第38話 研究室に鳴り響くノック
ドンドンドンドンッ
ドア付近でウトウトとしていた“可憐”は、そのノックの音におどろいて目をさました。
寝ぼけまなこで、出かけたよだれを押しこみながらスイッチに手をのばす。
しかし――
「ノックを2回、4回……」
先ほど“わけ知り顔”たちと決めた合図を、口のなかで復唱する。
最初の2回が、なかったようにも思う。
あるいは、聞きのがしただけか。
ノックというより、力まかせにドアを叩いているだけという気もする。
しかしデス畳に追われ、あわてていたとしたら?
そうでなくても、厚い鉄の扉なので、弱いノックがひびかず叩きなおした可能性も……
(私があけないことで、喰われてしまうかも……。いぐさだけ入れる手段もないし、無用に信用を失うのも避けたい。音のひびきかたを、事前にたしかめておくんだった……)
逡巡のすえ、少しでも情報がほしいと、“可憐”はドアに耳をつけた。
かすかにでも声が聞こえないか……そう耳をすましていると、
「デス……が……助けてェ!」
とぎれとぎれにではあるが、助けをもとめる声が聞こえた。
「この情けない声は、“びびり八段”くん……!」
と気がつくと、さらに「ウウウワァァァァァ!!」という彼特有の悲鳴がドア越しにひびいた。
「ええいっ!」
肚を決めて、ドアをひらくスイッチを、押す。
(もし彼のすぐうしろにデス畳がいたら、いぐさだけ引きとってまた閉めてしまえば……)
自分はどうすべきか、さまざまな選択肢が頭をかけめぐる。
なかには残酷なものもあるが、それを選別できるほどの余裕もない。
(それか服をひっつかんでなかに引き入れてすぐにスイッチを……)
ドアは下から上へと、ゴウンゴウンと音を立てながらゆっくりとあがっていく。
片手をスイッチのところに、片手をドアの向こうへ突き出せるようにかまえていると――
『ウウウワァァァァァ!!』
今度は鮮明に、“びびり八段”の絶叫がとどろいた。
「“びびり八段”くん!」
“可憐”もまた、負けじとさけんで呼びかける。
しかし、ドアが半分強ひらいたあとには無人の廊下だけが広がっていた……
「まさか、喰われた……?」
手を口にあて、悲嘆の声をもらすが、しかし血肉が散っているわけでもない。
「どういうこと……?」
困惑をもらしていると、またも
『ウウウワァァァァァ!!』
という声、そしてドンドンドンドンッというノックの音が、変わらずすぐ近くからひびいてくる……
ゾクリと、名状しがたいイヤな予感が、背すじを走り抜ける。
わけがわからず、とにかくドアを閉じておこうと再度スイッチを押した。
しかしまだひらききっていないドアは、ひとまず「ひらく」という任務を完遂すべくたゆまぬ歩みをつづける。
ヴン、という耳なれない音がした。
すると――廊下の壁の色が変わり、壁に偽装していたデス畳がそのあざやかな緑をうす闇に浮かびあがらせている……
「イヤァァァ!」
『ウウウワァァァァァ!!』
ふたつの悲鳴が、同時に重なった。
“可憐”は、その“びびり八段”の悲鳴だと思いこんでいたものが、人の声をまねて冥界へといざなう化生のごとく、デス畳が彼の声を記録していたものにすぎぬと気がついた。
『デ、デス畳がァ、助けてェ!』
「閉まって、閉まってェッ!!」
壊れてしまいそうなほど、スイッチをこぶしで何度も強く殴打する。
ようやくひらいた瞬間、一転して閉じようとする扉の下の空間に、ガツンとデス畳がその身をねじ入れた。
扉はかまわずに、強いちからでデス畳をねじ切ろうとするごとく、降下をつづけていく。
メキメキという音が立ちはじめたが、その発生源がデス畳なのか扉なのか、判別がつかない。
常識的な判断をするのであれば、厚い鉄でできた扉と、いぐさでできた畳の強度はくらべものにならぬはずであるが……
「……タミ」
デス畳が発したのは、そのだるそうなひと声だけであった。
そのままふっと身をよじると、あまりにもたやすく、頑強な扉にヒビが入り、大きく割れ、やがて無力な破片へと化していく……
「やめ、やめて……だれか……」
すでに入口のほうへとあとずさっていた“可憐”であったが、しかし入口の鉄扉は閉まっているはずで、立ちはだかるデス畳に対し、逃げ場はない。
“わけ知り顔”たちはどうしただろう……いぐさもないので、メカ畳は起動できない。
しかも、襲来したのは、「より強い」と称されていた新デス畳のほうである。
「タミィ?」
低い声で、新デス畳が研究室を見渡す。
一瞬、メカ畳へ目をとめたようにも、見えた。
そのときであった――
「どっせい!!」
勇ましい叫声がひびいたかと思うと、デス畳に渾身のドロップキックを喰らわせる者があった。
――“お嬢さま”である。
片手には、いぐさを入れたのであろう袋をぶらさげている。
「“可憐”さん!!」
さらに、“わけ知り顔”と“びびり八段”が部屋へと突入してきた。
今度は、まぎれもなく本人であるらしく、研究室の状況を把握した“びびり八段”が「これぞ本家」と言わんばかりの絶叫を、ひときわ高く放出する――
「ウウウワァァァァァ!!」




