第46話 会社設立2
よが付く牛丼屋で3人で牛丼を食べて、事務所に戻ってからインスタントコーヒーで一服して、午後からの仕事を始めた。
仕事内容はデパートで購入した商品の包装をきれいに剥がして、布手袋をして箱から中身を取り出し、それを応接セットのテーブルの上に箱と領収書と一緒に並べていろんな方向から写真を撮る。これの繰り返しだ。
商品の写真を撮り終わったら、パソコンで整理して、オークションハウスのホームページで商品を登録していく。
3人とも慣れているので作業は3時前には終わってしまった。
そして、古物商としての帳簿に、今日の日付、仕入れ先=日本橋三越、仕入れ先の業態=法人、仕入れ値、をパソコンに入力して、先ほどの現物と領収書の写った写真を付け加えておく。これで、警察が調査にきても対応できる。
「結構早く終わったな」
「仕事となると、力も入るし、詰めて作業しますからね」
「そうですね」
「今日はこれくらいでいいか。二人はもう帰っていいぞ。俺は次の金曜に運んでいく物品を注文しておくから」
「何を持っていくんですか?」
「特に足りないと言われているものはないんだけど、どうせ4月だから理研に新人が入ってくるだろ? だから関数電卓を100個くらい買って、プログラマブル電卓を20個ほどだな。あとはなにかなー? 念のためにチタンインゴットでも用意しておくか。日本の産業で不可欠になるようなものだし、いくらあってもいいものだから」
「じゃあ、わたしたちはこれで」
「失礼しまーす」
「明日は休みだからゆっくり休んでくれ」
「はーい」「はい」
来週の木曜日の午後に荷物が事務所に到着するよう手配して、俺も初日の仕事を終えた。今回注文した品物の合計金額は50万円程度だったので、理研側の買取価格は166円だ。166円と言ってしまうとけっこう安く感じてしまう。
「ふー」
さて。週が明けて月曜からの仕事だが、今日1000円使ってしまった関係で、向こうの資本金である2000円のうち残りは1000円しかなくなってしまった。次回166円収入があっても1166円だ。
あと一回、向こうで買い物したら、運転資金が底をついてしまう。これは想定外だった。週が明けたらは会議でもするか。まあ、毎日商品の仕入れをする必要はないので焦っても仕方がない。5円から10円くらいのブリキのおもちゃでもそれなりの値段で売れるわけだし。次はオモチャでいってみるか。
そして日曜を挟んで月曜日。今日は4月1日でエイプリルフールだが、会社を創業して数日のわが社には冗談を言っている余裕などないのだ。
午前7時半ごろ出勤してパソコンを開いたら、オークションハウスからメールが届いていていた。
商品の確認をして問題がないようなら、引き取りたいという話だったので、明日の午前中を指定しておいた。
「先輩、おはようございます!」「社長おはようございます」
「おはよう」
出社時間は指定していなかったが、7時50分ごろ堀口と鶴井が揃ってやってきた。二人は同居しているんだから揃ってくるのは当たり前か。
二人は上着を脱いでコート掛けにかけ、そのまま台所に行き、しばらくして、コーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「出勤時間を決めていなかったけれど、金曜日は理研に行く日だから午前7時50分。その他は適当でいい」
「そんなのでいいんですか?」
「別にそれで仕事が回らなくなるような職場じゃないし、社長が気にしないんだからそれでいいんじゃないか? そもそも、堀口は専務だし、鶴井は常務だし」
「それでも遅くても8時には来ますよ。近いんだから」
「好きにしてくれていいよ」
「そう言えば、名刺を作りませんか?」と堀口。
「そうだな。ここの住所と会社のメールアドレスだけでいいだろ? 固定電話回線引いてないし」
「そうですね。それで、社長はいいけどわたしたち本当に専務と常務でいいんですか?」
「そもそも合同会社なんだから、なんでもいいんだよ」
「そうなんだ」
