30.ラストバトル 純白のカーティス
ようやく、俺は目を覚ました。
手足と頬に感じる冷たい金属の感覚に、俺は自分が警備ロボの上に乗ったまま寝てしまったことを思い出した。
こんなことが前にもあったな、と一瞬思う。
そして、すぐにその記憶は俺のものじゃないことに気がつく。
それはこの中央官邸の研究施設で育ったレイミの記憶だ。
…………
……いや、それもまた俺の記憶か。
そう。
夢で見た断片的なレイミの記憶から、俺は自分という存在の正体を知った。
俺という過去の人間のデータで人格を上書きしたレイミ自身。
それが俺だ。
これが、ずっと俺が知りたかった『俺の身に起きたこと』の答えだった。
……目覚めてからの目標の1つを達成したというのに、特に感動はない。
というか、判明した事実にイマイチ実感が持てていなかった。
そもそも、レイミの記憶を断片ながら思い出したとはいえ、俺の自意識は俺自身のままだ。
先ほどまで見ていた夢も、他人の視点の追体験といった感覚だ。
「…………」
まあ、実感こそ持てていないが、それが事実だということは理解できていた。
となれば、それ以上いくら考えてもしょうがない。
俺は気持ちを切り替えて身体を起こすと、警備ロボの上からピョンと飛び降りた。
実際には短時間だったのだろうが、深く眠れたおかげか身体の疲れはほとんどなくなっていた。
そんな俺の目の前には、そびえるように立ち塞がる大きな重々しい金属の扉。
表面に精巧な幾何学模様の溝が彫られたその扉は、薄暗い廊下の明りに照らされて不気味な神聖さを感じさせるものだった。
「この先に""あの""カーティスがいる。……だよな、レイミ?」
『っ!?』
振り返った俺の視線の先に浮かぶのは、目覚めて以降ずっと俺の傍らにいた小さな妖精ヴァナ。
全てを知りながら、それらを全て黙っていた性悪でイタズラ好きな本物のレイミ。
『……そう、思い出したんだね。""アタシ""』
「まあ、まだ断片的にだけどな」
息を吐いて微笑するヴァナに俺はそう返した。
その断片的な記憶が教えてくれる。
この目の前の扉の向こうが【論理の間】。
純白のカーティス、そしてシティの管理AI『マザー』がいる場所だ。
『そうだよ。ここが博士やナナや皆を殺したヤツがいるところ』
淡々と落ち着いて聞こえるそのヴァナの口調に、しかし俺はその奥にドス黒い感情が込められているのを感じた。
頭をよぎるのは、ナナの笑顔と博士の暖かな手の感触。
復讐。
断片ながらレイミの記憶を持つ俺には、彼女が大きな怒りと憎しみをカーティスに対して抱いていることが分かる。
ただ記憶を追体験しただけの俺にはそこまでの感情はない。
振りかかった理不尽な出来事に対しての疑問と悲しみ、それだけだ。
とはいえ、俺もカーティスを倒すという目的には異論はない。
俺の身体は完全なる人類のサンプルであるレイミだ。
カーティスがそれを求める限り、いつまでも俺は狙われ続ける。
どこかで『反逆権』を使って倒し、その条件で身の安全を確保しなければならない。
この世界でこれから生きる上で、これは必要なことだった。
だから、俺は扉を開けた。
最後の戦いに挑むために。
● ● ● ●
「ようこそ、我が領域へ。レイミ君、そして名もなき古代の人よ」
扉の向こうに立っていた男はそう言って俺たちを歓迎した。
そこにいたのは白いローブをまとった長身の若々しい男。
その姿を俺は、俺の中のアタシの記憶は覚えている。
三賢人の1人、純白のカーティス。
このシティ・アルファの最高権力者にして、博士とナナの仇。
猟犬部隊であるトゥエルブに指令を出し、俺を捕まえようと襲わせた張本人。
「はじめまして、私はカーティス。純白の称号を持つ、政務担当の三賢人です」
カーティスは深い一礼と共に、そう挨拶をしてきた。
『…………』
そんな彼をヴァナは無言でにらみつける。
まあ、気持ちはわかる。
俺も特に返事はしない。
自分という存在をどう言えばいいのかよく分からないというのもある。
だがそれ以上に。
こちらのことをとうに調べ上げているであろう敵対者にあらためて自己紹介する気にならないというのが本音だ。
それも、これから俺たちを貴重なサンプル扱いで捕らえようとしてるような相手ならなおさらだ。
だから俺はただ確認をした。
「ここが【論理の間】って所なのか?」
論理の間。
シティ・アルファを管理するAI『マザー』の中枢の置かれた場所。
ここがそうだという知識はあるし、さっきヴァナにも確認はした。
だが、レイミも実際に入ったという記憶はない。
だから、この部屋がそこだという確信が欲しかったのだ。
「ええ、その通り。ここがシティ・アルファの中心部。そして、私の後ろにあるのが『マザー』の中枢ユニットです」
言われて見てみれば、彼の背後には巨大な正方形の機械があった。
各所から僅かな光が漏れ、小さな音が聞こてくる。
『これが、あの?』
そこにあるのは巨大な演算ユニット。
AI『マザー』の頭脳。
アガレスに俺を連れてくるように天命を出した存在。
「…………」
俺はコイツにも用が、聞きたいことがあった。
だがその前に、目の前の相手をブッ飛ばすのが先だ。
『【反逆権】発動っ!!「クロス・ユニバース」!!』
ヴァナが宣言し、カードが展開される。
視界にメッセージが流れ、戦いの幕が上がる。
――― 「『反逆権』確認」「『マザー』より承認」「リンク完了」 ―――
― 対戦者「ランク1:レイミ・ミチナキ」「ランク10:純白のカーティス」―
さあ、カードバトルの始まりだ。
俺はすぐさま宣言する。
「条件は【ホムンクルスのサンプルを諦めること、俺の質問に全て正直に答えること】だ」
『なっ……何を勝手にっ!?』
俺が独断で条件を出してしまったことを、ヴァナはとがめる。
おそらく、もっとカーティスにダメージを与える条件にしたかったのだろう。
あれだけの目に合ったレイミからしてみれば当然だ。
だが、そこまでの条件を出してしまったら、それに釣り合う負けた時の条件はどれ程の物になってしまうのか……
それ以前に、ランク10相手にそれ程の条件を出させることができずに勝負が不成立になってしまう可能性すら考えられる。
なら、俺の目的を達成できるこの条件で行くのが最上。
……そのはずだ。
俺はヴァナの抗議の声を無視して、カーティスの条件を待った。
「……なるほど、問答無用ですか。なら、私の出す条件は【命続く限り私に従うこと】ですかね」
……っ!?
