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<長編版>妹に婚約者を譲れと言われたので、慰謝料をもらって旅に出ることにしました   作者: momotarou


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第47話 壊れた王妃

少し残酷な表現があります。苦手な方は読まないようにしてください。

私は泣くしかできなかった。


「レオンハルト様、死なないで。死なないで。私をひとりにしないで」


声が震えていた。


王妃らしく振る舞うことなど、何も考えられなかった。


恐怖で心が凍りついている。

誰の言葉も、私を救ってくれない。


周りにいるすべての人が、敵に見えた。

レオンハルト様は毒への対策を、何重にもしていると聞いていた。

心配ない、と言われていた。


毒見もいる。

医者も近くにいる。

解毒薬も、王のそばに常に用意されている。


それなのに。


それなのに、レオンハルト様は目を覚まさない。


私は医者に詰め寄った。


「レオンハルト様は大丈夫なのですか。死なないですよね。死なないですよね」


医者の顔は青ざめていた。


「王妃様、私にも……まだ、よく分からないのです」


その言葉で、私の中の何かが切れた。


「あなたは医者なのではないのですか」


自分の声が、ひどく冷たく聞こえた。


「陛下が死にそうなのに。分からない?」


医者は震えるだけで、何も言わなかった。


それが、さらに私を苛立たせた。


「陛下を助けなさい」


私は言った。


「助けられないなら、あなたも殺します」


部屋の空気が凍った。


誰かが息を呑んだ。


けれど、私は止まれなかった。


「助けるのです。全ての医者を連れてきなさい。王宮からも、王都からも、動ける者はすべてです」


周りの人の顔が見えない。


恐怖で、心が支配されていく。


私はレオンハルト様の手を取って、何度も言った。


「死なないで。死なないで。死なないで」


それしか言えなかった。


ふと、レオンハルト様が笑いながら言った言葉を思い出した。


君を失えば、私は暴君になる。


あの時は、ただの例えだと思った。


けれど今なら分かる。


私は今、同じ場所に立っている。


レオンハルト様を殺した者がいるなら。


誰であれ。


どんな身分であれ。


必ず復讐してやる。


私の心は、もうまともではなかった。


多くの医者が集められた。


医者たちは互いに声を潜めながら、必死に治療を続けている。

薬を確かめ、脈を取り、呼吸を見て、解毒薬を選ぼうとしている。


まだ、レオンハルト様は息をしている。


けれど、意識が戻る気配はない。


医者の一人が、震える声で言った。


「何らかの毒の可能性が高いです」


毒。


その言葉が、胸に突き刺さった。


「ですが、症状と毒の種類が合いません。特定ができなければ、正しい解毒薬も選べません」


「何を言っているのですか」


「体力を保たせる処置はしております。ですが、このままでは……」


このままでは。


その先を聞きたくなかった。


毒。


この国にない毒。


レオンハルト様の対策をすり抜け、この国の医者でも分からない毒。


その言葉で、私の頭に二人の顔が浮かんだ。


ロウェルさん。

ガイ。


この王宮で、今の私が信じられる数少ない人たち。


けれど、ここにいる者たちは、二人のことを知らない。


ならば。


「ロイドを呼びなさい」


私が言うと、すぐそばから声が返った。


「王妃様、私はここにおります」


私は、その声に顔を向けた。


ロイドさんが、すぐ近くに立っていた。


私は、そばに誰がいるのかさえ分からなくなっていたのだ。


「ロウェルさんとガイを、すぐに呼んでください」


壊れた心で、そう伝えた。


ロイドさんは深く頭を下げた。


「王妃様、ガイはすでに入り口で警備をしております。ロウェルも、もうすぐ来るはずです」


「すぐにロウェルさんを迎えに行きなさい。すぐにです」


「はっ」


私は、レオンハルト様の手を握りながら、レオンハルト様の顔だけを見ていた。


私が見ていなければ、息をしなくなるのではないかと思った。


目を離したら、もう二度と戻って来ないのではないかと思った。


しばらくして、ロウェルさんが来たのだろう。


医者たちと話している声が聞こえた。


薬の名。

症状。

脈。

呼吸。

毒の回り方。


言葉だけが、遠くから聞こえてくる。


やがて、ロウェルさんの声が近づいた。


「王妃様」


私は顔を上げた。


ロウェルさんは、いつものように笑っていなかった。


「わしにも、分かりません」


その瞬間、私の心は完全に壊れた。


この国の医者でも分からない。

ロウェルさんでも分からない。


ならば。


毒を知っている者を探すしかない。


「すぐに動ける兵を集めなさい」


私の声は、自分でも驚くほど冷たかった。


「イザベラ上王妃のところへ行きます」


部屋の空気が変わった。

誰かが止めようとした。

けれど、私には届かなかった。


「ロイド。ロウェルさん。ガイ。私と共に来てください」


「王妃様、それは」


誰かが声を上げた。

私は振り返らなかった。


レオンハルト様を欺き、この国の医者にも分からない毒を入手できる人。

そして、レオンハルト様を最も恨んでいる人。


イザベラ上王妃しかいない。

壊れた心が、そう叫んでいた。


証拠などない。

