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【BL】古魔道具屋の女房と猫  作者: 丁銀 導


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052 リアムくんと『本』【リュウ】


僕が『リアムくん』と始めて出会ったのは、一月ほど前のことだ。

その頃の僕は、猫友達がたくさんできたのとは

別のやむにやまれぬ理由で、

自宅に帰る時間を慎重に選ぶようになっていた。

それというのも、近頃の自宅…

古魔道具屋には歓迎できない客が来るようになったからだ。

招かれざる客とは、もちろん猫の天敵『人間の子供』である。

とにかく奴らは存在するだけで

うるさい、汗臭い、鬱陶しいの三拍子で、

その上動物を玩具や何かと勘違いしている。

いかに悪意がないとは言え、自分より何倍も

体の大きな生き物が奇声を発しながら迫って来たら、

どれだけ怖いか想像してみて欲しい。

しかも尻尾や髭を引っ張るなんて言語道断だ。


大抵はエイデンさんが庇ってくれるけど、

基本的にエイデンさんは子供に甘いので、そう頼りにならない。

自己防衛のため、

僕は夕方の自宅には寄り付かない事に決めたのだ。


その間の行き先は、もっぱら近所の児童公園だ。

名前とは裏腹に児童の姿を見掛けた事のない寂れた場所で、

特に古びたあずまやは静寂を好む僕の別宅にはお誂え向きだ。

悪童どもが退散する合図となる17時の時報まで、寝転がって思索に耽って

過ごすのだけれど……しかしある日、お気に入りの場所に先客がいた。

一目見た印象は、ぼろぼろになったお人形みたい。

脂じみたボサボサの髪に、よれた上衣と半ズボンから伸びる痩せこけた手足。

顔立ちは可愛らしいが、頬がそげおちている。

胸には重そうなハードカバーの本を抱き抱え、俯いている。

なんて陰気で不潔な子供だろう。僕は冷酷にそう思った。

ふと、子供は顔を上げて僕を見た。どんよりとしていた目に、光が見える。

「ねこさん…」

本をベンチに置くと、子供は僕に向かって手招きした。

うえ~冗談じゃないよ。

最近の僕は毎日お風呂に入ってブラシで毛並みを整えている。

猫の集会で浮かない為だ。

小汚い人間の子供なんかに撫でられたら、べたべた油がついちゃう。

ぷいっと立ち去ろうとした僕の耳に、また小さく声が聞こえた。


「…ねこさん…」


振り返ると、子供は所在なげに立ちすくみ、僕を見ていた。

その瞳に、僕はひどく見覚えがあった。

結局、引かれる後ろ髪に勝てなかった僕は、子供のそばに近寄った。


「ちょっと、まってくださいね…」


せっかく近寄ってやったのに、

子供は錆びた水飲み場に向かって走り出した。

よたよたと力ない足取り。きちんとご飯を食べてないのかなぁ…。

子供は水飲み場のポンプを押し、溢れる水で手を洗い出した。

濡れた手を汚れた上衣で拭くと再び僕のところに戻って来た。

小さな掌が、僕の頭に迫る。僕は仕方なく我慢した。

ちゃんと手を洗うあたり、この子は行儀のよい子だ。

少なくとも古魔道具屋に来襲する蛮族どもと比べるべくもない。

異臭には閉口するけど…。


「さらさら…とてもすてきです…」


独り言をうっとりと呟きながら、子供は幸せそうに僕の頭や背中を撫でた。

僕は黙ってされるがままになった。大人だもの。ちょっとは我慢してあげなくちゃ。

ふと見ると、汚れた運動靴に消えそうな字で

『リアム』と書かれているのを見つけた。

これがこの子供の名前なのだろう。

これが、僕と子供…『リアムくん』との第一日目だった。


それ以来、僕が常と変わらず日課として公園を訪れる度、

リアムくんと遊んだ。

とは言えリアムくんは毎日来る訳ではない。

来たり来なかったり不定期だ。

そんな日はベンチでくつろぎながら、あれこれと彼の事を考えた。

古魔道具屋に来る子供達は、きちんと洗濯された服を着て、

肌も髪もぴかぴかしている。

それに引き換え、リアムくんはどうだろう。

いつ洗濯されたのか分からない

