初めての魚は罪悪感つき
「レンー!帰ったよ!ミオも魚釣り上げたよ!」
ナギは、レンの家に入るなりそう声を掛け、そのままずんずんと進み、台所へと消えた。
レンは、ちゃぶ台の向こう側でタオルを目元に掛けて寝ていた。
「な、ナギ⋯⋯レン寝てるから起こしちゃうよ」
と、台所からボウルを拝借したナギを制止するため、潜めて声をかけたが、
「起こすために声かけたんだから、起きなかったら意味ないでしょ!」
と、大きな声。
ナギの持論に(そういう声かけもあるんだ⋯⋯)と、俺は小さな衝撃を受けた。
レンは目を覚ましたのか、起き上がりながら目元のタオルを外すと
「おかえり⋯⋯。帰ってきたのか⋯⋯。川、落ちなかったか?」
と、言われた。
(どんだけ俺が落ちること想定してたんだよ⋯⋯)
「落ちなかったし、ナギのおかげで魚も釣れたよ。⋯⋯一匹だけだけど」
と、俺はレンに報告した。
レンは「そいつは、すごいな」と、四つん這いで移動しながらナギの腰につけていたカゴを覗き込んだ。
「たくさん釣れたな」
レンの言葉に
「ナギすごいんだよ。投げるとすぐに竿を上げて、そうしたら魚がナギに向かって飛び込んでくるの。格好良かった」
俺の言葉に
「まあ、それほどでもあるけど」
と、ナギは得意げな顔をした。
腰のカゴを取り外して、ボウルにひっくり返すと、
「ミオが釣ったのはこの魚だよ。レンのために釣ったんだから一番に食べてあげてよね」
ナギは指を差して、言う。
俺の目からは、大きさが違うだけで全部同じ魚にしか見えないのに
「なんで分かるの?なにか違いがあるの?」
と、聞いてみた。
「ミオの魚だけ特徴を覚えたんだから、分かるわよ。ミオが初めて釣った特別なんだから」
ナギはそう笑顔で言った。
指差した魚は小さかった。でも、ナギは“特別だ”って言ってくれた。
(嬉しい⋯⋯)
頬が染まる。嬉しくて、顔の筋肉が緩まってしまう。
「ミオ、可愛い。そんな可愛いミオに、ナギさんから特別に魚をお裾分けするわ」
と、ナギは自分が釣った分をカゴに戻しながら、俺が釣った魚以外に、三匹ボウルの中に残した。
「じゃあね!また釣り行こうねー!」
と、言いながらナギは颯爽と帰っていった。
「昼飯に一匹ずついただこうか?塩焼き」
魚は骨があるから苦手⋯⋯なはずなのに興味が湧いて気付いた時に頷いていた。
「じゃあ、自分で食べる分は自分で準備してみようか?」
レンの提案。
俺は分からないまま、頷いていた。
土間をまっすぐ歩いて台所。
「じゃあまず、ぬめりを取って⋯⋯」
レンが二匹だけ入れたボウルに塩を振る。
「ぬめり?」
(なにそれ?)
「揉むと良いよ」
(揉む!?どうやって!?)
頭の中で魚の肩を揉む映像が浮かんできたが、魚に肩なんてない。
「ミオ⋯⋯、なにしてるの?」
「魚をマッサージしてる」
レンに言いながら、俺は両手の親指と人差し指で、肩と思う部分を揉む。
「え⋯⋯あ、揉む⋯⋯。ええ⋯⋯?そう捉えるんだ⋯⋯」
「違うの?」
首を傾げて聞いてみた。
「⋯⋯うん、そうだね。えーと、魚にはね、体全体にヌルヌルしたのが付いてるんだ。だから塩のザリザリで表面を軽くこすって、そのヌメリを取るんだ」
「ふぅん⋯⋯。ザリザリなら、砂糖でも良いの?」
何気なく、レンに聞いてみた。
質問されたレンは一時停止。
「どうしたの?俺なにかまずいこと聞いた⋯⋯?砂糖ダメだった?」
「⋯⋯いや、考えたこともなかった」
「⋯⋯変なこと聞いてごめん」
「いや、全く。どちらかと言うと興味深い。砂糖でも試そう。下処理は俺がやっとく」
レンのなにかに火を点けたようだ。若干早口で言われた。
「じゃあ、全体を擦ったら、流水で流して」
俺が流水で洗い流している間、レンは早速、他の二匹を砂糖で処理しているのか、ボウルからザリザリと、音がしていた。
「じゃあ、次は内臓を取ろう。ハサミだからミオでも簡単だよ」
そう言うと、レンは「まず、エラから⋯⋯」と、言って親指で、魚をカメレオンのように開くと、
「これが、エラだよ。魚はここで呼吸をするんだ。ここを切り取るよ。ほら、こことここくっついてるだろ?ここにハサミを入れる」
チョキチョキ。ひぇ。
「で、軽く少し引っ張ってみて、取れない部分を見つけて、そこをハサミで切ってやると⋯⋯、ほら、取れた」
と、真っ赤なギザギザを見せてくれた。
「それが終わったら、今度はここ、お尻の穴。この穴にハサミの片方を入れて⋯⋯、ここまで切っていくよ」
レンが指で示した後、ハサミを動かし、切り割いた。
「で、内臓を取り出す」ベロン。
「ひあ⋯⋯」(気持ち悪い!!)
