9.いざ行かん、殴り込みへ
そうしてみんなに手伝ってもらい、身支度を整える。湯あみを済ませて髪を美しく結い上げ、化粧も念入りに。ドレスも、よそいきの飛び切り豪華なものだ。
レオニスも汗を流し、きちんとした正装に着替えている。というか、着替えさせられている。当然ながら、彼は大いに戸惑っていた。
「その、アルジェ家に向かうのは、まだ分かるとして……この服装は……」
「いいのよ。わたくしたちは殴り込みに行くのだから、それくらいきっちり装ったほうがいいわ」
「いや、そうではなく……」
レオニスが何に困っているのかは分かっていたけれど、あえて気づかなかったふりをする。
今彼が着ているのは、正装の中でもぶっちぎりに格が高い、それこそ王宮に呼ばれた時なんかに着るような服なのだ。もちろん、わたくしが着ているものも。
彼は、普通のパーティーに着ていけるくらいの服しか持っていなかった。でもそれではちょっぴり迫力に欠ける。
どうせなら、アルジェの当主をあっと驚かせてやりたい。それに、格下の伯爵家だからといってなめられている気がするので、見た目くらいはけちのつけようのないようにきっちりとしなくては。
もちろん、わたくしの婚約者であるレオニスも。なので、お父様の若い頃の服を借りて、レオニスに着せることにしたのだ。レオニスのほうが少し細かったけれど、そこはメイドたちが総出で大きさを合わせてくれた。
「これは君の父の、その……形見のようなものだろう。借りるのは少々心苦しいのだが……」
「大丈夫よ。お父様が生きていても、もうその服は着られなくなっていたし。わたくしたちの役に立つのなら喜んで貸すよって、お父様ならそう言うわ。断言できる」
わたくしだけではなく両親も、子供の頃からじいやとばあやに鍛え上げられていた。ちなみに両親は従兄妹同士だったので、婚約も結婚もさほど手こずらなかったらしい。
わたくしほどではないけれど、それでも両親もちょくちょく命を狙われてはいた。……三年前、両親が同時に命を落とした馬車の事故も、もしかしたら事故ではないのかもしれない。そう疑いたくなるくらいには。
そしてそんな日々を送っていたせいか、わたくしの両親は、今のわたくしと同じような考えを持っていた。
すなわち、利用できるものはためらうことなく利用すべし。いざとなったら、実力行使もためらうな。自分たちを害してくるものは、二度とそんな気を起こさないように完膚なきまでに叩きのめせ。そんな感じだ。
もっともわたくしたちは、自分たちの身を守るためにそんな考え方にならざるを得なかっただけなのだけれど。気を抜けばやられる。心は常に戦場にあり、といったところか。
だから父が残した服をレオニスに着せることについて、亡き両親が反対する訳がないのだ。むしろ、もろ手を挙げて賛成するに決まっている。
とはいえ、まだわたくしたちとの付き合いが浅いレオニスに、そんな思いの全てが理解できるとは思っていなかったけれど。
「さあ、それでは出かけましょう。レオニス、エスコートをお願い。一応あなたは、わたくしの婚約者なのだから」
「それは構わないが……アルジェの家に行って何をするのか、実はまだ分かっていない。私はどうすればいいのだろうか?」
「わたくしに任せておいて。あなたはただいてくれるだけでいいから」
そうぼかすと、レオニスは考え込みながらもうなずいてくれた。
オウリー家にある馬車の中でも一番豪華なものに二人して乗り、アルジェ公爵家を目指す。
みなぎる闘志に目を輝かせている私とは対照的に、レオニスはどうにも身の置き所がないといった顔をしていた。
やっぱり、彼をいきなり婚約者にしてしまったのは無理があっただろうか。
彼はわたくしたちとは違う。彼の生い立ちは複雑だけれど、それでもわたくしとは違う、普通の世界で生きてきた人間だ。
とんでもなく強いじいやと、どんな薬でも作ってしまうばあや、そしてその二人に鍛え上げられた使用人たち。
小娘でしかないわたくしがオウリーの家を守ってこられたのは、彼ら彼女らのおかげだ。
