元の世界に戻す方法
セラフはいなくなったフォルカーについて考えていた。
すでに魅了きのこの魔法の影響は切れていたので、冷静に考えられるはずだった。
けれど、若干恋愛事に関しては自分達は経験があるという慢心から、今回のことに対してある結論に達する。つまり、
「フォルカーは勇にムラムラするのを抑えていてあんな風におかしくなってしまったと」
一人セラフは頷き、そして先日の魅了キノコについて思い出して、更に数回頷く。
その表情はどう考えても悪いことを考えている表情だった。
そして更に考えたセラフは、
「護衛としてあのベルゼルを起こしましょうか。確か縛り付けたままでしたね。……でも、許してって言うベルゼルも可愛かったですね……」
と一人呟き、上機嫌にセラフはまずはベルゼルに会いに自室へと向かったのだった。
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お昼ごろ、僕の部屋に目の下にくまを作りつつも元気なベルゼルと、涙目になっているセラフが現れた。
そんな僕にベルゼルが、
「勇、昨日はごめんね」
「いえ……大丈夫だったんですか?」
「仕返ししたので大丈夫。それでね、勇に聞きたいことがあるんだ」
ニコニコと笑うベルゼル。
僕は何となく不安を覚える。
きっと彼は、僕にとって、“とても怖い”質問をしてくる、そんな気がした。
けれど、だからといってその質問をなしにして欲しいと言ってもベルゼルが黙っているかどうかだってわからないし、僕の気のせいかもしれない。
なので僕は頷くと、ベルゼルは相変わらずニコニコしながら、
「勇は、フォルカーが好き?」
「……直球ですか」
「うん。できれば本当の気持ちが知りたいなって。ほら、フォルカーも一杯一杯みたいだし」
「……それはフォルカーが、僕を我慢できないくらい好きだってこと?」
「うん、僕達にはそう見えた」
「……だったら違うかもしれない。もしかしたら僕にもう飽きたのかも。だから会いたくなくて、僕に対してよそよそしいんだ」
それを聞いたベルゼルとセラフが顔を見合わせて、分かっていないなというように溜息を付く。
「そう悩んでいるのはいいとして、それで勇はフォルカーが好きなの?」
「……うん」
「本人に言う気はある?」
「……僕は……」
今言ってどうするのだろうと僕は思う。
だってもしも告白して、実はもう飽きてしまったんだとか言われたらどうするのだろうと思う。
思われている時に素直にそれを受け入れておけばよかったのに、僕は……。
そう思って俯いてしまう僕に、セラフがベルゼルに何かを合図する。
するとベルゼルは僕に近づいて、そのまま俵でも担ぐかのように僕を抱き上げた。
「え、ええ……何をするんですか? というか、セラフも僕に靴を履かせて……」
「これから勇をフォルカーの所に連れて行って、“告白”させます」
「な、なんで……」
「フォルカーの様子がおかしいですから。なので覚悟を決めてもらいましょうか……とはいっても、魅了キノコの影響で自分から言い出しかねませんが」
「あ、あの、僕……」
魅了キノコの影響は受けないのですが、そう僕は言いたかったのだけれど、セラフに睨まれ(おそらく言い訳すると思ったのだろう)僕はそれ以上いうことが出来なかったのだった。
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担がれて連れて来られたその場所は、近くの森だった。
確かにこんな風な森で、先日は魅了キノコに酷い目に合わされた気がする。
そう思っていると、炎がちらちらと見えて、同時に誰かの声がする。
「風や土の結界を張り、その中で魅了キノコを焼却しろ。高温の火では、成分が変質して無害になる」
指示を出している声は、フォルカーのものだ。
フォルカーがそこにいる、そう思っていた僕は、そこでベルゼルに地面に下ろされて、
「ほら、今すぐ告白してきなよ」
「で、でも仕事中なんじゃ……」
「思い立ったが吉日って言うし、行ってきなよ」
そう僕の背を押すベルゼルに、なんでこんなと僕が思っていると、フォルカーがこちらを見た。
その瞳は、驚いたように見開かれていて、けれどすぐに僕から目がそらされる。
僕はそれが悲しくて、いてもたってもいられなくて、その場を走りだす。
