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残酷な描写が入ります
(あっぶなぁ~!!!!)
咄嗟に頭を抱えて丸まったルミナスだったが、振り下ろされた武器は彼女が咄嗟に革袋から取り出したテーブルによって防がれた。
このテーブルは革袋を手に入れたルミナスが初めて収納したあのテーブルだ。
重厚な一本木で作られたテーブルは頑丈で、何かあった時の盾として使えるかもと考えたルミナスは新しく使い易いテーブルを作るからと言う名目でこのテーブルを処分した振りをして革袋の中に収納していた。
実際にこうしてしっかりと盾としての役割を果たしてくれてルミナスはホッと胸を撫でおろす。
テーブルの脚の間から周囲を窺うと肉ではなくテーブルに当たった感触に村人達は戸惑っている様子だが、儀式を止める事は出来ないのか仮面を外す事も無く太鼓の音に合わせて一歩横にズレては武器を再び振り下ろし、その凶刃は二人の体に届く事無くテーブルに防がれている。
二人がいる岩よりもテーブルが大きいため、岩全体を覆い隠す丁度良い状態になり村人達が槍や剣の角度を変えて攻撃してきても二人にそれが当たる事は無い。
机の脚の間から村長達の様子を窺うと二人は仮面を付けておらず、ルミナス達の様子を見て凄まじい形相を浮かべているのが良く見える。
その状態でも途切れる事無くあの意味不明な言語を唱えるのを止めないのは流石と言うべきか。
太鼓の音が止み、二人の周囲を囲んでいた村人達が武器を下げて離れて行く。
見えていないのを感じさせな足取りに周囲を良く見ると腰ほどの高さに縄が張られており、それを道標に手繰っている事が窺えた。
村人達は村長達の後ろに並び、地面に頭を垂れて這いつくばる。
テーブルを収納したルミナスはジョンの肩を掴み、強く揺らす。
「ジョン、起きなさいジョン!」
「ん……うぅ……」
「このままだと死ぬわよ!」
「……んー」
「チッ」
目を覚まさないジョンに痺れを切らしたルミナスは全力で彼の頬に往復で平手打ちを炸裂させた。
三往復目で「やめっ」と声が聞こえた気がしたが空耳な気もするのでもう一往復程平手打ちをしてからルミナスは手を止める。
「目は覚めた?」
「……うん、バッチリ」
両頬を赤く腫れさせたジョンがクラクラとする頭を振ってハッキリさせ、周囲の様子に目を見張った。
自分達が非常に不味い状況にある事を理解したようだ。
兎に角にも逃げなければと声を掛けようとしたルミナスは背後から言い知れぬ嫌な気配と凄まじい悪寒を感じ、思わず振り返った。
振り返った先にはだだっ広い真っ黒な空間があり、篝火の明るさを頼りに目を凝らしてその空間が水場である事をルミナスは認識した。
恐らくこれがジョンが言っていた『存在しない湖』であろう。
陽が落ちているせいでその水面は黒く、不気味な存在感を放っている。
徐々に早くなる鼓動に比例して乾いていく口、緊張を飲み込む様にごきゅりと唾を嚥下する。
じっと見つめていた水面が揺れ、ぴちょんと水が落ちる音が聞こえた瞬間、咄嗟にルミナスは革袋からテーブルと注連縄を取り出していた。
「うわ!え!何だ?!」
「っ!!」
ルミナスとジョンの体の下にあった岩が消え、代わりに裏表を逆にして足を上にした状態のテーブルが現れる。
その足を柱にルミナスが綯った注連縄が幾重にもグルグルと巻かれているのだが、革袋の事を知らないジョンからすれば突如自分達の周りに柵が現れた様にしか見えず、困惑するのも当然だ。
「落ち着いて、周りを見て」
「いや、周りを見ているからこその驚きなんだけど?!何この縄?!」
「気付いてないの?注連縄の外よ!」
「外?うえっ?!」
ルミナスが見ているモノに気付いたジョンが驚きで飛び上がり彼女の背に捕まる。
「な、なんだよアレ?!」
「私が知る訳ないでしょ?!」
二人の視線の先には注連縄の先でウニョウニョと蠢いている不気味な存在があった。
暗くて良く見えないがソレは凡そ人とはかけ離れた造形をしており、その輪郭はミミズの塊の様に蠢いて見える。
ソレは湖の中から時折二人へとその輪郭の一部を触手の様に伸ばしているが、二人の手前でまるでそこに壁があるかの様にビタリと止まり、大元へと戻っていくのを繰り返している。
徐々に大きくなっていくソレの輪郭から此方へと近付いて来ているのを察した二人はどうしようかと目を合わせた。
「この注連縄は他に無い?体に巻いたらアレに捕まらずに逃げられるんじゃ?」
