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第一話:仲間を殺して、天下を取るのか。

南西の郭升は、戦に向けての策を練っていた。

郭升の軍勢は二千にも満たない小さな勢力であり、この地へ攻め込まれたとしたなら

勝利の風が吹くことは無いだろう。

郭升の背後に吹いているのは、臆病風ばかりだ。

不安はつのり、策どころでは無くなっていた。


城内にて、こちらへと向かってくる足音が聞こえた。

その足音は数秒聞こえただけで、扉が開いた。

御免仕つかまつります郭升殿。東の地より、詠或殿が殿に会いたいとお見えになっておりますが」

「詠或か、よし連れて参れ」

短い会話を済ませ、家臣は軽く礼をし部屋を出て行った。

それと共に、懐かしい幼馴染おさななじみが堂々たる面持おももちで入ってきた。

詠或とう男は身のたけ六尺。

外見のみでも威厳が伝わってくるような風貌ふうぼうであった。

「雛覇…いや、今は敵同士だ。字で呼ぶのは控えよう。郭升、久しいものだ」

詠或が軽快に手を上げた。

「あぁ、本当だな」

詠或は敵同士と言いつつも、殺意は感じられなかった。

郭升は、詠或に対して親しみが残っており全ての想いを打ち払う事は出来なかった。

どちらも同じ心持ちであった。

「そうだ…なあ詠或。俺は将軍に向いていない様な気がする」

郭升は詠或から視線を逸らしうつむいた。

何故なにゆえ、そう感じるのだ?」

詠或が、腕を組んだ。

「二千の兵すらうま引導いんどうしてやれず、敵国に怯えてばかり、お前のように策を考えることさえ出来ない」

「…そして、敵国の女子おなごに惚れているなど単なる煩悩ぼんのうでしか無いだろう?」

目を細めて微笑した詠或は、浅い溜息をいた。

「最初からそこまで立派な人間でなくても良いではないか」

「郭升は心が人一倍純粋で優れているのだ、人など誰もが殺したくは無いだろう」

「それと、敵国の女子とは抵桧の事か?」

「違う」

鮮明な即答だった。

「となると斉誄か」

「…違う」

明らかに郭升の頬は紅潮していた。

「そうか、違うのか」

わざとらしくそう言うと、郭升の髪を軽く掴み顔を上げさせた。

「そうだ…そうだ!詠或。何の為にここまで来たのだ?道中大変だっただろう?」

郭升は慌てて話を逸らした。

「ああ、つい楽しくてな。重要な事を忘れていた」

『楽しくて』

その言葉が郭升の胸を痛めつけた。今は敵同士なのだ。

一瞬で詠或の表情は真剣になった。

「郭升。お前は私を殺す事が出来るか?」

「もし私を殺して天下を取ることが出来るならば、お前は私を殺してまで天下を取りたいと思うか?」

郭升は目を見開くと共に、自分自身が詠或を殺す場面を想像し、背中に激しい戦慄が走った。


―だが殺さずして、天下が取れるのか?―


郭升はおのれの中の優しさを、無理矢理握り潰した。

心の底から深呼吸をする。

「俺は…?」

「俺は!天下を取って平和がまた戻ってくれるなら…お前一人の命など、惜しくは」

「惜しくは……」

座っていた椅子いすから立ち上がり、机上へ両手を叩きつけた。

「駄目だ…!俺には殺せない…」

「そんな天下なら他の者にくれてやる…!」

詠或が郭升の手を、強い力で握った。

「一瞬私はあせったが、予想通りだな」

「郭升率いる部隊はおよそ二千。失礼だが放浪将軍並みだろう」

「私はこれでも三万の兵を率いているのだ、今後新たに兵を一万程加えようと計画を立てている」


「私と長期同盟を組み、共に覇道はどうを歩まないか?」


郭升は破顔一笑はがんいっしょうした。

彼は二つ返事で承諾し、詠或を迎えた。

二人は、互いにしっかり手を握り合っていた。

こうして郭升と詠或率いる兵は、四万二千という大勢力にまでのぼった。

「郭升。…いや、雛覇。もう味方なのだからな、お前もまた字で呼んでくれ」

「そうだな。……忠葎。お前のおかげで小国から大国へと変貌を遂げる事が出来た」

この様に大きな勢力へと成長した事よりも、また昔の様に字で互いを呼び合えることが郭升にとって何よりも。

嬉しかった。

二人のもとへ誰一人欠けることなく結集した四万二千の兵たちには、何不自由無いようにさせた。

食事は三食、食べたいだけ食べさせた。

調練ちょうれんも、無理のないようにさせた。兵が疲れたら休ませた。

将軍の二人居る、心がひとつの国は大いに繁栄はんえいしていた。

「雛覇、国は今とても豊かだろう。だが、豊かなだけでは天下も何も狙えないだろう。どこかの国を攻めよう、辛いかもしれないがこれは

必然だ」

郭升の表情が険しくなった。

「待ってくれ。俺たちは仲間だ。俺がお前を従えたのでは無く、お前が俺を従えた訳でもない。和解しあって仲間になったのではないか。

他の者だって話せばきっと分かってくれるだろう、攻める戦と云うのには反対だ」

「戦わずして勝つ…。それが雛覇、お前の主張か?」

「それともその策で勝てる相手が居るのか?」

勝てそうな相手など考えもしていなかったが、ふと敵国の将軍の顔が郭升の頭の中に浮かんだ。


斉誄。


「あいつなら俺たちに協力してくれるはずだ」

自然に声に出ていた。

「あいつとは、誰か心当たりがあるのか」

詠或が問いかけた瞬間、扉が勢いよく開かれ二人は同時に振り返った。

「伝令でございます!南の地より斉誄将軍、こちらへ向かい進攻している模様でございます」

凍りついた。

「その数、大将直属含み一万程です」

「斉誄が…?何故俺らの所へ攻めてくるんだ…」

郭升は床に膝を付き、肩を落とし崩れ落ちた。

「さあ、ただちに防衛の準備をせよ。兵は二万だ」

詠或が指示を出し、伝令が出て行こうとしたその時。

「待て!兵など用意せずとも良い!敵の兵を進軍停止させ、一騎討ちをしたい」

「頼む…たとえ敵の兵であろうとも、無論俺たちの兵も、多くの兵を傷つけることはしたくないのだ」

詠或は郭升を直視した。

「無」


『無謀なことをぬかすな、万が一敗れてしまったら和解などでは済まないのだ』


そう言おうとして詠或は言葉を呑み込んだ。

『敵国の女子に惚れている』

郭升のその言葉が脳内をぎった。

惚れている者の配下たちを傷つけ悲しませることは出来ないと心からそう感じたのだろう。

詠或は郭升の良策『想い』を優先した。

「すまない、訂正だ。兵は要さず、雛覇と斉誄の一騎討ちにしよう」

穏やかな表情をした詠或は、伝令を持ち場へと帰した。

「ありがとう」

そう言うと郭升は静かに立ち上がり、詠或に背を向けた。

「雛覇。よろいを忘れている」

振り返った郭升は、首を横に振った。

「いや…鎧は必要ない…が、武器は一応護身用として持っていこう」

そう言うと鉄槍てっそうと木製の棒が置いてあった場を見つめ、棒を手にすると詠或に向かって手を振り城を出て行った。

『あいつは…負ける気なのか?それとも戦わずに勝つ気なのか』

そんな疑問を胸中におどらせた詠或は、城の守りに付くことにした。

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