第53話 最終決戦10
雨のごとくガレキが降りしきるなか、ひとりデス畳のみが研究室にたたずんでいた。
が、人が肩で息をするように、立つのもやっとという様相を見せている。
「さすがに、負担が大きいか……しかし、やむを得まい」
そう言って、崩壊していく館を見あげる。
「あと10分ももたぬか……あの和室がなくなるのは惜しいが、まあいい。感覚相通ずる森にて、しずかに眠ろう」
デス畳がちらりと部屋を見やると、“太鼓持ち”が“わけ知り顔”の上に重なってたおれている。
マイナスドライバーを回避しながら、ダメージが蓄積しており動けなかった“わけ知り顔”を助けに駆け寄っていたものと思われる。
その“太鼓持ち”の顔面は――無残に砕かれていた。
見た瞬間に即死と判断でき、顔さえ判別できぬほど、頭蓋骨がこなごなになっている。
その肉づきのいい胴体も、デス畳の側面のかたちにへこんでおり、破れてもれる臓物が、衝撃の大きさを想起させた。
「く……そ……」
声がするので、デス畳が顔をむける。
――“ゲス野郎”である。
あの攻撃にあっては、無事であるわけもなく……右腕と、左足があらぬほうへ折れ曲がっている。
もはや、自在に動くことかなわぬのは自明であった。
「運がいいな」
デス畳はニヤリと笑った。
「……ヘッ、おれがかい?」
「いや、己がだ。キサマはいたぶり殺せたらと、思っていた」
「ケヘッ、こうなっちゃおしまいだ。ゆるしてくださいよぉダンナ……もうじゅうぶん復讐できたでしょ……」
「なあに、これからだ」
といって、骨折した左足を軽く踏みつける。
“ゲス野郎”は声にならぬ絶叫をのどから絞りあげた。
こらえることかなわぬ唾液がそこらじゅうに飛び散るのを、ぬぐうことさえできない。
「なあ、『知能が低い』だったか? 知略でも、パワーでも、人間ごときが何人集まってもかなわぬ己の、知能が低いといったか? どうだ。撤回し、深く詫びるなら……命だけは見のがしてやってもいい」
「ケヘッ……もちろんですよ……デス畳のダンナぁ。誠心誠意、詫びさせていただきやす。ただもう声が、出ねぇんで……ひと息、つかさせてくだぁさいや……」
一旦足を踏むのをやめ、その場で冷然と見下ろすデス畳に、息を吸った“ゲス野郎”はペッとつばを吐いて浴びせた。
「おれぁゲスのまま、ゲスによって死ぬんだよ。それがこのおれ、“ゲス野郎”の本懐だぁ」
「なるほど……よほど、死に急ぐものと見える……」
人間であれば青筋が立っているであろうデス畳の声のふるえで、いかりの深さが推し量れようというものだった。
いままさに“ゲス野郎”を虫けらのごとくに踏みつぶす、そのデス畳の裏で、なにかがスッと姿をあらわす――
「“玉袋デカ男”さまの、誇張しすぎた特注ふんわりズボン――」
信じがたい驚愕とともに、デス畳がバッとふりむく。
誇張されすぎたことによって、光学迷彩のごときステルス機能と、いかな衝撃をも吸収する弾力を得たズボンにひそんでいたのは――“お嬢さま”とメカ畳である。
腰に拳をかまえた“お嬢さま”が、重心を低く、呼吸によって体内の気を極限にまで練りあげ、放つ――
「“ゴリラ”さまの、誇張しすぎた拳ッ!!」
『誇張しすぎマッシーン』によって、“ゴリラ”の指から復元した拳を装着した“お嬢さま”は、自身がこれまで二十年近い歳月をかけてみがいてきた武をのせて、デス畳の表面にふれた。
渦を巻くように、打点を中心に、デス畳のからだがねじれていく。
“ゴリラ”の、人間をはるかに超えるパワー。
人類が、はるかな年月研鑽を積み重ねてきた武術。
そしてそれらを無限に増幅させる科学力。
三つの要素があますところなく融合し、はじける。
ねじれがもどるとともに、デス畳の全身に、くまなく衝撃がしみわたってゆく。
「ぐ、が、ご……っ!」
何度も何度も、包囲された鉄球からなぐられつづけているようであった。
また体内では、いたるところで鉄球が暴発し、すきまなく内部を痛めつけつづける。
そとからもうちからも絶えることなくつづくすさまじい衝撃に、とうとうデス畳が吹き飛び、壁にめりこんで痙攣している。
「追撃を……っ」
と“お嬢さま”が気を整えたところで、これまでのダメージが噴き出し、ふたたび血を吐いてひざからくずおれてしまう。
『大丈夫デスか』
というメカ畳の配慮に、手をあげて心配無用を伝える。
「まだ、レーザーのチャージは完了しませんの……!?」
『損傷によるエネルギー流出が、見込みより、激しく……! まだ、あと、ほんの少しデス。もう少し、あと少しエネルギーさえ得られれば……』
「エネルギー……」
ふたたび自分を吸収させようという案が頭をよぎったのか、ひとり首をふる“お嬢さま”。
しかし、どうすればと痙攣する腕をおさえながらつぶやいていると、ズドドドドと低くうなるようなエンジン音が、ひびいてくる。
目線をやった先から登場してきたのは――
「この“カタブツ”、いかに私有地といえども、これが人生最初で最後の無免許運転だぁ!」
名のりにたがわず、“カタブツ”である。
“中型免許”が死の際にあやつっていた中型バイクが、生前の“太鼓持ち”によって復元されていたのだ!
