【第21話】進め深層を!アルノの覚悟
警告のロープを越え、アルノとカイルを先頭にチームガレオスは未知の領域へと足を踏み入れた。
表層とは明らかに違う、張り詰めた重い空気が肌を刺す。
ふと、アルノの後ろを歩いていたミラが振り返り、足を止めた。
「……ねえ、ドローンが」
ミラの声に三人が振り向く。
これまで一定の距離を保って彼らを追尾していた学園の監視用ドローンマギア(中継魔導具)が、見えない壁にぶつかったように空中でピタリと停止していた。
魔力波の限界範囲に達したのだ。
ドローンは小さな駆動音を鳴らすと、くるりと向きを変え、入り口のある表層の方へとふらふらと引き返していった。
「行ってしもうたわ……」
「これで完全に、先生たちの目は届かなくなったってわけだ」
カイルが大盾のグリップを強く握り直す。
アルノは前を向いたまま、涼しい声で言った。
「うん。ここからは本当にボクたちだけの力で生き残らなきゃいけない。気をつけて進もう」
さらに奥へと進むにつれ、周囲の環境が明らかに変わってきた。
これまで壁や天井をほのかに照らしていた発光植物や苔が、パタリと姿を消したのだ。
一歩進むごとに光が奪われ、やがて完全な暗闇、光源が一切ないブラインド・ゾーン(絶対暗闇)が4人を包み込んだ。
「うわっ、何も見えへん……」
シルフィアが不安そうに、前を歩くカイルの鎧のベルトをぎゅっと掴む。
「カイル、止まって。このまま進むのは危険だ」
アルノが足を止めさせた。
「ミラ、明かりをお願いできるかな。あまり大きくなくていい、足元と周囲が見える程度に」
「任せて」
ミラが暗闇の中で安物の木杖を前に突き出す。
「……灯れ」
短い詠唱と共に、杖の先端からぽっと温かい真紅の炎が灯った。
以前の彼女なら、小さな明かりを灯そうとしただけでも強大な出力が暴走し、大爆発を起こしていただろう。
しかし今は、杖に刻まれた唐草模様のアタッチメント(出力排熱陣)が余分な魔力を光の粒子として静かに散らし、以前の素材採取の時よりも、明らかに安定して燃え続けている。
「最近以前より安定感が増してきたの……さすがアルノのルーン、本当に完璧だわ」
ミラが自身の杖を見つめ、安堵の笑みを浮かべる。
「いや、ミラ自身の魔力コントロールが上手くなった証拠だよ。さあ、ミラの灯りを頼りに、はぐれないように進もう」
ミラの炎が照らし出すゴツゴツとした岩肌や、天井から無数に垂れ下がる鍾乳石を避けながら、4人は慎重に歩みを進める。
しばらくすると、少し開けた広間のような空間に出た。
「しっ……止まって」
アルノが小声で制止する。
ミラに炎を少し落とさせ、岩の影からそっと広間を覗き込んだ。
そこには、大きな猪のような姿をした獣が三頭、地面の苔や木の根を漁っていた。
体表に結晶は見当たらない。
カーム(静獣)の群れの様だ。
「こんな深層にいるんだ。たぶん魔獣だぜ。オレがぶっ飛ばして……」
カイルが大盾を構えて前に出ようとするが、アルノがその太い腕をスッと掴んで引き留めた。
「駄目だ、カイル。あれはカームだ。体内に魔石があるタイプだから、倒して解体してみないと、目的の20センチ以上あるかどうかが分からない」
「じゃあ、ハズレかもしれないってことか?」
「そう。もし小さかったら、無駄に体力を消耗するだけだ。これから未知の強敵と戦うことになるのに、ここで力を使うのは得策じゃない」
アルノの冷静な判断に、カイルも渋々盾を下ろした。
「なら、見つからんように通り過ぎるしかないな」
「でも、どうやって? 暗いから目は誤魔化せても、匂いや足音で気付かれてしまうわ」
ミラが不安げに囁く。
「そこはウチに任せとき」
シルフィアがタクトを軽く振った。
「風の精霊さん、ウチらの匂いと足音、あの子らから遠ざけてくれへん?」
目に見えない微風が、4人をふわりと包み込む。
精霊たちが空気を操り、彼らの気配を群れの風下へと流していく。
「すごい、空気が壁みたいになってる……」
「今のうちだよ。岩の影に隠れながら、ゆっくり進もう」
4人は息を潜め、足音を殺しながら、猪型のカームたちの横を慎重に通り抜けていく。
カームの一頭が不意に顔を上げ、空気を嗅ぐような仕草を見せた瞬間、カイルの額に冷や汗が伝った。
しかし、精霊の風に守られた4人の気配に気づくことはなく、獣は再び餌を漁り始めた。
広間を抜け、別の細い通路へと入り込んだところで、4人はようやく張り詰めていた息を大きく吐き出した。
ーー
さらに暗い通路を奥へと進みながら、アルノは無言で腰のバッグをごそごそと探っていた。
カチッ、という硬い音がして、アルノの手からぼんやりとした紫色の光が漏れる。
先ほど必死で討伐したビーストから手に入れた、実習合格の証である12センチの魔石だ。
アルノはもう片方の手で、携帯工具箱から小さなハンマーのような工具を取り出した。
そして突然しゃがみ込み、なんの躊躇いもなくその魔石をガァンッ!と地面で叩き割った。
「えっ……!?」
「ちょ、おまっ、何してんだよアルノ!」
「アルノ君! それ、ウチらの合格の……!」
カイルたちが血相を変えてアルノに群がる。
無理もない。
喉から手が出るほど欲しかった、Dクラス勝利のための切符を、リーダー自らが砕いてしまったのだから。
ガァンッ!ともう一度ハンマーを振り下ろす音がした。
「ごめんねみんな。でも、これから戦う魔獣は、さっきのビーストより確実に強いはずだ」
割られた魔石はほぼ3等分になっていた。
そしてバッグから金属製の小箱を3つ取り出し、その中に魔石を1つずつ入れていく。
「この純度の高い魔力エネルギーを触媒にして、即席の『時限爆弾マギア』を作るのさ。帰りもあるから、みんなの魔力を節約出来るように、ボクもたたかう!」
アルノは話しながらでも、手際よくマギアを組み立てていく。
「さあ、これで仕上げだ!」
アルノの右手の指輪が淡く光り、その指が3つの小箱の上を滑るように往復する。
キュインッ!キュインッ!キュインッ!
