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和平への導

ライオネルの剣先から放たれた聖なる炎は湖に広がり、凍てついた氷をあっという間に溶かしていった。


「わ…炎出た…ん??」


成功したのだとシルヴィアがホッとした瞬間、そのまま剣を投げ捨てたライオネルに頭をがしりと掴まれた。


「え、ライ、何…っんむ??」


そのままの勢いで強く抱きしめられ、唇を奪われるシルヴィア。


「んっ…んんん!?」


訳が分からずライオネルを突き飛ばそうとするも、なおさら強く抱きしめられて身動きが取れない。べしべしと叩いてもびくともしない。

周囲も聖王猊下のご乱心を止めず、先程からずっとガン見状態だ。


「はっ…ら、ライ!な…んで…」

「…かぶりつきたいとか言うからだろ!もっと俺に対してマシな感想ねえのかよ!」


何やらライオネルは怒っているようだ。先程のあの状況。愛してるは無理でも、好きとかくらいは言ってくれるかと期待していたらしい。


「で、でも炎は出たでしょ?」

「お前じゃない!あれは…」

「よいしょっと」

「「うわぁ!?」」


ざばぁっ!!


突如湖の中から現れた人物に、2人は声を揃えて振り返る。這い上がってきた青年は、先程まで凍結されていた人物に他ならない。


「あー、びしょびしょ。乾かそ」


それはそうだろう。湖の中にいたのだから。

ぶつぶつ言いながら自身の胸に手を当てると、青年は身体や衣服を瞬時に乾かしていった。


「よし。で、次はご飯かなぁ」

「え…」


くるりと振り返ったかと思えば、ライオネルをじーっと見る青年。見られたライオネルはというと、何を言えばいいか全く分からず固まっている。

神聖国の聖騎士も、まさか聖王が狙われているのかとは思ったが…。


「君は美味しそうなんだけど、少し違うなー」

「なっ…」


別に食べられるつもりもないが、そう言われると何故かイラッとはする。軽く侮辱されたかのようだからだろう。

青年はそんなライオネルや聖騎士たちは気にせずに、周りをさらに見渡す。すると、すぐ近くにいた人物に目をつけた。


「んー…と、お?君、すごい質の良い精気だね。晶霊術士だよね?」


青年が近寄って声をかけたのは、じっと黙って様子を見ていたアシュレイだった。それは確かに納得のいく人選ではある。


「ちょっと精気わけてくれないかな。お腹空いちゃって」

「断る」

「「陛下!?」」


青年の頼みを即座に断るアシュレイに、ハウズリーグの兵たちはみな驚きの声を上げた。誰しも何がどうなっているのかは飲み込めていないが、青年が誰かは話の流れや状況くら察していたからだ。


「何の得もなく精気を分けるような趣味はない。契約をして俺の下僕になるなら別だが?」

「我が君!そのお方は…!」


アシュレイの尊大な発言に、後ろにいた彼の契約晶霊ヒューズは慌てて止めようとした。が…。


「分かった。じゃあ契約しよう」

「「ええぇ!?」」


さっくりと答えた青年に、見ていた全員が思わず声を揃えた。下僕になるの??


「僕はレイスだ」

「そうか。俺はアシュレイ=フォル=ハウズリーグだ。紋は手でいいな?…じゃあこれで契約だ」


青年が差し出してきた手にアシュレイが指先で触れると、光とともにその手に契約紋が刻まれる。先程までシルヴィアの内腿にあった紋と同じ花の。


「この花なんか見覚えある。何だっけ…?まあいいや。まずは吸精だ」

「あまり近寄るな、これでいいだろう」


手の甲に刻まれた花を見て、青年は何かを思い出そうとするも思い出せない。それよりご飯だなとアシュレイに近寄ると適当に背中を叩かれた。どうやらヒューズたちと同じ吸精方法を用いられたようだ。