その右目は、はげしく流れる血でふさがれており、そしてそのうしろには――
「本当にいいんだな、ダミ畳!?」
「……ダミ」
と、隠し部屋にいたダミ畳を連れているではないか!
“カタブツ”の問いかけに、ダミ畳は弱々しくもニッコリと笑って応じる。
『あのかたは、ダミ畳……マスターに試作されていたひとりデス。あのかたとも融合できれば……』
向かってくるダミ畳とメカ畳の、視線がまじわった。
ふたたびニッコリと笑うダミ畳。
両者のあいだにどのような交感があったものか、人間にははかれようはずもない……
「“中型免許”の、誇張しすぎた中型バイクッ!!」
“カタブツ”は涙を散らしながら絶叫し、ダミ畳とともに飛びおりた。
中型バイクは、誇張されすぎたことによってミサイルへと変形していき、壁ぎわで悶絶しているデス畳へと突き刺さり、爆発する。
一方で、ダミ畳は直接メカ畳のもとへと飛んだ。
抱きとめるようにぎゅっとダミ畳をつつんだメカ畳が、ふたたびあわく乳白色に発光する。
〈チャージ完了まで、あと30秒〉
爆破のあと姿をあらわしたデス畳は、日本刀によって一部が裂け、打撃によっていちじるしい凹凸ができ、ミサイルによって穴があいていた。
それでも……
「タミ、タミィィィ」
と怨霊のごとき声をあげ、立つことを決してやめない。
「せめて、すべてを、巻きこんで……」
呪詛のごとくつぶやき、うつろなまなざしで周囲を見やる。
「お、お、奥義――」
さらなる奥義をつかおうとした、そのとき――
「“ヤギ”の……誇張しすぎたヒゲ……」
右腕の動かぬ“ゲス野郎”が、ポケットに入れていたヒゲをとり出し、左手で振ってデス畳を縛る。
デス畳は、それ以上口をひらくことができない。
「こいつはさ、“ゲス野郎”のおれにとっちゃあ、数少ないそこそこ話せるヤツだったんだよ……」
さらにその脇から――
「“びびり八段”氏の、誇張しすぎた極太ヴァイブ!」
ヴァイブレーターが高速でのびていき、震度7にも達しようかという振動で、デス畳に一切の行動をゆるさない。
“太鼓持ち”の遺体の下から這うように頭を出した、“わけ知り顔”である。
「これは、『コイツほどは震えてない、びびってないぞって自分に言い聞かせるための、おまもりなんだ』と“びびり八段”氏が生前大事にしていた極太ヴァイブです! “びびり八段”氏の、“太鼓持ち”氏の、みんなの無念を私たちが……!」
「キサ、キザマ、キザマらぁぁぁ!!」
なんというおそるべき執念であろうか、忿怒の力でもって、ヒゲをぶちぶちと破り、返す刀で極太ヴァイブを挟み壊してみせる。
それと同時に――“カタブツ”が、走りながら“厨二病”の誇張しすぎたヌンチャクを拾い、一瞬の視線のやりとりで理解した“お嬢さま”のてのひらに足をのせる。
応じた“お嬢さま”が、彼のからだを高く、翔ぶように跳ねあげた。
「デス畳ッ! キミは、すさまじい、生命体だったッ!」
絶叫とともに、巨大化し、鋼鉄のごとき硬度へ変化したヌンチャクを振りおろす――
デス畳への強烈な打擲とともにヌンチャクにはヒビが入り、割れていく。
そこへキュインキュインという電子音とともに低く跳ねたメカ畳が、デス畳に密着する。
『これは、絶対にはずすわけにはいきません……デス畳』
カッ、カッ、と声にならぬうめき声をあげ、ふらつくデス畳の側面を、おのれの側面で抑えつけた。
『最期にもう一度だけ……ワタシはあなたを、殲滅しますデス』
もはや瀕死の状態にあってなお、デス畳の生命のともしびは、消えない。
しかし、もはやその双眸は焦点を合わせることさえできず――
「ゆるさん、ゆるさん、己より強いものなどゆるさん、己は滅する側だ、滅される弱き側では、ない……!!」
〈チャージ完了〉
機械音声が告げた。
『お眠りなさい、デス畳……。さみしくないように、ワタシがそばにいてあげましょう』
メカ畳のひとみが、真円となり、すべてを浄化するがごとき白い光をまとう。
そのかがやきは、どこか、慈悲の涙のようにも、見えた。
『究極秘技――〈断滅する女王の剣閃〉』
メカ畳のからだから、マグマにも匹敵するほどの熱をもつレーザービームが、放出された。
その光は、幾人もの命をうばってきたデス畳の、すべてを溶かして――




