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32、最後の一線

 

 教会に飛び込んだ瞬間から、ヒデカツは最後の一線を意識していた。


 相手は数百人を虐殺した大悪党、それも殺しあう運命にある選抜会の候補者だ。殺さなければ殺されるし、現に敵は殺意を持ってこちらを追い回してきている。


 もし仮に、ここが異世界ではなく現代日本であっても正当防衛が適用されるはずだ。


 理屈では分かっている。何度も考えたことではあるし、覚悟も決めてきた。そうしなければならないという使命感は確かに持っている。


 それでもなお、これから人を殺すという事実は、ヒデカツの心に重く圧し掛かっていた。


「……なんだ、もうネタ切れか?」


『……てめえ、どうして死なねえ』


 息を整えながら、再度ヒデカツは挑発を口にする。負傷によるダメージは”適応”の加護のおかげで無いに等しい。 


 問題は痛みだ。生存のための危険信号である痛覚は”適応”で消すことはできない。

 これまでに適応した死は、”焼死”、”爆死”、”衰弱死”、”毒死”、”窒息死”の六つ。その過程を物語るのは炎が燻り、瓦礫が転がり、毒ガスの充満したこの聖堂だ。


『一酸化炭素に、サリン、硫化水素、これだけ試してどうして……』


「諦める気になったのなら、降伏はさせてやるぞ」


 挑発を交えながら、平常心を取り戻す。肺と喉を焼かれた痛みはまだ引いてはいないが、悲鳴は上げずにすんでいる。


 これまでの適応のおかげで即死は免れている。即死さえ回避すれば、適応の加護が発動する。適応さえしてしまえばそれが原因で死ぬことはない。


 候補者が同じような攻撃を続ける限り、ヒデカツに敗北はない。


『”加護”か。不死身? いや、そんな加護があったら選抜会ゲームが成り立たないな』


「……ベラベラ喋ると思うか?」


 ほくそ笑みそうになるのを、ヒデカツは軽口を叩くことで誤魔化す。


『……調子に乗るなよ。テメエのその剣に仕掛けがあるのは分かってるんだ』


「ああ、そこまで馬鹿とは思ってないさ。まあ、考えなしなのは同じだがな」


 候補者と違い、ヒデカツには有効な攻撃手段がある。


 手にした剣なら霧の身体を傷つけることができる。


 問題は、どうやって致命傷を与えるか、その一点だ。

 候補者は剣を警戒して、遠距離攻撃に徹している。間合いを詰めようにも、ルーネと違い魂を見ることのできないヒデカツは目隠しをして戦っているのと同じだった。


『前方に脅威を感知』


 第六感に従って、ヒデカツは動く。


 飛び退いた背後、大理石の祭壇がはじけ飛ぶ。飛び散った欠片に背中を打たれることにはなったが、構ってはいられない。


 警告が来るということは、まだ未経験の攻撃ということだ。

 いくら適応の”加護”があってもそこに慢心するほどヒデカツは愚かではない。即死の可能性がある以上、回避は当然だ。


「……空気弾か!」


 祭壇を吹き飛ばしたのは不可視の弾丸。射出された空気は砲弾のような威力を持っていた。


『死ね! 死ね!! 潰れて死ね!!』


 不可視の大砲をヒデカツはかわし続ける。


 ただでさえ荒廃していた教会には数々のクレーターが穿たれ、瓦礫が積みあがっていく。


 回避そのものは、直感に従えば不可能なことではない。全力疾走しながら、壁を足場できる程度の身体能力は手に入れている。


 問題があるとすれば、速度だ。攻撃速度は明らかに加速してきている。これでは反撃を叩き込むどころか、いずれは捕まってしまう。


 ヒデカツが勝つには乾坤一擲の一撃を最適のタイミングで叩き込むしかない。ここで候補者を逃がせば、また惨劇を繰り返すことになる。


『右方向から脅威を感知』


「――っ!!」


 そうして、空気の砲弾がヒデカツを掠める。空気弾に触れた左腕ごと、ヒデカツは壁にたたきつけれることになった。


 指の骨が砕け、肉が弾けた。一瞬、衝撃と痛みで意識が飛んだ。

 トラックに衝突されたようなものだ。普通の人間ならこれだけで即死だった。


『まるで虫だな! うろちょろ逃げても最後は潰れるもんだ!!』


「……まだか、ルーネ」


 勝ち誇る候補者の前で、ヒデカツは立ち上がる。傷の治療はほとんど済んだ。動くだけならばどうにかなる。


 だが、ここが限界だ。おそらく、威力を下げる代わりに速度を上げたのだろう。即死を免れたのはそれが原因だが、本命と組み合わされれば対処法がない。


 つまりは、詰みだ。すべての条件がそろう前に、その時が訪れてしまった。


『どんな加護をもらったかは知らねえが外れくじだったな! 結局才能も運もないやつの結末はこんなもんなのさ!!』


「……おまえ、フラグって知ってるか?」


 二度目の軽口をたたきながら、ヒデカツは剣を握りなおす。指先が震えるが、恐怖はない。


 最初から決死の覚悟でここに来たのだ。条件が揃わなくてもやるしかない。


『あ? なんだそりゃ? 旗がどうしたってんだよ』


「いわゆるお約束ってやつさ。獲物を前に舌なめずりをするような奴や油断して長々しゃべるような小悪党は必ず負けるようになってるんだ」


『てめえ……この期に及んで……』


「おとぎ話や映画じゃそうなってんのさ。最後まで諦めずに努力した奴は勝つもんだし、お前みたいなくそ野郎は痛い目に合う」


 剣を構えなおし、一歩前に出る。合図があれば、すぐに動ける。


 分の悪い賭けではあるが、ただ負けるよりは遥かにいい。


 やれることはすべてやった。悔しいことには変わりはないが、少なくとも最初の死よりも納得できるものだ。


『お花畑野郎が。現実はフィクションじゃねえって教えてやるよ』


「ああ、そうだ。現実はそううまくいかない。だから、うまくいかせるためにオレはここにいるのさ」



 澄んだ思考のまま、ヒデカツは刃に意識を集中する。なにが変わるわけではないが、気休めにはなった。


 はやる心はその時が来るまでは抑え込まねばならない。条件がすべて揃っていない以上、他は万全を期さねば。


『やれるもんならやってみろよ! この虫けらが!!』


旦那様マスター! 正面です! この者の魂はそこに!!』


 そうして、死へと踏み出す直前、霧の中に光が現れる。

 光が象るのは巨大な人形。ルーネの魔術が候補者の魂を照らし出したのだ。


 迷っている時間も、考えてる余裕もない。ルーネを信じて剣を振るった。


『な――』


 振り下ろした切っ先が空気弾を両断する。

大砂影を切り裂いたように、何の変哲もない剣は見えない砲弾を霧散させた。


「ォォォォオオオオオオオオオオ!!」


『――に!?』


 ヒデカツが繰り出したのは、何の変哲もない突きだ。 

 踏み込みの勢いと掛け声は立派なものだが、ただそれだけ。剣の心があるものがみれば、眉を顰めるだろう。


 だが、手応えはあった。ヒデカツの手のひらには肉を裂き、骨を砕く硬い感触が伝わっていた。


「……オレの勝ちだ」


 絞りだすようにヒデカツは勝利を宣言した。


 実際にこの一撃は致命傷だった。だが、剣が貫いたのは候補者の肉体ではない。

 魔剣が貫いたのは、候補者の魂だ。


 ”この剣ならばあの候補者を殺せる”。そのルーネの言葉通り、魔剣はヒデカツに勝利をもたらしたのだ。


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