13.天命(オラクル)
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低ランクはクソだ。
それがオレの、アガレス・ウォルムが人生で得た教訓だった。
市民ランクは管理AI『マザー』により決定され与えられる。
その評価基準は能力と社会貢献度、そして生まれだ。
中心地域セントラル。
そこの住む市民の最低ランクは4だ。
そのランク4の家に生まれたオレの人生は最悪から始まった。
制限される行動、貧しい生活、下に見る周囲の視線。
入れない地域、利用できない施設やお店。
見れないネットの記事に、読めない文献。
食事はいつもの低価格の既製品。
名前代わりに呼ばれるのは「そこのランク4」という唯の識別記号。
そして当然の権利ように振るわれる高ランク者からの日常的な暴力。
そんなオレの横で高ランクの奴らは好きな所へ行って、好きなものを食べて、名前で呼び合う。
だが、それも仕方がないことなのだ。
だって、オレの方がランクが下なのだから。
両親は言った。
―――セントラルの外に住むランク3以下のアウターの人に比べたら、ウチだって恵まれてるのよ。
…………なんだそれは?
自分達より下がいる、だから何だというのか。
その事実は、今のオレが辛いこととは何の関係もないじゃないかっ!!
オレは決心した。
――絶対にオレは高ランクになってやる!!
それからのオレは努力した。
許可されている範囲で知識を可能な限り学んだ。
割り振られる仕事は全て完璧以上にこなした。
上に立つ高ランク者たちの機嫌を取り、評価を得た。
そうやって何年も努力を重ねることで、やがてオレは管理AI『マザー』からその高い能力とシティ社会への貢献を認められるようになった。
『マザー』からの直接の仕事である『天命』も多く任され、それらをこなす内にオレのランクは上がっていった。
ランク5、ランク6、そして……ランク7。
優秀なものは評価され、上に行く。
それがこのシティ・アルファの階級社会の美点だ。
もうオレをさげすむ者はいなかった。
もうオレを縛る行動制限も減っていた。
もうオレを名前で呼ばない人間もいなくなっていた。
生まれていた時から無くしていたモノを、オレは徐々に取り戻していった。
オレは理解した。
努力と実力で、人も環境も変えられるんだ。
だからこそオレは嫌悪する。
低ランクの人間を、低ランクでいることを甘受する人間を、シティ全体に貢献しようとしない人間を。
弱者とは罪だ。
だからオレは、
だからオレは、
だから敗北してしまったオレは、……。
それは敗北の瞬間に脳裏に流れた走馬灯。
長いような短いようなその一瞬の後、オレはようやく目を覚ました。
ここはシティの外周地域、通称アウター。
低ランクの落伍者たちが住む、最低な地域。
そこの中でもとりわけ環境の悪い霧雨通り、その外れの路上。
そのど真ん中で、オレは地面に臥していた。
―――ああ、俺は負けたのか……。
それもランク1の小さな少女に。
これまで築き上げてきたものが、オレの中で崩れていくのを感じた。
この敗北は、『天命』の失敗は、きっとオレの評価にキズをつける。
『マザー』のランク査定に響くどころか、周囲の目もきっと変わる。
これからオレは敗者として、この低ランクの奴らよりも下の存在となるのだ。
「…………」
地面にうつ伏せになったまま、オレは立ち上がる気力もなくなっていた。
やがて、3人の足音がオレに近づいてくるのが聞こえた。
その内でひときわ小さな足音の1人がオレのすぐ横に立つ。
それは戦いの勝者、レイミ・ミチナキ。
これからオレは敗者として、知っている情報を全て吐かされる。
オレが受けた任務、『天命』の中身を。
そしてオレはこれからしばらくこいつに自由に扱われるのだ、敗者が負う義務として。
オレはきっと酷い目にあうだろう。
そうこう考えている内に、彼女がオレの方に手を伸ばすのが見えた。
オレはその手が振るうだろう痛みを予感して、反射的に体をこわばらせた。
…………。
だが、痛みも衝撃もいつまで経ってもやっては来なかった。
ただ、その伸ばされた手は怪我をしたオレの体を優しくなでる。
「……大丈夫か?」
―――っ!!