「俺も受け売りだが、合同会社には代表と社員しかいないそうだ。世間的に社員というとただの社員だが、合同会社の社員は経営にも参加しているから業務執行社員というそうだ。広義には単なる出資者も社員と言うそうだが、それは株主のようなもので、会社経営には直接関係ない。つまり、業務執行社員じゃなんだかよく分からないから、世間で理解しやすいように専務とか、常務とか名乗るんだよ」
「それって、エイプリルフールネタじゃないですよね?」
「当たり前だろ!」
「堀口さん、社長にそんなこと言っちゃいけませんよ」
「鶴ちゃん、いつから先輩の味方になったの!?」
「最初からですよ」
「ええっ! わたしという者がありながら。ヨヨヨヨヨ」
「堀口。もういいから、さっさと名刺を注文しろ」
「へーい」
「それはそうと、明日の午前中オークションハウスから人が来るから。それで商品を確認して、問題がなければそのまま引き取ってくれるそうだ」
「「了解です」」
「あと、土曜日に仕入れに1000円使っただろ? あと、仕入れに使える向こうの金が1000円しかなくなったわけで、次の買い付けは、価格帯を下げてみないか? オモチャとかそんなに高くないだろ?」
「箱付きで、塗装が剥げてなく、ゼンマイもしっかりしていると、すごく高く売れるからお勧めですよ」とオモチャの第一人者の鶴井。なんだかすごい称号ではある。
「だろ? ちなみに鶴井はどれくらいで売れた?」
「一番高く売れたのは、300万円ほどでした」
「元値は?」
「確か10円だったような」
「ということは、向こうの1円がこっちの3000円とすると元値は3万円だから、100倍か。こりゃすごい!」
「鶴ちゃん、そんなに儲けてたの?」
「でへ」
「なんだか負けたような」
「別にいいだろ。相場ものだから同じような値段で売れるとは限らないけれど、それを4つ仕入れれば1000万円だ。月間の目標利益達成だぞ」
「そう考えると、仕事が少なすぎじゃありませんか? 1カ月の仕事、数日で終わりますよ」
「その方がいいだろ?」
「それはそうですけど」
「そういえば、忘れてたけど向こうの今日、1929年4月1日は上野松坂屋が新装開店だったから、行ってみないか?」
「そうですね。今から出ればちょうどいい時間でしょう」
「服は大丈夫か?」
「わたしの服も鶴ちゃんの服もそれほど派手じゃないし、スカートも短くないから大丈夫と思います」
「じゃあ、今日は風呂敷を持っていくか」
「そうですね」
各自が社用風呂敷をカバンに入れ、上着を着てから事務所を出た。
公園から穴を通って埼玉高等学校前に出たところ曇っていた。カバンの中には折りたたみ傘が入っているので、そのまま浦和駅まで歩いて行き、ちょうどやって来た上野行の汽車に乗って上野まで行った。
電車を降りて、山手線のホームに移動して東京方面行の汽車に乗り込み隣の御徒町駅で下車した。駅から道に出たら、上野松坂屋まで人がびっしりだった。江戸の人は物見高いを地で行っている。
「ちょっとこの人ごみの中、入っていく気はしないぞ」
「ですね」「止めときませんか?」
「そうだな。いくら仕事とはいえ、遠慮しよう。そこらで円タクを拾って日本橋に行こう」
「ですね」
この日、この上野松坂屋で日本で初めてのエレベーターガールが登場したという話でちょっとだけ興味があったが、エレベーターガールが逃げるわけではないので、またの機会でいいだろう。
タクシーを拾って日本橋に向かっていたら雨がぽつりぽつりと降り始めた。大雨になってしまうと、箱が濡れて商品価値が下がってしまうので、仕入れを断念するしかないが、これくらいなら大丈夫だろう。そういうことで、勝手知ったる日本橋三越の中に入っていった。行先は3階の玩具売り場だ。
二匹のライオンの間を抜けて建物の中に入っていき、エスカレーターで2階に上がってそこから階段を探して3階に上がった。
本屋を素通りして、目当ての玩具売り場に直行し、5円から10円の玩具を適当に選んで200円分購入した。
とりあえず全部包装してもらったが、領収書は1枚で済ませた。そのうえで風呂敷を2枚重ねて包み、入りきらなかった小物をもう一枚の風呂敷に包んでおいた。
「今度はビニール風呂敷を持ってきて雨の時は内側に使えばいいな」
「そうですね」