セラフとベルゼルが追いかけてくるし、止まれと僕は言われているけれど、止まれるはずもなく。
そこで、吠える声が聞こえた。
犬に目が5つついたような鋭牙をむき出しにした動物が僕に襲い掛かってくる。
けれどそれに気づいた瞬間、以前フォルカーがくれたペンダントが輝いて防御する。
ただそれは倒すような力ではなかったらしく、再び攻撃をされる。
僕は魔法を使おうとするけれど、体に激痛が小さく走る。
その痛みに気を取られている所で僕は、その犬のようなものに噛み付かれそうになる。
ぎょっとして目を見開く僕の前で、その犬のような魔物に炎が飛んできて、燃え上がる。
断末魔の悲鳴が聞こえ、黒い灰となって崩れ落ちるそれ。
その炎が飛んできた方向を僕が見ると、そこにはフォルカーがいた。
その表情は、怒っているようだった。
僕は何も言えずに立ち尽くしていると、
「どうしてここに来た」
「え、えっと……」
「しかも、何故防御をしない。勇の力ならば撃退できるだろう」
「え、えっと、魔法を使おうとしたら、痛みが走っちゃって……」
何時もはそんなことはないのにと僕が思っていると、フォルカーはさらに眉を寄せて、
「“魔法中毒”がまだ完全に治っていないのだろう。なのに、何でそんな状態でここに来た。魅了キノコに惑わされる可能性があるだろう」
「あ、あの……」
フォルカーが怒っていて、そんなフォルカーを見るのは初めてな僕は何も言えなくなってしまう。
そこでセラフとベルゼルがやってきて、ベルゼルが、
「フォルカー、勇を連れてきたのは僕達だよ。フォルカーと話したいことがあって……」
「俺は話すことは何もない」
フォルカーは言い切った。
それにベルゼルとセラフも驚いたような顔になり、しかもフォルカーは勇から顔をそむけている。
僕が何かを言おうと口を開きかけた時、フォルカーは僕に背を向けながら告げた。
「勇を元の世界に帰す。……もっと早くにそうするべきだった」
苦さを含んだ声でフォルカーは僕に、そう告げたのだった。
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もっと早く帰すべきだった、そうフォルカーに言われてしまった僕。
頭が真っ白になって何も考えられなくなり、セラフもベルゼルもそれ以上フォルカーに言えないようだった。
それくらいにフォルカーは機嫌が悪かったのだ。
しかも僕の身の安全はをセラフとベルゼルに任せて、魅了キノコを焼却している間、僕は見た。
黒く薄っすらとした漂う影が、フォルカーに吸い込まれていく。
まるでフォルカーに吸い寄せられるように集まっていて、僕は不安を覚える。だから、
「セラフ、ベルゼル、フォルカーに何だか黒いものが集まっているようなきがするのだけれど」
「恐らくは“瘴気”でしょう。そういったものが集まる所にあの魅了キノコは生えやすいと聞きます」
「“瘴気”?」
「ええ、それを浴びると気分が悪くなったり、機嫌が悪くなったりするものですが……魔法の強い者は魔法的な意味でも抵抗力も強いですから、それほど影響は受けないといいます。ただ、力の強いものにそれは集まる傾向があるといった話もありますが……それなのかもしれませんね」
「今の説明を聞いて思ったのだけれど、セラフにはあまり見えないの?」
「ええ……貴方にははっきりと見えるのですか?」
「うん。ふよふよして、フォルカーに入り込んでる……」
それからセラフは黙ってから、次に勇を見て、
「“人間”の“勇者”だからそれが見えやすいのでしょうか? “勇者”は“魔王”を倒したという話程度にしか情報がないのですよね……ベルゼルは何か知っていますか?」
「えー、僕、基本的に頭脳労働はセラフにお任せだし? 調べるのも面倒くさいし」
「……やはり、もう少し私と対等に話せる人間を探すべきでしょうか。そうですね」
「やぁああん、僕のこと捨てちゃやだぁああ、セラフのいけずぅうう」
ぷいっと顔を背けたセラフにベルゼルがすがりついている。
そんな二人の漫才は放っておいて、僕はフォルカーを見つめる。
黒い靄のようなものが、フォルカーに吸収されている。
強い力を持つものに吸収されるらしいが、それならば何故僕にはこないんだろう。
それに、もしかしてあの黒い靄がフォルカーに何か悪さをしているんじゃないのか?
