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連憶~神栖古美術店異譚~  作者: 月夜乃 古狸


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第1話 人形師-其の壱

初めましての方、どうかよろしくお願いします

そして他の作品から来てくださった読者様、この作品でも楽しんでいただけると嬉しいです。

物にまつわるちょっと不思議な物語

始まりです

 地方都市の郊外。

 住宅街にほど近い商店街の外れにある小さな店。

 文字の擦れた、寂れた木製の看板はかろうじて”神栖古美術店”と読み取れる。いわゆる骨董屋だ。

 入り口はどこか薄暗く、店内を覗き込むと木製の彫刻や使い道のわからない古道具のように見える物が点在している。

 日常で生活していて、一般の人が訪れる機会はほとんどないだろう。

 そもそも営業しているかどうかすら怪しい。

 ただ、人が居ないというわけでもないらしく、時折叫び声のようなものや、話す声が外に漏れてきている。

 そう、今のように。


「だぁ~! いっちゃん、それタンマ!」

『待たぬわ、諦めい。ほれ、王手飛車取り。次で詰みじゃ』

 店の奥。

 時代を感じさせる10畳ほどの畳敷きの和室で足付きの将棋盤の前で頭を抱えて天井を見上げる青年。

 年の頃は20歳前後だろうか。古びた骨董屋には似つかわしくない。

 そして、青年の対面、将棋の対局相手の席に居た、いや、あ(・)っ(・)た(・)のは高さ50cmほどで、赤い振り袖を着た日本人形だ。

 艶やかな黒髪をおかっぱにした、一般的に市松人形と呼ばれるものである。


「くっそぉ~! また負けた!」

『くかかか、相変わらず弱いのぉ。これで249連敗じゃな』

「うるせぇよ。キャリアが違うんだからしょうがねぇだろ」

『かっかっか! 何を言うか。清治郎(せいじろう)が貴様の年の頃はもうちょっとマシだったわ』

 …………。

 喋っている。

 いい歳した青年が人形相手にひとり芝居かと思いきや、市松人形が滅茶苦茶喋りまくっている。

 何なら、青年が触れてもいないのに腹を抱えるような仕草までしているのだが、作り物の顔の表情はまったく動いていないのだから、はっきり言って不気味である。


「チッ! プレステのゲームだったら負けねぇのに」

『あのような遊戯に興じておるから物事を深く考えたり相手の行動の先を読む力が育たんのだ。儂が生まれ落ちた家の童は……』

「わかった、わかった。その話は聞き飽きたって。浦賀に黒船が来たのを見たんだろ?」

『まったく信じておらんじゃろうが。まぁ、いい。ほれ、客のようじゃぞ』

 人の声とはどこか異なる、まるでその場の空気自体が震えて発しているような奇妙な声がそう言った直後、店の引き戸が開けられるガラガラという音と、それに続いて青年を呼ぶ声が響いた。