三越から通りに出たら、ちょうど雨がやんでいた。それでも用心のため円タクを拾って上野まで移動し、上野から汽車に乗った。
浦和駅に着いたらまた雨が降っていたので、円タクを拾って浦和高等学校前まで乗り付け、小雨の中穴を抜けたら、晴れていた。
事務所に帰って、風呂敷をほどき、中身を確かめたところ、どれも濡れていなかった。ラッキーだった。
「防水の風呂敷があればいいですよね?」
と堀口が言うので、俺はビニール風呂敷を内側にすればいいと思っていたが、ちゃんとした防水風呂敷があればそれに越したことはない。
「いいのがあったら3枚ほど購入してくれ」
「了解」
堀口が「注文終わりました!」と言ったので時計を見たら昼だった。
「昼食に行こうか。何食べる?」
「今日は、トンカツが食べたいような」
「トンカツかー。駅の近くでどこかで見たような。とにかく行ってみるか」
はっきりした当てがあるわけではなかったが、駅の近くで飲食店が並んでいる通りに入ってしばらく歩いていったらトンカツ屋があった。そこに入って、3人とも昼のサービスメニューのトンカツランチを食べた。昼にしてはちょっと重たかったが、昼からの仕事はオークションの準備だけなので楽なものだ。まだ1カ月の収益が分からないが、仕事自体は前の職場より圧倒的に楽だ。何より俺の場合、通勤時間が10秒というところが有意義だ。朝など、出勤前に時間が有り余るもの。
食事を終えて事務所に戻り、鶴井が入れてくれたコーヒーを飲んで一息ついてから、作業を始めた。
「さっそくだけど、商品の写真を撮っていこう」
「はい」
ちゃっちゃと仕事を済ませていったものの、この日は作業を始めた時間が遅かったので、オークションの手続きまで全部終わったのは4時を過ぎていた。作業が終わったところでそのまま解散した。いい職場だ。普通の会社の社長なら、会合など対外的な仕事が夕方からも目白押しなのだろうが、わが社は対外的な折衝ごとは皆無なので楽なものだ。
翌日(2030/4/3)、指定の時間にオークションハウスから担当者がやって来た。「今後も依頼することが多いと思うのでよろしくお願いします」と挨拶しておいた。
昨日、オモチャをオークションに登録したと伝えたらそっちも確認してくれることになった。
その結果、
「素晴らしい品物ばかりです。それに箱が全く傷んでいない。模造品かというと、そうでもない。不思議です。なんであれ引き取らせていただきます。オークションの日程は明日にでもお知らせできると思います。午後二時ごろ業者が品物を受け取りに伺いますので、よろしくお願いします」と言って担当者は帰っていった。
「さーて、いくらくらいになるかな?」
「けっこうな儲けになると思うけど、オークションが来月になれば、今月資金的に苦しいですね」
「そうだな。資本金をもう一桁多くしとけばよかったな。今月、足が出るようなら俺からの借り入れにしておくか」
「お願いします。ところで、今後、会計処理的なものがあったほうがいいですよね?」
「あったほうがいいだろうな。古物商の帳簿は比較的楽だけど、これは計算が入るから、ちょっと面倒かもしれないが、堀口できるか?」
「わたしですか?」
「うん。なーに、いついくらで何を買ったか、いついくらで何が売れたのか。のメモを表計算ソフトに入れて管理するだけだ。うちは消費税無関係だから、そこまで難しいわけじゃないと思う」
「ちょっとやってみます」
「必要なら会計ソフトを買ってくれ。何にせよ、伝票入れがあったほうがいいだろうな。未処理の伝票と処理した伝票は区別したほうがいいだろうし」
「ですね。そのあたりは適当にやります」
「初年度は、行き当たりばったりで十分だ。こっちは素人なんだから」
「ですね」
「ただ、銀行の残高だけは知っていないと大変だからな。向こうの金の残高は見ればわかるから大丈夫だけど」
「さすがにそれくらいは、分かる。かな?」
「大体はカードで買っているから、明細が届くのが遅れるから、そのあたりの注意は必要だ。とはいえ、理研関係の出費がメインだから、俺も気を付けるけどな」
「社長がちゃんとしてくれていれば、大丈夫でしょう。いずれにせよカードの引き落としは明細の後ですから」
「そうだったな」




