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技術立国日本  作者: 山口遊子


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87/87

第87話 終話、クロニクル4、ヘゲモニー


5月4日(1939/5)。ニューヨークへの原爆投下から3日後。アメリカ政府は日本政府の休戦案を全面的に受け入れる。これをもってアメリカの先制攻撃によって始まった日米戦争は終結した。同日ルーズベルト大統領は国民に対して日本の休戦案を受け入れた旨ラジオを通じて報告し辞任。副大統領のジョン・ナンス・ガーナーが憲法の規定に従って大統領に昇格した。



6月15日(1939/6)。満州国と国民党政府間で平和条約が締結され国境が確定した。日本政府は中国国内での特殊権益の放棄を宣言。日本と国民党政府間でも平和条約が締結される。国民党政府は内モンゴルの独立を容認すると同時に共産党勢力の一掃を図り、掃討作戦を展開。その過程で毛沢東ら共産党の幹部多数が死亡し、中国共産党は事実上消滅した。


 同じく6月。ジブラルタルの根元を得た日本は、工兵隊を派遣し、基地施設に取り掛かった。イギリス政府は激しく反発したが、それだけだった。


7月5日(1939/7)。ハワイ真珠湾では廃艦と決まったまま多数の艦船が放置されていた関係で、真珠湾内ではなく外港部に停泊した戦艦長門の艦上において、トルーマン副大統領が休戦協定書の調印を行う。今回の日本側の代表も陸軍参謀総長、閑院宮載仁(かんいんのみやことひと)親王である。同日、フィリピン国が誕生し、ハワイ王国が復興した。アメリカ政府は日系移民に対する不当な扱いを謝罪し、財産の返還、補償などを行う。ちなみに長門の主砲の砲腔は窒化処理してあるため、中を覗くと白いのだが、砲口覆で栓がしてあるため残念ながら砲腔内は見えない。


8月1日(1939/8)。日本陸軍の1個連隊がパナマに上陸し、各施設を接収。さらに1個連隊が増派され、基地機能の拡張を行い、防空戦闘機隊、偵察飛行隊が進出している。日本は門戸開放・民族自決をスローガンに中南米、カリブ海周辺諸国に対して影響力を強め、権益を取得していくことになる。



8月15日(1939/8)。内モンゴルが独立し、モンゴル国と合併。日本、満州、中国、イスラエル、モンゴル国、ハワイ王国、フィリピン国による大東亜共栄条約が締結される。日本国内では例のごとくちょうちん行列が行われた。満州の一部の都市でも日本をまねてちょうちん行列が行われている。大東亜共栄条約機構(Greater East Asia Co-Prosperity Treaty Organization(略称:GEACTO / ジアクトー))の事務局が東京に設置された。日本国内では、ジ・悪党などと揶揄されている。後日、タイ王国がGEACTOに参加している。



同月、日本政府はハワイ王国に対して、熱圧爆弾で真珠湾が焼かれたオアフ島ではなくハワイ島を総合開発するため、今後10年にわたり合計1億円の有償資金協力を行う(円借款契約締結)。


8月23日(1939/8)。史実では独ソ不可侵条約が締結されたが、すでにソ連は消滅している上に、日独防共協定も存在しないので日本にとって『欧州の天地は複雑怪奇』でもなかった。


9月1日(1939/9)。ドイツ、ポーランドに侵攻。ダンツィヒ編入。


同日。大東亜共栄条約機構は欧州各国に対して、中国国内に有する特殊権益の放棄を要求。各国とも、ドイツの脅威の中、今や東洋の覇者どころか、超大国となった日本と事を構えるわけにもいかず、その要求に応え、当月中に権益の放棄を表明した。中国政府は公式に大東亜共栄条約機構に対して謝意を表し、日本政府は大東亜共栄条約機構を代表して、中国における権益を放棄した各国に対して謝意を表している。つまり、各国に対して借りという名の『貿易窓口』を作ったわけである。


9月3日(1939/9)。英仏、ドイツに宣戦布告。


9月(1939/9)。連山爆撃連隊がパナマ基地に進出。


9月27日〜28日(1939/9)。ポーランドの首都ワルシャワがドイツに降伏。


10月6日(1939/10)この日までにポーランド軍全体の戦闘が終結。史実ではポーランドはソ連と分割されたが、この世界線ではソ連が崩壊しており独ソ不可侵条約もなければ秘密議定書もないので、ドイツによる単独統治されることになる。


