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エクステンデッド・ドリーム 《-Ⅲ- Loading Nightmare》  作者: 華野宮緋来
《LN編》第三章「捨てられない重荷」
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《E・D内部/クリム=鈴夜 湊;視点》⑫ ”黒幕”

明けましておめでとうございます。大変遅くなりましたが、最新話です。クリムがゼールベンに見付かった所からスタートです。

 ここで全てを明かすか。

 それとも、かつて身を置いていた騎士団に背を向けるか。

 そんな選択をこの場で強いられるなんて思ってもいなかった。回答によって今後のE・D人生が大きく左右される。ああ、物凄い重圧だ。情報屋もさっきまで同じ様な立場だったのかもしれない。


「その場でじっとしていろ。剣も降ろすな。お前の瞬発力は脅威だからな」

「…………」


 投降のふりをしてゼールベンに攻撃する作戦が封じられた。流石に俺の戦い方をよく理解している様だ。


「ずっと影の中に?」

「ああ。だから、お前が何を言ったのかまでは分からん。脅してる所はばっちり目撃したがな」

「そうか」


 まだ逃げ道は残っている。だが、どちらにせよ疑いまでは晴らせないだろう。最強と呼ばれているが、騎士団全体を相手に生き残れる自信は皆無だった。

それに、奴はかなり頭が回る。追い込む為の策を何重にも張っているに違いない。そもそも戦闘自体が敵対の意思表示となってしまうのだ。短い時間の思考だったが、俺の選択肢は袋小路で迷っていった。


「……オ、オジサンはどうすればいいのかな……?」


 硬直が、さり気ない疑問によって崩される。


「――――シャドウレイド・デルタ!」


 ゼールベンが魔法を発動させた。俺の足元から先端が鋭利な柱が三本も競り上がって来る。例えるなら、刃。影色をした剣に一瞬で囲まれた。


「ひぇえ……!」


 情報屋が悲鳴を漏らした。俺の周囲で三方向にそびえ立っていた刃に、目と鼻の先を掠められていたのだ。歯をカチカチと鳴らし、涙目を浮かべる。


「ちっ」


 攻撃、正しくは牽制をしかけた側の影法師が舌打ちを漏らす。本来は俺の大剣を弾くつもりだったのだろう。だが、直前に縦へ逸らしていたので衝突はしなかった。


「おい! このバカは何の依頼をした!?」

「え、あ」


 動揺に揺れる男の反応は鈍かった。現職か否かの違いはあるが、騎士長同士の対立に巻き込まれているのだ。俺ですら背筋にピリピリとした感触をずっと覚えている。戦闘に慣れていない様子の情報屋では、より大きなプレッシャーに飲み込まれてしまうだろう。

 更に、催促が稲妻の如く飛んだ。


「早くしろ! コイツはいつまでも待ってくれないぞ!」


 …………ゼールベン自身も焦っているな。

 理由までは突き詰めきれないが、俺との勝負を避けたがっていると感じ取れた。ここでは《影法師》が有利だ。けれども、油断はしてくれない。その分だけ俺の実力を高く評価しているのだろうが、今になってはあまり嬉しくなかった。


「か、髪の色だ! あんたらの探しているアバターの中から、『青い髪』の『男』を探せって……」

「髪、だと?」


 別にその話は知られても構わない。勘に頼って打ち明けただけだ。外れる可能性だって十分に有り得る。

 ただし、これを原因に行動を制限されるのはまずい。


「クリム……お前の目的は、何だ? 一体何を知っている?」

「知らないから依頼をしているんだが」


 紛れもない事実だ。俺は何も知らない。だが、懸念だけは胸の奥でいつまでもくすぶっている。その火種をどうにかしたくて、こうして確認を取ろうとしていた。


「こんな状況でもムカつくのは変わんねえなぁ……!」


 戻ってきた声音の低さより、結果的に煽ってしまった事を悟る。率直な言葉が災いしたらしい。

 数秒、沈黙に隠れた苛立ちが背後から発せられた。小さな歯ぎしりが聞こえたのだ。事態が動くと本能が囁いていた。


「ああ、くそ!」


 一際大きな声が挙がる。

 来るか?

 予想される魔法攻撃への対処を考えながら、大剣の柄を握る手に力を込める。積極的な反撃は駄目だろう。かといって、今後の不自由を選ぶのも望ましくない。

 逃げるしかないのか? だが、俺が欲しい情報が手に入らないままだ。

 自然と瞼にも力みが入った。戦闘を避けても状況は変わらない。好転する様な策を、俺は限界まで探ろうとした。

 息を吸う仕草が、細かな音響となって背後に忍び寄る。



「このバカの依頼を受けろ。そして、得られた情報は騎士団にも回せ」



「っ?」


 余りにも意外過ぎて、思わず視線を後ろへ逸らしてしまう。


「どうせ金も渡されたんだろ? そのまま持ってけ。俺が許可する」


 本気……なのか?

