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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第三章「捨てられない重荷」
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《E・D内部/クリム=鈴夜 湊;視点》⑪ ”選べ”

遅くなって申し訳ありません。

 話し合いをするに当たって、飲み干された大量の瓶は片付けられた。空いている席は三つ。ゼールベン、マーディ、アイラの騎士長がまず腰を落ち着けさせる。残った俺は適当に立ち尽くしていた。


「……何で俺の近くなんだよ」


 赤ら顔の情報屋がぽつりと呟く。俺が選んだのは彼の斜め後ろだった。別に深い意味は持っていなかった。強いて言うなら、もたれる事の出来る壁がそこにあったからだ。


「そいつは放っておけ。それよりも依頼の話だ」


 対面に座っていたゼールベンが話を切り出す。


「事前に警告しておくが、口外するなよ? 下手をしたらE・Dの運営そのものを揺るがす危険がある話だ」

「分かってるって。オジサンも無駄に年は取ってないさ。節操は踏まえているつもりだ。それに、売っても金にはならないだろうし」


 冗談気味の言葉をこぼしてから、彼は手元に残っていたグラスの酒を一気に呷った。


「ぷはーっ! ……現実でも仕事。寝てもまた面倒な仕事。ああ、飲んでなきゃやってられねえ! 酔わ

なきゃ生きてけねえよ!」

「分かるわー」


 マーディが同調する様に頷く。こいつはE・Dの中でも容姿が優れている方だ。しかし、今の言動で夢が覚めてしまった気がする。本当に何歳なんだ……?


「ま、あんたらの団長からだいたいの話は聞いてる。昨日現れた悪夢を探してるんだって?」


 すんなりと依頼にはこぎつけられそうだった。少し意外に思える。騎士団が求める情報を集めるにはとても苦労する、とこの男自身がかつてぼやいていた。故に、仕事を受けるまでに色々と難航していた記憶がある。


「それで? 何を調べてもらいたいんだ?」

「悪夢が出現した日、無響魔鉱の周辺に出現したユーザーについて」

「…………は?」


 初老のアバターが緩んでいた表情を凍らせる。


「付け加えるなら、武具使用者を優先的に調べてもらいたい。悪夢が槍状の武器を使っていたからな」

「ちょっと待て。それって、え? 全員? いつまで? どこまで?」

「条件に該当するユーザーは漏れなく調べてくれ。期限は……そうだな、三日間ぐらいで頼む。範囲は無響魔鉱の半径五キロメートル以内がいい」

「…………うわー、マジかー。そいつは徹夜でもしないと難しいぞ……!」


 情報屋を営むアバターは額に手を当てて背中を丸めた。

 無理もない。無響魔鉱は見回りが必要な程に繁盛しているダンジョンだ。かなり多くのアバターが足を運んでいるのは確かだろう。そして、その近辺にまで目を向けなければならない。どうやって情報を収集しているのかは知らないが、大変な仕事である事は理解出来た。


「どうだ? 受けてくれるか?」

「…………悪夢について調べるだけだと思ってたんだけどなー。あーあ……」


 さっきとは打って変わり、彼は椅子の背もたれに沿って仰け反った。無気力に追い込まれた表情がこちらを向く。酒によって瞳の焦点が定まっていない。ちょっと大剣で引っ叩きたくなった。

 アイラやマーディは逆に神妙な眼差しを浮かべている。この依頼が断られれば悪夢への手がかりが殆ど途絶えてしまうのだ。俺にとっても大変困る。……やはり、大剣で……。

 ――そう考えた、直後。

 初老の男性は上半身を勢い良く引き戻し、正面のゼールベンへ顔を突き付けた。


「……報酬は弾んでくれよ! たんまりと!」


 情報屋は人差し指と親指で丸を作った。そして嫌らしく唇を吊り上げる。

 どうやら調べて貰える様だ。大剣を呼び出す機会は今じゃないらしい。開いていた右手の五指を静かに閉じた。


「ああ、分かってる」


 俺達をここまで連れてきたゼールベンが、縁が黒いシステムウインドウを呼び出す。手を動かして何らかの操作を行った。数秒遅れて、情報屋も自分の画面を展開させる動作を取った。