「で、次は、背骨に沿った血合いを指で軽く擦って⋯⋯取り除く。で、洗う。⋯⋯ほら、簡単でしょ」
たしかに簡単にレンはやってみせた。でも⋯⋯
(⋯⋯触るの!?これを!?あれを!?)
「じゃ、やってみて」
(ひぃ!!)
俺は、レンが今見せてくれたばかりの光景を思い出しながら、なぞっていく。
「ひぃ」「エラの切り場所よく分かんない」「ひゃあ〜⋯⋯!」「怖いよぉ!」「気持ち悪い〜!」
動作に合わせて言葉が勝手に出ていったけど、なんとかやれた。
「上出来、上出来」
レンが褒めてくれるが、俺が魚と格闘している間に、レンは三匹下処理を終わらせていた。
「せっかくだから、食べ比べしたいな。ミオは二匹いける?無理なら夜に回すけど」
(⋯⋯どんだけ小さい胃袋だと思ってんだ)
「いけるよ、それくらい」
この時、俺は魚が苦手ということを忘れていた。
「じゃあ、これから串打ちをしよう」
渡されたのは竹串。
(串打ち⋯⋯?)
「見ててね」
と、レンは言うと魚の口を指で器用に開け、そこに少し太めの竹串を⋯⋯
(まさか⋯⋯)
ズブリ。
(ひえ。⋯⋯息苦しい姿)
「こんな感じで、口から通してあげて、まずは骨の裏側を通る感じで。で、少し、曲げてあげて、背骨に向けて串を押し進める。この時、骨には当てないようにね。下をくぐらすように。ケガだけはしないようにね」
何故か魚を軽く曲げながら串を押し進め、切ったお腹側を見せてくれたけど、全く分からなかった。
「最後にお尻を曲げて、串が皮を突き破らないように、指で探りながら⋯⋯で、串を出してあげれば、はい終わり」
(⋯⋯⋯⋯まっすぐ刺すだけじゃダメなんだろうか)
魚の独特の手触りに、鳥肌をゾクゾク立てながら、魚の口を開けて竹串を差し込む。
(ごめんなさいっ!)
キラキラしてるのに、虚ろな目が怖い。
「串が外側に出ないように気をつけて」
レンに誘導されるまま、魚の身を突き刺していく。
竹串から伝わる感触に罪悪感を感じながら。
「こ、これ、なんで真っ直ぐじゃだめなのぉ⋯⋯」
「え?⋯⋯真っ直ぐ?やったこと無いから、どうなるか想像だけど、まっすぐ突き刺したままだと、多分、食べてる途中で、支えがなくなって、自重で地面に落っこちちゃうよ?」
レンの言葉に、俺は地面にべしゃり、と落ちる焼き魚を想像した。
それは、悲しい。俺も。魚も。
「竹串を背骨に巻き付けるのを想像しながらやるんだ。そうしたら、焼いてる時、身が反っても崩れにくいし、背骨が支えるから身が落ちにくい」
理屈が分かると、なんとなく出来るような?
レンが、竹串を三匹とも打ち込んでいく様子を見せてもらいながら、なんとか一匹打ち終えた。
「次は塩を付けていこうか?こうすると楽に付くよ?」
皿に塩を盛ったレンが、
「身には付けないようにね」
と、言いながら、皿に軽く押し付け、指でヒレや尾にたっぷりと塩を付けていく。
「⋯⋯それは、何の意味があるの?」
なんとなく聞いてみた。
「焦げやすいから、焦がさないようにするためだけど。ここ、たっぷり付けておくと、焼いた時に、パリパリして、しょっぱくて美味しいんだ」
「へぇ」
これは簡単な作業だったから、残り三匹レンから任された。
レンは他に準備があるという。
食べ比べるため、砂糖版の下処理と塩版の下処理を間違えないように皿に分けて置く。
ちょっと、楽しい作業だった。
「じゃあ、ミオは塩の方、俺は砂糖の方」
土間から玄関へ、レンの後をついていく。
「魚は、ここで焼こう」
着いたのは、玄関口。そこにはポツンと七輪。
(お店でしかあまりお目にかからない物が⋯⋯)
「ここからは、慣れてるから俺がするよ」
珍しげに眺める。よく見るといつの間にやら、七輪には炭が赤々としていた。
網に引っ掛けるようにして魚の頭を逆さに、竹串を引っ掛けたレン。
「あれ?魚の身体に塩が付いてる⋯⋯」
「ああ、今さっき振ったんだ。こうすると焼き上がった時に見た目も良くて、美味しいよ」
そういうレンの顔はニコニコしていた。
よっぽど食べ比べが楽しみらしく、「時計回りに塩、塩、砂糖、砂糖で 差したからね」
土間の通路を挟むように二間の和室の部屋。
俺とレンは、和室の上がり口に並んで腰を掛ける。
「どうして、寝室のガラス戸は閉めてるの?」
目の前の締め切ったガラス戸を見ながら聞いてみた。
「塩焼きは美味しくて好きだけど、寝るまで嗅ぐのはちょっとね」
と、レン。
ここで、俺は思い出した。
(そうだ、俺、魚食べるの苦手だった)
(しかも、食べ比べもするって言っちゃったー!)




