三日月の夜の舞踏会 4/4
少し話をし過ぎたのか、舞踏会は中盤から終盤へと差し掛かっていた。
フロアには難易度が高めの曲がかかっていて、元から踊っているペア自体も少なかったのだが、私たちがフロアに入ってきたのに気付くと、何故か皆、逃げるように出て行ってしまう。
その事について少し不思議には思ったが、特に問題になる事もなかったので、そのままアレク様にエスコートされて私たちはフロアに立った。
難しい曲がかかる中、人のいないフロアに2人で立っていると、屋敷で練習している時を思い出す。
私たちは一度体を離して顔を見合わせ、互いに微笑み合った後、一礼してから、優雅にゆっくりと、ホールドを組むために体を寄せた。
手を置いた肩や少し触れた部分の身体の筋肉質な感触も、手袋をしていても分かる大きくて骨張った手の感触も、もう慣れ親しんだものだ。
腰に回された手にもこの上ない安心感を感じる。
もうアレク様となら目を閉じてでも踊れるだろう。
「私のマリーはみんなからモテモテだな」
滑るように踊り出してしばらくすると、アレク様が声をかけてきた。
「まさか母上まで君に会うために出てくるとは驚いたよ。それにリュカまで」
「リュカ殿下はそうかもしれませんが、ルイーズ陛下は口ではなんだかんだとおっしゃりながらも、結局はアレク様に会いに来られたんだと思いますよ?」
「……そうだろうか?」
「ええ。最近お会いになっていなかったのでしょう? きっとそうですわ」
「……」
「ふふふ」
「……それにしても。少し離れただけで他の男に取られそうになるなんて、君からは全然目が離せないな」
「他の男って、まさか父とユーゴですか?」
「……リュカもそうだっただろう?」
「まあ! アレク様。リュカ殿下はまだ4才ですよ?」
「……わかってるよ。冗談だ」
「わかってくださってるなら、いいんです」
少し拗ねた顔が可愛くて、頬にキスをしたくなったが、ダンス中なので我慢する。
それでもなんとか宥めたくて言葉を探した。
「大丈夫ですよ、私はここにいます。ずっと。アレク様、貴方の腕の中に。それでも心配なら……離さないで」
そう言って組んでいる手に少し力を入れると。
「……まったく。君には敵わないな」
アレク様が目元をほんのり色付かせてそう言った。
――――曲が終わる。
曲の終わりと共に1度体を離すが、手は離さなかった。
そしてもう1度ホールドを組み直すと、タイミングを合わせるかのように次の曲が流れ出した。
「さあ、2曲目といこうか。私の婚約者殿」
「ええ。喜んで」
アレク様の声に答えると同時に私たちは2曲目を踊り始めた。
「……さっきよりも難しい曲だ。でも、マリーのダンスの腕前を披露するなら丁度いいね。というか、この曲を2人で踊っていると屋敷で練習してる時を思い出すな」
「ふふふ。私も先ほど同じ事を思っておりましたわ」
「どうせ他には誰も踊ってないんだ。いつもみたいにダンスを楽しもうか」
「はいっ」
そう言った後は。
時折視線を合わせて微笑み合うだけで。
それ以外は、この、アレク様と体を重ね、息を合わせる時間をただ味わった。
*
2曲目のダンスを踊り終えた私たちは、少し休憩をとってから帰ろうという話になり、シャンパンを持って2人で人気のないバルコニーへと出た。
空を見上げると綺麗な三日月が出ていて。
バルコニーの灯りも少し落としてあることもあって、星がよく見えた。
「……ちょっと肌寒いか」
アレク様はそう言うと、上着を脱いで私に羽織らせてくれた。
そのまま腰を引かれて抱き寄せられる。
すると、触れているところからアレク様の体温をじわりと感じて。
それをもう少し感じたくて、……もう少しだけ近づきたくて、私は自分からアレク様の胸に頭をつけて寄り添った。
「疲れた?」
優しい声で尋ねられる。