10月(1939/10)。ジブラルタル基地がほぼ完成し、噴進弾大隊が追加された増強1個連隊が駐留。さらに各科の飛行隊も進出し、拠点化が進む。イギリスのジブラルタル要塞は事実上無力化され、日本の意思でいつでもジブラルタル海峡が封鎖できることになった。これはイギリスの動脈を水道の蛇口を締めるように閉じることができることを意味する。



昭和15年3月(1940/3)。『弾丸鉄道計画』が帝国議会で承認され、国家プロジェクトとして正式に始動。東京〜下関間の用地買収とトンネル掘削が始まる。


4月(1940/4)。NHKが日本で最初にテレビの本放送を開始。契約者の数は866。全て東京市に集中。テレビ受像機は真空管方式。理研電気をはじめ国内各社が参入。


5月1日(1940/5)。ファニー・ウォー(まやかし戦争)と呼ばれた均衡状態がドイツと西ヨーロッパ諸国間で続いたが、ドイツ軍によるベネルクス三国およびフランス侵攻が開始された。


5月14日(戦闘中止命令)から5月15日にかけてオランダ、ドイツに降伏。


5月28日。ベルギー、ドイツに降伏。


5月(1940/5)。空母翔鶴、瑞鶴が相次いで竣工。


5月末~6月初。史実のマンシュタインプラン通りドイツ軍はアルデンヌの森を抜け、セダン近郊のムーズ川を渡河し、停止することなくベルギー側に誘引された英仏軍をダンケルクに追い込み、史実とは異なり粉砕してしまった。

この結果、アメリカという後ろ盾をすでに失っていたイギリス首相チャーチルが辞任するに及び、対独融和派と目されていたチャンバレンの再登板がうわさされたが、チャンバレンは癌に冒されており、再登板を固辞した。外務大臣を務めていたエドワード・ウッドは貴族院議員であったため、外務次官を務めていたリチャード・オースティン・バトラーが首相の座に就いた。


6月22日。フランス、ドイツに降伏。日本政府がフランス領ニューカレドニアの地方政府に確認したところ、ニューカレドニアの日本の権益は今まで通り守られるとのことだった。クェゼリンからわずか3000キロ。太平洋の覇者の権益は侵せない。当然の判断である。


ドイツ軍は西部戦線の兵力をロシア正面へ移動し展開を終えて、史実より1年近く早くロシア(ソ連)へ侵攻を開始し、バルバロッサが始まった。工業地帯、石油、石炭資源を対日戦で失ったうえにアメリカからのレンドリースのないロシア(ソ連)に、ドイツ軍を押し返す力はなかった。


11月1日(1940/11)。ロシア(ソ連)は首都モスクワをドイツ軍に包囲され、休戦協定を締結した。休戦条件はウクライナ、バルト三国、モラビア、ベラルーシのドイツへの割譲である。もちろん、ドイツに敗れたからといってロシアの日本に対するバクー油田の支払いが猶予されるわけではない。ドイツもバクー油田の権益が欲しかったのかもしれないが、今や超大国となった日本との競合は大きなリスクを持つので遠慮したようだ。




昭和15年12月(1940/12)~昭和16年1月(1941/1)。アンネ・フランク(11歳)、日本旅行。すでに日本語が話せるようになった彼女は日本旅行の感動をつづる。