雑巾のような服を着て、髪の毛もフケだらけでぼさぼさ。

ガリガリに痩せた体はとても三食きちんと

親がご飯を食べさせているようには思えない。


親か…。

僕にも母猫・父猫がいたのだろうけど、まるで記憶にない。

気がつけば一匹ひとりで、食うや食わずの厳しい日々を送っていた。

そう、ジュナイやエイデンさんと出会うまでは、

このリアムくんのような状態だったのだ。


人間の親も、猫の親のように無慈悲に、

弱い子供を捨てるものなんだろうか。


確か、エイデンさんとジュナイが魔石板で

『児童虐待』のドキュメンタリー番組を見て

「ひどい」と大いに憤慨していたので、特異なケースとして存在するのか。

だとしたら、あの子がかわいそうだ。何とか出来ないかなぁ。

僕がただの猫なら見過ごせばいいだけの事だけど、

生憎僕はただの猫ではないもの。


***


その後、僕はリアムくんの生活ぶりを確かめるべく彼を尾行した。

しかし、彼の家があるのであろう貧民街に差し掛かったところで

思わぬ足止めをくらった。

野良猫…それもとりわけ狂暴で低能で汚らしい

野蛮猫やばんじんどもの縄張りも、この貧民街だったのだ。

足を踏み入れる前にやつらの臭気を感じて

立ち止まったから事なきを得たものの、

這入りこんでいたらどんなひどい目に遭わされるか……。

僕は別の土地で嫌になるほども経験している。

どうしたものか…。

僕は荒んだ街並みに消えてゆく

リアムくんの後ろ姿を見送ることしかできなかった。


***


『リュウよ。件の子供だが、本日の夕方見かけたぞ』

『本当ですか?場所と時間を教えてください』

『区立図書館前だ。

花壇のへりに本を抱えてションボリ座っておったぞ。

時刻は五時頃だな。時報が五月蝿かったから』

『ありがとうございます』


数日後。思い余った僕は、猫仲間達にリアムくんの事を相談した。

意外にも、リアムくんの事を知っているひとがすでに居た。

仲間猫達はみんな裕福な家の飼い猫で、基本的にお屋敷から出ないのだが

マタタビ好きのボクシィさん。

同居人が多忙で、ほとんど家にいないサイとサク。

それと、自由気ままに屋敷を抜け出す

オータム夫人とエヴァンス卿は別だ。


公園に来ない時のリアムくんが、どこで何をしているのか。

どんな親と、どういう生活をしているのか。それを調べたかった。


調べてどうするのかと言うと、

ジュナイとエイデンさんに相談してどうにかして貰う為だ。

二人とも働いていて忙しいから、曖昧な事を訴えても取り合ってくれないだろう。

まずは証拠を押さえなくては。あの子が、ひどい暮らしを強いられている証拠を。

週に三日、この河川敷に二十時に開かれる集会で、僕は仲間からの報告を受けた。

リアムくんの話に仲間達はみな同情的で、進んで協力を買って出てくれた。


『そんであの子…リアムくんだっけ?』

『はい』

『リアムくんの持ってる本…アレはいけねぇな』

『本、ですか?』


ボクシィさんが神妙な表情で頷いた。

いつもニコニコと機嫌のいい彼の真剣な顔を僕は初めて見る。

おそらく、この場にいる全員がそうだと思う。


「ボクシィよ。それはどういう意味だ?」

オータム夫人が尋ねると、ボクシィさんはやはり神妙な顔で続けた。

『…ヤバい薬の匂いがぷんぷんするんだよ』

『と言うと?』

『たぶんありゃあ…麻薬が仕込まれてる』

『麻薬?!』

『それは確かなのですか?ボクシィくん』

『ああ、俺はマタタビ愛好者なんでね。

それ以外のブツの匂いにも敏感なのさ』

『…薬物…それは確かなの?』

『シルヴァさん。どうかした?』


いつも物静かで、もっぱら聞き役のシルヴァさんが珍しく口を挟んだ。

夢見るような灰青の瞳に鋭い光が宿る。

さすが黒ギルド長の愛猫…貫禄が違う。


『それは聞き捨てならないね…』

『あんたが色めき立つとなると…『黒ギルド』絡みかい?』

『うん…ヴィクターくんがドミニオくん・マーズくんと

話していたんだよ。グラディウスの縄張りであるこの界隈で、

麻薬を流している不逞の輩がいると…』

『…ああ!』


思い出した!