でもわたくしは、きちんと自覚している。自分がどれだけへんてこな、おかしな環境で生きているのかということについて。
だからこそ、わたくしは今まで全ての求婚をはねのけてきたのだ。そこらの人間では、この家での暮らしに耐えられない気がしていたのだ。
まあ、じいやとばあやのお眼鏡にかなう男性が出てこなかったというのもあるけど。
そんな中、じいやはレオニスを屋敷に招いた。そうしてレオニスは、なんだかんだで頑張っている。これからの一幕も、彼の成長の糧になるといいのだけれど。
背筋をすっと伸ばして、涼しい顔で窓の外に目をやる。視界の端に、困り顔のレオニスがちらりと見えていた。
「ようこそ、リリーベル嬢。いつか君を呼んで話したいと思っていたのだが、手間が省けたな」
これが、わたくしと会った時のアルジェ公爵の第一声だった。わたくしはにっこりと微笑みつつ、頭の中では別のことを考えていた。
なるほど、これを見ていたからこそ、レオニスは初対面であんなことを言ってのけたのだな。ものすごく納得だ。
わたくしは公爵より年下で、しかも格下の伯爵家の人間ではある。だがこれでも当主だし、領地の栄え方でいったらこちらのほうが上だ。
公爵が血統と歴史にあぐらをかいた人物だとは聞いていたけれど、こうまで露骨に小娘扱いされるとは。
リリーベル『嬢』って。『手間が省けた』って。思っていても、そこはもっと別の言い方にするところでしょうが。
でもまあ、公爵が嫌な人物でよかった。これなら、こちらも本気を出して暴れられる。
あくまでも上品に微笑みながら、勧められた椅子に腰を下ろす。隣に、やはり戸惑い顔のレオニスが腰を下ろした。
公爵はさっきから、ちらちらとレオニスにけげんな目を向けている。
わたくしがレオニスと婚約したと宣言してアルジェの失礼令息たちを追い払ったのが、今朝のこと。たぶんその知らせは、まだ公爵のところまで届いていないのだろう。
あの失礼令息たちに恥の概念があるなら、追い払われたその足で当主のところに駆け込むような情けない真似はできないだろうし。
「わたくし、今日はどうしてもおうかがいしたいことがあって参りました。手紙を書くべきだとは思ったのですが、やはりこうして顔を合わせたほうが、誤解も生まれにくいでしょうから」
何か言いたげな公爵に、先制攻撃とばかりに言葉をぶつける。本来ならばあちらの言葉を待つのが筋というものだろうけど、失礼はお互い様だ。立て続けに、疑問を述べた。
「先日、そちらの一族の若者たちが、わたくしの屋敷に何人もいらっしゃいました。しかも、事前の連絡すらなしに。あれはいったい、どういうことなのでしょうか」
「ああ、彼らは君にどうしても求婚したいのだそうだ。以前からそう考えていたらしいが、中々行動に移せず……仕方なく、みなで同時に押しかけることにしたらしい」
しれっとそんなことを言い切った公爵に、腹の中で毒づく。仕方なく、って。どうせ、あなたがたきつけたんでしょうが! と。
そんないらだちを押し込めて、笑顔で答える。
「けれどわたくし、彼らの求婚は全てお断りいたしましたわ。それなのに屋敷に居座って、しつこくしつこく口説いてきて……アルジェ家では、いったいどのような教育がなされているのでしょう?」
「それは、恋心のなせるわざだろう。多少迷惑をかけると分かっていても、君に対する恋心が勝ってしまった……恋する若者の苦しい胸の内を、少しは気にかけてくれるとこちらとしても嬉しい」
よくもまあ、そんな言葉が言えたわね! ど・こ・に、恋心があるっていうのよ! あの失礼令息たち、「僕たち、下心があります!」って顔に書いてあったわよ! だてに、同じようなことを考えている男たちを見てきていないわっ!
こめかみに青筋が浮かびそうになるのを、全神経を集中して抑え込む。そうして、隣に座るレオニスの腕に触れた。彼と一瞬目を見交わして、その腕にしっかりと抱きつく。
「あら、でしたら申し訳ないことをしてしまいましたわね。わたくし、このレオニスと婚約することにしましたから」
今の今までひょうひょうとしていた公爵の顔に、初めてはっきりとした驚きが浮かんだ。