『オランダ、ベルギーに続いてフランスまでドイツに負けちゃった。ドイツってなんであんなに強いの!? 遠いヨーロッパの出来事だけどすっごく心配。

 それはそうと、お正月休みを利用して家族で日本旅行に出かけたの。大連から日本郵船の神戸丸に乗って門司、神戸、大阪、名古屋の順に寄港して、そして横浜に着いたの。途中、瀬戸内海がすっごくきれいだったし、大きな軍艦も見えたの。一番はやっぱり富士山。本当にすっごくすっごくすごかったの。あんなきれいな山があるなんて今でも信じられない。そういえば、昔オランダにいた頃見た世界地図だと、日本は本当に右の隅っこにある小さな国だったけど、今の学校で使っている世界地図は日本が真ん中で、赤く描かれてるの。こっちの方が断然いいわ。だって日本は世界一の国。世界の中心の国なんですもの。そのことを姉さんに言ったら、姉さんもそう思うって言ってた。ちょっと前から学校で噂になってたんだけど、ドイツでは、自分の国だけじゃなくって、占領した国でもユダヤ人を見つけては逮捕してどこかに連れていってるって。わたしたち、満州に来ることができて本当によかった。それも後で聞いたら日本政府のおかげだったんだって。それを聞いてびっくりしたけど、この美しい国、日本ならそれくらいしそうだなって思ったの。……。親愛なるキティーへ』



昭和16年1月25日(1941/1)。イギリス、ドイツとの休戦協定を締結。ヨーロッパの戦火は終息していった。これにより、ヨーロッパ各国の在英臨時政府は移転を余儀なくされ、多くは北アフリカないしアジアの植民地に拠点を移した。


1月(1941/1)。理研、シリコン型トランジスターの量産開始。


2月(1941/2)。ロシア、日本との平和条約締結。表向きロシア側からモスクワ近郊への日本軍の駐留を求める。日本はこれを受け入れ、富嶽爆撃連隊をモスクワに派遣する。モスクワからスエズまでの直線距離は3000キロ、モスクワからジブラルタルまでの直線距離3700キロに過ぎない。付け加えると富嶽の作戦半径の中ほどに位置するベルリンの場合、富嶽は全力爆撃が可能になる。


3月(1941/3)。理研ターボジェットエンジン完成。史実のネ-20は、1軸8段の軸流式コンプレッサーを備えていたものの、当時の技術的限界から吸気圧縮比はわずか3倍に留まっていた。しかし、理研ではこの設計を根本から刷新。高圧側・低圧側が独立して回転する『2軸式(ツインスプール)』を採用した。これにより、コンプレッサーのサージング(失速)を徹底的に排除し、圧縮比を一気にネ-20の4倍の『12倍』まで引き上げることに成功。燃費性能と推力を爆発的に向上させ、実用的な超音速飛行への扉をこじ開けた。


8月(1941/8)。初のジェット戦闘機初飛行。形状は史実の『震電』と酷似しているが、史実と異なり、推進式プロペラを後部に取り付けていない関係で、しっかりした脚が付いている。武装は機首に集合させた7.7ミリ機銃8挺。機首中央に赤色投光器を備え、光軸がとらえた先に弾を送り込むことで、直接照準を可能としている。


9月(1941/9)。トランジスターの軍事機密解除。


10月。理研大型ターボジェットエンジン完成。

同月、理研航空機のジェット高速実験機が音速突破。


11月(1941/11)。理研が開発したジェット戦闘機は陸軍名、一式戦闘機『屠龍』。海軍名、『雷電』として正式採用される。


12月(1941/12)。弾丸鉄道計画の中枢システムに、理研のトランジスタ式自動列車制御(のちのATCの原型)の採用が内定。標準軌による超高速運転の安全担保に目処が立つ。



昭和17年(1942/2)。理研、大型汎用計算機RIAC1を開発。1号機は国鉄の座席指定システムの基幹処理装置として採用された。


4月(1942/4)。理研電気、トランジスター式テレビ受像機の販売開始。


6月(1942/6)。富嶽をジェット化した『富嶽改』初飛行。


8月(1942/8)。理研ターボプロップエンジン完成。


12月(1942/12)。ターボプロップ対潜哨戒機『東海』初飛行。

翌年3月(1943/3)螺旋翼機(ヘリコプター)『旭』初飛行。



昭和17年後半(1942)。アジア各地で独立運動が起こる。日本政府は表向き不干渉を表明していたが、裏では宗主国側、独立勢力側、どちらの勢力に対しても武器や物資を融通していた。代金は『戦後』の権益である。



 昭和17年が暮れようとしていたある日の夜。参謀本部次長石原莞爾中将と陸軍大臣永田鉄山大将が三宅坂近くの料亭で酒を傾けていた。


「ドイツについてだが、このまま放っておいていいものか? モスクワに富嶽が進出した以上、いつでも潰せるだろう? その気になれば理由はいくらでも付く」

「永田さん、陸軍を解体したくないなら、ドイツはこのままにしておきましょうよ」

「どういう意味かね?」

「わが国は今のところ戦争特需で潤ってはいますが、いくら石油が湧いているからといっても、いずれ経済も頭打ちになる。そんな時、敵もいないのに莫大な軍事予算は組めんでしょう?」