そしてそのせいで僕は、フォルカーに避けられているのでは?
「……自分に都合よく考え過ぎかな」
もしもそうだったとしても、その黒い霧の影響がなくなったとして、フォルカーが僕に興味を無くしている可能性だってある。
期待するな、そう僕は自分に言い聞かせる。
だって、その期待は裏切られるかもしれないから。
それでも期待したいという気持ちもある。
未練がましい僕の気持ち。
もっと早くに素直になってしまえばよかったのに、これはそのつけなのかもしれない。
そうこうしている内に、魅了キノコが数十個放り込まれて大きな炎が上がり、
「よし、これで終了だ。……勇、セラフ、ベルゼル、帰るぞ」
ただ帰るぞといったフォルカーのその言葉に、名前を呼ばれたことに、それだけで僕は嬉しくて、心のなかで舞い上がってしまったのだった。
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けれど当然のごとく、城に戻ってきても僕はフォルカーに口をきいてももらえなかった。
僕は意気消沈したまま部屋に戻った。
それからセラフがやってきて、
「明日、竜の村に連れて行ってくれるそうです。おそらくその場で送れたなら、送るつもりなのでしょう」
「そうですか……ありがとうございます」
ずっと戻りたいと思っていたはずなのに、今になって、もう少しこの世界にいたいと思ってしまう。
理由は当然、フォルカーがいるからだ。
僕は、もう少しこの世界にいて、時間があれば……フォルカーが振り向いてくれるのではと思っている。
「そんなわけ、ないよね……」
“魔法中毒”以降、フォルカーはよそよそしい。
あの時僕は、フォルカーの気に触ることをしてしまったのだろうか。
でも、そもそも、
「僕は、こんな平凡な見た目だものね。周りにはもっと綺麗な人がいっぱいだし」
当然といえば当然な結末だ。
好意に甘えて、可愛いと調子に乗ってしまった自分がいけなかったのだ。
そんな事を考えていると更に悲しくなって僕は、もう眠ろうと瞳を閉じたのだった。
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フォルカーの部屋に戻ってきたセラフは、
「フォルカー、勇に伝えてきましたよ?」
「そうか……ありがとう」
フォルカーが礼を言うが、その声はどこか元気が無い。
やはり、勇に手を出せないのがフォルカーには辛いのだろうかとセラフは思っていると、そこでフォルカーがふらりと倒れる。
まさかフォルカーがそんな風になるとは思わずセラフは慌てて近寄り、
「フォルカー大丈夫ですか?」
「俺に構うな……」
息も荒らげに、絞りだすようにそうフォルカーがセラフに告げる。
そこで、ベルゼルも部屋にやってくる。
仕事の関係で話があったらしいのだが、フォルカーの様子を見て、
「ちょ、フォルカーどうしたの?」
「……なんでも、ない。俺に、構うな」
「……明らかに様子がおかしいね。どうしたの?」
何時もの巫山戯ている感じではなく、ベルゼルは問いただす。
けれどフォルカーは沈黙したまま。
と、そこでベルゼルをフォルカーが見た。
赤い瞳に見えるそれは、破壊や殺戮の衝動。
今までそういった危険人物をベルゼルは幾度か相手にしたが、それに似た何かをフォルカーから感じ取りべるぜるは愕然とする。
