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アンナに手伝ってもらい身支度を整えた後、1階にあるダイニングへと向かう。
扉を開けて入ると、そこには既にシュヴァリエ侯爵家の現当主である父アドルフと、その妻である母エレオノール、この屋敷の執事マクシムがいた。
「お父様、お母様。おはようございます」
「ああ、おはよう、マリー」
「おはよう、マリー。昨夜はよく眠れたかしら?」
母がそう声をかけてきたので、私は自分の席につきながら笑顔で答える。
「バッチリですわ、お母様。今夜はある意味戦いですもの。それはもうぐっっすり眠って、体調も万全ですわ」
「ふふふ。マリーは相変わらずね」
「なんでそんなにお嫁に行きたいのだろうなぁ……? 別にそんなに無理して嫁がんでもいいのだが……」
……キィィ。
父がそう呟いたところで、ダイニングの扉が開き弟のユーゴが入ってきた。
「おはようございます、父上、母上、マリー姉様」
「「「おはよう」」」
「あら? ユーゴ。今朝はちょっと遅いのではなくて? ……もしかして、また夜遅くまで起きていたのかしら? あまり無理をしてはダメよ」
そう言って母がユーゴに声をかけたので、私もユーゴの顔を見た。
言われて見れば、ちょっぴり目の下に隈ができている。
「ははは、大丈夫ですよ、母上。ちょっと寝不足なだけです。姉様のように、僕ももっと小さい頃からちゃんと勉強しておけば良かった! と少し後悔してはいますが……」
「マリーはちょっとアレだから気にするな。お前も飲み込みは良い方だと思うぞ」
父が口を挟む。
「褒めて頂けるのは嬉しいのですが、だからと言って課題の量を増やすのはやめてくださいね、父上」
そう言ってジト目で睨む弟から、父はニヤリとしながら目を逸らしていた。
ユーゴは私の1つ下の17才。
普段は王都にある学園の寮で暮らしているが、今日は休みで屋敷に帰ってきているところだ。今年に入ってからというもの、時間の都合がつく限り次期当主としての勉強をさせられていてヒィヒィ言いながらも頑張っている。
まぁ、仕事のことになると厳しい父である。昨夜もたんまり課題を出され、寝るのが遅くなったのだろう。
「ところで、何の話をしていたんですか?」
運ばれてきた朝食のパンをちぎりながら聞いてきたユーゴに父が答える。
「マリーの結婚願望の強さについてちょっとな……」
「ああ、姉様、ちょっとアレですもんね。今夜社交界デビューですし、気合十分って話でしたか」
「ちょっと、ユーゴまで。姉に対してアレって何よ。失礼ね。家の為に少しでも良い殿方と結婚しようと思うのは貴族の令嬢として当然のことでしょう?」
「え、うん、まぁ、そうなんでしょうが……ねぇ?」
「何よ。言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
「いえ、何でもありません」
「もうっ。……まぁ、いいわ。あ、そういえば。あなたも今夜の舞踏会に出るのだったわね」
「ええ、父上の判断で」
ユーゴがそう答えた後に父を見たので、私も父を見る。
「社交の場での振る舞い方も叩き込まんと貴族としてやっていけんからな。ユーゴだけならまだ少し不安だが、マリーと一緒なら大丈夫だろうと思ってな」
「なるほど。社交も大事な勉強ですものね。あーでも、良かった。エスコート役が誰になるのか気になっていたのよ。それに、やっぱり少し緊張するから、ユーゴも一緒だと思うと安心だわ」
「姉様はマナーもダンスも完璧だから、僕の粗さが目立っちゃいそうで嫌だなぁ」
「ふふふ、大丈夫よ。私だって王宮での舞踏会は初めてだし、緊張でミスするかも知れないわ。会場ではお父様もお母様も一緒だから、何かあればフォローしてもらいましょ」
そう言って、父と母に笑顔を向ける。
「もちろんだ。だが、まぁ、私の自慢の娘と息子だ。お前たちならきっと大丈夫だよ」
「そうね。アドルフの言う通りよ。あなたたちならちゃんとやれるわ」
そこへ執事のマクシムが母に一礼し、声をかける。
「奥様、そろそろお時間です」
「あら、もうこんな時間なのね。……マリー、私たちは準備にかからないと。淑女の身嗜みには時間がかかりますからね」
「はい、お母様。それではお父様、ユーゴ、また後ほど。あ、ユーゴは出かける前に少しでも休みなさいよ。目の下、隈ができてるわ」
そう父と弟に告げると、私たちはダイニングを後にした。
少し振り返ると、閉まりかけた扉の先で弟が目元を手で擦りながら大きな欠伸をしていて、父から呆れた目で見られているのが見えたのだった。