その10
快晴の空。旅立ちの日に似合いの晴れ晴れとした空模様。その日一羽の黒い鴉が炎の妖精と共に飛び立った。
「気を付けて」
「……ああ」
艷めく黒髪に朝日が跳ねる。これで別れだと思うと寂しくなるけれど、生き方が違うのだ。仕方がない。私も彼もこれまでの人生を変えることは出来ない。
「またきっとここに来る」
「いつでも歓迎するわ」
「手紙も送る」
「返事はしないわよ。どこに宛てたらいいかわからないもの」
「わかってる」
ノヴァは白から紅にグラデーション掛かった百合のような花の束を差し出した。香りは沈丁花のように馨しい。
「これって……」
「ディアナの花だ」
ディアナの花とはある国の王が王妃に求婚した時に捧げたと言われる花だ。王妃はその花の可憐さと匂いに寄せた王の思いに心惹かれ求婚を受け入れたという。以来、好意を持つ相手に贈る花として広く好まれている。
「……受け取れないわ」
「俺の思いもか?」
「………………それは」
「君に預けて置きたいんだ、この心を」
「……わかった。じゃあ……」
私は一輪抜き取って彼に渡す。
「私の心はあなたに預けるわ」
「……本当に良かったの?」
「ええ、構わないわ」
ユーグは私の顔を覗き見て尋ねてくる。でも私は決めていた。私が生きる場所、それはここなのだ。だから、ノヴァと一緒に行くという決断は出来ない。
「セイラが良いならいいんだ。僕は君が幸せならそれで」
「……あなたこそ良かったの?」
「フィアマのこと? もちろんだよ。僕がここで定住してしまえば彼女の目的は果たせないからね。代わりに彼に果たしてもらうんだよ」
「フィアマだけじゃない。私のためにここに残るなんて……」
「僕の旅は君を探すことが目的だった。もう目的は果たしたし、君と離れる理由もない。それに君のためだけじゃないんだよ? ここに残るのは」
「そうなの?」
「うん」
ユーグの迷いない瞳に私は少しだけほっとする。契約妖精のフィアマはユーグが契約内容を少しだけ弄り、ノヴァと同行出来るようにしたのだ。危険な職種のノヴァに炎の妖精の加護はうってつけと言えた。フィアマにとってもここに定住することを決めたユーグのそばにいるよりも世界を転々とするノヴァの方が適任だった。
「二人で、前世では出来なかったことたくさんしよう」
「……出来ることは限られてるけどね」
「そんなことないよ。僕はこれでも稀有な力を持った魔法使いなのだから」
「そうだったわ」
行き過ぎる時と人の中で、私は数奇な縁を辿り、ここまでやってきた。そしてこれからも。
『誰が為に』鳴る鐘は『汝が為に』あるように。
私は私のために生きていく。
END
お待たせしました。最終話短いですが、これにて終幕です。これまでお付き合いありがとうございました。