「残念ながらこの巻いてある分しかないわね。それにあれから逃げるにしてもあそこにいる村の人達からはどうやって逃げるのよ」
「逆に村の人達の方へと逃げればあいつらを巻き込んでくれんじゃないかな?」
「それ採用」
死なば諸共で突っ込んでやろうと決まり、注連縄に手を掛けたジョンだったが嫌な気配に咄嗟に手を引くと直前までジョンの手があった位置にあの輪郭の一部が居た。
手を引かなければ捕まっていた事に気付きジョンはゾッと顔を青くさせる。
篝火に照らされ、ヌラヌラと光るソレは見えない壁にぶつかった事に気付いたのかゆっくりと本体へと戻っていく。
どうやらアレは二人を逃がす気は無いようだ。
「く、この岩の上に居るのが駄目なのか?村の人達じゃなく僕達を狙う理由はなんだ?」
「一番近いから、とかかしら?最悪ね」
「何とかあっちに注意を、痛っ」
アレに集中していたルミナスはジョンの声に視線を彼の方へと向けると左腕を押さえており、白い儀式用の服に血が滲んでいるのが見えた。
どうやら儀式での攻撃をテーブルで防ぎきれなかったようだ。
よくよく見ると深く切れているのか腕の布が広範囲に渡って赤くなっている。
(このままだと危ないわね)
そう判断したルミナスは革袋から包帯と止血剤を取り出した。
「手当するから腕見せなさいよ」
「ありがたいけど、それはどこから取り出したんだい?」
「後で説明するわ……ぐっ、この服固いわね」
切れている腕の服を破って傷口を見ようとしたルミナスだったが、儀式用に織られた布が思っていたよりも頑丈で破れず、苦戦する。
面倒になったルミナスは革袋に収納する要領でジョンの服を引っぺがした。
「うわあぁぁぁ?!」
「五月蠅いわね、下着は着ているんだからいいでしょ。ほら、止血するからその間アレを見ていてちょうだい」
自分の横にジョンから引っぺがした服を置き、手早く薬を塗って包帯を巻ていく。
使い終わった道具をしまい、顔を上げたルミナスはジョンが先程までとは違って真剣な顔をしている事に気が付いた。
「え、何?」
「ちょっと試したい事があるからそっちの端に寄って貰えないかな?」
「……こう?」
「そのまま縄の外を見て」
「?」
ジョンに言われた通りに注連縄の外を見ると、あのうねうねとした触手達が何故かルミナスのいる近くに集中している。
「ひえっ!」
「なるほど」
「何が?!」
「多分なんだけど、アレはその儀式用の服に寄っているんだと思う。僕の服を近くに置いて尚且つ服を着ている君の元に集まっている様に見える」
「え、最悪」
ジョンの言葉に咄嗟に傍に置いていた彼の服を縄の外へ投げ捨てると一瞬で触手に捕まり、あの固い布が細々に引きちぎられる。
その様子にもし中身が合ったらと想像してルミナスはゾッとした。
直ぐに自分も脱ごうとしたルミナスはふと注連縄の異変に気付く。
新しい藁で綯った綺麗な縄の筈なのに、所々が黒くなっている様に見える。
ジッと目を凝らすと、触手が見えない壁に弾かれる度に少しずつ黒い箇所が増えて行く。
(ヤバイヤバイヤバイ!!!)
完全に侵食してきている。
ルミナスは慌てて革袋の力を使って着せられていた儀式用の服から自分の服に着替えて脱いだ物を注連縄の外へと投げ捨てた。
縄の外に出た服は先程と寸分違わず千々に引き裂かれる。
「どう?!」
期待と不安で高鳴る鼓動を抑えながら触手の動向を見守ると、明確にこちらに干渉しようとしていた先程と違って大元の本体の近くでウネウネと空を掻く動きに落ち着いた。
だが、依然として本体が湖の中から岸へと向かって来ているのは変わらない。
「ここからどうする?ジョン」
「うーん、何か気を逸らせる事が出来ないかな」
「……ジョンって投的に自身ある人?」
「え、どうだろう……多分、ある程度は狙えると思うけど」
「これをあそこのブツブツ言ってる村長達の近くに投げれる?」
そう言いながらルミナスが取り出したのはあの地下牢からかっぱらった槍だ。
それを微妙な表情で受け取ったジョンはアレの様子を窺いながらソロソロと投的の為に立ち上がる。
注連縄の高さより立ち上がってもこちらへ襲い掛かって来ない事を確認したジョンは村長達と村人の間に狙いを付けて思い切り槍を投げた。
「「あ」」
「ぎゃあ!!?」
「なんじゃあ?!」
狙いから逸れた槍が村長の直ぐ傍に突き刺さり、それに驚いた村長が叫び声を上げた。