この前、古魔道具屋に来ていたヴィクターさんが

エイデンさんにも情報提供を頼んでいた。

僕はその場にいて、物騒だなぁとか暢気に思っていたんだった。


しかし、それとリアムくんの本にどんな関係が…?

僕のモヤモヤした考えが纏まる前にオータム夫人がズバリと言った。


『繋がったな。麻薬を流しておるのは、その子の身内だ』

『なぜそう思う?オータム』

『我は見たのだ。図書館前で、

件の子供が人間の男に本を渡しているのをな』

『でもそれって、ただの本の貸し借りじゃ?』


マロンくんの素朴な問いに、

オータム夫人はふふんと笑い返した。


『読書を嗜みそうな人間と、そうでない人間の違いくらい

分かるであろう?我らなら』

『なるほど、その男はいかにも本より薬物の似合う風体だったと』

『…その子は『運び屋』の役を担わされている…という訳だね』


ソロモン先生・オータム夫人・エヴァンス卿・

ボクシィさん・シルヴァさん・マロンくん・サイにサク、

そして僕…。

その場に集った猫達の間に、重い沈黙が降りた。


この仮説が事実なら、なんて酷い話だろう。

何も知らない幼い子供に悪事の片棒を担がせ、

しかも野良猫のように食うや食わずの生活をさせているなんて…。

人間は僕らを『畜生』と呼ぶが、

人間の中には『畜生以下』のケダモノがいるじゃないか。

怒りがふつふつと湧いてきたが、頭を冷やすよう自分に言い聞かせた。


…この仮説には大きな欠落がある事は分かっている。

証拠がないのだ。


『証拠…そうだ!!』

『ど、どうしたの?リュウくん』


突然叫び出した僕に、隣に座っていたサクがびっくりしていた。

そもそも、リアムくんを助けたくて皆から情報を集めていたんだ。

これは考えれば考えるほど、好都合じゃないか?

エイデンさんとジュナイに、『本』を持ったリアムくんを合わせる。

たったそれだけの事で、二つの案件が一気に解決するじゃないか!

…これはたぶん、運命だ。

僕がジュナイと、ジュナイとエイデンさんが出会った事のように。


***


『どうですか?ボクシィさん』

『今日もアリだね。プンプン匂いやがる』


その翌日、早速僕は夕方の公園を訪れた。

薬物の有無を判別して貰うため、ボクシィさんに同行をお願いした。

リアムくんが『本』を所持している状態で、

古魔道具屋に連れて行く必要があるからだ。

公園内の時計を見上げると、もうすぐ夕方四時半。

ジュナイはこの頃定時でさっさと帰って来るし、

帰宅ルートはいつも決まっている。

それに、ジュナイが通らなければ

古魔道具屋まで戻ってエイデンさんを呼べばいい。

幸い今日はあの小さな野蛮人どもが塾で店に来ない曜日だ。


『じゃあな!付き合えなくて悪いが…頑張れよ~』

『ありがとうございました!』


今日は飼い主の帰りが早いのだという

ボクシィさんは、急いで帰って行った。

その後ろ姿を見送り、僕は改めて寂れた公園に振り返った。


ベンチには、相変わらずしょんぼりと項垂れて『本』を胸に抱えた

リアムくんが捨てられたお人形のように、ちんまりと座っている。


…僕は何故、ここまでこの子供に肩入れしているのか。

それは改めて自分に問うまでもなかった。


リアムくんの目は、エイデンさんとジュナイに似ているのだ。


色や形ではない。

その瞳に宿る静かな哀しみが、深い諦めが

二人にそっくりなんだ。


これまで、僕の家族はジュナイとエイデンさんだけで、

他には誰もいらないと思っていた。

けれどその考えはもう返上するよ。

ここにも一人、帰る家のない悲しい人がいた。


お願いだよ、ジュナイ。エイデンさん。この子を救けて。

出来る事なら、新しい家族として迎え入れてあげて。


僕はリアムくんに背を向けると、一目散に走り出した。

いつもジュナイが通る、街路樹の路に向かって。


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