「これがこっちから出せる金額だ」

「ふーん……! 随分と太っ腹だなぁ。オジサンがここ最近で見た中でも一番だよ」


 所持金を譲渡したのだろう。どれだけの金銭が送られたのか気になる。しかし、ウインドウの表面にはフィルターがかかっていて、文字列が完全にぼやけている。白髪が映える後頭部しか良く見えなかった。


「……これからの労力には何とか釣り合いそうだな。よし! またお酒がたくさん飲めるぞぉ! おーい、注文だぁ! 閉店するまで飲み続けてやるっ」

「では、三日後にまた来よう」


 依頼は無事に受注された。ゼールベンが颯爽と席を立ち上がる。他の二人も安堵した笑みと共に腰を浮かせかけていた。

 だが、テーブルから離れようとした彼等を浮ついた声が引き止める。


「あ、ちょっと待って! 一緒にオジサンと飲もう? ね? 一人は寂しいんだよ!」

「お? じゃあ、俺が」


 銀髪の銃使いが易々と飛びついたが、情報屋の視線は他の相手だけを狙っていた。


「可愛い可愛い女の子にお酌してもらいたいなー! そして、色々とお話したいなー!」

「いやー、自分はちょっと……無理っす……」


 彼の誘いに対して、アイラは本気で迷惑がっていた。初老の男性が笑顔のまま声色を失くす。まるで孫に嫌われた老人みたいだった。


「…………俺は先に出てるぞ」


 今のやり取りに呆れたのであろう魔術師が踵を返す。店の棚に並んでいた酒瓶を口惜しそうに眺めていたマーディも、その後を付いていく。情報屋に頭を下げたアイラが急いで席から遠ざかる。