 その疑念を疑念を打ち払うかの様に、影色の刃が次々と輪郭を崩していった。地面から伸びていた細長い剣は、やがて黒い霧となって散り散りになる。魔法による鋭利な檻は跡形も無く消え去った。


「ぼさっとしてるな! 早く行け、情報屋!」


 ゼールベンの一喝が路地裏に響く。


「あ、ああああ! もう訳分かんねえー!」


 初老の男性は外見に合わない喚きを発する。冷や汗も乾かぬ内に背中を向け、脱兎の如く逃げ去っていった。

 足音と後ろ姿が徐々に小さくなる。進路を塞いでいた影の刃はもう無い。追おうとすれば簡単に出来た。


「何のつもりだ? ゼールベン」


 それよりも、元同僚の意図を確認する事を優先する。

 俺が振り向いた先で、彼は肩の力を抜いて臨戦態勢を解除していた。不機嫌を形にした鋭い瞳はそのままだったが、戦意は全く感じられない。


「それはこっちの言葉だっての。先にお前が話せ。……時間はまだあるだろ、高校生?」


 緩やかな口調からこぼれた言葉。それは、逆に俺の警戒心を強く引き立たせる。奴が「移動する」と提案されるまで、大剣から掴む掌に僅かな汗を滲ませていた。




「ここは俺が昔に作ったダンジョンだ。トラップとかモンスターの配置が面倒で、途中でやめてしまったがな」


 感慨深そうな物言いでゼールベンが語る。

 連れてこられたのは未完成のダンジョンだった。入口であるワープポイントを潜ると、宙に浮いた石造りの螺旋階段に出迎えられた。ただし、その段差は一つ目の大きな踊り場にしか続いていない。二階だけの構造だったのだ。

 階段を上がっている途中、ぼんやりと周りを見回す。


「作りかけだ。しょぼいとか文句は言うな」


 心でも読んだかの如く、適切なタイミングで言葉に刺された。

 E・Dでは金とアイテムさえ用意出来れば、自分でダンジョンを作る事が出来る。ゲームらしい一面だとは思う。けれども、VR世界である為に異常な程の手間と時間がかかると聞いた。


「ま、そのおかげで公開してないからな。入って来る奴はいないだろ」


 ようやく踊り場の平面に足を着けられた。今までの階段とは違う。地面の上にいるかの様な安定感を覚える。


「で、お前から先に話す気はあるか?」

「…………」

「やっぱないか。仕方ない、じゃあ俺からだ」


 軽く頭を掻いて、ゼールベンが語り出す。


「まず、お前を高校生と言った件だが」


 発せられる言葉に備える。自然と、肩が小さく吊り上がった。


「マーディが色々と言いふらしていた。可愛い女の子とクリムが親しくなっていると。部活動で関係があるとも口にしてたな。お前の普段の態度も計算して……高校生ぐらいだと考えただけだ」

「何やってんだ、あの男……!」


 リアルの情報が思わぬ所から漏れていた。別に隠していた訳じゃない。だが、周囲へ易々と打ち明けられるのも抵抗があった。


「次だ。お前の身勝手かつ脅迫まがい、あまつさえ騎士団への敵対と取られてもおかしくない行動を見逃した理由だが」


 緊張を崩された上で、ゼールベンの真意に耳を傾ける。その物言いには個人的な敵意が見え隠れしていた。


「黒幕を炙り出す為だ」

「…………何だと?」

「黒幕、だ。お前もそろそろ察してはいるんだろ? 都市伝説レベルだった悪夢が、三件続けて出現した。これが偶然だとは考えられない」


 確かにその通りだ。

 最初の一人――シャロの時はあまり疑問には思わなかった。こんな偶然もあるだろう。もしかしたらE・Dの不調やバグが原因かもしれない。無意識にそう決めつけていた。

 だが、二人目の時点で疑問が生まれた。連続で悪夢化が発生するなど、本当にありえる事なのだろうか。


「じゃあ、騎士団は」

「ああ。人為的に悪夢を生み出せる奴がいると考えている。……実際に、怪しい動きをしたアバターもいるしな」


 初耳だ。今回の作戦に同行していた二人にそんな素振りは見られなかった。恐らく冷静沈着なゼールベンだけが知っているのだろう。


「ちなみに他の騎士長も、そいつについて良く知っている」

「は?」


 予想が外れた。

 背中だけだった後ろ姿が、僅かに傾く。剣呑な瞳が俺の顔を覗いていた。腹の底まで見透かされた気分になる。まさか、現実での人物像までばれているんじゃないだろうか。些細な動揺から不安が育っていく。


「本当に分からないのか?」


 影法師は淡々とした口調で言った。

 どういう、意味だ? もしかして俺とも接点があるアバターなのか?


