14.黒衣の少女
「プレート飯ってヤツはいつ食べても味気ないな……」
「なら食べるの止めたら?」
ご馳走になっている身で文句を言うアガレスに、マリーは冷たくそう返した。
初めは高ランクの彼をあんなに怖がっていた彼女だが、いつの間にかかなり強気に対応するようになっていた。
先程ちょっと理由を聞いてみたところ、「レイミちゃんが不快に思うようなことは絶対にしてこないだろうからね」とのことだった。
…………どういうことだろうか?
不快にさせないなんて条件はバトルで賭けなかったはずだが、敗者のマナーみたいなものだろうか?
まあ、ジュンにしたって【俺を見逃す】以上に肩入れしてくれている気もするし、そんなものなのかもしれない。
「それにしても油臭い部屋だな……、周りも汚い機械だらけで食事をする環境とは思えん」
「……まあ、マリーの工房だしね。そこはしょうがないさ」
なおも文句を続けるアガレスと、それに同調するジュン。
つい先ほどまで争っていた者同士がする会話とも思えないが、まぁいつまでもギスギスされるよりはいい。
それに、その内容には俺も大いに同意せざるを得ない。
修繕屋を営むマリーのこの工房は部品や工具、修理中の機械が山積みで、油と金属臭が充満していた。
正直、食事をする環境ではない。
ここで毎日飲み食いをしているというマリーの生活はおして知るべし。
自分が着せられている可愛らしい白いワンピースを見ながら、これらは彼女の持ち物としてはひどく例外的なのだろうなと今更ながらに思った。
「で、結局どうするんだい?」
そうジュンが聞くのはこの後の予定のことだ。
アガレスからの情報も合わせると、自分のことを知るのならセントラルに行くのが近道のように思える。
だが逆に、それは危険への近道でもある。
ただでさえシティポリスに追われる身であるというのに、その上『マザー』なる上位存在にも目をつけられているらしいのだ。
その中心地であるセントラルに入ることは、より危険を高めることに繋がるはずだ。
身の安全を優先するなら、避けるべき選択肢だろう。
しかし、自分のことを知りたいという俺の目的を考えれば、多少の危険をおかしてでも行くべきにも思える。
さて、と俺は口に手を当て考える。
俺の選ぶべき道は……、
『私は行くべきだと思うよ』
悩む俺を後押しするように、ヴァナはそう言った。
『あのマザーが関与している以上、隠れ続けるのは現実的じゃないし、ここは危険をおかしてでも進むのが正解かなって』
管理AI『マザー』、それはこのシティを実質的に支配する存在だという。
そんな存在にも狙われている以上、何処にいても危険なことには変わりないのかもしれない。
となるとやはり、セントラルには行くべきか。
そう考えて口を開こうとした所で、アガレスが妙な顔をしていることに気がついた。
「……どうしたんだ?変なものを見るような顔をして?」
「いや、今さらなんだがこの子はなんだ?」
そう言って彼はフワフワと俺の横に浮かぶヴァナを指差した。
というのも、彼が言うにはヴァナはサポートAIにしては""できすぎている""のだという。
「……こんなに自然な会話ができるタイプなんて見たことないぜ」
セントラル出身のアガレスが言うのだ、少なくともこのレベルのAIがその辺を歩いていることはないのだろう。
じゃあ、コイツはいったい……?
『…………』
一同の視線を集めつつも、ヴァナは黙して語らない。
沈黙に耐えかねて、俺はその疑問を口にすることにした。
「なぁ、ヴァナ。お前は――」
ガタンッ!!
「「「!?」」」
だがその時、どこからか響いた大きな音に俺の言葉は遮られる。
その音は部屋の外、しかし同じ建物の中からの様だった。
全員の体に緊張が走る。
俺は今狙われている。
つまり、アガレスに続く次なる刺客がやって来てもおかしくはない状況なのだ。
「……オレ達が見てこよう」
「……ああ」
アガレスとジュンは警戒しながら他の部屋を見に行く。
俺とマリー、そしてヴァナはそんな2人の背中を見送りながらこの工房で待つこととした。
「…………」
時間は完全な夜。
外の照明はすでに落ち、シティ内はすっかり暗くなっていた。
窓の外から入って来る明かりは僅かで、頼りになるのは工房内も古ぼけた電灯だけだ。
先程までは明るく温かさすら感じていた部屋の中。
そこが今ではすっかり冷え込んで、薄暗く不安を感じる場所へと変ってしまっていた。
「……大丈夫」
そう言って、マリーは俺の小さな手を握る。
握られたその手から伝わる暖かさに、俺は少しだけ安心感を覚えた。
そんな次の瞬間、ヴァナが何かに気が付いたように窓の方を視線を向けた。
『……くるよッ!!』
ガシャァァン!!
