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56.5.悪の手は密やかに伸び始める

ゼダ視点のお話

 アドルナード領、開拓村の内部にて。とある倉庫の裏手に、老齢の執事が立っていた。


 老執事は外見上おおよそ七十代後半に見えるが、敢えて老いて見えるメイクをしているだけで実年齢は意外にも若い。四捨五入をして漸く還暦まで行くかどうかであり、肉体自体にも衰えはなかった。


 そんな執事――ゼダが待っていたのは、開拓村で働く一人の青年。名をルークと言い、爽やかな性格が好印象の若人だった。無論、名前も偽名であり、意図して愛想良く振る舞っているだけではあるが。


 倉庫裏で待ち合わせた二人は、互いに持ってきた一通の手紙を交換する。


「主様からの新しい指示だ」


「助かる。こちらは知り得た限りの、アーミラ・アドルナードに関する情報が書いてある」


 彼らは共通の人間を主に持つ言わば同僚で、ルークはゼダがここへ来る以前より密やかに村内に潜入していた。その目的は、最近目まぐるしい躍進を続けるアドルナードの監視と報告――場合によっては威力偵察も仕事の内に入っている。


(如何に侮れないとは言え、アレもまだ子供。私を殺さない……いや、殺せないことが裏目に出たな)

 

 アーミラはゼダを殺さず、生かしたまま情報を出来得る限り引き出そうとしていた。なれど、その判断は幾度の修羅場を潜り抜けて来たゼダにとって、甘いと言わざるを得ない。


 ゼダの他に領内に密偵がいる事を知っていれば、彼女とてこのような判断は下さなかっただろう。そして、その判断の誤りが命取り。生殺与奪権を握られてはいるが、こうして外部と連絡さえ取れてしまえば趨勢は此方へと傾く。


(今はまだ殺せずとも、準備が整えばお前は詰みだ。悪魔の子)


 ゼダは内心でそう独り言ち、鼻を鳴らした。


 悪魔めいた強さと、そして子供らしからぬ精神力を持つあの少女が後手に回り、追い詰められ泣き叫ぶ姿を想像するだけで腹の底から得も言われぬ後ろ暗い――性欲にも似た感覚が湧き上がってくる。


 生来のサディストであることを自覚しているゼダにとって、一度は己を敗北で貶めた相手は何としてでも屈服させなければならないという思いがあった。


 故に、今しがた受け取った伝書の内容を見てほくそ笑む。


「クフ……クフフフ……」


「どうした?」


「いやすまない、嬉しさの余り思わずな」


 アーミラは圧倒的な実力差から絶対に殺されないと確信しており、明らかに油断していた。こうして密偵と会っていることも知らず、名代として任されたこの土地を離れたのがその証拠。


 ある程度同行を監視されているとは言え、自信に対する行動が伴っていない。失敗を経験したこと無い子供故に、生まれ持った才能と運に慢心している。


「然るべき方法とタイミングで油断しきった相手の懐に入り込み、決定的な機会を作って暗殺する。この上なくシンプルで私好みの作戦だ」


 未だアーミラは、彼らの主人が誰であるのかを知らない。何処の誰が敵なのかが判然としない状況で、味方を装い付入るのだ。


(……ただ)


 唯一厄介であるのは、彼女の師であるリフカ・ラスリエスト。


 あれを相手にした場合、まともな方法ではまず勝ち目はないだろう。しかも噂が確かであれば、星天の十賢者はそれぞれが異なる魔眼を持っている。万が一読心や未来視などの能力があれば、この作戦も露呈する可能性が高い。


 幸い開拓村では無く領主の屋敷にいるとのことなので、どうにかリフカには関わらせず、悟られずにアーミラのみを誘い出す必要がある。


「……そうなるとやはり、王都が舞台か」


 ゼダの予想通り、指令書には『王都にて事を起こす』と書かれていた。


 あそこならば賢者の目も届かず、またゼダ側のホームと言える土地である。幾らでも罠を仕掛けられ、有利なように事を運ぶことが可能だ。もし彼女が罠に気付いたとしても、誘い込まれた時点で手遅れ。その時には数十の手練に囲まれ、為す術も無く命を落とすことだろう。


 再び老執事の顔に愉悦の笑みが浮かび、ルークは思わず眉を顰めた。


「……この変態が」


「ん、何か言ったか?」


「いや、なんでも無い。仕事ではしゃぐのもいいが、次に失敗すればもう後が無いと思え。精々主様に見限られないよう、頑張るんだな」


「無論だ、二度と私が失敗するものか」


 そう言い捨て、ルークの前から立ち去ったゼダの口角がもう一度釣り上がる。


 彼はその時、アーミラの事がこの上なく()()になっていた。ここまでの執着と感情を持って殺せる相手など、生まれてこの方一度たりとも出会ったことが無い。ブリジットも、その前に殺した少女にも何の感慨も抱けはしなかった。


 彼女は恐らくこの先もう二度と出会うことが無い、暗殺者(ゼダ)の人生における最初で最後の宿敵。二人がこうして巡り合った運命に感謝すらしていた。


「――――貴女を殺せる日の事を想像すると、昂ぶってしまいますよ。アーミラお嬢様」


 だが今はまだ、静かに殺意を溜め込み、煮詰める期間だ。そう己に言い聞かせ、ゼダは感情を押し殺して普段通りの澄ました表情へと切り替える。


 静かに、静かに。来るべき時へ向けて、老獪な暗殺者はゆっくりと堆積する毒のように、その鬱屈とした感情を心の内へ溜め始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公アーミラさんが余裕で対処出来る程に強くなったのは信じがたい程意外ですね。 アーミラさんも慢心ぽいけどこの暗殺執事も慢心かぁ、同じく慢心するなら案外にアーミラさんの方が一枚上手かもw し…
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