2
本屋で出会うお話。
僕は本が好きだ。だけれどもコーヒーがもっと好きだ。
そんな僕でも、好きな作家の本は買う。
そこはケチらない。
作者に還元して、いい作品を作ってもらいたいと思うから。
その日は休日で、僕は好きな作家が出した新刊を買いに駅ビルの中にある本屋を目指して歩いていた。
日曜だからだろうか、人が多い。
人ごみは少し嫌いなのだが、そうも入っていられない。
僕はお土産屋の並ぶ1階からエレベーターに乗って5階にある本屋に急がないように気をつけながら。
なぜ急がないように気をつけていたのかというと、コーヒー屋で出会ったあのご婦人が足を引きずっていたのが鮮烈だったから。
そういう人も中にはいる。
そういうことに気がついてから、自分勝手に生きるのもやめようかなという気になった。
うまく生きれない。
それでも譲るところは譲ろうと思って、挨拶をしたり会話も社員とするようになった。
あの親子、というかご婦人のおかげだろう。
そんなことを考えながらちょっと気を張りつつ5階を目指す。
目指した書店は大きい書店だ。人気ミステリー作家だから売り切れることはまずないと思うが。
上製版を買うにはなんだか勇気がいる。1900円の出費だ。
コーヒー豆台も高い僕にとっては結構財政を圧迫するものなわけだ。
幸い僕は食べ物にあまり興味はないので、3日間ぐらいそうめんでも生きていける。
そういうのはわかってもらいづらく、さらに僕は上背があってやせているので食べてないかと勘違いされるので、外では食べる様にしているが。
そんなことを考えていると、5階に着いた。
広い本屋にはたくさんの本が陳列されている。
その中でもレジ近くのところには、僕の求めていた本が平積みされていた。
「それでも空は青い」
書店の店員さんのPOPが見える。
『主人公の心の葛藤がすばらしい、お勧め品です!』
おお、これは期待できそうだ。
駆け出さないようにゆっくり歩いて積み上げらたコーナーへ近づく。
本をとった。青い装丁のきれいなその本は、僕の心を高揚させた。
そのとき、隣にすっと誰かが来た気配がした。本を開いて読んでいる。
僕は人間は基本的に苦手なので、本をもってレジにいこうと体勢を変えたとき。
「あ」
慌てたせいか、本を落としてしまった。
すると隣に居た人が本を置いてすっと僕の落とした本を拾ってくれた。
ショートカットに、コーヒーの匂い。
呆然としていると、目が合った。
「大丈夫ですか?」
そのときあのコーヒー屋に居たお嬢さんだと気づいた。
白いロングワンピースはよく似合っていて、かわいらしかった。
「だ、大丈夫です。あのときのお嬢さんですよね。『ランウェイ』の」
普段は声も出せないのに、そのとき僕はなぜか運命の恋みたいに言葉が口をついて出ていた。
お嬢さんは最初わからなかったみたいだが、僕の声を聞いて思い出したらしい。
「そうです。あの時は本当にありがとうございました。母が喜んで……私もうれしくなったんです。本当にありがとうございました」
深々とお辞儀をされた。
「いいんですよ。あそこは僕もお気に入りなんです。今日もいってきたんですか?」
普段ならこんなことは言わない。
ありがとう出終わってレジへいく。
でも僕はこのほんわりとしたお嬢さんともっと話したくなっていた。
「いいえ。私はあんまりお金はないので……今日はハンバーガーやさんの100円コーヒーを母と一緒に飲んできました」
「お母さん、一緒なんですか?」
あたりをきょろきょろ見渡すが、白髪のご婦人の姿はない。
「ああ、今雑誌を見てるんですよ、向こうで」
「離れて平気なんですか?」
僕は素朴な疑問を投げかけると。
「たまには邪魔されずに本が読みたいでしょう?」
とにっこり返された。そりゃそうだ。
「今から迎えにいくんです。それじゃあ」
そういわれて去られそうになった時、僕は自分でも驚いた行動に出ていた。
「あの。この本、好きなんですよね?」
お嬢さんにそう問いかけていた。
「ええ。できればほしいくらい。でも、今日は立ち読みで我慢です。病院の帰りだから」
病院。体弱いんだ。そう思ったけど、それは何の障害にもならず。
「あ、あの。僕が読んだ後でよければあげますよ」
「え?」
お嬢さんが驚いた顔をした。
「貸すとかえさなきゃって気持ちになるでしょう?僕、この作家好きなんです。でも周りに仲間が居なくて。本好きも居ないから仲間がほしいんです。読んでもらいたくて。よかったらでいいんですが……」
「でも……」
そのやり取りをしていたとき、かんかんと杖の音がした。
ご婦人だった。
「どうしたの、優子」
お母さんはすぐに僕の顔を見て、僕のことに気づいたようだった。
「あの時はありがとうございました。マンデリン、おいしかったわ」
「よかったです」
「ですが、うちの優子に何か用ですか?」
厳しい。目が光っている。このご婦人は厳しい人だと僕は瞬時にわかった。
僕は素直に話した。
「この本をお嬢さんがすきそうだったので、僕が読んだあとでよければ差し上げるという話をしていたんです」
そういうと、ご婦人は厳しく
「どうやって?あなたはうちの住所を知らないし、何もしらないでしょう?教える樹もありませんけど」
そこで僕は提案した。
「『ランウェイ』があります」
僕は息を吸い込んで一気に言った。
「ランウェイのマスターに、一ヵ月後までに預けます。お嬢さんは通院しているようですから、一ヵ月後もきますよね?ここから『ランウェイ』は近いし、入ったらコーヒーを頼む分も僕が出します。『ランウェイ』で受け取っていただけませんか。僕も必ず行きます。行けなかったらマスターに伝言を頼みます。それでいかがですか?」
自分でもよく思いついたと思った。
そこまで僕をつきうごかしたのはなんだったのかわからなかったけど。
「そう、うちの居場所を聞かないのね。ならいいいわ」
ご婦人の眼光がやっと収まった。
「ちゃんとお二人分、コーヒー代を払いますから安心してください」
そういうと。
「あなたはちゃんとしてるのね。軽い男じゃないならいいわ。じゃあ一ヵ月後のこの時間だから、1時に『ランウェイ』で」
「はい!」
僕は勢いよく返事をしていた。
「ありがとうございます」
お嬢さんが頭を下げる。なんだかそのしぐさがかわいかった。
「また来月に」
「はい、また」
お嬢さんもにっこり笑ってくれた。名前は優子さんていうんだなぁ。そのまま絵に描いたような人。
お母さんと優子さんが去っていく。
緊張したのに、僕の心は晴れやかだった。
そして急がずに僕はレジへ行く。
一ヵ月後が楽しみだった。本の中身も楽しみだったが、なぜか僕の心は浮き足立っていた。
ライトに読んでいただければ幸いです。