「そういうことか」

「兵士たちにも、家庭があるわけですし、何より軍にぶら下がっている企業が困るでしょう? 早急な縮軍は火事の元です。生きぬように死なぬように悪役を飼っていればいいんですよ。

 永田さん。わたしはね、最終戦争が終われば世界は平和になると夢想してましたが、理化学研究所のおかげで富嶽と原爆という最終戦争で確実に勝つ手段まで得て、実際にアメリカを下して、ふと周りを見渡した時、現実世界はそれほど甘くはない。言い方を変えれば、現実世界は常に世話をしてやらなければ死んでしまう生き物であることに気づいたんですよ」

「いまや世界に冠たる大日本帝国も今の地位に黙って胡坐《あぐら》をかいているわけにはいかないということだね」

「平和や繁栄には、それ相応の費用が掛かる、ないしは費用をかけなければ続かないということですな。それとね、わたしはローマの滅亡は、カルタゴに塩を撒いた瞬間から始まったとみているんですよ」

「つまり、国家には明確な敵が必要ということか」

「虚像でも何でもいいから、外部に敵がいないと、国家は内部に敵を求めるようになって、中から腐っていく」

「君は歴史家でもあったようだな」

「ただ、そう思っただけですよ」

「そうでもないだろう。英、仏、蘭が持つアジアの植民地はどうかね?」

「アジアの植民地の連中は、目と鼻の先の大東亜共栄圏の繁栄をどこかからか(******)聞いて知っていますから、独立の機運は収まらんでしょう。収まりそうなら焚きつけてやるだけですし。これから何が起こるにせよ、スペイン内戦の時と同じで、利権が手に入る上、日本製品の大事なお得意様になってくれるのは変わりませんからな」

「君にはいつも感心させられるよ」

「そうでもないでしょう。ここまでわが国がやってこられたのは、永田さんの辣腕あってこそですから」

「なんだか、君に言われると面はゆいな」

「まあまあ。そのかわり、ここの払いは大臣にお任せしますよ」

「任せてもらって大丈夫だ。ところで石原君、最近タバコは止めたのかね? 参謀本部次長室の霞が晴れた、とかわたしのところにもうわさが届いているよ」

「医者に止められたくらいでは止めないんですが、女房に泣いて頼まれましてね」

「ほう。石原君にも弱みがあったわけだな」

「内緒ですよ」

「はははは」

「そういえば、永田さん。次の組閣の大命は永田さんに下るだろうって噂ですが、どうなんです?」

「そういう話もないわけでない。とでも言っておくか。もしもそんなことがあるようなら、石原君に陸相を頼むよ」

「よしてくださいよ。わたしはそろそろ隠居を考えてるんですから」

「それは国家が許さんよ。はははは」

「フフフフ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


昭和19年3月(1944/3)。史実より約20年早く、乗用車と軽乗用車を合わせて国内(本土のみ)100万台を突破。

同年NHKのテレビ受信契約数が100万件を突破。翌1945年3月末、NHKのラジオ受信料が廃止される。



昭和21年10月1日(1946/10)。東京〜下関間「弾丸鉄道」全線開通。RIAC1の後継機RIAC3による完全自動運行管理のもと、最高時速200キロメートル、東京〜大阪間を3時間半で結ぶ。

同年10月26日茨城県東海村で、動力試験炉が臨界に達する。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


昭和25年6月25日(1950/6)。ドイツのユダヤ人迫害から極東の地に逃れた少女の新しい発見や風物の紹介、そして少女の小さな悩みと幸せな日々をつづった『アンネの日記』副題『黄金の日々These Golden Happy Years』(注1)が大東亜共栄圏各国で同時出版される。数年後、ドイツ圏を除く欧米各国でも出版され『赤毛のアン』を超える世界的ベストセラーとなり、各国で映画化される。映画の中で、近代化が進む満州や美しい日本の風景などが紹介されて、1960年代、極東旅行がブームとなる。1974年。日本において理研食品の提供で『満州の少女、アンネ』としてアニメドラマ化され、その後各国で吹き替え版が放送された。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 2024年2月。

