▽第1話 魔王と勇者
終末の世界から来た魔王は、勇者として魔王及び魔物の討伐の依頼を受託。
ルゼン王が統治するルセーレ王国から支援を受けて討伐任務に出る。
「小規模だな」
「そりゃあ魔王の討伐と言っても今は平和だからな、勇者殿」
「我々は支援に回る。勇者殿には観光ついでに単独で討伐をやってもらいたい」
優美な装飾が施された軍服の勇者の問いに対して、全身フルプレートアーマーの騎士たちは答える。
勇者を支援するための騎士団の規模は少ない。
その規模はたったの十人程度。しかも討伐任務は全て勇者がやる前提。
「目標の脅威度は極めて低い訳か」
「そんなところだ。勇者殿、やれるな?」
「当然だ」
「よろしい、ならば出発するぞ」
淡泊に返答をして、彼らは壁に覆われた城壁都市──ルセーレ王国の王都ルクセフォンから出発する。
そこから始まるのは、ほのぼのとした任務。
「確かに平和だな、ここは……」
人の悪意に満ちた戦場の風景はない。のどかな自然の風景が広がり、生き生きと動き回る動物たちの様子が目に映る。
揺れる馬車の中から見える光景は平和そのもの。
これから転々とする村々も同様に平和だった。村人の温かい歓迎もあり、騎士が言ったように観光レベルの任務であった。
※
「この村にはいませんでしたな」
「次に行きましょう、勇者殿」
魔物も魔王もいない。
敵を探して次の村へ、次へ次へと行く。
そんなある村の時、村の集会で挨拶をした後、魔物討伐のために村を見回っていた勇者は二人の子供らしき姿を見た。
「こんなところに?」
勇者は近付く。
視界に入るのは村の集会で見かけた子供、もう一人は子供と同じ大きさで緑色の肌のゴブリンであった。
「魔物」
「あ……勇者様! ち、違うんです、これは!」
「ワ、ワァ!」
村の子供とゴブリンが声に出して勇者に気付く。
まるで見られてはいけないといった様子。
そこから分かるのはゴブリンと遊んでいたということ。つまり村の子供は王が直接討伐依頼を出した敵対勢力と遊んでいた。
「いや、気にしないでくれ」
しかし子供と一緒にいる魔物を殺さなかった。
勇者はゴブリンのマスコット的な可愛い容姿、村の子供と無邪気に遊ぶ様子に危険性を感じなかった。
「あの……ありがとうございます、勇者様! この子を殺さないでくれて!」
村の子供のお礼に勇者は笑顔で返す。
害もなく、平和であれば殺す必要はない。このまま見逃がして立ち去ろうとした時、勇者はふと思った。
「なぁ、この子は魔物なんだろう?」
「はい! ゴブリンです!」
「そうか。じゃあ、ゴブリンなら魔王の居場所を知っているか?」
魔物なら魔王の居場所が分かるかもしれない。
単刀直入にゴブリンに聞けば「ウンウン」と首を縦に振った。
「当たりか」
それだけでなく、村の子供が「僕も知ってるよ!」と言い放った。
ゴブリンも子供も魔王の居場所を知っていた。
「案内してくれるか?」
「いいよ! いいけど、殺さないでね?」
「……殺すかは実際に会って判断する」
「だ、ダメだから! いい人だから殺しちゃ絶対にダメ!」
「コロス、ダメ!」
居場所を知っているだけじゃない。魔王を慕ってさえいる。
勇者は思う。
魔王でさえも危険性はないのでは、と。
「分かった、いい人らしいから殺さない。約束しよう」
「うん、約束だからね?」
「ヤクソク!」
「あぁ」
善人を演じて騙しているだけかもしれない。もしくは本当に善人かもしれない。
会うまでは分からないながらも、勇者は約束を交わす。
「じゃあこっち、案内してあげる」
村の子供とゴブリンは勇者を案内する。
行く先は村から離れ、森を抜けた先にある捨てられた古い城。
「ここに魔王が……」
「そう、ここだよ!」
「ココ、ココ、イル」
廃城と言って良い場所の前に来た。
人が住んでいる気配はないほどに城壁の外観は荒れている。
「君、侵入方法は?」
「うーん、お城に入れてもらったことはあるけど侵入なんて……」
「その時の状況は?」
「状況? このお城の前で偶然出会って、飛ぶ魔法で入れてもらったけど」
「なるほど」
勇者は城を囲む城壁を見上げる。
穏便に行くなら村の子供と同様に魔王に城へ入れてもらうのが得策。
しかし会うのを待っていては王国の騎士たちにここを発見される可能性がある。そうなれば自分の判断で物事を決められなくなる。
だから方法は一つ。
「強行突破するか」
有言実行。
体内生成される魔法の源──マナから放つ波動が勇者の身を包む。
「城の奧に強い魔法の波動。それ以外は微弱で無防備」
勇者は魔王らしきものを感知。
すぐさま体内のマナを制御、マナを消費して身体を強化する。
「勇者様、なにをする気なの?」
「ただ会って話をするだけだ。安心しろ」
村の子供の不安な問いに答えた後、勇者は大きく跳躍。
ドンッと地面を揺らすほどの衝撃。蹴飛ばした地面を抉り、勇者はあっという間に30mほどの高さがある城壁を越えた。
「あれか、城の入り口」
城壁の上に立ち、入り口に目を凝らす。
完全に荒れた廃城かと思いきや、入り口の大扉の木材は綺麗だった。しかも薄っすらと透明な魔法防壁まで展開されている。
それが意味するところは、廃城は魔王城になっているということ。
「最短で突破する」
勇者は、元世界で魔王と呼ばれた彼は魔法を使う。