「灯台下暗しってやつだな」

「?」

「――お前だよ。一件目の悪夢事件の時に、無断で騎士団を抜けた断罪裂剣のクリム。お前が悪夢の増殖に関係している、っていう意見が出たんだよ」


 全身を痺れさせる程の衝撃が全身を駆け巡った。

 疑われているのは俺、だと?

 追い詰める側に立っているつもりだった。けれども、いつの間にか追われる側になっていたらしい。ゼールベンに疑われたのも頷ける。


「と言っても、お前を怪しんでるのは一人だけだがな。ゴーレム使いの《鉄鬼王女》だ。……お前、あの女に何した?」


 急な質問に返答が滞った。頭の片隅を突き、派手な衣装に身を包んだ少女を思い出す。


「やけにお前を敵視していたが」

「前に決闘を挑まれて…………俺が勝った。強敵だったのは覚えてる」

「ああ、もういい、分かった。どうせゴーレムを目の前で完全に破壊したとかだろ」


 黒い髪を揺らし、影法師は額を手で支える。

 寸分の狂いも無く答えを当てられた。ゼールベンの考え通りである。俺は鋼鉄製のゴーレムを駆使する騎士長に挑まれ、その戦いに何とか勝利した。彼女のゴーレムはかなりの高度を誇っており、傷を付けるだけでもかなり苦労した。しかも知性が普通の魔獣と比べて異常に高かったのだ。完璧に無力化しようと思ったら、少しずつ叩き割るしかなかった。


「あいつはプライドが高いくせにすぐに泣き出す。相棒のゴーレムが目と鼻の先でボロボロにされたら……そりゃあ、なあ」


 やかましい少女の叫び声が脳内で再生される。 勝利を掴み取る事より、《鉄鬼王女》の癇癪を止める方が大変だった。


「奴がお前を嫌悪しているのは全員承知している。団長も殆ど聞き流していた。……だが、お前は再び怪しい行動を取った」


 情報屋への脅迫じみた依頼。

 身内による嫌疑と再発した俺の単独行動が相まって、ゼールベンも《鉄鬼王女》と同類の懸念を抱いたのだろう。


「騎士団に敵対するつもりは、ない」


 本心を伝える。どれだけ無意味な物か知りながら、訴える。


「どうだかな」


 対する反応は酷く冷ややかな物だった。


「お前の行動は……はっきり言って理解不能だ。判断材料が全く足りていない。……何らかの背景を考えようとしたら、真っ先に悪夢が増えている現状が結びつく」


 半分は当たっているだろう。俺の独断専行には、黒い影に覆われた存在が常に纏わりついている。ただし、俺は騒動の近くに佇んでいるだけだ。決して悪夢を増やしている張本人等ではない。


「だが、無茶をして悪夢を追っているのも事実だ。現に、これまでの悪夢は全てお前が倒している。報酬を貰っているとしても、騎士団を抜けて狙う程の価値はない」


 疑いとは真逆の言葉が漏らされた。

 騎士長という立場を捨てていなかったら、きっとかなりの金額を今でも溜めこんでいただろう。長期的に考慮すれば、そうした定期の給与を受け取っていた方が稼ぎ安い。

 ……なるほど……。

 悪夢を増やし、自らの手で倒す。

 約束された身分を捨てて、危険かつ一時的な金銭を求める。

 そんな矛盾だらけの犯行と動機が、ゼールベンの中できっと行き交いしている。合理的な思考なら、相手が誰だろうと少しは追いかけられた。相反した考えの元、彼が決断を悩んでいるのも汲み取れた。


「だから、俺を泳がせようとしたのか」


 導き出された答えを俺は突き付ける。


「そうだ。話が早くて助かるな、こういうのに限っては」


 皮肉と共にゼールベンは認めた。

 俺への対処はどうやっても持て余す。そこでわざと自由に動かして、悪夢増殖の原因を調べようとしたらしい。


「待て。どうして、それを」


 奴の意図は分かった。そして大きな疑問が新たに生まれる。


「俺に……本人に言ったら、泳がせた事には」

「――自分で考えろ。甘えんな」


 即座に一蹴されてしまった。

 恐らく、俺の口から何も告げていないせいだろう。彼の不機嫌を買った様だ。感覚的にはそこまで難しい事情は隠れていない。先の批判が「頭を回せ」と聞こえていた。

 短い間、背景を振り返る。数か月前から起こっている悪夢の事件が、ゼールベンの暴露に筋を通していった。


「警戒しろ、ってことか?」


 鋭かった奴の瞳が、片方だけ開いた。


「そんなトコだな。勘に過ぎないし、存在自体があやふやだが……悪夢を増やしている黒幕はかなり危険だ。はっきり言って、騎士団の総力を挙げても止められないかもしれない」


