第37話 新旧デス畳のデスタックルマリアージュ
「ウウウワァァァァァ!!」
ふたたびの絶叫を放った“びびり八段”は、まことに無意識のなせる業であったが、喰われそうになっている友人“わけ知り顔”の窮地を救わんがため、もっとも近くにあるおのれの尻にて“わけ知り顔”を突き飛ばそうと気高くはねた。
“びびり八段”の主観時間において、スローモーションのごとく空中に浮かぶおのれの尻が、“わけ知り顔”の顔面へと近づいてゆく。
しかし、もともとが顔を床につけ、尻のみ高々とかかげられているという窮屈きわまる姿勢であったため、そう勢いよく跳ぶことなどできようはずがない。
尻肉が“わけ知り顔”の頬肉に到達するまえに、じょじょにおのれの尻は高度を落としてゆく。
(デス畳は――)
二階より、天井を破壊して降り立った旧デス畳へと目をむけると、粉砕された建材の煙などにはばまれ、状況をしかとは把握できていないように見受けられる。
「間に合え……!」
“びびり八段”はおたけびをあげ、雄々しく、勇ましく、おのれの腹筋をきゅっと締めた。
彼の勇敢なる意志に呼応した彼の肉体、すなわち肛門は、怒涛の勢いでとある気体を押し出してゆく――
放屁である。
ブッという小気味いい音がすることもなく、スカッと“わけ知り顔”の顔の至近にてガスが放出される。
音がしなかった代わりに、においのほうは格別であった。
「くっっっさ!!」
嗅いだ瞬間、“わけ知り顔”が悶絶するほどの臭気が彼の顔面周辺に満ちた。
それと同時に、おのれの足もとに小癪なる人間がいることに気がついた旧デス畳が、なにはなくとも挟み殺しておこうとその残忍なる口をすさまじい速度で閉じてゆく――
バグンッ
デス畳の咬合が完了した音が、四畳半の和室へとこだまする。
はたして、“わけ知り顔”は喰い殺されてしまったのかどうか……
「はわわわぁ」
と寸前で回避に成功し、奇怪な悲鳴で尻を天にむけてひっくり返っている“わけ知り顔”がそこにはいた。
「にに、逃げるぞォォォ!」
いぐさを入れた袋を引っつかみ、“びびり八段”が大きく吠え声をあげた。
突き出た尻をドンと押し、半回転させることで地に足をつけることのできた“わけ知り顔”もまた、状況を察して逃げ出す。
旧デス畳は、獲物をとりにがしたことに顔をしかめつつ、どうも悪臭がただよっていることに「これだれ?」と言わんばかりに気をとられている。
“わけ知り顔”がチラリと目をやると、新デス畳は奥へとよけていたらしく、また壁にもたれて黙然と目をつむっていた。
「ええい一か八かです、あの、弟さんをとめてくださぁい!」
“わけ知り顔”が声をはりあげて呼びかける。
どのみち旧デス畳は追ってくるだろうし、万が一新デス畳が言うことを聞いてくれれば儲けものと、賭けに出たものと思われる。
鬼が出るか蛇が出るか、はたして新デス畳はその大きなまなこを音もなくひらいた――
「なぜ……知っている?」
純粋な、疑問の念をこめて、ゆっくりと低く新デス畳がことばを発する。
たしかに、新デス畳の視点からすれば、こたびの来訪者が自分たちが兄弟であることなど知っていようはずがない。
しかし必死に走ってにげはじめた“わけ知り顔”たちには、そのつぶやきがよくは聞こえなかった。
「えっ、なんですって?」
と耳に手をあてて再言をうながしてはみたものの、
「いぐさ……兄弟……アイツの系譜か……? めんどうだが……」
とくに聞かせるつもりもないのであろう、新デス畳はごく小さな声で思考をもらす。
それがとどかぬ“わけ知り顔”は、とにかく多少の反応が見られたことを好機ととらえ、必死の説得をこころみる。
