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25.完全なる人類計画






――――はじめまして、レイミ。私はミチナキ。君たちホムンクルスの生みの親だ。


それが、アタシが生まれて初めて聞いた言葉だった。


培養槽(ばいようそう)の中、暖かい人工羊水(じんこうようすい)()られながら、眠りから覚めたアタシはゆっくりと目を開ける。


アタシが生まれて初めて見たのは、ガラス越しに映るその声の主。


ミチナキと名のったその人は、白衣を着た背の高い初老の男性だった。


白髪まじりの髪に、シワのきざまれた顔。


よれた白衣と対照的なピンとした姿勢。


その表情は柔らかく、優しそうな柔和(にゅうわ)な笑みが浮かんでいた。


……研究者?、そんな単語が脳裏に浮かぶ。


背後に見える沢山の機械からも、目の前の人を表すのにその単語が1番相応(ふさわ)しいように思えた。


初めて見る世界、初めて見る人や物。


なのにアタシはその全てを言葉で理解し、言葉で思考できていた。


なぜ?


そんな疑問にも、アタシ自身の脳内にすでに解答が用意されていた。


――知識のインストール。


人工的に生み出されたホムンクルスであるアタシは、通常の人間と脳の構造が違う。


その半電子化された脳は、知識データをコンピューターから直接インストールすることができる。


それにより、造られる過程で最低限の知識はすでに与えられているのだ。


と、そんなことまでアタシはすぐに理解できた。


「……その様子だと、もうだいたい理解できているようだね?……レイミは賢い子だ」


アタシの様子を見て、ミチナキと名のる老人はそう優しく微笑んだ。


……レイミ?


最初にも言われた、その不可解な単語。


それが何を示すのか、アタシの脳にある知識にはその答えが見当たらない。


戸惑うアタシの様子を見てか、彼は言った。


「レイミ。それが君の名前さ。……私が考えたんだが、気に入らなかったかい?」


少しだけ不安そうな彼の声。


「……レイミ」


それがアタシの……、名前?


造られた人間、ホムンクルス。


人間を模して造られた、ただの道具。


アタシの中の知識はそう教える。


自分を示す単語はNo.03(ゼロさん)という製造番号だけ。


名前なんて、そんな本物の人間みたいなものはアタシに与えられるはずがない。


そのはずなのに……、


「No.03だからレイミ。0(れい)3()でレイミさ」


安直だったかい……?、とミチナキは不安そうにそう言った。


――――、レイミ。


それがアタシの、名前。


そう思うと、胸の辺りが暖かくなるのを感じた。


人工羊水に浮かぶアタシはその暖かさを逃すまいと、足を抱いて体を丸める。


……レイミ。アタシの名前は……レイミ。


心の中でそう何度も繰り返しながら、アタシは目を閉じて再び眠りについた。




● ● ● ●




完全なる人類(ホムンクルス)


その完成こそが、Drミチナキとその彼が率いる研究チームの悲願だ。


人工子宮の中で安全に誕生し、人より早く成長し、人より丈夫で、人より多くの知識を得られる。


現生人類を超えた、完全なる人類。


そんなコンセプトで開発された遺伝子工学の結晶だ。


アウター東地区13区画に存在する【中央議会直轄ちゅうおうぎかいちょっかつ 第4古技術(こぎじゅつ)研究所】。


崩壊戦争(ほうかいせんそう)】前の技術を研究するその施設で、当時の人造兵士の製造法を復活させることによって得られた技術だった。


何度かの試行錯誤(しこうさくご)を経て、ついに1つの成果が生まれた。


それが【ホムンクルス No.03】。


それがレイミだった。




● ● ● ●




数日後。


アタシの肉体が7歳程度まで成長したその日。


ついに人工子宮から出ることが決まった。


「さあ、始めるぞ。……もし苦しかったら、すぐに言うんだぞ」


そう言ってミチナキは手元の機械を操作した。


すると、人工子宮の中に浮かぶアタシを包んでいた羊水がゆっくりと減りはじめる。


周囲を囲む彼の部下たちが、そんなアタシの様子を固唾を飲んで見守る。


羊水の減少と共にアタシの足はついに床に触れ、生まれて初めて2本の足で体重を感じ始める。


やがて頭、顔と順番に水面から出て空気に触れる。


鼻と口が出た時は、上手く呼吸できず少し咳き込んでしまった。


やがてゆっくりと、アタシの体の全ては空気の中に出ることになった。


生まれて初めて全身の皮膚で空気を感じた。


肌に僅かに残った冷たい羊水の感覚も、ベッタリと張り付いた長い髪の重さも。


その全てが新鮮だった。


アタシは歩こうとして、ぺたりとその場にへたり込んでしまう。


……体が重い。


浮力を失ったアタシは、自分自身にかかる重力の重みすらも初めての経験だった。


それら全ての知識は脳内にはあるが、体験して見るとまた違うものだ。


パチパチパチ


鳴りだした拍手に、アタシは顔をあげる。


「誕生おめでとう、レイミ」


拍手と共に笑顔でそう言うミチナキと、その後ろの研究者たち。


繰り返されるおめでとうの言葉と、温かい拍手。


その場を満たした喜びの空気に、アタシの表情もつられてゆるむ。


アタシを生んだこの世界は、こんなにも暖かく、こんなにも優しく、アタシを迎え入れてくれるんだ。


ああ、そうか。


知識でしか知らなかった『それ』を今アタシは理解した。



――この感情が『幸せ』というものなんだ。








次回「思い出」へ続く

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