 大げさ。

 そう笑い飛ばせたら、どれだけ気が楽だったのだろう。

 ゼールベンの懸念は俺にも酷く共感出来た。悪夢を増やしている《黒幕》の脅威度は非常に高い。


「悪夢を増やす為にどれぐらいの期間が必要なのか。……その時間が少ない程に危険度は跳ね上がっていく」


 ……俺は知っている。


「騎士団が確認している三体の出現間隔には差があった。まだ二件のみで参考にはならんが、悪夢の出現速度が増したら最悪だな」


 残念だが、そんな心配は無駄だ。

 何故なら――アバターを悪夢化せるのに、時間的な制限はほぼない。少なくとも、短期間の内に二人は変貌させられる。

 二人目の室月日々貴と騎士団やゼールベンも知らない三人目の高森千明季。彼と彼女はほぼ同時期に悪夢化していた。これが証拠なのだ。最悪な予想は、今すぐに起きても全く不思議ではない。


「…………珍しく顔色が悪いな」

「!」


 こいつ、俺から話を聞く気なんてない。揺さぶりをかけて、引き出そうとしている。


「俺がお前に教えられるのはここまでだ。さあ、後はお前が好きに話す番だ。……だが、元同僚のよしみだ。無理強いはしない」

「ゼールベン……!」

「もちろん、他の騎士にも秘密にしておく。アイラやマーディにも、だ。それなら一人で自由に動けるだろう?」


 裏を返せば、どんな危機も俺だけで乗り越えなくちゃいけない。胸の奥で冷たい感触がうずいた。恐怖、なのだろうか。底の知れない《黒幕》の脅威がいつの間にか感情に絡みついていた。


「どうする、《断罪裂剣》のクリム? 最強と呼ばれているお前なら、やっぱり一人でも大丈夫か?」


 冗談じゃない。予想が当たっているなら、敵となる悪夢は限りなく増える。その中から俺が勝てない能力を持った奴が現れる恐れもあった。


「…………俺は」


 口を動かすのが辛かった。重い。本心の何処かでゼールベンの誘いを拒絶していた。現実での個人的な素性が関係してくるのだ。また奴の性格上、打ち明ければ間違いなく俺の行動は制限されてしまう。


「まただんまりか。答える気がない、と考えていいんだな?」


 選択を迫られる。あの路地裏で見つかった時より状況は好転したと思っていたのだが、気付いたら反転していた。

 こいつは敵・味方の分別を超えて厄介だ。けれども、敵意を持って手を振り払う訳にもいかない。


「…………そうか」


 やがて納得したかの様な呟きを発した。まずい。ゼールベンは完全に俺を切り捨てるつもりだ。


「もう時間も無い。話はこれで」


 何か、手は無いか。

 あらゆるものに縋りたくなった瞬間。


「ん?」


 奇跡の如く、ゼールベンの動きが止まった。都合が良すぎて錯覚かと思ったが、違う。両目を開いて固まっている。


「……くそ」


 悪態を吐いて彼は指を振った。間髪入れずに半透明のウインドウが表示される。


「俺だ。一体、何の用だ?」


 どうやら電話がかかってきたらしい。現実ではもう夜明けを過ぎた頃だ。これから多くのユーザーが段々と目を覚ましていくだろう。通話が成立する時間帯としては微妙だった。マナーの面からゼールベンの怒りを買うかもしれない。

 不利な流れが途切れたのは有り難かった。ただし、問題の解決には至っていない。頭は抱え続けていく。目が覚めたら頭痛が発生していそうだ。


『……が、再び……出……! 騎…………がやられ……!』


 音響探知で鍛えていた聴覚が、意図せずしてウインドウから漏れた音声を捉えた。


「……っ! それは、本当か?」


 話を耳にした騎士長の表情が険しくなった。瞳を細め、部下であろう相手に問い直す。


『間違いありません! 槍型の武装に複数のスキル……! 既存の情報に一致する悪夢が再び姿を現しました! 一小隊が襲撃を受け、全滅しましたっ!!』


 集中して聞き取った報告が全てを物語っている。

 状況の好転を俺は確かに願った。

 なのに、この夢は更に悪い方向へと突き進んでいこうとしているらしい。


次回もなるべく早く投稿しようと思います。

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