 最後に、俺も店の出口へと歩いていった。

 バタン、と背後で扉が閉まる。狭い路地へと再び戻ってきた。薄暗い影が日光の如く俺達へと降り注ぐ。

 何もやる事なかったな……。


「…………掴みどころのない人だったっすね」


 アイラがさり気なくこぼす。


「お前が言うか? まあ、腕は確かだ。三日後には依頼したユーザーのリストが出来上がっているだろう」

「…………」


 店名だけが掠れて消えた看板を、淡々と眺める。こういうデザインなのかと頭の片隅で気になった。


「ゼールベン、後はどうするんだ? まさか情報屋の仕事が終わるまで待機してるって訳じゃないだろ?」


 ふと、マーディが尋ねた。目線を動かさず、聞き耳だけをはっきりと立てる。


「当然だ。俺達も別方面で悪夢の探索を開始する。……それと、部下達に伝えておけ。見回りの最低人数を二人から四人以上に増やすと」

「分かった。じゃ、早速ミッテ・フォルトに戻るとすっか」


 連絡事項を受け取り、マーディは元来た道を遡ろうとした。ここでは転移が使えない。開けた場所に出るまで地道に歩くしかなかった。


「また通るっすか……」


 小柄なアイラの背中が一段と縮む。気のせいか、身に纏わせていた炎まで勢いが弱くなっていた。


「文句言うな。ここを抜けなきゃ転移が使えないんだ。ちょっと前までのやる気はどうした?」


 アイラは部下二人の敵を討つと豪語していた。しかし、暗く狭い路地を嫌がる姿はまるで別人だ。


「あ、おい? クリム、そっちは逆だぞ?」


 一方で、俺は彼等とは反対方向に進もうとしていた。マーディに気付かれてしまったので、仕方なく振り返る。


「俺はもうやる事がない。戻る」

「……つか、今日一日何もしてないだろ」


 容赦のない言葉をゼールベンが吐いた。まだ行動を一つも起こしてない。非難じみた言葉であっても黙って受け入れるしかない。


「だからだ。元から俺には部下がいない。これ以上は一緒に居ても役には立たない。また三日後に来た方がいいだろう」

「そっか。まあ、もう結構遅い時間だしな。最終的にはお前の手を借りるだろうけど、今はゆっくりしてた方がいい」

「クリムさん、また三日後にお会いしましょう! っす!」

「…………」


 マーディ、アイラ、ゼールベンがそれぞれの反応を向けてくる。対する俺は適当に手を振った。


「じゃ」


 反対方面へと翻り、より暗い道の先へと俺は潜っていった。




 ――そして、約一時間後。


「うーい……っ」


 奇妙な声を捻り出す酔っ払いが、店の扉を開けて姿を現した。看板の隅に書かれていた閉店時間ぎりぎりまで居座っていたらしい。情報屋としての依頼を果たそうとする様子はまだなかった。もしかしたら現実の方でやるのかもしれない。彼がE・D運営の関係者だという噂が脳裏を不意によぎった。


「飲み過ぎたぁ! でも、二日酔いになんねえのは、素晴らしいことだなー。その分、オジサンの苦行は続くけど」


 千鳥足で路地裏をふらつく。自然と鼻歌もこぼしていた。口の割には随分と機嫌が良さそうだった。

 背後から近づく俺に、気付かない程に。


「おい」

「……?」


 俺の声に反応する気力は残っていた様だ。初老のアバターが首を傾げながらこちらを振り返った。


「……あ?」

「話がある」


 男の瞳は未だに宙を彷徨っていた。だけど、酔いから覚めるまで待つ気はない。


「依頼をしたい。悪夢が出た日、無響魔鉱の周辺を通ったユーザーについて調べろ」


 流行る喉を強張らせながら、淡々と告げる。少しでも力を抜くと平静を失ってしまいそうだった。


「…………はぁ? 何言ってんだ? その話は、騎士団を通して既に受けてるって。というかどうしてコソコソと……」


 調子が戻ってきたらしいが、どっちみち怪訝な顔は続いた。一時間以上前と変わらない内容に眉をひそめている。


「俺のは別口だ。騎士団からの依頼で選んだユーザーの中から、更にある条件に沿った人物を探している」

「ある、条件……?」

「『青い髪』をした『男性』のアバターだ」


 具体的な特徴を口にして数秒。重苦しい沈黙が路地裏の闇を漂った。

 情報屋が赤から真っ青に変貌した顔色を浮かべる。どうやら例の依頼からかけ離れた話だと認識したらしい。そうだ、あの依頼の延長線上にはない。もっと危険な道に飛び込んでいるのだ。


「ちなみに……騎士団の人には……」

「言うな。他の奴等は関係ない。これは、俺とあんたの間だけの話だ」


 はっきりと宣言する。俺の依頼が騎士団に知られてはならないと。彼等の意向に背いていると遠回しに伝えたのだ。


「――っ」


 情報屋が素早く反転した。何の言葉もないまま、俺から逃げる様に駆け出す。

 逃しはしない。

 俺も地面を蹴った。ただし、目指す先は薄暗い路上にはない。こんな狭い場所では横を通り抜けるのも難しかったのだ。浮いた爪先を付けるのは、真横の壁面。頭三つ分ほどを飛び越え、俺は情報屋の正面へと着地する。


