第1章<PART1>:孤高の王様、届かない剛速球
サル亡き後追いかけるように…
もう一人の偉大な巨星が、旅立ちの覚悟を胸に静かなる闘志を燃やしている…
太閤サルが世を去り、豊臣の天下は急速にその色を失いつつあった。
合議制を謳った「五大老・五奉行」のシステムは、タヌキの冷徹な政治力によって瞬く間にマヒしていく。
タヌキの暴走とも言えるスタンドプレー。
前田利家の存在だけが、タヌキを抑える唯一のブレーキ役であった。
利家はずっと身体の異変と向き合っていた。
サル没後からは、急激な悪化や派閥争いがストレスを招き心身を蝕んでいった…
やがて、床からも起き上がれない状態にまでなってしまった。
そんな中、知らせを耳にしたタヌキは、病床の利家を訪ね見舞いを装ってその目を光らせている。
「利家殿、お身体の具合このタヌキも心中察する思いですぞ。」
利家は、眼光鋭くタヌキを見返す。
「ふん、心にも無い言葉よ…」
利家は布団の中に、こっそりと抜き身の太刀を忍ばせていた。
いざとなれば討つ!
刺し違えても構わぬ…
「利家殿、さっきから殺気がムンムンと匂いますぞ。…ところで、そこに構えておられる物は何ですかな?」
利家はガバッと布団をめくり光る太刀をタヌキへ向ける。
「コイツですかな?」
「タヌキ殿の肌に触れたいと申してますぞ!」
タヌキは一瞬眉をピクリとさせる。
すぐに平静を装うと、ニヤリと笑いながら
「クハハハ、それは恐ろしいですな。」
「しかし、今のお主に私を仕留める力はありますまい。そんなに殺気立つよりもお身体を労りなされよ…」
タヌキの目はふっと細くなった。
__利家よ、さすがの執念よのぉ…しかし、これはもう長くはないぞ…長くは…な…
そろそろアレに備えねばな…
ツナリよ、待っておれ…__
利家は刀を収める…
眼光鋭いまま、静かな口調でタヌキに呟く。
「タヌキ殿…我が亡き後は、どうか愚息のヤツを見捨てずに盛り立ててくれまいか…」
タヌキもここは寄り添うふりをする…。
「案ずるなかれ、利長殿の事は家族同然でございますぞ。タヌキ家と前田家は一丸となり、共に発展してみせましょうぞ。お任せくだされ…」
利家はゆっくり横になり目を閉じた。
本心ではあるまい…
しかし、タヌキの口から言わせる事こそが必要なのだ。
ツナリ…見誤るでないぞ…
利長…。耐えろ……
タヌキは静かに利家の肩にポンと手を当て、力無き顔を見つめる…
「お主は良き武将であった…このタヌキの心に刻まれておる…忘れぬぞ。」
ゆっくり立ち上がり、振り返らずにその場を後にする。
カタン……。
襖が閉まり、利家は再び目を開く…
しばらく眉間にしわを寄せ、じっと天井を見つめていた。
だが、そのしわは、やがてゆっくりと和らいでゆく。
サルと共に駆け抜けた戦場、ねねの笑顔、若き日のツナリたちの姿……
激動の、しかし愛おしい己の人生が、走馬灯のように脳裏を駆け巡っていた。
死を悟った男の顔に、微かな、しかし最高に安らかな笑みが浮かぶ。
利家は、すべてを受け入れたように、また静かに目を閉じた…
溢れ出た一粒の雫が、仰向けの肌を伝い、静かに耳の奥へと吸い込まれていく。
悔しさでも悲しさでもない。我が人生をすべてやり切った男の、これが最後のカーテンコールであった。
その後、利家は静かに息を引き取る…
唯一のブレーキ役であった利家が病没したすぐ夜、大坂城下の緊張は沸点に達した!
利家逝去の報が伝わった直後、闇夜を裂いて怒号の地響きが押し寄せる。
「ツナリを仕留めよ! あやつさえいなくなれば、豊臣は安泰だ!」
清正、正則ら武断派の七将が、抜き身の刀を手にツナリの屋敷へと押し寄せる。
「オオオオオッ! 待ちかねたぞツナリィッ!!