そこで、フォルカーは口を開いた。
「俺は今、“おかしい”と、自分でも自覚している。まるで何かに突き動かされるような、そんな破滅的な衝動がある」
「フォルカー、何時から?」
「……分からない。そしてこの衝動は全て、勇に向けられている」
「……欲情、しているって事?」
「欲情、そんな生易しいものなのだろうか、この衝動は」
「うーん、僕もセラフにそういった衝動があるから、皆あると思うよ?」
そう答えながらもベルゼルは安堵していた。
だってそんな破壊衝動がフォルカーにあるなんて思いたくなかったのだから。
そんな幼馴染に対する希望的な観測が、ベルゼルの判断を謝らせていた。
「しばらくすれば落ち着くと思うよ?」
「……俺はその前に、勇を傷つけてしまう気がする。だから……俺が勇に酷いことをする前に元の世界に戻す。俺にとって勇は、大切な存在だから」
まっすぐに、強い意志を持って言うフォルカー。
そんなフォルカーが、一度決めたなら信念を曲げないのだと知っているセラフとベルゼルは、それ以上止める言葉を持たなかったのだった。
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次の日、僕は部屋に運ばれてきた朝食を一人でとり、ここに来た時に来ていた服に着替えた。
だって、竜の村でそのまま元の世界に戻されるかもしれないのだから。
後悔ばかりが募る。
そして呼びに来たセラフに連れられて、フォルカーの元へ。
久しぶりに休暇を申請して、セラフとベルゼルも里帰りをするらしい。
「本当は私達もこの城からいなくなるのはあまり良くないのですが……フォルカーが心配ですから」
とのことで、セラフとベルゼルもついてくることになった。
そして僕達は集まり、魔法を使い転移する。
綺羅びやかな城から一転、長閑な農村の入り口にやってくる。
木の柵で村と農地の境界が敷かれているが、その柵にくくられた紐には魔力を感じる。
防御用の結界がはられているのかもしれない。
そこでフォルカーが、
「まずは、養父母と兄弟に会ってくる。それから、俺はこの村に接する古代竜の村の入口に向かうが……俺がいれば、全員連れていけるか。ならば先に家族に挨拶をしてからでいいな」
フォルカーの養父母に、その兄弟。
どんな人達だろうと思う。
それに、ベルゼルやセラフの両親や兄弟にも会えるらしい。
こんな形になってしまったのは悲しいけれど、少しでも楽しみが増えるのはいいことだと思いながら僕は歩き出す。
村の中には商店街のような場所があり、喫茶店のような場所や馬車が何台も止まっている。
村の外から何かを仕入れてきたのかもしれない。
現に木の箱を幾つも店の中に運び込んでいる。
その辺りはごく普通の村としか思えなかったのだが……。
「……何だか視線を感じる」
その視線を辿るとふいっとそらされる。
けれどすぐに僕をじっと見ながら、
「人間だ、人間だ」
「人間だ」
「人間だ」
そんな声が何処からとも無く聞こえる。
何でこんなに僕は注目されているのだろう、そう僕が思っているとフォルカーが、
「竜は“人間”が好きだから。それに、勇が可愛いから仕方がない」
「そ、そうなんだ……」
確かに以前、竜は“人間”が好きだと話を聞いたけれど、本当にこんななんだと思いながら周りを見回す。
とたん顔を背ける村人達。
好かれている……のか?