ヴァナの警告と同時に窓が割れ、黒いナニカが室内に飛び込む。
とっさの出来事で硬直する俺をマリーがかばい、飛び散るガラス片から守ってくれた。
その背中越しに飛び込んできたその黒い存在がユラリと動くのが見えた。
驚きは刹那、俺はその正体をすぐに悟る。
人間だ。
黒い外套に身を包み、フードを目深にかぶった長身の人物だ。
闇夜によくまぎれるであろうその姿は、まるで暗殺者を連想させた。
――窓からって、ここ2階だぞ!?
そんな疑問が浮かぶが、すぐに俺はその答えにもたどり着く。
――こいつまさか、別の部屋から外をつたって来やがったのか!?
恐らく先程の音の正体もコイツだ。
他の部屋で音を鳴らし、その後に外をつたってこの窓に。
……何故そんなことを?
決まってる、俺たちを分断するためだ!!
実際、音を調べるために男2人はこの場を離れてしまっていた。
「……どいて」
その人物は感情を感じさせない声色で静かにそう言うと、俺をかばっていたマリーの体を投げ飛ばす。
そして、続けてその手は俺の腕を掴んだ。
ギリギリギリ
「……くぅぅ」
細身なその姿からは想像できないパワーで俺の腕は締め上げられる。
「……ワタシと一緒に来て」
静かな、しかし有無を言わせぬ口調。
フードの下からのぞく鋭い赤い瞳が、俺を真っすぐに射る。
腕の痛みに耐えながら、俺もまたその視線に視線で返す。
そして、俺はそれに気がついた。
「…………おんな、の子……?」
フードの下からのぞくその顔は女性、しかも思った以上に若い。
20、いや精々10代後半か……。
だが、俺が驚いたのはパワーに似合わぬその性別や若さではない。
フードの隙間から僅かにこぼれる銀の髪、マントの下の細い体型。
その姿をどこかで見たことがあるような気がしたのだ。
…………でも、いったいどこで?
ここ最近の記憶を探ろうとしたその時、大きな声がその思考を遮った。
『【反逆権】発動!!「クロス・ユニバース」!!』
それはヴァナによる戦いの宣言だった。
――― 「『反逆権』確認」「『マザー』より承認」「リンク完了」 ―――
― 対戦者「ランク1:レイミ・ミチナキ」「ランク6:トゥエルブ」―
視界の重なる様にメッセージが流れ、先ほどの俺の気づきは頭の中で霧散してしまう。
俺は何に気が付きかけたのか、その正体が気になりつつも俺は意識を目の前の戦いに無理やり向ける。
目の前の黒衣の少女もまた戦いに備え、掴んでいた俺の腕を離して戦いの間合いを取った。
しかし、その顔には困惑の感情が浮かんでいた。
「……何故アナタは抗うの?…………こんなことをしても、何も変わらないのに」
低ランクの予想外な反抗、という意味にしては彼女はやけに動揺しているように見えた。
だが、事情も知らない相手の感情を想像しても答えは得られず不毛なだけだ。
俺は思考を切り替えて、自分がこの戦いで提示するべき条件を考える。
俺の強制連行をやめさせるのは当然として、その上で何を付け加えるかだ。
アガレスの時と同じで【知っている情報を話せ】も悪くないが、可能なら【俺の目的に出来るだけ協力しろ】とかをつけたい所だ。
などと俺が考え、悩んでいると―――
「ワタシの条件は【目的地まで大人しくついてくること】」
先に相手に条件を言われてしまう。
『……しまった』
それを聞いたヴァナがそう呟いた。
ヴァナによると、戦いに賭けられた条件は先に宣言したものが基準になるらしい。
そして今回、高ランク側の相手が提示した条件は必要最低限の簡単なもの。
となると、低ランク側が出せる条件はかなり限定的なものにならざるを得ないのだという。
『こちらの条件は【目的をあきらめる事と、命令した人物を言うこと】です』
ヴァナが言うそれが、現状で出せる精一杯の条件のようだった。
―――― 「両プレイヤーの〔条件〕を確認」 ――――
――――――〈クロス・ユニバース〉「起動開始」――――――
思ったよりも得られる報酬が減ってしまったが仕方ない。
負けるわけにはいかない戦いであることに変わりはなかった。
「ワタシのパートナーは《スカウト・ドッグ》」
『こちらは私、《虚構天使ヴァナ》です』
パートナーの宣言と共に彼女の傍らには機械の猟犬が現れ、俺の隣にはヴァナが浮かぶ。
先攻を告げるメッセージを横目に、俺はターン開始を宣言した。
次回「襲いかかる猟犬」へ続く




