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沙州関異聞  作者: いろは
第三章
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二十二

「おれの母親は、崔家当主の姉だ。他家に嫁して男児をもうけ、赤子もろとも婚家を追い出された」

「……どうして」


 奎厦は己の眼を指さした。


「産まれた赤子のせいだ」


 緑の眸。淡い色の頭髪。


「黒い髪と黒い眼の夫婦の間に、産まれたのがこのおれさ。まわりはこぞって、おれの母親が異域の男と通じたのだろうと決めつけた」


 馬鹿な話だ、と奎厦は吐き捨てた。


「崔家は、もともと西方の異民族の血を引いている。先祖の血が、たまたまおれの身に現れただけだろう。珍しいが、例がないわけでもない。だが、いくらそうだと訴えても、誰も耳をかさなかった」


 泣く泣く実家さとに帰った奎厦の母だったが、崔家の応対は冷淡だった。奎厦にとって祖父にあたる先代当主は世を去っており、後を継いだ現当主、つまり奎厦の叔父は、やむなく姉と甥を受け入れはしたものの、不貞の疑いをかけられた姉を恥じ、世間から隠すように屋敷の片隅におしこめた。失意のうちに奎厦の母が身罷ったのは、それから七年後のことだった。


「以後、あの家でのおれの扱いは使用人以下に落ちた。たまりかねて家をとびだしたのは十五の頃だ」


 奎厦の語り口は淡々としているが、その底には冷えた怒りがこごっているようだった。その証拠に、先ほどから奎厦は血のつながった現当主のことを一度も叔父と呼んでいない。


「それからはまあ……いろいろあったが、一年前に無理やり呼び戻された。今更なんだと思えば、仕官の道を用意してやったときたもんだ。まったく、物は言いようだな」

「……そんな」


 先ほどからふつふつと腹の底から怒りが湧いてくるのを感じていた春明は、たかぶった感情にまかせて声をあらげた。


「そんな勝手な話がありますか。その叔父さんとやらは、じつのお姉さんにも、奎厦さまにもつらくあたって、それで奎厦が家を出たときも探しもせずに放っておいたんでしょう? なのに都合が悪くなったときだけ引っ張り出すなんて、よくもそんな恥知らずな真似ができますね」


 憤慨する春明を前に、奎厦はふっと表情をやわらげた。


 あれ、と春明は目を瞬いた。もしかして笑ったのだろうか、このひとは。


「おまえ、文挙に落ちたんだったな」

 

 半分忘れていた事実を突きつけられて、春明は「はあ」と頭をかく。


「落ちて正解だ。おまえは官吏には向かない。正直に物を言いすぎて上の不興を買うぞ」

「それを言うなら奎厦さまだって、子怜さまに好き放題……って、あー……その、いまのはですね」

「ほら、そういうところだ」


 春明を指さす奎厦の顔には、今度こそ見まちがえようのない笑みが浮かんでいた。


「義憤にかられているところを悪いが、おれは嫌々ここに来たわけじゃないぞ」

「そう……なんですか」


 奎厦は卓に頬杖をつき、遠い記憶をたぐるように目を細めた。


「崔家が西方の民の血をひいていると言っただろう。あれはな、もとをたどれば楼西の民にいきつくらしい」


 思いもよらぬ告白に春明は目を丸くした。三百年前に滅びた西の国。その民の血が、目の前の若者の体に流れているというのか。


「おおっぴらにはしていない。前朝の梁に滅ぼされた民の生き残りなどと吹聴してまわれば、叛逆罪に問われかねないからな。だが、一族のなかでも一部の者は、いまだに楼西の血を誇りにしているようだ。楼西にまつわる伝承も、口伝えで受け継がれている。おれの母も、楼西の物語が好きだったらしい。幼い頃によく聞かされたな。楼西という国のこと、民のこと……この都の話も」


 それは真昼の都の様子だったという。血なまぐさい戦場ではなく、明るい日差しがふりそそぐ、にぎやかな街中の。


 路沿いにぎっしりと並ぶ露店。広い街路を歩く人々の大半は異国の民。白い肌、黒い肌、淡い色の髪、青や緑の瞳。とびかう言葉も半分は異国のもの。


まるで祭りの日のようなにぎわいが、連日続いていたのだと。


「相当、美化されているのだろうが」


 そっけない口調だったが、奎厦の表情はおだやかだった。


 ああ、そうか、と。唐突に、春明は悟った。

 

 このひとにとっては、この沙州関こそが故郷なのだと。母親の口から語られた、鮮やかな色彩に満ちた都こそが。


「再建工事、早く進むといいですね」


 そして叶うことなら、と春明は思った。かつてのにぎわいを取り戻した都の姿を、この目で見てみたいと。


 その街路を歩く奎厦は、きっと満ち足りた顔をしているはずだ。ちょうど今このときのように。


「そうだな。が……」


 奎厦は嫌なことを思い出したように顔をしかめる。


「その前に、あの城主をなんとかしないとな。あいつめ、ろくでもないことを始めやがって」

「でも、子怜さまだって、この呪いをなんとかしようとしているじゃないですか」

「馬鹿いえ。あいつはこの城そのものを潰す気だ」

「そんなこと……」

「ああ」


 奎厦は浅くうなずいた。


「おまえは知らんのか。あいつが皇太子の側近だということを」

「はあっ!?」


 衝撃の事実に春明は目をむいた。


「皇太子って……なんですか、それ!」

沙州関ここに出入りする商人から阮之が聞きこんだ話だ。次に赴任してくる城主は、皇太子の寵臣だと……ふん、寵臣だか寵童だか知らんが」


 奎厦は不愉快そうに吐き捨てた。


 勇猛な武将としても名高い斉の皇太子は、梁との戦が終わった後も大小の反乱討伐に出征しては、優れた功績をあげていた。その皇太子の側には、常に美貌の側近が付き従っていたのだという。


「皇太子は、もともとこの城の再建に反対しているそうだ。こんな辺境の一城に金をかけるなど馬鹿げていると」

「じゃあなんですか、子怜さまはその皇太子さまの命でこの城にいらしたと? 再建計画を潰すおつもりで?」

「おおかたそんなところだろう。あるいは、たんに左遷されただけかもしれんな。顔で成りあがったやつは飽きられるのも早い……」

「そのへんにしといてもらえないかなあ」


 不意に割りこんできた声に、奎厦も春明もぎょっとして腰を浮かせた。



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