彼女からかけられたその意外な言葉に、オレの心臓がドキリと跳ねる。
ぶっきらぼうな言葉ながらも、そこには僅かな優しさと心配の気持ちがこめられているのが感じらた気がした。
……何故だ。
敗者はゴミで、虐げられるべき存在だ。
そいつがそれまで自分達を虐げてきた存在だというのならなおさらだ。
それなのに何故、彼女はそんな相手に優しさを見せられるんだ!!
そこでオレはようやく顔を上げ、彼女の顔を正面から見た。
――美しい天使がそこにいた。
純白のワンピースを見にまとった美しい肢体。
対象を平等にとらえる真っすぐな瞳。
オレの胸の奥で大きな感情が生まれ、全身を駆け抜ける。
複雑ながらも単純なその感情をあえて言葉にするとしたら1つだ。
オレは彼女に恋をした。
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戦いから少したった夕方。
怪我をしたジュンとアガレスをマリーの部屋に運んで簡単な治療をした後、俺 (レイミ)は少し困っていた。
「さあ、勝者であるキミの権利だ。なんでもオレに聞いてくれっ」
そう言ってアガレスは、片膝をついた姿勢で俺の手を取り真っすぐな視線を向けてきた。
それはまるで、姫君に忠誠を誓う騎士のよう。
クロユニの敗者は勝者の言うことを聞く。
それがこの世界のルールだというのは分かっていたが、予想以上に協力的すぎるというか……その視線からやたらと何らかの熱量を感じた。
しかも、なんか距離が近い。
彼から放たれる余りの圧に、俺は引き気味になっていた。
「おい、レイミ君が怖がってるだろ」
とジュンが助け舟を出してくれるが、
「君とのバトルの条件【オレの邪魔をするな】を忘れるなよ、敗者くん」
「…………」
一瞬で黙らされてしまう。
他にも視線を向けてはみるが、マリーは困ったように頭を掻くだけだし、ヴァナはいつものごとく面白そうにこの光景を眺めているだけだ。
俺は諦めてぐっと圧に耐えると、意を決して彼に疑問をぶつけていくこととした。
「俺をセントラルに連れて行く理由と、その先の詳細を教えてくれ」
「お安いご用さ、1から10まで知っていることは何でも話すよ」
と喜々として彼は全てを話し始めた。
話を要約するとこうだ。
彼は『解決屋』と呼ばれる種類を問わずに依頼を受けてそれを解決する仕事をしていること。
今回はシティの政策決定や市民管理を行うAI『マザー』より命令を受けたということ。
その管理AIからの直接命令は『天命』と呼ばれること。
今回の『天命』は【俺 をセントラルの『マザー』の元へ連れて行く】というものだったこと。
その理由などは知らされていないこと。
うーん、思った以上に分かったことが少なかった。
とりあえず口ぶりから、セントラルという場所では『マザー』というAIが絶対の物として扱われてるらしい。
そして、理由も分からずにその命令に従い自分たちの階級上げに躍起になる市民たち……か。
これまたどこかのディストピアものの小説や漫画で見たような社会構造だ。
そしてそのAIが求める俺という存在、いや探しているのはこの身体の持ち主であるレイミちゃん自身かもしれないが。
とにかく、俺自身のことを知ろうとすることはかなり大きな話になりそうだ。
遅かれ早かれ、セントラルに行くことは必須のようだ。
だがその前に――、
「難しい話は置いといて、とりあえずご飯にしない?」
俺はそう提案した。
ここまで食事もとらずに動き続けていた俺の体力は限界になっていた。
次回「黒衣の少女」へ続く