それは記憶、想像と創造、思考で制御する思考型魔法。
体内のマナを消費しつつ〝想像した武器を現実化する〟という脳内に書き起こした現象を魔法で発生させる。
「武装現出、精度よし」
武装現出という名の思考型魔法で現実化させたのは長さ5mのドリル回転式ブースター付きランス。
ドリル状の回転機構が稼働し、各部ブースターから炎を吐く。
「ブースター、オーバーブースト」
勇者はそんな機械化されたランスを片手で軽々と持ち、矛先を城の大扉に向けた。
「突撃!」
各部ブースター最大出力。一気に加速して轟音を響かせ、亜音速で大扉に突撃。
身体強化がなければ死ぬほどの超加速で魔法防壁を一気に突破。
すぐさま目の前に大扉が迫る。
激突。轟音。大扉が破壊されて崩れる。
「魔王、そこだな?」
玉座に座る魔王の前に、勇者がやって来た。
舞っている粉塵をランスの一振りで晴らし、魔王に姿を見せる。
「よ、よく来たね、勇者君! お、お城の外でなんか話しているの、コ、コッソリ聞いてたよぉ!?」
魔法防壁も城の大扉も全て一瞬で破壊した圧倒的な破壊力。
角のない魔王──金髪で褐色肌、露出が多めでギャルっぽい少女はあまりに規格外な勇者を前にしてビビった。
「お前が魔王だな? 話をしよう」
「アタシは確かに魔王だけど、話? こ、殺しに来たんじゃなくて?」
「殺し合いの方が良かったか?」
「ちょちょっ! 待って、話し合いの方でいいから!」
見た目では到底魔王には見えない少女の待ってのポーズ。
するとスライム、ゴブリン、キノコ、無害で可愛い見た目をした魔物たちが魔王を守ろうと玉座に集まってきた。
「よし、なら単刀直入に聞く。お前の目的はなんだ?」
「目的? 魔物を悪い子にしないようにして、平和に暮らすことだけど」
「……なるほど」
目の前の魔王は、村の子供が言う通りの人物。
まさに平和を望んでいる善人。噓を付いている様子はなく、雰囲気と見た目からして魔王と呼ぶには疑問が浮かぶ。
「しかし国は魔物と魔王と認識している。俺がこの世界に召喚されたのだって魔王と魔物の討伐依頼のためだ」
そこで勇者はこの世界に召喚された理由を語る。
「みんなが敵と思っているのは初代魔王がやらかしたから! 次の魔王とアタシはなにも悪いことしてないんだからね?」
逆に魔王は自らの事情を語る。
「そういうことだったのか……」
勇者は理解する。
王国が魔王と魔物の討伐を依頼してくるのは初代魔王の影響。
二代目と目の前の魔王はひっそりと暮らし、魔物と共に平和に過ごしているだけだった。
「納得してくれた?」
「あぁ、納得した」
「良かったぁ! 話が通じる人で!」
魔王に敵対心はない。
勇者は手持ちの武器を分解、武装解除した。
「では討伐依頼を破棄。魔王と魔物の脅威が既にないことを依頼主に伝えないとな」
「へ……?」
「魔王、お前には王城に同行してもらう」
「えぇ!?」
魔王に、勇者が近付く。
「これについては問答無用だ」
「ま、待って! 今行ったら、アタシがまずいってぇ!」
「なにも悪いことをしていない人間に危害は加えさせない。俺がお前を全力で守る」
勇者は魔王に手を差し伸べる。
その目に宿る意志は強く、守る決意を魔王に向ける。
「……じゃあ」
魔王はそんな勇者の手を握った。
異性の手。少年と青年の境目にある容姿端麗な勇者の姿。
ふと勇者を異性として意識した魔王の顔は熱くなる。年頃の娘相応の意識が表に出てくる。
「あ、あの、よろしくね?」
「あぁ」
対して勇者は特に意識せず魔王の手を握り返す。
「まずは村に転移する。行くぞ」
「え、いきなり!? まだ心の準備が整ってないんだけど!」
「問答無用だ」
「うぇぇぇぇ!?」
思考型魔法で転移を選択。
記憶を辿り、村の地点を思い出す。
明確な村の光景。ここまでの経路。記憶から全て引き出して転移が始まる。
次に二人の視界に映るのは魔王城から村の光景。ほんの一瞬で村への転移が完了した。
「あっ、勇者様! おかえりで──」
転移先に偶然居合わせた村人。勇者に声を掛けるが、魔王の顔を見た途端に言葉が止まった。
そして「ルーシー様!」と喜びの声を張り上げる。すると一人の一声に呼応して、村人が続々と集まってきた。
「え、本当にルーシー様!」
「まさか生きてらっしゃったのですね!? 魔王に殺されたものと思っていましたよ!」
ルーシー様と呼ばれた魔王は「やっべ……!」と小さく声を漏らし、集まってきた村人から逃れるように勇者の背後へ隠れた。
「これはどういうことだ? 説明を求む」
「えへへ、えへ……アタシ、実は勇者なの。だから魔王の今はみんなに会うのがすっごく気まずってぇ、バレたら殺されるかもしれなくってぇ」
勇者の当然の疑問に魔王は、ルーシーは、ひそひそと声を小さく答える。
彼女はまさかの勇者だった。
そこに「勇者殿、なにごとだ?」と騎士たちも集まってくる。
「お、おい! ルーシー殿だ!」
「ホントだ!」
「勇者殿、さすがだ! 行方不明の勇者ルーシーを連れてくるなんて!」
ルーシーを見るや、騎士たちはたちどころに称賛。村人たちは歓喜を続けた。
当のルーシーは勇者の後ろで震えている。
「勇者くぅん! マジ、守ってよ!」
「当然だ」
魔王と勇者、勇者と魔王の出会いはこんな形で始まる。