「おぉ、いいね。身体中にみなぎる感覚だ。なんか久しぶりだなぁ」

「晶霊王様!」


しげしげと己の身体を点検していた青年に向かって、ヒューズが叫んだ。誰もがそうではないかと思っていた呼び方で。


「あれ、ヒューズじゃないか。何してるんだ?君には娘を任せなかったっけ?」

「ですから、ここにいるんですよ!あなたの娘もさっきからいるでしょう!」


ヒューズに言われて青年、晶霊王レイスは振り返る。するとそこには一連の出来事を呆然と見ていたシルヴィアがいた。


「シルヴィア…かい?」

「う、うん…」


じっ…と見つめる瞳を、シルヴィアは逸さずに見つめ返した。この人が晶霊王で、本当に父親なのか…?と思いながら。


「娘…さっき襲われてなかった?」

「!」


ライオネルがギクリとした。よくよく考えると父親の前でとんでもない話である。聖騎士たちもどうするのだろうかという表情で聖王猊下を見ている。

が、すぐさま晶霊王レイスは考え直したのかまた淡々と話し出す。


「まぁいいか。それより、ここは感動の再会をしておいたほうがいいかな?」

「えっ…それは別にいい」

「そうか」


両手を広げて見せた晶霊王に対し、シルヴィアは首をふりふりと横に振った。晶霊王の方も断られたことを特に気にする様子もなく、両者とも無表情で淡々としている。


「君が目覚めているとは知らなかった。条件は中々難しいかと思ってたよ。目覚めさせたのはそこにいる茶髪の彼かい?」

「ううん、違う」

「俺じゃない。それはそこの男だ」


抱擁を拒否されたことは気にする様子もなく、晶霊王は話を続ける。近くにいたためかそれとも先程の件からか、ともあれ誤解されたライオネルは苦々しげにアシュレイを振り向く。


「え?」

「…晶霊王様。説明は私が」


すいっと進み出たヒューズが、何やら晶霊王に耳打ちをして伝える。


「ふんふん…なるほど。へぇ…」


本当に話を聞いているのか。適当に相槌を打っているかのようにも周りには見える。


「ハウズリーグ?あぁ、そういう…。ふぅん、じゃあさっき契約した…」


ヒューズがどういう説明をしたかはわからないが、晶霊王レイスは再びアシュレイを見た。そして何やら納得したかのように1人頷く。本当に伝わったのだろうか。


「さすがは彼女の娘だな。愛の名の下に随分ややこしいことになっているようだ。いや、巻き込まれるのは僕に似たのかも?」

「巻き込まれるんじゃなくて巻き込んでいるくせに、ぼんやりしたところがそっくりですよ…。晶霊王ともあろうお方が、なんだってこんな所で凍っていたのですか?」

「んー…、浮気の仕置きって言われてね。浮気したつもりはないんだけど…。まあ彼女の気が済むまで凍ってればいいなら、楽だしいいかなあって」

「はぁ!?」


呆れたようなヒューズの問いかけに、ぼんやりした答えを返す晶霊王。横で聞いていたライオネルも思わず声を上げてしまう。


「そんな理由で500年も…??」

「あの…人間たちはそれで代理戦争していたんじゃ…」


ライオネルは引いたが、さすがにシルヴィアも引いた。淡々と言うが、やはりしなくていい争いだったのではと。


「人間たちに争えなんて言ってないよ。勝手に国を分け出して主義主張を始めただけだ。彼女を崇拝する国と、晶霊たちを利用し利用される国とに」


わざわざ止めることをしなかっただけ。人間たちにも様々な信念や思惑や欲が入り混じったのだろう、そう彼は告げる。


「人間って正義とか権力とか好きなんだろ?僕にはよく分からないけど」

「なんか…軽い…」

「だから言ったろうシルヴィ、神々とは感覚が違うんだって。まぁ彼は正確には晶霊だけど、似たようなものだ」


500年以上続いている争いの原因でもあるのに、ひどく興味のなさそうな様子にシルヴィアは困惑した。そんな彼女にアシュレイは以前言っただろう?と笑いかけた。


「争いを続ける意味はないと俺は思うよ。少なくともハウズリーグとドルマルク神聖国は。そうすれば魔術国も下手な手出しはしにくくなるしね」


そう言いながらアシュレイはライオネルを見た。


「そう言って何度も停戦を結んでは破ってきてるだろ?互いに信頼もなく、恨みだけは深い。和平の決定打に欠けてるんだよ」

「そうだね。そこでシルヴィだ」

「は?」


苦い顔をしているライオネルに対し、にこやかな笑みを崩さないアシュレイ。シルヴィアの肩を抱きながら、ライオネルの方へと向けた。


「女神と晶霊王の娘。和平を取り持つに十分な存在だと思わないかい?」

「へ?あの、アシュ…?」

「陛下…?」

「俺の晶霊だったシルヴィを、聖王様に嫁がせる。和平の証としてね。君たちの女神だって望んでいるのだろう?それとも…政略結婚だと断るかい?」


なんて事ないかのように爽やかに告げるアシュレイを、シルヴィアはおろおろしながら見た。彼の考えは相変わらず分からない。これはドルマルク神聖国への挑発や何かの罠なのか。ハウズリーグの兵たちも予想外の話だったようで、動揺が見て取れる。

しかし重大な政治的局面なのだろう事は分かる。シルヴィアだけでなく皆、固唾を飲んでドルマルク神聖国の聖王ライオネルの返事を待つのだった。


「俺は…」



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