「――うおっ!? 嘘だろ!」

「話は終わってないぞ?」


 風に煽られ、飾りで身に着けているマントがたなびく。バサリと羽音の如き風圧が砂埃を巻き上げていく。


「ちょっ、待て! 厄介事は勘弁だって!」

「迷惑をかけるつもりはない。ある仕事をして欲しいだけだ。報酬もきちんと用意した」


 指を振ってシステムウインドウを手元に呼び寄せる。そこから数字を選んで近くのユーザーへと送金させた。

 狼狽えている情報屋も確認の為に窓を浮かばせる。そして、表示された数を見ると否や両目を大きく開いた。


「は……? 何だ、この金額は……っ」

「もっと必要か?」


 今まで溜めていた所持金の三分の二は費やしている。情報屋が渋る様ならもう少し出すつもりだった。


「い、いや…………そういう話じゃないんだが」


 先の驚愕とその言葉から察するに、金の量は足りているらしい。受けるなら受けるとすぐに答えて欲しかった。


「本心で言えば、オジサンは、その依頼は受けたくない」


 ……そうか。

 ならば、別の手段で訴える事としよう。


召喚コール


 親しみ深い単語を口にする。光る粒子が利き手の掌から溢れ、黒い大剣が瞬時に姿を現した。


「お、おい! お前はもう騎士じゃない! 少しでも危害を加えれば、犯罪証明書が――」


 最後まで言わせはしない。俺はその喉仏へ剣先を突き付けた。鈍い光沢が刃の上をなぞっていく。数センチ離れた場所で冷や汗も伝っていった。逆に困惑で沈んでいた声はきっぱりと止んでいた。


「安心しろ。別に退場ログアウトはさせない」


 信じてもらえるとは思えないが、決して偽りではない。損傷率を百にさせて彼をアバターとして死なせるのは容易いだろう。だが、交渉も共に打ち切られてしまう。それでは駄目なのだ。

 切っ先を宙の一点に留めたまま、慣れない行為を続ける。


「ただし、『依頼を受ける』と聞くまで手足を順に切り落としていく。まずは右足。次に左足だ。それでも首を縦に振らなければ、両手首も叩き切る」

「……!」


 冗談ではない、と感じ取ったのだろう。顔に馴染んでいた浅い皺が、強張りによって更に深くなった。

 恐らくだが、情報屋は激しい葛藤に襲われている最中だ。

 正面にある《断罪裂剣》という恐怖に下るか。

 それとも、《騎士団》という大規模な権威にすり寄るか。

 俺からは充分な金だって見せつけた。情報の依怙贔屓が周囲に知れ渡る可能性も、彼が黙っていれば極端に低くなる。前者の方がメリットは多い筈だった。


「さあ、どうする?」


 視線を下げ、地に着いた足を見据える。ズボン越しだがそこまで筋肉は厚くないと分かった。腕の振りに任せて大剣を滑らせれば、見事な輪切りになる。

 後、三秒。

 待っているのももどかしい。肯定的な反応をしなければ、その四肢を言葉通りに切り取ってやる。俺が本気だと思い知らせるんだ。




「どうもしねえよ。選ぶのは――クリム、お前の方だ」




 伸ばしていた大剣の切っ先が初めてぶれた。


「嫌な予感を覚えて隠れてみたら……これだ。お前が来た時に意地でも突っ張り返すべきだったよ、クソ」


 唾を吐き捨てる様に苛立ちがこぼれていく。意図的に行った音響探知は、その声の在処を背後だと教えた。距離は約三メートル。

 完全に俺の間合いに入っている。なのに、気付かなかった……? いや。

 音がない領域に今まで潜んでいたのだ。

 そんな芸当が出来るアバターを、俺は一人だけ知っていた。


「動くなよ、《断罪裂剣》。俺が使う魔法は忘れてねえだろ? ここは俺向きのフィールドだ。武器使用者のお前が相手でも遅れは取らない」


 魔法使用者でありつつ、中距離の戦闘を得意とする。夜空色のローブを常に羽織り、自身が使う魔法の属性に溶け込みやすい。

 俺の《断罪裂剣》に連なる奴の二つ名は――。


「《影法師》、ゼールベン……ッ!」


 後方へ瞳だけを送り、厄介な相手の名前を口走った。

 狭い路地に充満した影の中から人影が屹立していた。錯覚などではない。これが奴の多用する《影》魔法の効力なのだ。


「さあ、どうする? 選べ、クリム……っ!」


影魔法を使う騎士長、ゼールベン。クリムが対峙した場所は建物の影が満ちた路地裏。フィールド的にはゼールベンが有利。どうする、クリム? みたいなヒキです。

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