「慧~! 居るんでしょ?」

「なんだ、真琴(まこと)姉(ねぇ)かよ。はいよぉ!」

 呼びかけの声に、慧と呼ばれた青年は面倒くさそうに声を返す。

「こっちにいた。あ、いっちゃんもこんにちは。もう! また講義サボったの?」

『真琴か。御機嫌好(よ)うじゃ』

「サボってねぇよ。今日の講義は全部単位取り終わってるんだって」

「なら良いけど。ちなみに明日は?」

「ひとコマあったけど、教授がインフルで明後日まで休講」


 入ってきたのは青年と同じか、少し年上くらいの女性。

 腰まで届く烏の濡れ羽色の長い黒髪に、鼻筋の通った整った顔立ち。

 背は平均より少し高いくらいだろうか、メリハリが利いていながらもスラリとした体型の、なかなかの美人である。

 真琴は慣れているのか、市松人形が喋っているのにまったく動じることなく、むしろフレンドリーに挨拶を交わしてから慧に向き直った。


「ちょうど良いタイミングだったわね。明日ちょっと付き合ってくれない? どうせ暇でしょ?」

「決めつけんなよ。まぁ、特に急いでやらなきゃいけないこともないけど」

 実際には何も予定はなく、精々ゲームかサブスクの動画サイトでアニメを見るくらいしかしないのだが、それをそのまま言うと馬鹿にされそうなのか微妙な見栄を張って言う。

 だが、真琴はそれには触れず、ニコッと笑って頷いてみせる。


「ちゃんと謝礼も出るお仕事よ」

「鑑定?」

「そっちじゃなくて、うちの神社がらみ」

「うげっ、面倒事じゃん」

 真琴の返答に慧は嫌そうに顔を顰める。

「あ~、多分そこまで重い感じじゃないと思うわよ。予想では、だけど」

「そこは断言してくれよ」

 

 真琴の実家はこの土地に古くからある朱鳳(あけのおおとり)神社という大きな神社で、祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)と罔象女神(みつはのめのかみ)の二柱を主神として夏と秋には大きな祭りも行われる地域の象徴ともなっているところだ。

 配祀神(主神に次ぐ位置づけの神様)に少彦名命(すくなひこなのみこと)を奉っている影響なのか、人形供養でも知られていて、地域のみならず遠方からも供養を願って訪れる人が多い。

 ちなみに、真琴の実家、神薙家は慧と親戚で、再従姉妹の関係になる。

 一応神薙家が本家という扱いらしいが、だからといって特に上下の関係はなく、家もそれほど遠くないので昔からよく顔を合わせる間柄なのだ。


 神栖古美術店は慧が祖父から受け継いだ店で、当然ながら古美術品の鑑定なども行っている。のだが、今回はそれではなく真琴の実家の、つまり人形供養に関わることだと聞いてゲンナリする。

 これまでにも似たようなことがあって、そのたびに非常に面倒な状況に巻き込まれてきたのだから無理もないのだ。


「あ、人形供養の物じゃないから」

「そうなの? それじゃあ何で」

「とにかく、明日依頼人を連れて来るから。じゃあね」

「あっ、ちょ、真琴姉(ねぇ)っ!」

 伝えることは伝えたとばかりに、真琴は慧の言葉が聞こえないかのようにそそくさと店を出て行ってしまった。


『……逃げたな』

「だよな。ってことは」

『まぁ、人間諦めが肝心じゃよ。いまこの場で聞こうが明日聞こうが、結果が変わるわけでもあるまいて』

「巻き込まれるの確定かよ!」

 慧が天井を仰ぎながら喚くも、いっちゃんはカラカラと笑うばかりだった。




 翌日。

 昼を少し回った頃、宣言どおり真琴が店の引き戸を開ける。

「慧~!」

「大声出さなくても居るってば」

 真琴の声に、慧が前日と同じように面倒くさそうな態度を隠すことなく頭を掻きながら店先に出てくる。


「もう! お客さん連れて来るって言ったでしょ。もうちょっとちゃんとした格好しなさいよ。はぁ……えっと、とりあえず紹介するわね。こちらは仙台の日本美術館館長の三笹(みささ)さん」

 そう真琴が言いながら後ろを振り返ると、件の三笹なる人物は、店に展示されている置物や日本画を食い入るように見つめていた。

 

「あの、三笹さん?」

「え? ああっ! 申し訳ありません。仕事柄つい。初めまして、日本に所縁のある美術品を展示している施設で館長をしております三笹賢治(けんじ)と申します」

「えっと、神栖慧と言います」

「古美術を営んでいるにしては随分とお若いですね」

「はぁ、まぁ。小さな頃からこの店に入り浸っていたんで、祖父が亡くなって受け継いだんです。けど、ちゃんと鑑定もできますんで」

 鑑定依頼じゃないとは聞いているが一応言っておく。


「神薙さんから伺っています。高名な鑑定家であった神栖清治郎さんとは何度か言葉を交わしたことがありますし、その薫陶を受けたお孫さんが立派に跡継ぎを務めておられると」

