24、宣戦布告
「……どこのどいつだ?」
警戒心をむき出しにしてヒデカツが声を上げる。背中にルーネを隠しながら、逃げ道を確保しておく。
この高さならばルーネを抱えながら飛び降りても問題ない。
『あ、なんだよ、その態度。せっかくこんな雨の中会いに来てやったのによ。なに、お前調子乗ってんの?』
ヒデカツの呼びかけに答えたのは、不機嫌そのものな声色だ。
声の主を探して周囲に視線を走らせるが、屋根の上には人影はない。強いて言えば、視界が少し霞がかっているのがここに候補者がいる証拠といえた。
『せっかく同じ”候補者”だから話しかけてやってるてのによ。なあ、謝れよ、対等な立場で喋ってごめんなさいって言ってみろよ』
「候補者ね……自分から会いにきてくれるとは驚きだな」
状況が分かっていないルーネを庇いながら、ヒデカツは候補者と対峙する。
自分から話しかけてくるというのは予想外ではあったが、少なくとも話をすれば分かることもあるはずだ。
「……これ、聞こえてるか?」
「い、いえ、ですが、何かが近くにいるのは分かります」
危機を察知しているらしくルーネはヒデカツの背中にぴたりと張り付いている。
これならば、いざという時はすぐに逃げだすことができる。
それに今は、雨が降っている。昨夜立てた推測が正しいなら、こうして雨が降っている間は攻撃はできないはずだ。
『あ? 候補者に直接会うのはこれが初めてなんでな、会いに来てやったんだろうが。それがこれじゃな……』
怒りと悪意の代わりに顔を出したのは失望だ。
ただ機嫌が変ったというのではなく、別人になったのではないかと思えるほどの豹変だった。
数百人単位の虐殺をやっているという事を差し引いても、この候補者の様子は明らかにおかしい。
「期待に沿えず悪かったな。だが、そっちも大分思ってたのと随分違うな」
『なんだ、オレに文句があるのか? お前みたいな凡人がこのオレに意見しようっていうのか?』
皮肉に返ってくるのは予想していた怒りではなく高圧的な好奇心だ。
「文句というよりは理解できないだけだ。この街で起きてる虐殺はお前がやってるんだろう?」
『……虐殺? 一体何言ってるんだお前』
「……知らないのか?」
ヒデカツの質問に返ってくるのは、肯定でも否定でもなく疑問だった。
すっとぼけているわけでも、なにか勘違いしているわけでもない。候補者は本当に身に覚えがないようだった。
「あそこにいる人たちはお前のせいじゃないのか?」
この候補者が犯人ではないとするとあの死体の山に説明がつかなくなる。昨日の襲撃にしても同じことだ。
『あ? 死体だ? ああ、あの広場に積まれてるののことか?』
「……そうだ。この街で三日前から人が死んでる、それをお前がやったのかと聞いてるんだ」
あれだけの死人を認識しながらもあくまで他人事な候補者にヒデカツはかすかな怒りを覚える。
しかし、本当にこの男が犯人ではないのなら、責めるのは理不尽だ。分別なく人に正義感を押し付けるほど、ヒデカツは一辺倒な人間ではなかった。
『あー、それか。それなら、オレがやった』
そんなヒデカツに対して、男はまるでなんでもないことのようにそう言ってのけた。
「……どういうことだ。虐殺には覚えがないんだろう?」
『そりゃ虐殺をした覚えはねえよ。オレがやったのは実験だからな。お前はモルモットの死骸を見て虐殺だなんていうのか? 言わねえだろう?』
「モルモット……?」
『ああ、モルモットだ! 担当者は加護について全部は教えてくれねえからな! 性何ができるか把握するのに協力してもらったのさ』
街の十人を殺したのは自分だと、彼は白状している。
だというのに、そこには罪の重さを語る苦しさや罪悪感といったものはない。自ら口にした通り、彼はこれだけの殺戮をただの作業としか認識していないのだ。
『本当は十人くらいでよかったんだけどな。ついつい楽しくてよ。この街を使い潰すことに決めたんだ』
「……お前は人体実験をやってたってわけか。しかも、ただ楽しいからなんて理由で」
『おまえ変なこというんだな。こいつらは確かに人間に似てるが人間じゃねえ、自分の担当者から聞いてないのかよ。さては、動物愛護団体かなんかか?』
「……彼らは人間だ。ここが地球じゃなくてもそれは変わらない」
相手の性根を理解しながらヒデカツはあえて言葉を重ねる。
問答そのものに意味はない。ただ覚悟を決めるまでの数秒が必要だった。
『ハ、ハハハハハ! マジで言ってんのかてめえ! ゲームに本気になるなんてまるでガキだな!』
「これが全部ゲームだって言いたいのか、お前は」
『最初の説明を聞いてかなかったのか? この選抜会はな、上位存在どもがやってる暇つぶしなんだぜ! なら、ゲームだ! あいつらはゲームマスターで、オレたちはプレイヤー、そしてこいつらはNPCさ!』
積み上げられた屍を、ルーネを、この街の悲しみのすべてを候補者は愚弄する。
彼にとってはそれこそが真実であり、揺らぐことのない現実そのものだ。認識そのものを否定することはヒデカツにも、誰にもできない。
けれど、それはあくまで彼の認識で、普遍の事実ではない。
「……お前にとってはそうでも、オレにとっては違う」
彼には彼の世界があるように、ヒデカツにはヒデカツの認識がある。
まだたった一週間しか経っていないが、怪物も、人間も、死も、この世界で経験したなにもかもが現実だった。決して嘘にはできない。
『なんだ? NPCどもに絆されでもしたのか? 馬鹿じゃねえの? ああ、いや、そうか、身体でたらしこまれたのか。単純なやつなんだな、おい!』
「なんとでもいえ」
下品に笑う男に、ヒデカツは静かに向かい合う。
過去も知らず、名前も知らず、顔すら見たことのない相手だが、殺意を抱くだけの動機は充分に揃っている。
『……頭の硬え馬鹿が。人生楽しまなきゃ損ってこともわからねえのかよ』
「性根が腐ってるよりはマシだ。楽しみのために何かを殺すほど落ちぶれちゃいない」
きっぱりと言い切って、剣の柄に手を掛ける。霞を切れると思うほど自惚れてはいないが、ここで何もせずに黙っていられるほど忍耐強くもない。
「――遊びたいんだろう? なら、オレが相手になってやる」
剣を抜き放ち、ヒデカツは宣戦を布告する。
戦うか。逃げるか。その間で迷っていた自分が途端に馬鹿らしくなる。もはや、選抜会にかける望みがないことなどどうでもいい。
例え戦う資格がないとしても、すべきことは確かにある。戦う理由はそれだけで十分だ。
どこかで女神の高笑いが、聞こえた気がした。




