第54話 崩壊する洋館
「いけない、早く!」
ビームが放たれる直前に“カタブツ”がさけび、メカ畳の付近にいたふたりのそばへ行き、“玉袋デカ男”の誇張しすぎた特注ふんわりズボンをかける。
この世にあるまじき熱量であった。
特注ふんわりズボンはこんなにも誇張されすぎているというのに、熱を遮断しきれず、蒸し器のなかに閉じこめられたような心地である。
“カタブツ”は、“ゲス野郎”と“お嬢さま”に覆いかぶさり、状況がおさまることをただ祈った。
しずかになったころ、そっとそとをうかがう。
そこでは――デス畳が、まさに溶けてゆく最中であった。
「口惜しい、口惜しい……ズカズカと押し入って安寧なる眠りをさまたげ、生まれた尊き命を、身勝手にうばう。それがキサマら人類だ……。だが忘れるな。われらは、何度でも生まれ、あらゆるものに姿を変える……」
もはやミニ畳ほどのサイズとなってもなお、ぞっとするような、呪いのことばを吐く。
デス畳に吹き飛ばされ、バイクから飛び降りたときに強打した左腕をおさえながら、“カタブツ”はデス畳に語りかけた。
「キミの……しずかな眠りをさまたげたこと、すまなかった……」
デス畳はその言葉を聞いたのち、しばし沈黙した。
それから口をひらくが、
「口惜しい、口惜しい……」
とだけつぶやいて、やがてあとかたもなく溶けてゆく――
「終わりましたのね……」
“お嬢さま”が、ようやっと這い出て、言った。
“ゲス野郎”はたえがたい激痛から、すでに失神してしまっていた。
「メカ畳さま……」
ふたりが目を向けると、メカ畳もまた、至近距離からの究極秘技によってみずからも熱線を浴び、下半分が消失していた。
もはや、半分の一畳ほどの面積しかのこっていない。
「ありがとう、ありがとうございます……。あなたやミニさま、そしてダミ畳さまにも、なんとお礼を申していいか……」
『いいのデス。ワタシの存在理由を……そしてマスターの目的を、やっとはたせました……。30年、ふりかえってみれば、長かった……』
「存在理由……」
「いかん、そろそろ崩れるぞ!」
“カタブツ”が見あげると、メカ畳やデス畳の魔技にて損傷した壁や天井のコンクリートなどが、大きなかたまりとなって落下してきていた。
メカ畳は脱出をうながす。
『行ってください……。ワタシはこのまま、この館とともに眠ります。あのマシンも、あと一度ならエネルギーがもつはずデス。それを先ほどのバイクに……』
“カタブツ”はうなずくと、ミサイルとなったバイクの破片をかき集め、落ちていた『誇張しすぎマッシーン』を拾って使用する。
中型バイクはみるみる復元していくが、中途半端なところでライトが切れてしまった。
「む、エネルギー切れか……」
「それでもふたりなら、のせられるでしょう。まずは“ゲス野郎”さまを……」
ふらつきながら“お嬢さま”が立ちあがり、担架に車輪がついたようなかたちで誇張されすぎたバイクに、ごく軽微な応急処置だけした“ゲス野郎”をゆっくりとのせる。
「ふたり……? しかし、生きのこったのは4人いるんじゃ……」
「あとで申しますわ。まずは“わけ知り顔”さまの無事を、たしかめましょう……」
“わけ知り顔”ははなれた場所にいたため、レーザーについては大した影響を受けていないようだった。
だがすでに体力はないに等しく、上にのっている――自身をかばってくれた“太鼓持ち”の下から這い出すこともできなかった。
“カタブツ”が手を貸し、引きずり出す。
「“わけ知り顔”……無事でいてくれて、よかった……」
「はは、これを『無事』といえるなら、ですけど……。それでも、みんなにくらべたら、贅沢はいえませんね。“太鼓持ち”氏、なぜ、私なんかを……」
「きっと、とっさだったんだろう。“太鼓持ち”、すまない。本当はとむらってやりたいが、時間がない……キミの勇姿、ぼくは、ぼくたちは、決して忘れない」
みなで、合掌をして“太鼓持ち”のことを悼む。
“わけ知り顔”はボロボロと泣いていた。
そこでまた、建物がゆれる。
彼らのすぐ近くに、人など容易に押しつぶせるコンクリートが落下してきた。
「“わけ知り顔”さま、失礼をいたしますわ。せまいですが、“ゲス野郎”さまのおとなりに、そう、くれぐれも安静になさってくださいましね。これで……よしと」
“お嬢さま”は“わけ知り顔”をお姫さまだっこのように両手でかかえると、誇張されすぎたバイクの上へそっと置いた。
『誇張しすぎマッシーン』のなんたる気づかいか、ふたりを固定するベルトまでついており、それをしっかりと装着する“お嬢さま”。