 ニューヨーク、マンハッタンの平和公園。この公園の中心部には85年前の1939年当時、世界で最も高いエンパイア・ステートビルが建っていた。公園の中央にはオレンジ色に見えないこともない赤御影石の碑が立てられており、碑文には『安らかに眠って下さい 過ちは繰り返させませぬから』と日本語で刻まれ、その下に『Erected under the auspices of the GEACTO』と英語で刻まれていた。



(完)



注1:『These Golden Happy Years』

45話でも書きましたが『These Happy Golden Years』(邦題:この楽しき日々/ローラの青春)は、ローラ・インガルス・ワイルダーによる自伝的児童文学『大草原の小さな家』シリーズの第8作目(1943年出版)です。15歳で教師となったローラが、結婚に至るまでの青春時代を描いた物語。大草原の小さな家のドラマ、面白かった!




最後までお読みいただきありがとうございます。フォロー、☆、応援、レビュー、ギフト等ありがとうございました。誤字脱字衍字その他もろもろのご指摘ありがとうございました。


歴史に真実を求めることなど無意味であり、必要なのはそこからいかに教訓を得るかではないでしょうか?

1890年アメリカのGNPが世界1位になり、同時にフロンティア消滅宣言がなされました。しかし、アメリカにとっての次のフロンティアは西海岸の先に広がる太平洋とさらにその先のアジアでした。そのアジアには大英帝国と有色人種であるものの列強の1国である日本が控えていました。第一次世界大戦により債務国から債権国に躍り出たアメリカは、一時的に債務国となったイギリスを日本から引き離すことに成功し、さらに、復興中のドイツにアメリカ資本を注入することでドイツ資本を操りナチスに政権を取らせ、さらにユダヤ人迫害という狂気により、ドイツをヒールに仕立てあげました。その結果ヨーロッパは再び戦火で荒廃し、イギリスは巨額の対米債務を抱え、立ち直ることなく大英帝国は解体されてしまいました。残ったのはアメリカとソ連。アメリカはソ連への債権(レンドリース代)を放棄する代わりソ連を新たなヒール役として仕立て上げました。そして神に屈しなかった者という意味の国名を持つイスラエルを地政学的天元ともいうべきあの地に建国させて永続する係争地を作り上げ、その傍ら、わざと隙を見せて朝鮮戦争を誘発したうえで大義名分のもと介入し第二次世界大戦での過剰武器の処分と肥大したアメリカ経済を軟着陸させました。ベトナム戦争もそのナラティブにすぎません。ソ連崩壊後、今度は中共を甘やかし、新たなヒール役に仕立てました。そして、その泥沼にヨーロッパ諸国がどっぷりつかったところで、デカップリングを始め、世界の支配者が誰なのかを世界に示しました。もちろんウクライナ戦争もこの流れの中の一コマにすぎません。この物語では、フロンティアを求めたアメリカの先に、山田幸太郎という特異点によって理化学研究所という『壁』が築かれた、まったく異なった世界線を描きました。


結びにかえて:

『歴史から学べないのが人間』という言葉がありますが『《《悪党》》だけは歴史から学んでいる』


100年前の商品を現代に持ち込んで科学的鑑定を行うと、

「現代の材料は使われていない。核実験の影響もない。かといって、100年分の経年劣化もない。理論上は『100年前の材料を使って、今この瞬間に、核実験の痕跡が一切ないクリーンルームで完璧に再現されたもの』としか説明がつかないが、そんなことは現実的に不可能だ……」。科学的には「偽物と呼ぶための根拠が欠けている、不気味なほど純粋な100年前の物体」という、極めて奇妙な結論になるようです。



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稀代の売国奴チャーチルの一代記

歴史物『チャーチル』https://ncode.syosetu.com/n2139mt/ 本作『技術立国日本』のスピンアウトになります。


戦いでは鬼神。学校では? 完全適合者の少女が贈る、近未来SFドラマ

SF『S:ザ・フルアダプター(完全適合者)』https://ncode.syosetu.com/n3162mx/ 10月20日より投稿始めました。毎日7:40投稿予定


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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます。 3人の掛け合いが楽しかったです。
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