砂国ルビナ
「わぁー!」
見渡す限りの草原地帯に、イルナスは思わず声をあげた。
砂国ルビナ。大陸の北東に位置する12大国の1つである。至る所に竜騎に乗った者が行き来していて、帝国とは、かなり違う雰囲気だ。
「このあたりは、北方でありながら、雪が滅多に降らないので過ごしやすいかもしれませんね」
難なく国境の検問を通れたことにホッとしながら、ヤンはイルナスに笑顔を浮かべる。
当然、砂国ルビナへの入国は容易くない。だが、それはヘーゼンが雇っている元竜騎兵団副団長バルフレアの紹介状で、驚くほど簡単に入れた。
逆にラシードの名前を出そうものなら、『借金を払え』と追いかけまわされると言う注意事項まで記載されていた。
「でも、これからどうすればいいんだろうな」
「簡単です。よく寝て、よく学んで、よく遊ぶ。これに尽きますよ」
「そ、そなた……能天気だな」
「うぐっ」
痛いところを突かれて、ヤンは思わずうめく。そう言えば、今まで人外の所業のような仕事をさせられ過ぎていたため、休みという休みがなかった。
ここで、一旦、めちゃくちゃに休んでも文句は言われまい(物理的に)。
ヤンとイルナスは酒場に入った。砂国ルビナは、結構な酒の産地国らしく、食事屋=酒場と同義らしい。朝から酒をガンガン飲みながら働く者も多いと聞く。
すなわち、ラシードのようなアル廚が、至るところにいるらしい。
店の中に入って席に座っていると、水ではなく酒が置かれる。白濁の液体で、度数もバカ強そうだ。
「挨拶代わりにこれが出るってヤバっ!」
ヤンは文化の違いにガビーンとする。
それから、2人は適当に料理を注文をする。もちろん、軍資金も限られているので贅沢はできないが、ヤン自身、『なければ稼ぐ』という性格なので、そこまでケチらない。
「うっわー」
大きな鳥の丸焼きが出てきて、イルナスは目を爛々と輝かせる。天空宮殿の料理も豪華だが、派手さはなかったので、新鮮に映るのだろう。
確かに、このボリューム感は豪快である。
「「いっただーきまーすっ!」」
2人はガブリと骨付き肉に齧りつく。最初は、素手で食べることを戸惑っていたイルナスも、今ではすっかり慣れてしまった。気質が素直なので、柔軟に物事を考えられるのだろう。
ガツガツと料理を平らげていると、隣のテーブルから不平不満の言葉が聞こえてきた。
「……また、フミ王が『検討する』ってよ」
「相変わらず煮えきらないバカ王が。やる気あるのか?」
「ハンフリー団長もお可哀想だ。あんな無能の下で従わなくてはいけないのだから」
「……」
竜騎兵団だろうか。料理と酒を豪快に呑み食いしながら、口々に砂国ルビナのフミ王の悪口を話している。
「……結構、辛辣だな」
「まあ、酒の席ですし。しかし、評判はすこぶる悪いですね」
ヤンは、燻製肉が挟まれたサンドイッチをハムハムと頬張りながら答える。
かつて、ヘーゼンが滅ぼしたイリス連合国の盟主シガー王(現奴隷)は、若さ故の至らなさが原因だった。
まあ、他にも短気だったり、思慮が浅かったり、いろいろ足りていなかったが、シガー王の評判も中々に酷い。
「砂国ルビナの評判、知ってます?」
「国としては一流。国家としては三流」
イルナスが答えると、ヤンは笑顔で頷く。
「砂国ルビナの潜在能力は、凄まじいですよ。竜騎兵10万を要し、壮絶な訓練に耐える屈強な兵たちもいますからね」
前回の大戦。12大国の中で唯一、ほぼ無傷であったのが砂国ルビナの竜騎兵団だ。ヘーゼンの策が成功して、撤退させることができたが、仮にしなかった時に同じように勝てたかには疑問が残る。
「しかし、為政者が悪政を行えば、それも台無しになってしまうのだな」
「師が言ってました。最悪な統治者は、『何もしない王である』と」
何か政策を行い、成功すれば褒め称えられ、失敗をすれば、糾弾される。だが、何もしなければ、少なくとも糾弾されることはない。
そうして、ただ権力の座に居座り続けることこそが一番の害悪であるとヘーゼンは説明していた。
「……」
「他の国の政治を見ることは、イルナス様にとって、きっといい経験になります」
考え込むイルナスに、ヤンは笑顔を浮かべる。
「天空宮殿では、もう騒ぎになっているだろうな」
「今頃は、エヴィルダース皇太子とデリクテール皇子が派閥の勢力を競っているでしょうね。かつてないほど激しくなりそうです」
「……」
「まあ、考えても仕方がありません。目下、私たちがすべきことは山ほどありますから」
ヤンは、お茶を飲み干しながら答える。まずは、住むところを見つけて、仕事を探さなくてはいけない。生きるということは、思い悩むことではない。行動することなのだ、と長年の経験則で理解していた。
「……そうだな。まずは、ここまで生きてこられたんだ」
イルナスは切り替えて、笑顔で頷く。
「せっかくですから、うんと楽しみましょう。心のままに泣いて、笑って、怒って、
全力で日々を過ごしましょう!」
ヤンは思う。イルナスが天空宮殿の戻る選択をすれば、もう、そんな生活を送れることは無くなるだろう。辛く、険しく、悲しい道が待っている。
この童皇子が、どのような選択をするかはわからない。ヤンはキッチリと導くような指示がされてるが、イルナスの意思に反した決断を誘導する気はない。
ここに悪魔がいないんだから、断固として好きにさせてもらう。
「クヒヒっ……」
なんたる開放感、とヤンは至福の笑みを浮かべる。
「ん?」
2人が店の外に出ると、一匹の伝書鳩がやって来た。
『常に見てるから、サボらないように。ヘーゼン=ハイム』
「……っ」