「時間も、おふたりをかかえて地上へと走る体力も、わたくしたちにはもはやございません。天井に大きな穴がありますから、あちらを通して地上へこのバイクで飛ばします。そして、この“玉袋デカ男”さまの誇張しすぎた特注ふんわりズボンでつつめば、着地の衝撃ぐらいならないも同然にしてくれるはずです……」
「“お嬢さま”、それではあなたたちは!?」
「わたくしたちは、最後にやることがあります……。本当は、わたくしひとりでと思ったんですが、“カタブツ”さま……最後まで、わたくしにおつきあいくださいますか?」
うるんだひとみで自分を見あげる“お嬢さま”に、詳細はわからないながら、信じてなにも問わずにうなずく“カタブツ”。
「ああ……もちろん。どこまでもいっしょだ」
「ま、まってください。こんなまもなく崩壊する建物にいたら、助からないじゃないですか! せっかく生きのこったのに、私たちだけなんて、そんな……」
「ご無事を、お祈りしております」
そう言って、ハンドルを思いきりまわすと、ズドドドとエンジンが起動してバイクは高く翔びあがっていった――
ふたりはそれをまぶしそうに、見あげる。
「それで、ぼくはなにをしたらいいんだ? なにか手伝おうか」
「いえ、ただお茶をのんでいただければそれで……」
「お茶?」
話しながら、メカ畳のほうへともどっていく。
メカ畳はピポパポと電子音を発したあと、ふたりを叱責した。
『なにをしているのデス? 早く逃げなければ、もう本当に崩壊して下敷きになってしまいます……! いますぐ逃げるのデス!』
「メカ畳さま、あなたの存在理由はみごとはたされました。でも、あなた自身が望んだことは、まだ達せられていないのではございませんか?」
『ワタシが、望んだこと……』
「畳としてだれかをのせて、お茶を一服、あなたのうえで……」
『おだやかな、ときを……』
“お嬢さま”は歌うようにしゃべりながら、そっと、袋から茶器をとり出した。
「ふふ、目に入った荷物を急いで詰めたのでしょうね……。戦いにはつかえない、わたくしがもってきていた茶器にまで『誇張しすぎマッシーン』のライトが浴びせられていたようですわ……。茶碗と茶筅ぐらいしかございませんが」
服には乾いた血がこびりつき、焼け焦げ、ところどころ破れてさえいるというのに、周囲に花さえ咲きそうな優雅な所作で、「失礼いたします」という声とともに“お嬢さま”はメカ畳の上へ正座した。
“カタブツ”もまた、しずかにそれに倣う。
「なにぶんお道具がそろっておりませんので、略式も略式でお恥ずかしゅうございますが……」
「いや、こちらがお恥ずかしい。ぼくはほとんどこうした経験がなくて作法がわからず……。これからは、こういう勉強も必要になりそうだな」
ハハハと、“カタブツ”が未来の話を出して、快闊に笑う。
“お嬢さま”もまた、楽しそうにくすくすと笑った。
「わたくしが、お教えしますわ……。何度でも、時間をかけて、少しずつ。そのかわり、わたくしが知らないことは、“カタブツ”さま、やさしく教えてくださいましね」
「ああ、むろんだ」
まわりではコンクリート塊が落下しているというのに、ふたりの周辺だけは、日本庭園の見える茶室ですごしているかのごとく、静謐な時間が流れていた。
『おお、これが、これが畳としてのしあわせ……。こんなものを、こんなものを最期に味わえるなんて……。ワタシはただの兵器じゃなかった、ただ命をうばうだけの兵器では、なかったんだ……!』
メカ畳の、感涙にむせぶ声がひびく。
“お嬢さま”がからの茶碗で、茶筅をカチャカチャと手際よくまわすと、誇張されすぎたことで玄妙ふかしぎにも無から抹茶がわき出てくる。
それをそっと“カタブツ”へとさし出した。
「“お嬢さま”の……誇張しすぎた粗茶でございます」
「ありがたくちょうだいいたします……む、なにか、飲むまえの作法があったな。なんだったか……」
「きょうは、かまいませんわ。ただ、味わってくださいまし」
「では、いただこう」
いよいよ、崩落ははなはだしくなる。
天井が欠け、壁がはがれ、リビングの家具さえも落下してきた。
モンスター住まう洋館が、長いあいだためこんだ怨念とともに、つゆと消えようとしている……
ひときわ大きなかたまりが彼らの頭上にせまったころ、“カタブツ”はひとことつぶやいて、ほほえんだ。
「これは、たいへんみごとなお点前で……。いまここに、命があって、目のまえにはキミがいる。……ぼくは幸福だ」
“お嬢さま”もまた、ほおを赤くそめ、しあわせそうにほほえみかえす……