村長の声に長老も驚き、それまでルミナス達がわちゃわちゃしている間もずっと絶える事無く唱え続けていた謎の言語が止まる。
それと同時にアレの動きがピタリと止まった。
「い、いかん……!********!*****!」
長老が慌てて唱えるのを再開させるが、まだ岸に遠い位置に居た筈のアレは瞬きの間に長老達の前に現れた。
雲の切れ間から月光が差し、篝火の灯りと共にソレの姿をハッキリと照らし出す。
「キッ」
ショと続きそうになる言葉をルミナスは咄嗟に口を押えて我慢する。
大樹の幹を思わせる節くれだった体躯はその表面が泡立ち爛れた雲の様な肉塊、巨大な蹄の付いた山羊の様な足、太いロープを何本も束ねた様な触腕と粘液を垂らす巨大な口をいくつも携えた黒々とした化け物。
「あんなのを神だと言っているのか……」
蒼褪めたジョンの言葉にルミナスも完全に同意だ。
(明らかに係わってはいけない部類の存在だと誰にでも分かる異形の姿をしているアレと仲良くなったとか言う旅人は一体何者なのよ……)
謎は深まるばかりである。
目の前にいる異形の存在に蒼褪め、脂汗を流しながら必死で謎の言語を唱えている村長達の前でうにょうにょと触手を蠢かしていたソレは触手の一本を動かし。
「ごぺっ!」
鞭の様に縦に一閃振るったかと思うと村長の体が左右に分かれていた。
噴き出したが直ぐ隣にいた長老の半身を真っ赤に染める。
何が起きたのか分からないと言った顔で地面に割れた村長の半身を触手が掴み上げ、そのまま自身の口へと運んでその頭を噛み砕く。
一つの口で一口噛んだら他の口へと運び、むしゃむしゃと体全体を蠢動させながら咀嚼するソレに長老が腰を抜かしながら後退する。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!ニ、ニグラス様!シュブ=ニグラス様!いけ、生贄はあちらです!儂らは貴女様の敬虔な信者で……!」
そう言いながらルミナス達を指さす長老だったが、その腕が忽然と消えた。
「あえ?」
村長の体を掴んでいるのとは別の触手が叩き切った長老の腕を持っている。
肘から先を失った左腕を不思議そうな顔で見つめた長老は、暫く何が起きたのかを理解出来ていなかったが、遅れてやってきた激痛と噴き出す血に何が起こったのかを分かった。
「か、返してくれ……!儂の、儂の腕ぇ……!」
触手はプラプラと長老の前で彼の腕を吊り下げる。
ホッとしながら手を伸ばした長老を嘲笑うかの様にソレは目の前でボリボリと腕を噛み砕いて飲み込んだ。
「あ、あああああああ!!!腕!儂の腕がっ!!!!」
ソレに掴みかかろうとした長老の右腕を触手が叩き切る。
そのまま他の触手が彼の右足、左足と鞭の様に振るわれていく。
身体の端からミンチ肉の様にされていく長老が凄まじい叫びをあげ、噴き出した血と触手に細切れにされて宙を舞う肉片が近くで地に伏していた村人達に頭上から飛び散る。
遂に恐怖に耐え切れなくなった村人の一人が仮面を外し、長老をミンチに変えているシュブ=ニグラスと呼ばれた化け物の姿に悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!化け物!!」
そのまま後退し、逃げ出した村人が自分達の居た場所の注連縄を踏み越えた途端、長老をミンチに変えている触手とは別の触腕によって巻き取られて本体の元へと運ばれる。
「い、嫌だぁ!放してくれ!」
捕まれながらもジタバタと藻掻く村人を何か確かめるかの様に数度左右に振るった化け物は村人を空高くへと放り投げた。
存在などするはずの無い捕まる場所を求めてジタバタと空で藻掻いた村人はそのまま重力に引かれて地面へと叩き付けられる。
アバラや背骨が折れ、苦痛の声を上げる村人を拾い上げた化け物は彼を再び空へと放り投げては地面に叩きつけ、投げては地面に叩きつけてを繰り返す。
体中の穴から血を噴き出し、全身の骨が粉々に砕けて軟体生物の様にグニャグニャになって絶命した村人の足首を掴みあげた化け物はそれを自身の前に掲げ、ゲラゲラと笑った。
若い女の声、男の声、老婆のしゃがれた声、皺がれた老人の声、甲高い子供の声、全ての口が開き、様々な声色で愉快そうにあがる笑い声に言い知れぬ恐怖と不安が掻き立てられる。
カチカチと顎が震えて歯が音を立てる、浅くなる呼吸と共に狭まっていく視界にこれは不味いとルミナスの頭の中で警鐘が鳴り響いた。
読み終えたあなた、1D10でSAN値チェックです