ここまで条件を絞っても、釣り合うにはそこまでの条件になるのかよ。
当然だが、負けられないっ。
「さあ、始めましょうか。貴方の運命を決める、戦いの儀式を」
―――― 「両プレイヤーの〔条件〕を確認」 ――――
――――――〈クロス・ユニバース〉「起動開始」――――――
「私のパートナーは《理想に殉じる者》」
『こちらは、私自身である《虚構天使ヴァナ》!!』
パートナーの宣言と共にカーティスの隣には頭までローブを被った人物が現れ、俺の隣にはヴァナが浮かぶ。
視界の隅に映るのは、カーティスの先攻を告げるメッセージ。
そして戦いが始まった。
---------------------《1ターン目》---------------------
〈レイミ〉 〈カーティス〉●
ヴァナ Lv0 殉じる者 Lv0
Lp 1000 Lp 1000
手札 5 手札 5
---------------------------------------------------------
--------------------------------------------
〈カーティス〉魔力 0→5
--------------------------------------------
カーティスの頭上に魔力の球が5つ出現する。
彼のパートナーのレベルは0。
その維持コストとして払う魔力も0のため、5の魔力はそのままカーティスの物となる。
「……なんなんだ、あのパートナーは?」
『え?』
カーティスの横に立つローブを目深にかぶった人型のユニット。
ただその手は6本あり、どう見ても人間ではない。
その上、ローブの隙間から見える肌は金属の光沢を放っており、どうやらサイボーグらしい。
その姿に、俺は見覚えがなかった。
間違いない、あんなカードは500年前にはなかった。
アレは俺の知らないカードだ!!
あのカードには、いったいどんな能力が……?
確認ができない以上、まずは相手の出方を見るしかない。
どんな戦術をとってくるのか、俺はカーティスの最初の一手を待った。
「…………」
「…………」
『…………』
無言。
カーティスは、動かない?
何故?
そう疑問に思ったところで、カーティスは口を開いた。
「貴方が出した条件は質問に答えること、でしたか。では、今ここで答えましょうか?」
「……は?」
意味が、分からない。
バトルはまだ始まったところだ。
なのに勝利後に得られる報酬の一部を先渡しにする、だと?
『どういう、つもり?』
「どうもこうもありませんよ。市民の声を聴くのは上に立つ者の務めですからね」
カーティスはこともなげにそう答え、続ける。
「それに私が勝った後は全てに従ってもらうことになるわけですが、その際には"納得"した上で従って貰いたいのですよ」
『……なに勝手なことを!?』
カーティスの言葉にヴァナが怒鳴る。
まあ、当然だ。
アレだけのことをしたのだ。
ヴァナに、いやレイミにとって、何を聞こうが"納得"なんて無理な話だ。
だが、俺にとっては願ってもない機会だ。
先ほどの夢を見て以降、俺の頭の中に生まれたいくつかの疑問をぶつけることにした。
この全ての元凶に。
「なぜ、ホムンクルスの原型を求めてる?猟犬部隊で十分じゃないのか?」
カーティスは答える。
「シティの発展のため、貴重な研究サンプルを欲しがることに何の疑問が?」
そんなことですか?とでも言いたげな様子だ。
「解放主義者だった博士を消すのは決定事項。となれば、その彼が残した研究成果は可能な限り確保するのは当然ですからね」
『……解放主義者なのがそんなに悪いことなの?』
怒りを抑え、絞り出すようなヴァナの疑問。
それにカーティスは少しの間を置いて、ハッキリと答える。
「はい。シティの解放を目指すことは、シティの体制を揺るがす大罪です」
『……っ!!』
……シティのために、か。
コイツの話は全てそこに帰結する。
「そんなにシティが大切か?」
「ええ、もちろん。作られた子供と、古代の人には分かり難い話でしょうがね」
俺の質問にも、カーティスは即座にそう答える。
「ああ、分からねーな。俺の目には、この街の仕組みが良いモノには見えなかったぜ」
俺の脳裏に映るのは、目覚めてから見たシティ・アルファの光景の数々。
階級の低い、必要とされない人間が押し込められたボロボロの世界。アウター。
綺麗な街並み、恵まれた生活を送りながらも、生き方を管理されて活気のない画一的なセントラルの街。
上から与えられたランクこそが絶対で、カードゲームで勝つ以外に覆せない階級社会。
昔の自分が生きていた時代から見たら、どれも良い仕組みだとは思えない。
例え外の世界が滅んでいようとも、それは今のシティを肯定する理由にはならない。そう思った。
この世界が今こうであることに理由があるのなら、知りたいと思った。
僅かな間を空けて、カーティスは口を開いた。
「……ターンエンド」
…………は?
しかし、その時に彼の口から出たのは、ターン終了を告げる宣言だった。
次回「驚異の戦術」へ続く




