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影添いの契 余白録 ―雨夜綴り―  作者:


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1/7

影添の夜

これは、雨の夜にだけ思い出される物語。


山の奥に在るという、影添の社。

白と黒——寄り添いながら、決して交わらぬ存在。


語られなかった“余白”を、静かに辿る。

雨が、降っていた。


森の入口。

影添の社の前に、一人の男が立っている。


特別な理由があったわけではない。


ただ——

どうしても、胸の奥が静まらなかった。


「……少しだけ」


そう呟いて、手を合わせる。


願いではない。

祈りでもない。


ただ、零れそうなものを、落とすために。


雨音が、少しだけ強くなる。


そのときだった。


——気配。


顔を上げる。


森の奥。


本来なら、誰も踏み入らぬはずの場所に。


“それ”は、いた。


白と、黒。


人の姿をしている。


息を、呑む。


逃げるべきだと、わかっているのに。

足は、動かなかった。


白は、静かに佇んでいた。


何も語らない。

ただ、そこに“在る”。


黒は、少しだけ視線を落とし——


そして、こちらを見る。


その瞳は。


思っていたものとは、違っていた。


恐ろしさではない。


責めるでもない。


ただ、確かめるような——


やわらかな、眼差し。


「……どうして」


思わず、声が漏れる。


その問いが、自分に向けたものだったのか。

それとも、あの存在に向けたものだったのか。


わからないまま。


黒が、ほんのわずかに目を細めた。


——懐かしい。


なぜか、そう思った。


見たことがあるはずもないのに。


遠い記憶の底で。


同じように、何かを諦めかけていた“誰か”が。


確かに、そこにいた気がした。


雨が、静かに流れていく。


そのとき。


白が、わずかに動いた。


黒の隣へ、寄る。


触れるでもなく。

離れるでもなく。


ただ、そこに並ぶ。


黒は、視線を戻す。


そして——


小さく、口を開いた。


「……まだ」


声は、ほとんど雨に溶けていた。


それでも、確かに聞こえた。


「終わっていない」


それが、誰に向けられた言葉なのかはわからない。


けれど。


胸の奥に、落ちる。


男は、何も言えなかった。


ただ、立ち尽くして。


その存在を、見ていることしかできない。


やがて。


白が、わずかに首を傾ける。


それは、制するようでもあり。

許すようでもあった。


黒は、ほんの少しだけ目を伏せる。


それ以上は、何も語らなかった。


次の瞬間。


ふたりの姿は、もうなかった。


残っているのは、雨音だけ。


しばらくして。


男は、ゆっくりと息を吐いた。


震えていたはずの心は、不思議と静かだった。


恐れは、ない。


ただ——


何かを、見届けたような感覚だけが残っている。


振り返る。


影添の社。


誰もいないその場所に、もう一度だけ手を合わせる。


今度は、少しだけ。


形が違っていた。


雨は、まだ降っている。


森の奥。


誰も踏み入らぬその場所で。


白と黒は、変わらず寄り添っている。


語られることのないまま。


ただ、在り続ける。


それが——


影添の夜にだけ、触れることを許された。


小さな、記憶。

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