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ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星  作者: 鈴木りんご
二章「特別」
12/51

12話

☆☆☆


 真っ暗な地下の食品売り場。


 懐中電灯を片手に、僕は一人で歩いていた。


 地下のせいだろうか、少しだけ肌寒い。


 懐中電灯で行く手を照らすと、棚のほとんどは倒れてしまっていて、商品が散乱していた。


 今度は光を上へと向けてみる。天井には業務用の長い蛍光灯がたくさん並んでいるが、この蛍光灯に光が灯ることはもうない。


 だから僕は懐中電灯の光だけを頼りに賞味期限の切れていない食料を探す。


「おっ」


 適当に辺りを照らしていた光の輪の中に現れたのは、調味料の棚。どうやら一通り種類は揃っているようなので、足りなくなってきていたものを思い出す。


「塩、こしょうに……砂糖はまだたくさんあったはずだから」


 バッグは上に置いてきてしまっていて、確認できないので思い出すしかない。


 しかしそもそも食糧はほとんど缶詰めなので、調味料を使う機会はあまりなかった。


「あっ、そうだ。マヨネーズが少し前になくなってたんだった」


 マヨネーズを手にとって賞味期限を確認する。すでに三ヶ月くらい期限を過ぎてしまっていた。


 でも気にしない。


 子供の頃見たテレビで、マヨネーズは賞味期限を過ぎても駄目にならないと放送していたのを覚えている。しかも冷蔵庫で保存する必要がないどころか、ずっと日に照らして放置しておいても問題ないらしい。


 というわけで、マヨネーズを五本ほど確保する。


 次はお好みソース。普通のとんかつソースでもいいのだが、僕はお好みソースのほうがずっと好きなのだ。特にマヨネーズとのコンボは鉄板で何につけても間違いはない。


 お好みソースを手に取ると、やっぱり賞味期限を確認する。残念ながらお好みソースの賞味期限の知識はないので、表記に従うしかない。


 期限まで後半年ほどあった。


 きっとどの店のお好みソースも賞味期限はこれとさほど変わりはしないだろう。だから……後半年でこの世界からお好みソースはなくなってしまう。


 そんなことを思いながら、お好みソース三本を手に持っていた袋の中に詰め込む。お好みソースはまだ少し残っていたはずなので、三本もあれば充分だ。


 そんなふうに僕が調味料の棚を漁っていると――


「あったーーーー!」


 近くでナリアの絶叫が響いた。


「みつけた。ついにみつけた!」


 闇の中、ナリアの声が近づいて来る。


 さっきまで持っていたはずの懐中電灯は持っていないようなので、きっと発見したカニ缶を両手に抱えているのだろう。


「ほらっ、みつけた。向こうにまだいっぱいあるっぽい」


 僕のところまで駆け寄ってきたナリアは言いながら、僕に持っている「何か」を押しつけてくる。懐中電灯の光をそっちに向けて「何か」の正体を確認すると、やっぱりカニ缶だった。


「懐中電灯はどこやったの?」


「たぶん見つけた瞬間に遠くへ飛んでいった」


「飛んでいったんだ……」


 きっとカニ缶をみつけたときにうれしくて、両手を広げた拍子にでも投げ捨ててしまったんだろう。


「うん。飛んでいった。そういうわけだから、ご飯にしよう」


「えっ? 今?」


「うん」


「でも、こんなに暗いし、缶切りもないから後にしようよ」


「缶切りはあるよ。缶詰と一緒のところにあった」


 そう言って、今度は缶切りを押しつけてくる。


「それにきっと、もうお昼の時間と思う。しっかり、シンのぶんも持ってきてあるから大丈夫。シンの好きなコンビーフと桃缶をちゃんとみつけてきた」


 ナリアはまた缶詰を押しつけてくる。


「…………」


 辺りは真っ暗で、僕の手には無理やり手渡された缶切りとカニ缶が二つ。懐中電灯は今、手の中にない。缶詰を受け取るときにズボンのポケットにしまってしまった。


 だからナリアの表情をうかがうことはできない。


でも僕にはわかった。笑顔だろう。きっとうれしそうに笑っているはずだ。


 それはご飯が食べられるからじゃない。大好きなカニ缶がみつかったからでもない。


 僕が好きなコンビーフと桃缶をみつけたからだ。僕がそれを喜ぶと思って、ナリアはうれしそうに笑っているんだ。


 それにナリアはカニ缶をみつけてここまで走ってきた。だったらそれより先に、僕が好きだと言ったコンビーフと桃缶を探してくれたのだろうか?


