26.思い出の日々
それは、アタシが培養槽の外に出て1年ほどたった頃。
届けられた1つの知らせに、研究所内はにわかに盛り上がっていた。
「まさか、あの三賢人から!?」
「我々の研究が認められましたね、ミチナキ博士!!」
実験用の部屋の中、部屋を走り回って遊んでいたアタシはその盛り上がる声を聞いて、視線を皆の方へ向けた。
ミチナキ博士も他の皆も、そこにいた誰もが喜び盛り上がっていた。
その会話を要約するとこうだ。
完全なる人類計画。その中のホムンクルスの製造技術の有用性が三賢人に認められ、今回じきじきに大きな依頼がきたらしい。
そして、それに合わせて莫大な予算がつき、セントラル内の良い設備が与えられることになった。
そういう話らしかった。
「これが突破口になるかもしれませんねっ!!」
ある研究員のその言葉が、現状を端的に示していた。
―――完全なる人類計画は、行き詰っていた。
アタシが生まれた時点までは順調だった。
しかし、その後が続かなかった。
アタシと同じ設計で作られた妹たちはうまく成長できず、生まれてくることが出来なかった。
そして、成功体であるアタシもまた完全とはとても言えないものだった。
ホムンクルスの理想は、丈夫で強い身体、高度な演算が可能な頭脳、それらを備えた新人類だ。
だけど、アタシの身体は弱かった。
筋力は弱く、体力はなく、すぐに体調を崩してしまう。
肉体年齢の幼さを考えても、通常人の平均を下回るのは明らかだった。
改良点は多い、だがその不完全な物ですら再現できない。
現状の限られた予算、限られた設備では、試行錯誤する余裕すらない。
研究は暗礁に乗り上げていた。
もちろん、研究所の誰もアタシの前でそんなことは口に出さない。
でも、漏れ聞く会話のはしばしや皆の暗い表情からそれは容易に想像できた。
そんな中に降ってわいた今回の連絡だ。
当然、盛り上がりもするというものだ。
「レイミ、お引っ越しになりそうだ。準備、一緒に手伝ってくれるかい?」
そう言って、アタシの頭をなでる博士の顔も喜びにあふれていた。
その手の暖かさを感じながら、「うんっ」とアタシは明るくこたえた。
● ● ● ●
引っ越し先として与えられた新しい研究所は、とんでもない場所だった。
なんとそこはセントラルの中枢、中央官邸の中。
このことはこの研究への支援が三賢者だけでなく、マザーAIの肝入りでもあるということを意味していた。
充実した設備、莫大な予算、大きな権限。
惜しみない支援によって、研究はものの半年で一気に進んだ。
「レイミ、この子が君の妹だよ」
そう言って見せられたのは、培養層に浮かぶNo.07の姿。
それは久々に十分に成長できた成功体。
培養内に浮かぶ銀の髪に、真っ白な肌に包まれた肢体。
アタシによく似たその姿は、しかし決定的に違う点があった。
彼女の体はアタシより大きく成長していた。
見た目からすると10代後半といったところだろうか?
その手足はほっそりとして長く、その体には女性らしい特徴が表れている。
7歳程度のアタシの身体とは、まるで違っていた。
成長促進因子の加速。
それが新たなホムンクルスの作成過程に加えられた手順の1つだった。
なんでも三賢人からの依頼を満たすため、身体年齢を上げる必要があったらしい。
「…………」
自分よりも大きく成長した妹。
通常人ではあり得ない、なんとも不思議なものだった。
「名前、レイミが決めてあげたらどうだい?」
「えっ……!!この子の名前を、アタシが!?」
アタシにとって、その博士の提案は不意打ちだった。
自分が誰かの名前を決める。
そんなこと、考えたこともなかった。
だからすぐには思いつかず、アタシはしばらく思い悩む。
黙って頭を悩ませるアタシに、申し訳なさそうに博士は声をかける。
「……ああ、すまない。唐突すぎたね、……別にすぐでなくても――」
「ナナ。……ナナはどうかな?」
博士のセリフを切るように、アタシはそう提案した。
No.03であるアタシは0と3でレイミだ。
なら、No.07のこの子はナナがいい。
そう思いついたのだ。
0と7でレイナもちょっといいかもと思ったが、アタシの名前に似すぎるし、ここは個性を出したかった。
だめかな?、と少し不安も感じながら博士の顔を見上げる。
「……ナナか。うん、いい名前だね」
そんな言葉とともに、博士の温かい手の平がアタシの頭をなでる。
こうして、No.07の名前はナナに決まった。
● ● ● ●
それからナナが培養層を出て、さらに数ヶ月がたった頃。
「こ、こらっ!!レイミちゃんも、ナナちゃんも止まって降りなさいっ!!」
「いっけー!!」
「ご、ごめんなさい~」
アタシとナナはよく一緒に遊んで過ごしていた。
今日のように、警備ロボの上部に乗って中央官邸の通路を走り回るなんてこともいつものことだ。
他にも施設内の換気ダクトに潜り込んで探検したり、内緒で敷地外にでて街を探索しようとしたり、色々やった。
もちろんその度に、アタシたちの行動に気が付いた研究員たちが止めようと追いかけられた。
それでもアタシは遊びを強行し、ナナは戸惑いながらも付き合ってくれる。
ここ最近の、ありふれた光景だ。
「ね、姉さまぁ~。そろそろ止めましょうよ~」
警備ロボの胴体にしがみつきながら、そんな風に困った顔でアタシにお願いをするナナ。
アタシの後をいつもついて来て、姉さま姉さまとアタシをしたってくれる大きな身体の可愛い妹。
そんなナナの姿を見ていると、アタシはついつい無茶な遊びに付き合わせ、ワザと困らせたくなってしまうのだ。
「まだまだー、あっっ!?」
「えっ!?」
追跡を振り切ろうとスピードを上げようとしたその時、警備ロボの上部を掴んでいたアタシの手が限界を迎えて離れてしまう。
もともとアタシは身体が強くない。
だから、これはその当然の結果だった。
アタシの身体がフワリと宙に浮くと後ろに投げ出され……。
ガシッ
と、壁にぶつかる前にその腕を掴まれた。
「もう、危ないんですから。手が限界ならそう言ってくださいね。今日はここまでにしましょう」
ナナの力強い手がアタシの腕を捕まえてその体を引き戻す。
彼女はアタシとは違って身体が強い。
それは肉体年齢が上だというだけじゃない。
設計の段階でナナの身体能力は高く設計されており、その能力は通常人の3倍近いらしい。
小さくて体の弱いアタシと比べれば、それは途方もない差だ。
停止させた警備ロボから降りて研究員たちに怒られながら、アタシはナナの身体を横目で見る。
大きく、丈夫で、力強くて、女性らしさも備えた身体。
アタシがお姉ちゃんなんだけどなぁ……
少しだけ、悔しい。そう思った。
次回「博士の夢」へ続く