「弟さんに、これ以上罪を増やしてほしくはないでしょう!? 弟さんをとめられるのは、あなただけです。こんなことをつづけていたら、憎しみは連鎖し、いつかあなたが討伐されるときが来ますよ! ええと……あとはそう、お金は意味ないか……? クリーニングとか興味ないですか!? もしとめてくれたらすみずみまで拭かせていただきますのでェ」
旧デス畳が「タミィ!」といさましく吠えながらリビングの壁へとつっこみ、廊下へにげこもうとしていたふたりは反転して窓のほうへと退避する。
器用にもそうしながら、なにかひとつでもとどけと思いつくかぎりにわめいてみた“わけ知り顔”であったが、新デス畳が――ふたたびふぅらりと立ちあがった。
「……タミ」
低い声がリビングにこだまし、それを受けた旧デス畳がリビングの扉付近でピタリととまる。
「タミミ、タミ……?」
「タミ」
なにやら、ふたり(四畳といってしまうとまぎらわしく、二組と称すべきか悩ましいところである)で言葉をかわしている。
「まさか、私の説得が功を奏した……!?」
「おい、賭けに勝ったな……!」
耳もとでささやき合う“わけ知り顔”と“びびり八段”であったが、談合が一段落したのか、新旧ふたりのデス畳がギヌロンとその大きな目をこちらへ向けた。
それはまるで、猟犬が獲物を視界にとらえるがごとき、鋭いまなこである――
「イヤァァァァァ!! やっぱ負けてる、思いっきり負けてるじゃんん!」
“びびり八段”が絶叫したときには、すでに新デス畳がその雄々しき羽ばたきとともに、突進をくり出していた。
「ウウウワァァァァァ!!」
それは旧デス畳をより一層パワーアップさせた体あたりで、リビングの壁が直近で大砲を放たれたかのごとくにえぐれている。
間一髪回避した“びびり八段”たちであったが、そこへさらに旧デス畳が交差するように突っこんでくる。
「さながら兄弟の美しき連携プレイ~デスタックルマリアージュ~といったところですか、これは恐怖ですねぇ……!」
「言ってる場合か、死ぬ死ぬ死ぬ、ここで死んじゃうんだぁぁ!」
舌を噛みちぎりそうな勢いで、逃げながら悲鳴をあげつづける“びびり八段”。
もはや入口から逃げるのは難しく、あわてて掃き出し窓をひらいてそとへと逃げ出した。
ガシャン、ドゴン、と、窓が割れ、ベランダのウッドデッキの手すりがデス畳によって粉微塵に破壊されてゆく。
速度のかわりに小回りはきかないものと見え、見境なく建物にぶちあたり、また障害物を噛みくだきながら新旧デス畳は容赦なく迫ってきた。
「タミィィィ……!」
怨嗟のうなりをあげるのは、左目がつぶれ、タイヤの跡らしきへこみのある旧デス畳である。
“びびり八段”たちはときに建物内へ入り、またそとへ出てと、可能なかぎりこまかく逃げて、デス畳の動きを阻害しつつついに玄関を経由してキッチンへともどってきた!
「飛びこみますよ!」
こうさけんだのは、“わけ知り顔”である。
ふたりはこうした場合にそなえて開けっぱなしにしておいた地下への階段へと飛びこんだ。
そのすぐ真上――“びびり八段”の尻をかすめるようにして、新デス畳の体あたりが通過してゆく。
ビリッ
その音が聞こえたのは、唯一、デス畳だけであったかもしれない。
まさしく、“びびり八段”のズボンの尻がデス畳に喰らわれてしまったのである。
「とまらないで!」
ひざをつき、はあはあと息をあららげる“びびり八段”に、“わけ知り顔”が手をさしのべる。
“びびり八段”は「尻がなんか凉しいな……」とつぶやきつつ、白くかがやく美尻をさらして懸命に奥へと走ってゆく……