それでも構わなかった。


自分がどんな罰を受けようが、世界が壊れようが、どうでもよかった。

レオンハルト様を救う手立てがあるなら、悪魔にでも魂を売る。


私は、兵を連れてイザベラ上王妃の住まいへ向かった。


扉の前で、護衛が何かを言った。


聞こえなかった。


「壊しなさい」


誰かが扉をけ破る音がした。


私は、イザベラ上王妃の住まいへ足を踏み入れた。


中にいた者たちが悲鳴を上げる。

侍女が慌てて下がる。

誰かが上王妃を守ろうと前に出る。


けれど、私には何も見えていなかった。


イザベラ上王妃の顔も。

怯えている姿も。


ただ、そこにいることだけが分かった。

彼女が何かを言っている。

けれど、聞こえない。


私はまっすぐに告げた。


「あなたですね。レオンハルト様に毒を盛ったのは」


たぶん、否定していたのだろう。

けれど、私には関係なかった。


「正直に言えば、何もなかったことにします」


私は続けた。


「何の毒を使ったのですか」


「解毒薬はあるのですか」


「ロウェルさん、証拠を探してください」


「ガイ、イザベラ上王妃を捕まえなさい」


部屋の中が凍った。


「私のすることを止める者は、その場で殺すのです」


兵たちが、すぐに答えた。


「はっ」


自分が何を言っているのか、分かっていた。

分かっていたのに、止まれなかった。


「答えなければ、あなたの指を一本ずつ折ります」


「それでも答えなければ、あなたの顔の皮を剥ぎます」


周囲から、小さな悲鳴が上がった。

私の心は壊れていた。


けれど、ロウェルさんもガイも、私を止めなかった。

世の中には、この程度のことは溢れているのだろう。


戦場で人を殺す。

強盗が人を殺す。

恨みで人を殺す。


ならば。

レオンハルト様を救うためなら、私は何にでもなる。


ようやく、イザベラ上王妃の声が聞こえた。


「私は、イザベラ・エーレンフェルトです」


声は震えていた。

けれど、気位だけは残っている。


「伯爵家の者が、私に指図するなど」


顔は蒼白だった。

ガイが低く唸るように言った。


「王妃様の言う通りに白状しろ。逆らうなら、お前など握り潰すぞ」


その声に、周りの兵士まで怯えた。


イザベラ上王妃の侍女たちが、さらに後ずさる。


私は上王妃を見た。


もう、何の感情も湧かなかった。


「このまま証拠が出れば、あなたは死ぬ以上の苦しみを味わうでしょう」


自分でも、恐ろしい声だった。


「今、白状すれば、私はすべて忘れます。あなたの好きなように、私を処分してください」


イザベラ上王妃の唇が震えた。


まだ迷っている。


私は、静かに命じた。


「ガイ。指を折りなさい」


「かしこまりました」


ガイは上王妃を睨みつけ、片手を容易く取った。


上王妃の側近が止めようとした。


けれど、ガイは片腕の一振りで、その者たちを跳ね飛ばした。


鈍い音がした。


誰かが床に倒れた。


イザベラ上王妃の顔が、恐怖で歪んだ。


その瞬間だった。


「待って」


上王妃が叫んだ。


「私が白状すれば、罪は問わないのですか」


「私は約束は守ります」


私は言った。


嘘ではない。


レオンハルト様が助かるなら、他のすべてはどうでもよかった。


上王妃は震える指で、部屋の奥を指した。


「私は毒とは関係ありません。ですが……解毒薬は、そこにあります」


戸棚。


そう言った。


「そこに、薬があります」


私はすぐに戸棚へ向かった。


ロイドさんが前に出る。


「王妃様、私が」


「早く」


戸棚が開けられた。


中に、小さな薬瓶があった。


私はそれを手に取った。


手が震えている。


「これで間違いないですか」


私は上王妃を振り返った。


イザベラ上王妃は、青ざめた顔でうなずいた。


「それです」


解毒薬。


本当に。

本当に、これが。


私はガイに薬瓶を差し出した。


「これを、陛下のところに持って行って」


声がかすれていた。


「早く」


ガイは薬瓶を受け取ると、何も言わずに走り出した。


その背中が見えなくなった瞬間、体から力が抜けた。


私は、その場に崩れ落ちた。


床が冷たい。


誰かが私の名を呼んでいる。


けれど、もう何も考えられなかった。


私は、きっと取り返しのつかないことをした。


でも。


それでも。


レオンハルト様。


どうか。


どうか、間に合って。

読まれる人が少なくなったの不定期更新とします。

読者層を把握するのは難しいですね。

長編は私には難しいので、評価が増えるようなら再開を検討します。

他の作品も、迷わず読み進められることを大切にして書いています。よろしければ、ぜひお読みください。

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― 新着の感想 ―
序盤と同じ人物とは思えない行動ですね
登録していないながらも楽しみに読んでいました。続きがとても気になり,継続的な更新が待たれます。読者はログインし,評価をしている人だけではありません。 けれど,このような状況が続くのであれば,長編には向…
私もお昼が近づくとソワソワししまうくらい今一番楽しみにしている小説の一つです。 したたかで冷静で、政治においてはすべて先を読めるほどの洞察力持つを殿下なのに、エレノアに向ける細やかで情熱的な愛情、そ…
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