僕が疑問符を浮かべているとそこで、
「もう、これ以上は無理! 放せぇえええ」
「逃すか、今日はまだ1回しかやっていないからな!」
「こ、こんなことなら、もう一度あっちの世界に行ってやるぅううう」
どこかで聞いたことがあるような声がした。
そして路地から現れたのは、どこかで見たことがあるような魔族だった。
涙目になっている彼だが、フォルカーや僕達を見て驚いて立ち止まる。
「フォルカー様! それに皆様も……どうされたのですか?」
ちなみにこのレイテという竜は、ニコニコと僕を見つめている。
竜は本当に人間が大好きなんだなと思っていると、そこでフォルカーが鬱陶しそうに、
「古代竜の知識に用があってここに来た。元気そうで何よりだ、レイテ。それで、スーリという弟とは仲良くやっているのか?」
レイテが凍りついた。
そしてそのまま逃げ出そうとするが、
「逃すと思っているのか? 兄さん」
「ひぃいいいいい」
レイテが悲鳴を上げて、以前迎えに来た弟のスーリがレイテの手を掴んだのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そういえばこのレイテとスーリは血が繋がっていない? 竜の兄弟で、兄がレイテだったはずだが……あれだ。
レイテを迎えに来た時に、スーリがキスしたのを目撃した気がする。
そこでスーリの方がようやくフォルカー達に気づいたようで、
「お久しぶりです。先日はこの“人間”が好きすぎるアホ兄貴がお世話になりました」
「魔族を守るのも魔王の勤めだから、当然だが……あのスーリがこんな風になってしまうとは」
含みのある言い方に、スーリは黙ってから、
「……このアホ兄貴のレイテが、“人間”なんぞに拐かされて、俺の前からいなくなるからそうなるんだ」
「……さっきから、アホ兄貴とか酷いのでは? 昔は僕の後ろをトコトコついてきて、お兄ちゃん、お兄ちゃんて……あんなに可愛いし聞き分けが良かったのに」
「誰のせいでこうなったと思っているんだ。それに、そこの“人間”に今、色目を使っていただろう、アホ兄貴」
「! だって、こんなに可愛いのだからしかたがないだろう! あ、フォルカー様、皆さんも御一緒にお茶でもいかがですか? 丁度美味しい紅茶が手に入ったんですよ」
微笑みながら言うレイテだが、それにフォルカーとスーリの機嫌が目に見えるくらい悪くなる。
空気を読まなさすぎるレイテに、この人というかこの竜、残念な竜だったんだなとか、どれだけ“人間”にメロメロなんだと僕は若干引き気味でいると、そこでスーリが、
「それで兄さん、何か言い残すことはあるか?」
「え……あの、レイテ、何で怒っているのですか?」
「……全く分からないのか?」
「? ……“人間”の子に僕が夢中だからですか?」
「……50点。ボーダーは70点だったので、赤点だからお仕置きだ。今日は俺の部屋でこれから一日過ごそうな」
「な、ま、待って。折角フォルカー様達や“人間”達とお話を……」
「……もういっそ、孕ますか」
低い声でスーリが呟き、レイテがそれを聞いて逃走しようとする。
けれど逃げられず、再び路地の方へと消えていった。
それを見送りながら、
「竜ってどれだけ“人間”が好きなのかな?」
僕が呆然とそれを見送りながら告げると、フォルカーが、
「あの竜が特別なんだろう、何しろあちらの世界に残ってしまうくらいだから」
「うん……可愛いとか僕のこと言ってくるし」
「いや、勇が可愛いと思うのは、特別ではないな」
さらっとフォルカーが返してくる。
暗に可愛いと言われて僕はフォルカーを見上げるけれど、僕の方をフォルカーは見ていなかった。
でも前と同じようにそう言ってもらえたのが嬉しくて、期待しては駄目だと思うのに、期待したくなってしまう。
そんなこんなで僕達は更に歩いて行き、僕もまたジロジロと見られて、「人間だ」と騒がれて見せ者になっているような気分になっていると、そこである一件の家についた。
こじんまりとした清潔感の漂う家だがそこで、
「ここが俺が住んでいた家だ。今日来ることは昨日のうちに伝えておいたから、セラフとベルゼルの両親もいると思う」
「ええ、私も両親から聞きました。ベルゼルもです」
「そうか、では……」
そう言って、フォルカーはドアノックを数回、叩いたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
