011 青空古魔道具市②【ジュナイ】
昼過ぎ、エイデンさんが弁当を買って来てくれたので、二人で食べた。
みんな同じように昼飯を食っているのか、客足は途絶えてのどかなもんだ。
「い~天気だね。一杯やりたくなるな」
「昔は開場前から酒盛りをする業者達もいたらしい」
「へぇ~。いいご身分だなぁ。それで商売になったの」
「当然ならない。お客さんが酔っ払いを怖がって市に近寄らなくなった時期もあり、
そういう業者は今では出入り禁止になったそうだ」
「だろーね」
なんて話をしたあと、エイデンさんが休憩時間をくれたので、俺も市をぶらついてみた。
地面に敷いたゴザやビニールシートの上に広げられているのは、ゴミとも値打ち物とも
どちらにも見える、なんだか得体の知れない色褪せたガラクタばかり。
エイデンさんが主に商っているような古い生活道具や、それより美術品寄りの魔道具、
古着、東洋の着物、食器、置物、古本、玩具…
よくもまあ、今まで棄てられずに残っていたもんだと感心するしかなかった。
とある店の前でふと見上げると、見憶えのある大日傘があった。
柄の部分に『レリックハート』と書かれているので、
さっきエイデンさんが抱えて行った日傘に間違いない。
「この日傘、うちのですよね」
店主らしき人の好さそうな若夫婦に話し掛けると、眼鏡をかけた温和そうな旦那が
「レリックハートさんの方ですか?」と穏やかに微笑みかけてきた。
「はい、店員です。初めまして」
「初めまして!後でお返しに伺いますので!いや本当に助かってます!」
旦那に握手を求められて応じた。奥さんがニコニコを会話に加わる。
「私達今回が初参加なんですけど、ここって陰がないでしょ?もう暑くって~」
「レリックハートさんが『うちで余っている日傘だけど』って貸してくださったんです」
「親切な方ですね~!感激です」
二人は無邪気にエイデンさんを褒めた。なんだか自分が褒められているようで
こそばゆかったが、それはおくびにも出さず微笑み返した。
若夫婦の店は王都で直接買い付けたという小洒落た小物がメインで、
俺は毛の長い黒猫の描かれた古びた絵葉書を銅貨1枚で買った。
言うまでもなく、うちの龍に似ていたからだ。
ま、龍の方が可愛いけど?
その後は小一時間ほどぶらついて、店に戻った。
「お帰り。もういいのか?」
「うん。もう一生分のガラクタを見たよ」
「そうか。お疲れ様」
ガラクタ呼ばわりに気を悪くした様子もなく、エイデンさんは穏やかに微笑んだ。
サムライみたいな顔立ちのくせに、笑顔はいつもどこか柔和で可愛いなと思う。
閉場まであと一時間。エイデンさんは同業者のオヤジ達に呼ばれてまたどこかに行った。
俺はまた一人でボーッと店番をしていた。もう客も少ないし、畳めばいいのに。
そんな事を考えていたら、一人の癖の強そうなジジイが店の前にしゃがみ込んでいた。
店に置かれた古道具なんかをひとつひとつ見ては「ふん」と鼻を鳴らす。
馬鹿にしている風ではなく「まぁまぁじゃねえか」といった雰囲気だ。
客にも色々な種類があって、誰にでも気軽に話し掛ければいいってもんじゃない。
放っておかれるのを好む客もいる事を知ってる俺は、このじいさんも
その類だと踏んで、軽く会釈するにとどめた。
「…あんた、エイデンの雇った店員か」
「はい。そうです」
不意にじいさんが話し掛けて来た。
目は手元のガラス食器しか見ていない。
「相変わらず、いいもん揃えてやがる。元は大したもんじゃねえが、
手入れが行き届いてるし、値段も手頃だ。客は得して、店も損しねぇ額だ」
「そうなんですか」
「魔石の状態もいい。大したもんだなエイデンは…」
例のごとく営業スマイルで適当にいなす。年寄りの繰り言には付き合わない主義だ。
まぁエイデンさんを褒められて悪い気は全然しないけどな。
「けど、あんたは好かねぇ」
「はぁ」
「腹ん中から笑ってねぇ、薄っぺらい顔だ。いけすかねぇな」
そう言ってジロリと俺を睨みつけると、ジジイは去って行った。
失礼なジジイだな。突然ディスられて軽く腹が立ったが、別にそれだけだ。
誰に何を言われようが構うもんか。どいつもこいつも俺の何を知ってる訳でもないくせに、
一方的に好きだの嫌いだの、勝手にしやがれってんだ。
それから数分と経たずに、エイデンさんが帰って来た。手に紙袋をいくつか提げている。
「お帰り。何か買ったの?」
「ああ、付き合いでな…。だが半分は戴き物だ」
手渡された麻袋を覗くと、新鮮そうな野菜や果物が詰まっていた。
地方に仕入れに出た同業者が、たまに土産をくれるんだそうだ。
「何か変わった事はなかったか?」
エイデンさんにそう訊かれて、さっきのジジイの事を簡単に話した。
悪く言われた事はいちいち言わなかったんだが、
エイデンさんは「あの人か」と呟いて、すまなそうな顔をした。
「その人は、古魔道具商ギルドの会長さんだ」
「そうだったんだ」
ブン殴らなくてよかった。
「癖の強い人だったろう…何かきつい事を言われなかったか?」
「別に?でもいちいちそんなの気にしてられないだろ。客商売だし」
「まぁ、そうなんだがな…」
エイデンさんはそれ以上何も言わず、閉場時間が迫って来たので片付けに入った。
持ち込んだ小物は殆ど売れて、賑やかしにと持って来た
時代箪笥も扇風機も売約済みになった。
こんな事は滅多にないと、エイデンさんは褒めてくれた。悪くない気分だな。
例の大日傘は畳んで荷馬車の荷台に積んである。
さっき、例の若夫婦がきちんと返しに来てくれたからだ。二人はしきりに礼を述べ、
この近所の有名店で買ったのだという、焼き菓子のセットをくれた。
「今日は本当にありがとうございました!」
「いいんです。また次の市で会いましょうね」
若夫婦に穏やかに微笑むエイデンさんは、完璧に『頼りになる優しい先輩』だった。
特別な事情でもない限り、あの若夫婦は長くこの商売を続けていく事だろう。
***
帰りの荷馬車から見える空の端で、夕焼けが始まっていた。
「海千山千の業者ばかりでは、お客さんが怖がってしまう。ああいう、新規の人達が
一人でも多く参入して、この業界に残ってくれることが大事なんだ」
「へぇ~。たしかに高齢化が進んでそうな業界だもんな」
「ああ、それにちょっと気難しい人も多いしな…」
『気難しい』と聞いて、あのジジイを思い出した。
まさかギルド長だったとはな。まあ納得だ。
『腹ん中から笑ってねぇ、薄っぺらい顔だ。いけすかねぇな』
…何しろ、人を見る目は確かだからな。