「いいえ。大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
「……ただなんとなく、甘えたくなってしまって」
「なるほど。……じゃあ、私も少しマリーに甘えてもいい?」
意外な言葉に顔を上げて、アレク様の顔を覗き込む。
「……マリーを、抱き締めさせて」
アレク様はそう言うと、私と自身が持っていたシャンパングラスをバルコニーの手すり部分に置いてしまった。
ゆっくりと、アレク様の腕が私の腰と背中に回される。
「本当はずっと、屋敷を出る前からこうしたかったんだ。私の色を纏う君を、抱き締めたかった」
その言葉に応えるように、私もアレク様の背中に腕を回した。
「嗚呼、マリー。……君は私のモノだ」
少し欲が含まれた声で囁かれれば、背中から甘い痺れが広がる。
「アレク、様……」
声が震え、耳や頬を冷たい風が撫でていく。
アレク様が少し体を離せば、熱い視線が絡み合った。
「ア、アレク様、これ以上はお触り厳、んっ」
理性を総動員させて制止の言葉をかけるが、キスで塞がれ、最後まで言わせてもらえなくて。
「挨拶もダンスも終わった。……ずっと我慢してたんだ。その上そんな顔見せられたら、もう無理。限界」
そう言うアレク様の唇が、赤い。……私のルージュだ。
「え? あ、んっ。んん……ふっ。でも、ルージュが、ん、んっ」
私がキスの合間にそう訴えると、アレク様が顔を離し、親指で私の唇とアレク様の唇を少し乱暴に拭った。
見ると白い手袋の先がルージュの赤に染まっていて、それすらもなんだか恥ずかしい。
アレク様はその手袋を器用に口を使って外すと、シャンパングラスの横に置いた。
そして私の顎に指を添え、視線を合わせられる。
「今日はキス以上はしない。……他に気にかかることは?」
そんな風に熱の籠もった目で見つめられて聞かれたら、もう首を横に振るしかなくて。
「じゃあ、もう、黙って……」という言葉に私は瞳を閉じた。
――――三日月の綺麗な夜に、キスの雨が降る。
額に。瞼に。鼻先に。頬や耳にさえ落ちてきて。
アレク様の唇が優しく触れる度に好きだと言われているようで、多幸感に惚けそうになる。
「……愛してる、マリー……」
「んっ……」
甘い言葉と共に訪れた唇へのキスもそれはそれは甘く優しくて。
角度を変えて何度も唇を喰まれれば、その甘さに蕩けそうになった。
そうして、小さく響き続けるリップ音に耳と脳が犯されて何も考えられなくなってきた頃、不意に唇を舐められた。
驚いて少し目を開けると、情欲に濡れたグレーの瞳が私を見つめていて。
その瞳に男としてのアレク様を感じてゾクリとした瞬間、親指が私の濡れた唇を撫で、今度はその指ごとベロリと舐められた。
「マリー。口を開けて。……私を受け入れて」
目元を赤く染め、懇願するような声と表情でそんな事を言われて。
思わず口を開ければ、ねじ込むように熱い舌が入ってきた。
「……んっふっ。ぁ。んん……っ」
漏らす息さえ惜しむかのように唇を合わせた深いキス。
アレク様の舌が優しく私の舌を舐めたかと思えば、私の口内を味わうように這い回り、逃がさないと言わんばかりに私の舌を絡めとって吸い上げる。
くすぐったさに頭を引こうとしたが、後頭部に回されていた手に阻まれた。
くちゅくちゅと舌が絡む水音に、自分の鼻にかかった甘い声、互いの荒い息遣いが脳に響いて思考を溶かしていく。
「ふぅ……んんん、っ……、は、ぁ……」
体から力が抜け、喉の奥に落としきれなかった唾液が口の端から溢れそうになる頃、ようやくアレク様の唇が離れ、長くて甘いキスが終わった。
「ハァッ…………ごめん。つい、マリーとのキスが気持ち良すぎて……我慢出来なかった」
アレク様は、口ではごめんと言いながらもどこか満足そうな顔でそう言うと、クタリとした私の体を横抱きにして額にキスをした後、屋敷への帰路についたのだった。