けれど数回、ドアノックをしたけれど誰も出てこない。
「気配はあるな。大方、俺達を脅かそうとしているのだろう」
そう言ってフォルカーは嘆息し、玄関のドアを開ける。
鍵はかかっていなかった。
掃除に明かりが突然点灯して、
「おかえり、フォルカー」
「おかえりー!」
「セラフもベルゼルもかえってきたんだね。一緒にお祝いだぁああ!」
と叫んで現れたのは、人の良さそうな竜? の人達と、セラフやベルゼルに似た人達だった。
しかも側のテーブルには大きなケーキやら料理やらが並んでいる。
フォルカー達が帰ってくるのを楽しみに待っているようだ。
そこで僕に視線が注がれた。
多分初めてみる“人間”なので興味津々なのだと思う。
なのでまずは挨拶からだと思って僕は、
「あの、僕は勇と言います。はじめまして」
とお辞儀をしてみた。
すると、ざわめきがあってから、
「フォルカーが嫁を連れてきたぞ!」
「とうとうフォルカーが!」
「いいわね、よかったわー」
などと話し合う、フォルカーの身内プラス。
それにフォルカーが、
「違います! この異世界の人間を元の世界に戻す方法を知るために、俺は返って来ただけだ」
「そうなの? 残念ね。可愛いし他の子の嫁はどうかしら」
「養母さん……勇は異世界の人間です」
「あら、いいじゃない。そういう話も昔聞いたことがあるわよ?」
どうやらフォルカーの養母であったらしい女性と話しながら、フォルカーは疲れたように言い返す。
そうこうしている内に、セラフとベルゼルは自分の両親や兄弟に捕まっているようだった。
「久しぶり、セラフ。お兄ちゃんて呼んで?」
「いいなー、ベルゼルも僕のことをお兄ちゃんて呼んでよ」
そう言われてセラフとベルゼルは引きつった笑みを浮かべる。
何だか大変そうだなと僕が見ていると、フォルカーにも若い男が近づいてきて、
「フォルカー、僕もフォルカーにお兄ちゃんて言って欲しいな」
「えー、だったら俺も言って欲しいな」
と言われたフォルカーは、固まっていた。
そして深々とため息を付いてから、僕の手を握り、セラフとベルゼルの方を見て、
「二人共、後は頼んだ」
「「ちょ、フォルカー!」」
セラフとベルゼルの声が二人揃って重なるが、その時にはもう僕の目の前の光景は、大きな二本の木がある場所に移動していた。
どうやらフォルカーが転移いしたらしい。と、
「……またお兄ちゃんと呼びされてたまるか」
切実そうに呟くフォルカーに、僕はつい笑ってしまう。
そこでフォルカーが僕を振り返った。
その表情は複雑そうだが、すぐにまた前を向いてしまい、そして、
「これから古代竜の村に向かう。ここはそこに至るための特別な入り口だ」
「……よく分からない」
「俺の手を握っていろ。そうすれば入れる」
事務的にフォルカーは伝えながら、僕に手を差し伸べてくる。
そして僕は、そのフォルカーの手を握りしめたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
フォルカーに手を握られて僕は、その二本の木の間に入っていく。
耳鳴りを感じて、思わず目をつぶってしまう。
そのまま僕はフォルカーに手を引かれていくと、そこで僕の頬を風が凪ぐ。
その涼やかで、深い緑の香りに僕は目を開く。
そこは木々に囲まれた小さな村だった。
歩いている人達はやはり、フォルカーのように普通の人間のように見える。
そこで、入口付近にある、テラスのあるカフェのような場所で手を振る人物が一人。
近づいていくと、黒髪に青い瞳をした、フォルカーをもう少し大人にしたような人だった。
彼はフォルカーに微笑みながら、
「フォルカー、こっちだよ。そして、そこにいるのは異世界から召喚された“人間”の“勇者”かな?」
「そうです。そして彼を、元の世界に戻してください。……できるだけ早く」
そう告げるフォルカーに彼は困ったように微笑み、
「まあ、そんなに急ぐことはないだろう、フォルカー」
「リュース兄さん、俺は忙しいんです」
「んー、でも少し僕は彼とお話がしたいかな」
苛立つフォルカーに、リュースと呼ばれた人は、微笑む。
それにフォルカーは更に苛立ったようで、
「分かりました。リュース兄さんがそういうつもりなら、俺一人でもあの図書館に篭って探してきます。取っ掛かりがあるかもしれませんので」