微かなルーンを刻む、キャスト音が連続して響く。
小箱には、花火のような柄が浮かび上がり、『時限爆弾マギア』が完成した。
「そしてなんとしてもビーストを倒して、自分たちの力でゲートから出るんだ!それに、20センチ以上の魔石をゲットできたら規定のサイズは突破できる」
その言葉に、三人は息を呑んだ。
アルノはいつも涼しい顔をしているが、その胸の奥にはDクラスとしての意地が強く燃えている。
そして、誰にも頼らず自分たちの力で合格をつかみ取るという、揺るぎない覚悟を胸に抱いていた。
それを肌で感じ取ったカイルは、ふっと短く息を吐き、口角を上げた。
「……違いない。先生に泣きついて開けてもらうゲートじゃ、意味がねえ。頼んだぜ、リーダー」
「ウチも、精霊さんにいっぱい手伝ってもらうわ」
「まかせて。ワタシにかかればどんな敵だって丸焼きよ!」
腹を括った4人の足取りには、もはや迷いの影はなかった。
さらに深層へと進むにつれ、ミラの灯し出す周囲の景色が一変し始めた。
「ねえ……これ、見て」
ミラが杖を壁に向け、炎の光を近づける。
硬い岩壁の表面が、まるで柔らかい泥でも引っ掻いたかのように、深くえぐり取られていた。
生々しい爪痕だ。
「なんだよこれ……さっきのビーストの爪痕なんて比じゃねえぞ」
カイルが爪痕に自分の太い指を這わせ、ごくりと喉を鳴らす。
「ねぇ、なんか変なにおいしない?」
「きゃあ!…いややわ、なんか踏んだかもしれへん」
足元には、食い散らかされた他の魔獣の無惨な残骸が転がっていた。
骨ごと噛み砕かれたような痕跡が生々しく残っている。
アルノはその残骸と爪痕を静かに観察し、推測を口にした。
「この傷の深さと骨の砕け方……さっきの奴とは、比較にならないほどの腕力と質量を持った個体だ。みんな、気をつけて。もうすぐ近くにいるはずだ」
極限まで高まる緊張感の中、4人は狭い通路を抜けた。
すると、唐突に視界が開け、周囲が淡い青や緑の光に包まれた。
「あ、明るい……ブラインド・ゾーンを抜けたわ」
ミラが安堵の息を吐き、杖の炎をスッと消す。
そこは、底が見えないほど広がる地底湖を持つ、巨大な地下の空洞だった。
壁面や水際を覆う発光苔やキノコが、湖面を幻想的に照らし出している。
そして、その中央の開けた場所に、背中を丸めて何かを貪り食っている分厚い影があった。
ゴリッ……メチャッ……と、骨と肉を噛み砕くおぞましい音が空洞に響き渡る。
カイルが盾を構えて一歩踏み出した時、微かな甲冑の擦れる音が鳴った。
ピタリと、貪る音が止んだ。
分厚い影が、ゆっくりとこちらを振り返る。
「……見つけた」
アルノが低く呟く。
振り返った大きな熊のような獣の額からは、禍々しくうねる太く鋭い赤色の魔力結晶が、皮膚を突き破って斜めに生え出ていた。
アルノの目算でも、探していた20センチを超えている。
淡い光の中、ギラリと光る黄色い両目が、はっきりと獲物である4人を捉えた。
グルルルルォォォォォンッ……!!
空気がびりびりと震え、肌が粟立つほどの低い咆哮が地底湖に響き渡る。
今まさに、本当の死闘が始まろうとしていた。