 僕が喜ぶと思って……


 あぁ……ナリアはなんて人間なんだろう。


 ナリアは心がつながっていなくたって、人の喜びを自分の喜びと感じられるんだ。


 だからこそナリアといると、自分が人間でないことを思い知らされる。


 それでも……


 ナリアほどではないにしろ僕だって、ナリアが喜んでくれたらうれしい。そう感じることができるはずだ。


 だから答えは一つ。決まっている。


「じゃあ、お昼にしよう」


「やったーー!」


 ナリアがうれしそうに声を上げる。


「んっと。じゃあ、どうしよっか?」


 とりあえず、考える。


 辺りは暗い。真っ暗だ。懐中電灯の光がなければ、全く何も見えない。


 ナリアの懐中電灯はどっかに飛んでいってしまったらしいので、手持ちは僕のぶんの一つだけ。


 できることならこの懐中電灯を上から吊って下を照らしたいのだが、そうするにはいろいろ手間が必要で面倒くさい。


 だからライト部分を上にして、懐中電灯を床に置く。それを挟んで僕とナリアは向かい合って座り、ご飯にすることにした。


 まずはナリアのカニ缶を缶切で開ける。ナリアはうまく缶切りを扱うことができないのでこれは僕の仕事だ。


 ナリアのぶんのカニ缶を二つとも開けて、ナリアに渡す。


「あ、そういえば……」


 言いながら、僕は袋の中をがさごそと探る。


「あった。ほら、マヨネーズ」


 マヨネーズを袋から出して、キャップの中のアルミのシールもはがしてからナリアに手渡す。


「おおーー。これで久しぶりにカニマヨが作れる!」


 そう言うと、ナリアは二つあるカニ缶の片方に大量のマヨネーズをゴボゴボとかけていく。


 これがナリアのいつものスタイルだ。カニ缶を二つ開けて一方はそのまま、もう一方には大量のマヨネーズ。


 そんなふうだから、マヨネーズはいつもすぐになくなってしまう。今回も三日くらい前にマヨネーズは切れてしまっていたので、この食べ方はナリアにとってちょっと久しぶりだった。


 ナリアがマヨネーズをかけている間に僕のぶんのコンビーフと桃缶も開けてしまう。


「そのコンビーフと桃缶ね。シンが好きだって言ったから、ナリア一生懸命に探したの。うれしい?」


 ナリアのその言葉。それは自分を褒めてほしいのではなく、ただ僕に喜んでほしいだけ。


 だから……


「ありがとう。すんごくうれしいよ」


 本当はコンビーフと桃缶が特別好きというわけではない。朝も食べたわけだし、どちらかというと別のものの方が食べたい。


 それでも、「うれしい」と言った言葉は嘘ではない。


 本当にうれしかった。ナリアがわざわざ一生懸命探してくれたから、それが僕のためだから……僕はたまらなくうれしかった。


「えへへー。よかった」


 やっぱりナリアは満面の笑み。でも少し前に乗りだしたので顔が懐中電灯のちょうど上にきて、光を真下から受けたその笑顔はかなり不気味だった。


「じゃあ、食べようか。いただきます」


「いただきまーす」


 二人できちんと「いただきます」を言って、食事を始めることにする。


 しかし……


「あ、そういえば箸がない」


 箸がなかった。箸は他の荷物と一緒に上に置いたままだ。


「こういうこともあろうかと。ナリアは箸を持ってきておきました」


 言いながら、ナリアはポケットから箸を出す。


 その顔はとっても得意気。でも、下から光を受けたその顔はやっぱり不気味だった。


「はい。シンの」


 ナリアが箸をくれる。


「おぉ! 上にでっかい手が!」


 ナリアの声に僕も天井を見上げた。そこには影でできた大きな手。


 ニヤリっ。


 きっと僕は今そんな感じで笑っていると思う。いいことを思いついた。


「ナリア、そのまま天井見てて」


 僕は懐中電灯で自分の手を照らす。大きく広げた手のひらをだんだんと懐中電灯のほうに近づけていく。


「うぉーー! でっかい手が迫ってくる!」


 そして僕の手のひらが懐中電灯を覆い、天井が闇に包まれたとき。


「ぎゃーー」


 悲鳴を上げて、ナリアは頭を抱えて蹲る。


 しばらくナリアはそのまま蹲っていて――


「あれ? でっかい手がこない」


 そう言って、恐る恐る顔を上げるナリアに僕は笑いかける。


 そして立ち上がり、片手を天井へと突き上げて言った。


「大丈夫。あのでっかい手は僕が退治した!」


 もちろん嘘だ。それは僕だけに許された行為。


 でもこれは悪意ある嘘じゃない。ウイットにとんだ冗談ってやつだ。


 だって、ほら……


「おぉーー。シン強い! 凄い!」


 ナリアはこんなにうれしそうにはしゃいでいる。


「よし、じゃあ、今度こそご飯にしようか」


「はーーい」


 そんなふうにして今日のお昼は始まった。

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