「そうなのかい? では暫くこの子とお茶をしてから僕も図書館に向かうよ。フォルカーがあの図書館の本を読破してからまた、3203冊ほど増えているからそれも確認してみるといいよ」
それにフォルカーは何も答えずに、その場を去ってしまう。
そんなに僕は邪魔なんだろうかと思っていると、そこで目の前のリュースという人が、
「フォルカーは随分切羽詰まっているようだね。でも、だからこそ……自分の思いに素直になるのが正解なのにな」
「あ、あの……」
「ん? ああ、そういえばまだきちんと名乗っていなかったね。僕はリューズ。フォルカーの兄である古代竜だよ」
「は、初めまして。僕は勇といいます。えっと、異世界から……」
「召喚されて、“勇者”になって、フォルカーに連れ去られた子だよね? 確かにこれは、フォルカーが連れ去ってしまうくらいに可愛いし、フォルカーの好みそうだね。気が強そうだし」
「え、ええ、あの……」
そこで目の前のリュースは僕に問いかけた。
「それで君は、フォルカーが好きかい?」
「ごふっ……突然何を……」
「んー、びっくりさせちゃったかな。じゃあ、ほら、丁度余分にお茶も頼んでおいたし、はい」
そう言って青色の透き通った液体を渡される。
その鮮やかな色に僕は口につけるのをためらうが、ニコニコしたリューズの顔に抗えず、もうどうにでもなれと思って口をつける。
澄んだミントのような香りがして、僕の体に香りが満たされていく。
つい夢中になって飲んでしまうと、そこでリューズが、
「“魔法中毒”になった時に飲むと良いお茶だよ。体が少し楽にならないかな?」
「え……そういえば」
変にだるい感覚が無くなっている。
そこでリューズは、
「それで君は、フォルカーが恋愛感情で好きかな?」
僕にそう、再び問いかけたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
フォルカーによく似ているリューズにそう問いかけられて、もっと早くに告白しておけばと後悔していた僕が嘘をつけるはずもなかった。
なので頷き、
「僕は……フォルカーが好きです。初めは男同士なのにと思ったのに、気づけば……好きにそうなっていました」
「それはそれは。……もしも、フォルカーに何かあったなら、君はどうする?」
「……僕に出来る事なら何でもします」
「そうかそうか。よし、じゃあ何でもしてもらおうかな?」
リューズがにこりと笑って、けれど僕は理由がわからずビクつく。
何でもと僕は言ったけれど、出来る事は限られている。
なのでフォルカーに似たその顔をじっと見つめているとリューズが苦笑した。
「そんなに不安そうな顔をしないで欲しいな。フォルカーに怒られてしまいそうだけれど、守りたくなってしまう。正確には、フォルカーから奪いたくなってしまう、かな」
「え?」
「まあ、して欲しいことは簡単だ。君がフォルカーに抱かれてくれればいいんだ」
相変わらずの表情で僕は告げられて、僕は何かを聞き間違えたのかと思った。
そこでお茶を口にしてからリューズが、
「うん、フォルカーに抱かれて欲しいんだ」
「……こんな時どんな顔をすればいいか分からない。ははは……」
「でも、“勇者”って大抵そういうものだからね。それに魔王と恋に落ちるのもよくあるし」
「……あれ、“魔王”が“勇者”に倒されるのが困るから、僕は目の敵にされていたのでは?」
「ハニートラップ的な意味で倒されるからね、まあ、場合によっては“親友”となって手伝ってくれたりするのも何回かあったようだけれど、大体は恋人かな。ただそれもいい事だと思うよ? 特にこの世界の仕組みにとってはね」
そう言ってリューズが話しだしたのは、まだ一般公開されていない禁忌と呼ばれる古代竜の知識らしい。
それによると、この世界と僕を召喚した人間の世界は同じものであったらしい。
その中で一番初めは強い魔力の塊があったそうなのだが、その塊から一番初めに分裂してできたのが古代竜らしい。
その時に古代竜になれなかった魔力の塊、つまり残りかすがこの世界の魔物やら他の種族になったそうだ。
またこの時その強い魔力の塊が、世界の一時的な断絶によってこの世界と人間の世界が別れた時に、いくらかその強い魔力を持っていったらしい。
けれどその量はとても少なくて、人間も含めてあちらの生物はあまり強い魔力を持たなくなったそうだ。
