表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/85

57.幻のお店

 灰被りの空から降りしきる粉雪を見上げ、少し悴む手を擦り合わせた。今日は俺が転生してから三度目の冬の、初雪の日だった。


 王都の街並みは白く染め上げられ、行き交う誰もが服の襟を手で閉じ、出来る限り冷たい空気に肌を晒さないよう歩いている。道の端では凍結した路面で転倒したのか、車輪が壊れた馬車が立ち往生していた。


「……この世界の冬も寒いな」


 俺はそう独り言ち、マフラーに口元を埋める。柔らかい羊毛のコートにデニール数の高いタイツを履いて完全防備だが、それでも雪の日というのは無性に寒い気がしてならない。


 クレーデルの一件から半年経ったこの頃。開拓村では特に何か起きたわけでもなく、割と穏やかな日々が続いていた。勿論ゼダは毎食毒を仕込んで来るし、内通者探しに気を揉んではいたが、それでも日常と言うには十分過ぎるほどの平和だった。


 後数ヶ月程で四歳になる俺は、最近良く一人で王都に出かけていた。護衛も付けずに何をしているのかと言えば、ゲームとアニメにあった要素の回収が目的で歩き回っている。


 こればっかりは人に見せられない為、単独で行動せざるをえないのだ。


 その苦労の甲斐もあってか、先月漸く以前に言った[夢幻堂]という商店を見つけた。王都のマッピングを隅々まで行い、そこからゲームと同じロケーションを探し出した。かなり重労働だったが、夢幻堂はそれほどの価値がある。


「確か……ここだっけか」


 大通りのとある青果店から細い路地に入り、右折を二回、左折を一回、また一回右折した先の石畳が目当ての場所だ。


 そこに彫られた猫の模様を、踵を使い独特なリズムで叩く。すると民家の隙間と隙間が徐に広がり始め、初めからあったかのようにもう一つの建物が現れた。


「ん、ちゃんと覚えてた」


 黒い鉄製の吊り看板にはまた猫のマークがあり、その下に[夢幻堂]の文字が書かれている。階段をのぼって扉の前まで行き、最初に三回、間を開けて一回、最後に四回蝶番を叩く。


「――――合言葉は?」


 扉の向こうから何処か独特な声質でそう返ってきたら、咳払いを一つして合言葉を口にする――が、この合言葉というのもちょっと癖が強い。


「……にゃん、にゃんにゃん、にゃにゃんにゃん」


 実は……まるで猫のように、三回鳴く必要があるのだ。ゲームだったから良かったものを、こんな姿を人に見せたら恥ずかしくて死んでしまう。実際初回では羞恥心で顔が真っ赤だった。


「入れ」


「……むぅ」


 未だ納得の行かない顔で俺が唸ると、扉の鍵が開く音がした。まだちょっと耳の辺りが熱い気がするが、ここで立ち尽くしていてもどうにもならない。


 ドアベルの音を鳴らしながら扉を開け、店内へと入る。外はすこぶる寒いのに、まるでその影響を受けていないかのように中は暖かくて過ごしやすい気温だった。


「いらっしゃい」


「お邪魔します」


 そう声を掛けてきたのは、カウンターの置くで金を数えている猫。人型であることと、服を着て人語を話していること以外は完全に猫だ。モフモフで、触ると絶対に柔らかそうな毛並みは思わず手が伸びてしまいそうになる。


「その銀髪……先月来た嬢ちゃんだな」


「はい、覚えていたくれたんですね」


「今の時代、客なんて片手の肉球で数えられる程だ。この一ヶ月の間にも、嬢ちゃん以外に客は一人しか来てねぇよ」


 彼がここの店主であり、またマギブレで屈指の人気を誇るNPC「ロメオ」。白と茶の斑点模様の毛並みが特徴的で、背丈は凡そ170cm。大柄で目付きも鋭いが、何処か愛嬌のある猫の獣人である。地味に転生してから獣人とは初めて会うが、画面越しに見るよりモフモフで可愛い。


 尚、夢幻堂を隠しているのも彼の魔法によるもので、実際は普通に存在している建物を、幻を見せる魔法で何も知らない通行人に気付かせないようにしているのだ。


 先程俺がやったような特定の行動順序のみでその幻覚が解け、建物が姿を現すという寸法である。何故秘匿しているのかは、謎のままではあるが。


「で、嬢ちゃん、今日は何か探しものかい?」


「新しく入荷した物を見に来ました」


「そうかい、ちょっと待ってくれよ。ええと……今月の入荷は……」


 夢幻堂は何度も店に訪れることでイベントが進む。二回目に訪れると顔を覚えられており、上述の台詞をロメオが口にするのもゲーム通り。


 イベントが進行するにつれて並ぶ商品が増えて行き、最終的にはここでしか手に入らないアイテムが出現する。本当に原作通りなら、ゲーム内時間――つまりこの世界での実時間で一月おきにあと十二回来店すればいい。


「ほれ、今月は虹繭のケープに、焔山羊の魔導書だ」


 それから一月毎に入荷される商品は、四十二種類の中から二つがランダムで選ばれる。イベント進行で増えた商品と合わせて、大体十種類が基本的なラインナップだ。あくまでゲームではそうだっただけで、今は売り切れにならない限りこれまで陳列された商品は店に並び続けているようだが。


 今月は全属性ダメージを二割軽減する防具の虹繭のケープと、火属性の魔法を使う際に威力の補正が入る焔山羊の魔導書。


「では魔導書を頂きます」


「まいどあり」


 リーンが火属性の魔法を好んで使うので、後者は買っておいて損はない。誕生日プレゼントにでも渡してあげよう。


 夢幻堂のアイテムは全部高いが、幸いお金なら玩具開発事業のお陰で沢山ある。この程度の出費なら問題無い。それに来店するだけではなく、何かしら買い物をしなければイベントも進まないからな。


「ところで、先月に訪れた私以外の客ってどんな方ですか?」


「それは個人情報だから言えねぇ、勿論嬢ちゃんのことも例外なくな。その歳でここに辿り着くってことは、それなりに色々事情があるんだろうし尚更だ」


「すみません、野暮な事を聞いてしまいました」


「いいってことよ。まあ、その内他の客と店で会うこともあるだろうから、そこで声を掛けて見ればいいさ」


 ロメオは渋い声でそう言うと、カウンターに置かれた椅子に腰掛け、新聞を広げた。


「では、これで失礼します」


「おう。最近何かと物騒だから、気をつけて帰れよ」


 しかし、何故猫の獣人がこんなところで商売を、それも希少な品に限って売っているのだろうか。実際に訪れてみても、その謎は解けそうにない。ロメオというNPC自体、ゲームやアニメで設定が深掘りされることもなかった。


「おおぉ……さぶっ……」


 そんな益体もない事を考えながら店を出た俺は、中との気温差に思わず声を漏らした。早く帰って温かいお茶でも飲みたいところだが、もう一箇所寄る場所がある。そこで一息つくとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] えっ、アーミラさんは現時点に未だ4歳も無いのかよ!?てっきりせめて8、9歳あるたと思った。。。4歳で独り色な場所に出歩かせていたのかぁ、たとえ戦力的と智力的に大丈夫だとしても、常識的と倫理的…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