「……恐縮です」

 手放しに褒められ、慧は居心地悪そうに頬を掻く。

「えっと、それで、三笹さんはどのような依頼を?」

 ひとつ咳払いして、改めて依頼の内容を真琴に訊ねる。

 元は真琴の実家、朱鳳神社に話をしていた内容だからだ。


「それは私からお話しさせていただきます。まずは見ていただきたい物があります。車から取ってくるので少々お待ちください」

 そう言って三笹は真琴が小さく頷くのを見てから店の外に出た。

 と、スススと真琴が慧に近寄って耳元で囁く。

「今日、いっちゃんは?」

「奥で大人しくしてろって言ってある。知らない人が見たら大騒ぎになるか、詐欺師呼ばわりされるからな」

 慧の言葉を聞いて真琴はホッと胸をなで下ろす。

 昨日、細かなことを突っ込まれないようにそそくさと帰ってしまったせいで念押しするのを忘れていたからだ。

 そうこうしているうちに、三笹が一抱えはありそうなケースを持って戻ってきた。


「お待たせしました」

 鑑定するための台にケースを置き、三笹は蓋を開ける。

 中はポリエステル製の綿が敷き詰められ、それをのけると一体の日本人形が入っていた。

 三笹が細心の注意を払いつつ、人形を取り出してケースの隣に置く。

 女の童の日本人形で大雑把に市松人形と一括りにされることが多いものだ。高さは約40cmほどで、日本人形としては割と平均的な大きさである。

 

「拝見します…………定岡藤治郎の人形。真作ですね」

 慧は人形に触れることなく、様々な角度で見てからそう言うと、三笹は驚いたようだった。

「慧眼ですな。確かにこれは江戸後期から明治初期に活躍した人形師、定岡藤治郎の作です。まさか銘も確認せずに当てるとは、いや、失礼。さすが神栖清治郎氏のお孫さんですね」

「いや、知り合いに人形に関しては特にうるさい奴が居るんで自然と覚えました」

 言葉を濁しながら答えるが、三笹は特に気にすることなく人形に目をやる。


「その、この人形が何か? 定岡藤治郎の作であれば美術館に展示するのに不足はないでしょうし」

「いえ、その、どうにも言い辛いというか、少々オカルト的な話になってしまうのですが」

「はぁ」

「この人形は半年ほど前にとある蒐集家が亡くなり、ご遺族が寄贈してくださった物のひとつなのですが、その、夜になると、泣くのです」

「泣く、ですか」

「はい。といっても、誰かが目の前で見たというわけではなく、この人形が保管されている部屋から女の子供と思われる泣き声が聞こえるという報告があり、原因を特定するために部屋を移したりしたのですが」


「移した先でも泣き声がしたと」

「ええ、とても信じられないことなのですが」

「いえ、古い人形にまつわる話としてはよくあることです」

 慧はそう言って苦笑し、真琴も後ろで小さく何度も頷いている。

 実際、泣き声がするとか髪が伸びるとかは割とありふれた話ではある。

 ほとんどの場合はただの勘違いや人を模した造形に不安感を持った人が関係ない事象を思い込みで大げさに言っているだけだったり、経年劣化で繊維が伸びたことで髪が伸びているように見えるだけだったりするが。


「ちなみにどんな泣き声なんですか?」

 慧がそう訊くと、三笹は少し考える素振りを見せてから、

「誰かを呼んでいるような、あるいは縋るような声だったと聞いています。おかげで学芸員の若い人が恐がってしまって。とはいえ、定岡藤治郎の人形となればそうそう手に入る物ではありませんので、何とか原因を突き止めたいと思って、伝手を頼って神薙さんの神社に伺ったというわけです」

「私が聞いてるのもそこまでよ。一応、数日預かって祈祷したりもしたんだけど」

 三笹の話を真琴が引き継ぐ。

 まぁ、祈祷の効果はまるで無かったということなのだろう。


「お話はわかりました。人形に触れてもよろしいですか? 素手じゃなきゃいけないんですけど」

「……事前に清潔にしていただいた上で短時間だけでしたら」

 三笹の了解を経て、慧は店の奥で手をしっかりと洗い、乾燥させてから再度人形の前に立つ。

 そして、両手でそっと人形の顔を包み込んだ。


 

本日はこのエピソードを最後まで投稿しています

全5話

続きをどうかお楽しみください

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