けれど、その強い魔力から直接変わった古代竜と同じように、弱いとはいえ魔力の塊から人間に変化したので、特に力の強いものは古代竜に似た気配を持っているらしい。
だから、古代竜から生まれた竜は人間を好むのだという。
そしてその中である時、奇妙な力を持つ者が現れた。
それは、全ての魔を、呪いを断ち切る力と、全ての魔を、呪いを癒やす力の2つ。
片方は人間に、片方は魔族に適合する力。
これらは世界同士がぶつかった時に発生する災厄である“魔”、つまり“瘴気”に対抗する力だった。
「え? そうなのですか? って、あれ、“瘴気”がその災厄なのですか? 以前セラフが“魔”が降ってくるとか何とか言っていたのを聞きましたが……」
「そうなんですよね。実は小さい世界の接触による災厄、“瘴気”の発生はほぼ日常的に起こっているのだよね」
そう言ってリューズが話したのは、こんな話だった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
世界というのはここと人間以外にも幾つもあるらしい。
それは勇のいる異世界も含むのだという。
その世界がぶつかった時に零れ落ちる“瘴気”だが、少量であれば、窪地などでは暫く漂っていたりするが、しばらくすると空気中に拡散して影響のないレベルまで薄まってしまうらしい。しかも、
「魅了キノコが生えていた場所があっただろう? あそこは窪地のようになっていなかったかな?」
「……そういえば。え? 確か“瘴気”って魅了キノコが生えやすい……」
「うん、魅了キノコは“瘴気”を吸って、それをそこそこ無害なものに変える自然界のお掃除屋さんのようなものだからね」
「あの、そこで黒い靄のようなものが見えて、それがフォルカーに入っていくのが見えたのですが」
「そうなのか、やっぱり」
リューズは動じる様子もなくそう僕に言う。
それによると、そういった“瘴気”は力の強いものに集まりやすく、特に、全ての魔を、呪いを断ち切る力を持つ者、つまり“魔王”に集まりやすいらしい。
それは、その全ての魔を、呪いを断ち切る力が大量に“瘴気”が現れたとしても消し去るだけの力を持っているからだそうだ。
一方、全ての魔を、呪いを癒す力を持つ“勇者”の場合、侵食しようとしてもそれによって癒やされてしまうので、“瘴気”は効果がなくなってしまうので、触れたとしても消えてしまうらしい。
そこまで説明を聞いた僕は、
「あの、でもフォルカーには全ての魔を、呪いを断ち切る力があるんですよね?」
「うん、でもその力では自身の体への負担が多いから、自殺行為になってしまうんだ。だから……“勇者”の力が必要なんだ。特にセ……」
「それ以上言わなくていいです! うう……それが一番効果的なのですか?」
「うん、それに“瘴気”を消し去るのは、誰かに影響を与えた後でなければ、君の全ての魔を、呪いを癒す力が使えないからね。一応他の人にも譲渡ができるけれど、君の場合やり方はわからないのでは?」
「……はい」
「まあ“魔王”がそういった災厄に飲まれて何度か本能に満たされてしまって、それに対抗する為に人間の“勇者”が送られてきたから、“魔王”を“勇者”が倒すという風になっているけれど、この世界全体で見れば、この世界を害そうとする病原体に対抗する抗体のようなものだからね」
そこまで話を聞きながら僕は、
「その、その“瘴気”の影響で、フォルカーはおかしくなっていたりしますか? 何となく“魔法中毒”以降、フォルカーの様子がおかしいようにも思えて……」
「その前に魅了キノコのあるあたりに行かなかったかい?」
「……行きました」
攫われる前にフォルカーにそれで襲われそうになったのだ。
そんな僕にリューズが、
「だったらその時“瘴気”を得たのだろう。しかも少しでも入り込むと、“瘴気”を更に取り込みやすくなる悪循環があるしね。それで本能に忠実になっちゃうから、君を傷つけまいと、フォルカーは一人で抱えていたのかもね」
「そんな! ぼ、僕の力があれば癒せるのですか?」
「大分進行しているようだからね。でも、その進みは量としては少ないな……。ああ、“魔法中毒”になった時、フォルカーに何かされたかな」
「……キスされたり体を少し触られたりしました」
「きっとそのおかげで進行が遅いのだろうね。それで、君は拒むフォルカーの我慢強い意志を崩すように誘惑する自身はあるかな?」
リューズが楽しそうに、僕に難しい注文をつきつけてきたのだった。