利家様がお隠れになった今、貴様をかばう盾はどこにもないぞ!
積年の恨み、この場で骨まで噛み砕いてくれようぞーー!!」
一方、城下町ツナリ邸…
安らかに眠る利家の拝見を終え、一人静かに哀惜の深淵に沈むツナリ…
喪失の痛みに暮れているその背に、容赦なき殺意の咆哮が迫っていた…
左近がツナリの元へ駆け寄る。
「と…殿! 正則、清正ら七将がこちらに向かっておるとの報が!」
「な、何だと!」
「クッ!…無礼なヤツらめ!利家様のご遺骸に一礼もせず、 亡骸の血も温かいうちから刃を抜くかっ!
悲しみの死を合図とするなど、もはや人の仕業にあらず! 恥を知れ、この不忠者どもめがっ!!」
奥の間で刀を掴み、刺し違えんとするツナリの前を、左近が遮る。
「殿、成りませぬ!
多勢に無勢でございます!」
「この壁の薄い屋敷が要塞になるとは思えませぬ!私が囮になります故、義宣殿のお屋敷の方へ!既に話はついております。」
屋敷の裏口から義宣の使いが必死に叫ぶ。
「ツナリ様!我が主の屋敷は、既に門を堅く閉じ鉄砲隊を配置しておりまする!
奥の間へとご案内いたします。 さぁ、お早く!」
「ぐっ…!むぅ……左近よ!其方に任せるぞ
……左近…、後で必ずだ!…待っておるぞ…」
左近は鼻息を荒く吐き出す。
「御意にございまする! 私の役目は殿を完璧にお守り通す事にございます故、ご安心なされよ!…後で必ずや…さぁ、行かれよ!」
襲撃の足音が迫り、引き抜かれた刃の音が静寂を切り裂く。
激突のその瞬間、世界が不自然なほど静かに、スローモーションへと変わっていく。
ツナリ、正則、清正。――かつて同じ釜の飯を食った三人の脳裏に、あの眩しかった日々が、切ないほど鮮烈に蘇り、シンクロした。
__ツナリは目を閉じた…
(なぜだ……。なぜ俺たちは、こんな場所で刀を向け合っている……。
昔は……昔はみんなで、がむしゃらに前だけを見て走っていたじゃないか?
悪さをすれば「お前ら、またか!」ってサル様にゲンコツを落とされて。
泣きべそをかくお前たちを、俺がいつも必死に屁理屈をこねて庇って…
夜はねね様に内緒で、安い酒を一つの器で回し飲みして…天下を語り合って……。
賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を討ち取ったあの日、俺たちは間違いなく、同じ勝利の雄叫びをあげていたはずだ。
――なぁ、正則、清正。俺たちの絆は、どこで狂っちまったんだ!俺の真実一路な剛速球はなぜ届かない…?)
__清正、正則も同時に立ち止まり目を閉じた…
(クソッ……! なぜこんなことになっちまったんだ……!
昔は……昔はみんなで協力して、サルの親父の天下を支えてきたじゃないか?
猪突猛進して怒られる俺たちを、「バカ共が、俺が言い訳してやるから大人しくしてろ」って。
ツナリ…お前がいつもクールな顔して庇ってくれて…
「ツナリが味方なら、俺たちの背中は世界一安全だ」って…
ねね様のお袋の味を食いながら、みんなでガハガハ笑い合って……
賤ヶ岳の泥にまみれて柴田を倒したあの日、俺たちは肩を組んで、「俺たちの豊臣を、世界一の国にしよう」って誓い合ったはずだ!
――なぁ、ツナリ。なんでお前はそんなに真実一路なストレートだけで、俺たちの言葉が届かない場所へ行っちまったんだ…?)
言葉を交わせば、きっとまた笑い合える。
互いの胸の奥にある思い出は、今でも1ミリの狂いもなくシンクロした……
この三人の心底では昔を愛おしんでいて、なぜこうなったんだ?
と絶望している…
__「ツナリッ! 出てきやがれ!!」
正則の怒号が、切ない記憶の静寂を容赦なくぶち破った…
渾身のストレートを、見事に狙い撃ちされたツナリ…
空回りしてしまうかつての幼馴染み達…
豊臣内戦…タヌキの狙い通りの展開!?




