そして……
シマント少佐は目をガン開きにしながら狼狽た。中尉が。なんと、中尉風情が少佐である自分に口答えをしてきたのだから。
いや、聞き間違いかもしれない。ここ最近の激務のせいで、幻聴が聞こえたのかもしれないと、思わず自身の耳を疑った。
シマント少佐は、落ち着いて、聞き返す。
「……なんだと?」
「できないものはできないですよ。ヘーゼン少尉以外、誰にもできないです」
「……っ」
幻聴ではなかった。
更に、別の角度から。ダゴルデ中尉が激昂しながら食いかかってくる。
「むしろ、案があれば教えてください!」
「そ、そんなもの自分で考えろ!」
シマント少佐は、すぐさまこの男の降格人事を決めた。なんて、無礼な男なんだ。中尉格の分際で、少佐であり、次期大佐である自分に口答えだなんて。
しかし、そんな想いとは裏腹に、ダゴルデ中尉の反撃は止まらない。
「ほら、シマント少佐だって考えつかないんじゃないですか」
「う、うるさい! 私は指示する側であって、それを考えて実行するのは貴様らの仕事だろ!」
「無茶を言わないでくださいよ! みんな、必死に考えたんです」
「み、みんな? 貴様ら全員が、そんな腑抜けた答えだと言うのか?」
シマント少佐の問いに、全員が首を縦に振る。
「情けないな! これしきの事、できないでどうするんだ!」
「だったら、シマント少佐やって見せて下さいよ!」
もう一人、別の中尉も声を上げる。
「き、貴様! 私は指示する側だと言っているのがわからんのか!?」
「わからないのはシマント少佐じゃないですか!」
また、別の中尉も声を上げる。それから、全員の表情が一気に変わった。シマント少佐を睨みつけて、堰を切ったように、次々とまくしたて始める。
「自分がやれないからと言って、他人に怒鳴ってやらせるなんて酷いですよ」「上官だったら、解決策を助言してくれるのが仕事なんじゃないんですか?」「それこそ、できないんだったら上官に『できない』って報告してもらわないと」
その口撃に。シマント少佐は、数歩後ずさりする。なんで、こんな目に遭っている。自分が中尉の頃なんて、少佐の命令などは絶対だった。
時代が違うからか。これが、ジェネレーションギャップと言うやつなのか。いや、違う。こいつらは、こんなだから中尉格止まりなのだ。
自分は上官の命令に食らいついて、なし遂げたからこそ、少佐と言う……いや、次期大佐という身分があるのだ。
「き、貴様らっ……私は少佐だぞ? 貴様らの2階級上の上官で、貴様らを降格する権限も持ってるんだぞ?」
「……」
「実はな。今回の功績で大佐へと内示も出ている。そんな私に口答えだなんて、よくできたものだなぁ? 私は、貴様らを! 全員! 処分できる立場にあるんだ!」
シマント少佐は気合を入れて、叫ぶ。そう、自分は大佐だ。こんなゴミどもに臆してどうする。上官がやれと言えば、やる。それを、こいつらゴミどもに叩き込まなければいけない。
「……はぁ、アホらしい」
「な、なんだと!?」
口走ったのは、ダゴルデ中尉だった。
「やってられませんよ! 私たちは全員一丸となって、この要塞を守ったのに。本来なら、それだけで大功績を得られるはずだ。なのに、こんな事で降格人事? 処分? やってられませんよ」
「こ、こんな事? 貴様、このクミン族との会談は、帝国史に名を刻むほどのものだぞ? それをこんな事とは、なんだ?」
「そうじゃなくて、それならさっさとヘーゼン少尉に指示したらどうですかって事です。シマント少佐にできないんだから」
「くっ……」
できない理由だけはペラペラとよく喋るやつだ、とシマント少佐は思った。だから、こいつらはダメなんだ。
「私たちがこんな事って言ったのは、あなたのくだらない見栄や自尊心で、ヘーゼン少尉に頼まずに我々に無茶を強制している事です」
「貴様っ……今日で辞めるのか? そんな暴言、降格じゃ済まないぞ?」
こいつらの失礼、無礼は度を越している。
「なら、俺も辞めさせていただきます」「俺も。やってられないわ」「俺もだ」「俺も俺も」「イチ、抜けたー」「あーあ、アホらしい」
口々にそう言って出て行く。
「き、貴様らっ! ま、待て! 待てええええええええええええっ!」
そして、誰もいなくなった。




