
「い、いやでも。バルマンテ皇子に与すれば、私はともかく私についてきてくれている者たちの命がーー」
「死ねばいいじゃないですか」
「……っ」
グイグイと、なおも、へーゼンが食い気味に迫ってくる。
「いや、むしろ、ジオラ伯の恩人に借りを返すために死ぬんだったら本望でしょう。むしろ、誉じゃないですか」
「……っ」
めちゃくちゃ恩着せがましいー。
「……あ、あなたという人は、恥ずかしくないんですか!? そうやって、人の弱みにつけ込んで」
「全然」
「……っ」
キッパリと。
ヘーゼンは迷いなく口にする。
「目的のために、どんな手段を講じることも、私は一切恥ずかしいとは思いません。ですが、大恩を貰っておきながら、ケチって渋るあなたの人間性は、人ごとながら、猛烈に恥ずかしい」
「……っ」
恥ずかしいって言われた。
人間性が、恥ずかしいって。
「……わかりました。バルマンテ皇子につきます」
ラビアトは、頷いた。借りを言われた時点で、『NO』の選択肢はなかった。あとは、自分たちの下の者をどう守るか。それを考えないといけない。
「でも、私たちはともかく、他にあなたたちに力を貸す勢力など、どこにもない。どうするんですか?」
「クズを刈ります」
「……っ」




